大空の国家公務員
第3次日米戦争は、第2次大戦以来最大の機甲戦力が対峙した戦争でもあった。
オロンジュブルートで有名なヴィシーフランスの画家ナタリーは、この戦争を2色で表現した。
白いキャンパスに描かれたのは、砂時計の下から親達が赤い砂の入ったバケツを、上に居る我が子に渡す絵だ。
塵積もった問題を子の代に棚上げするという、風刺的な絵であった。
長きに渡る日米の戦いは国家の対立という枠組みを越え、いつしか白人と有色人種の戦いというものとして扱われるようになった。
政治経済的な意見の相違から始まるのではなく、今度は人種間の見るに耐えない壮絶な対立が原因となる。
新しい冷戦の始まりである。
そしてその始まりは、1次、2次と戦争に勝ち続けていた日本軍が航空機の優位性を失ったことから始まった。
防空兵器の発達が航空機の行動を制限し、戦況は予想外の方向に転がった。
地上戦力を中心とした平面の戦いを行い、もう大規模な空中戦は発生しないのでは無いかとも囁かれていた。
双方共に航空機の損耗を恐れて温存し、都市に飛来する巡航ミサイルの対処をするだけであった。
しかし日本側が行った防空網制圧作戦によって空域に空白が発生し、日本軍機がその隙間を縫って侵入した。
それに応じる形で旧米も迎撃機を上げ、大規模な戦闘に発展する。
ランカスターの戦いの前哨戦となる、航空戦が幕を開けた。
「カラス0-1から各機に通達、敵機80機接近中、4つのグループに別れている」
空中管制警戒機は友軍機を正確に誘導し、敵機の位置を伝える。
「トヨネ3-1、99式を発射する、基準点から方位90、距離80、高度10000の目標」
敵の妨害電波影響下でどれだけやれるかは判らなかったが、牽制を含めた意味も込めてボタンを押した。
ハヤブサから空対空ミサイルが発射され、敵機に向かって飛翔する。
敵のAIM-120も同時に発射され、双方回避機動を行う。
管制機から敵の発射したミサイルの情報が伝わり、適切な回避行動を取ることが出来た。
だがそれは敵も同じことで、放ったミサイルの殆どは外れた。
対空ミサイルは燃料を燃やし尽くした後、滑空しながら敵機の未来予想位置目掛けて突っ込んでゆく。
その回避の為に、急旋回を繰り返すことで未来予想を狂わせたり、急降下でミサイルよりも速く飛び振り切る。
更にチャフを散布することでレーダー上に影を作り、回避の確実性を高める。
「敵のF15を撃墜」
その瞬間、友軍機に敵機のミサイルが命中する。
操縦席に無数の破片が突き刺さり、脱出する暇も無く即死した。
「各機編隊を組み直せ、孤立すると食われるぞ!」
回避機動によってバラバラになった状態から立ち直ると、視界に鳥の群れの如く敵機が見えた。
トヨネ3-1は先頭の敵機に向けて短射程の04式対空誘導弾を発射する。
敵機はフレアを撒きながら回避するが、ミサイルはそれに騙されず命中した。
1機撃墜、しかし喜ぶ暇はない。
機関砲に切り替え、ヘッドオン射撃を実行する。
敵機も勝負に乗り、機関砲の光を太陽の下で輝かせる。
お互いに機銃は外れ、操縦幹を目一杯に引きターンを行う。
互いに互いの尻を追うドックファイトに突入する。
いつもの戦闘であれば、こうした巴戦になる前にミサイルを放って、敵のミサイルから逃れるというのを繰り返すのが定石だった。
だが今日の空戦は違う。
日本軍にとってはこの戦いで敵航空部隊を撃滅し、防空網破壊と前線への近接航空支援の強化を行うという狙いがあった。
実際、防空制圧任務から帰還中で燃料と武装を使い果たし、疲弊している所を狙われることが多くあった。
一方、旧米軍側にとってはここで迎撃しなければ、敵編隊の後続に控えているDEAD機の行動を許すこととなる。
航空戦力と機体性能では向こうの数が上回っている以上、防空の要は地対空ミサイルだ。
今回日本軍は大規模な航空部隊を率いてSAM陣地への攻撃を行い、戦いのイニシアチブを握るつもりなのだろう。
引き下がることは出来ない。
航空機とミサイルの排煙で出来た飛行機雲が、交尾中の蛇の様に絡み混ざり合う。
人が作り出した光景に自然的な本能が介在していた。
どれだけハイテクな物を乗り回し、70km先からアクティブホーミングミサイルを放とうとも、我々が人という名前の獣であることが良く判る。
重力と空気抵抗に逆らって翼が小刻みに震え、呼吸と時折鳴る警報が操縦席に響く。
「隊長機を落とせ!」
「リーダー機を狙え!」
翼下には2発の04式と1発の99式が残っている。
「撃て!撃ち落とせ!」
しかし巴戦となると、エネルギーを著しく喪失する。
理想的な攻撃は敵機よりも高高度を飛び、位置エネルギーを運動エネルギーに変換しながら一撃離脱で攻撃を加える。
自機の速度が乗っていればミサイルはより速く、より長射程を飛ぶことが出来る。
こんなものは賢い戦い方ではないが、戦闘機乗りがドックファイトで燃えない筈がない。
ハヤブサの20mm機関砲は敵のF15を捉え、弾が胴体に命中する。
エアブレーキと左側の垂直尾翼が吹き飛び、脱落した部品が下にバラバラと落下した。
まだ飛行能力があり、まだまだ飛べそうな姿をしていたが、敵の操縦士は脱出した。
戦闘の続行は不可能と判断したらしい。
「おい、背後にF16が付いてるぞ!」
僚機からの通信に首をねじ曲げながら後ろを見る。
「クソ!」
警報が鳴り響き、ミサイルの排煙が敵機から伸びる。
必中必殺の距離で放たれたAIM-9から逃れることは出来ない。
フレアを全てばら撒き、熱源の壁を作り出す。
真後ろで爆発したミサイルの破片がエンジンに被弾し、黒煙を吐き出す。
深刻な推力低下、恐ろしいまでの異音だった。
少しでも機体を軽くして吊り下げていた全てのミサイルを投棄し、低空へと逃げる。
「食い付いてくるか!」
敵のF16からレーダー照射を受ける。
次撃ってくるのはAIM-7スパローミサイルだ。
僚機がF16の背後を取り、赤外線ミサイルを放つ。
敵のF16はフレアと回避機動を組み合わせ、ヒラリと僚機の背後に回る。
一瞬の間にミサイルで叩き落とされた。
「コイツがファルコンの魔術師か」
旧米に凄腕のパイロットが居ると聞いたことがある。
そいつは猛禽類の様に飛び、獲物に一切の容赦をせず、いつの間にか自分より優位な位置からミサイルを放ってくるのだという。
F16は機銃でハヤブサを撃ち落とし、再び高みへ舞い戻った。
弾薬燃料共に使い果たした両軍は、自らの基地へ戻って行った。
日本側の損害は24機、旧米側は36機を失った。
辛うじて戦術的な勝利を納めたものの作戦目標を達成できなかった日本軍は、戦略的敗北を喫した。
だが旧米は勝利に沸くことは無かった。
あの日本軍の大編隊は全て囮であるからだ。
本命は第5世代戦闘機であるリュウセイ三五型であった。
旧米はステルス機の探知を目的とした、VHFやUHF帯のレーダーを多数配備していた。
これに東米から供与された分解能を高めるアップデートキットを組み合わせている。
だが日本軍は通常の第4世代戦闘機で襲来し、対ステルスSAM陣地を破壊した。
後はステルス機が全て食い荒らして行った。
広域防空兵器を多数喪失した旧米は、開戦以来最大の被害を被ると同時に、最大の危機に直面する。
前線部隊へ道路を通じて運ばれる補給物資が、攻撃の危機に晒されているのだ。
焦った旧米軍は更に多くの航空機を投入し、双方合わせ300機以上の航空機が衝突した。
しかし航空優勢を確保したとは言え、首都ロサンゼルス正面には旧米主力機甲部隊が前進を続けている。
これを挫かずして勝利は有り得ない。
この戦いの結末がモスクワ防衛戦となるか、それとも1948年のワシントンDC入城の再来となるかは誰にも判らなかった。




