民族核武装自決
マブロニスク67にて
「どうだ?」
「そこまで厳重って訳じゃないな」
SV98狙撃銃を構えるニコライと班長は、ウラン濃縮プラントを一望出来る小高い丘に陣取っていた。
歩哨が見える範囲で40人程度、装備にバラつきがある。
「施設の規模に対して人数が少ないが、それはこっちも同じか」
内偵によって2個中隊規模の兵員が警備兵として待機していることが分かっている。
対してこちらは14名、分隊規模だ。
まともにやり合えば、数に押し潰されるのは目に見えてる。
だが厄介なのは数だけではない。
「見えるか?正門と駐車場にBMP2が1両づつ停まっている」
「あの30mmは脅威だぜ」
「何も殺し合おうって訳じゃないの。目的のイワンならそれでいい」
班長はナスタチウムの横顔を見ながら目を細めた。
この女はイワンを見付けて何がしたいんだ?
情報か?それとも殺害か?目的が不明だ。
「夜になるのを待って施設内に侵入する。イワンを見付けたら血の色を見て」
「そりゃつまり殺せってことか?」
「………そうかもね」
こういう意味ありげなことを言う女は、往々にして厄介事しか持ち込まない。
何より嫌なのが、この女が俺の若い頃に似ていて、擦れて焼き付いたような顔をしていることだ。
「どう動く?」
「関係者のフリして表から堂々と入る」
ナスタチウムは、また冗談かと口をへの字にする。
「訛りや言語で怪しまれない?」
「いいかいお嬢さん、この国は広い」
「だから言葉もロクに話せないやつらばっかだ、ダワイダワイっていっときゃロシア人になれる」
あの男は映画でロシア語を学んだに違いない。
「班長、今回ばかりはその手が使えません」
警備兵の腕に奇妙な象形文字が彫られていたり、豚を象ったアクセサリーを身に付けていた。
ソ連に宗教を禁止されて以来、彼らは豚のタトゥーを彫るのを止め、ポケットや服の下に金属や石を加工した宗教的象徴を隠し持つようにしていた。
「あれはニシス民族です」
班長のお付きであるアレクセイは、彼らの警戒心の高さを良く知っていた。
少数民族の中でも最底辺の扱いを受けてきた連中だ。
負けるというのが、どういう末路を辿るのか良く知っている。
「忍び込んで引っ捕らればいい」
「馬鹿言え、ここでそのイワン野郎が出て来るまで待つのがいいに決まってる」
意見の割れるウラジミールとルカの2人は、仲良くジャーキーを噛みながら喧嘩する。
「どうかな、ここのイワンは2年以上工場に引きこもってる。出てくるのは日課の散歩ぐらいだよ」
ピョートルはそう言いながら鼻で笑った。
喋ってても埒が明かないと、班長は作戦を立てる。
「4人で侵入する、ヤツの散歩帰りを狙う。建物に入ったところを確保する」
本来こうした作戦は夜のうちに行うべきなのだが、広い敷地を捜索するのはリスクだ。
「ニコライ、お前はここで監視を続けろ。速攻で捕まえて速攻で戻るぞ」
「ほら女!」
班長はナスタチウムにASVALを投げ渡すと、AKMの銃剣を用意する。
「せめてオブザーバーとでも言って欲しかったな」
山の斜面を下り、警備の隙がある倉庫裏の高さが4m程あるコンクリート塀に張り付く。
その上に鉄条網が張り巡らされていたが、班長は銃剣と鞘を組み合わせ、鉄条網を切ってゆく。
「電流とか流れてるもんじゃないの?」
「もう5年前から壊れたまんまさ」
敷地内に侵入したナスタチウム達は、歩哨を掻い潜りながらイワンの確保に向かう。
駐車場に停まっていたBMP2の脇を通り過ぎようとした直後、ウラジミールは踵を返して砲身の中に何かを入れた。
「おい、何してる!?」
「ロシアから愛を込めてやったのさ」
イワンが10分間の散歩を終え、居住区画に入るのをニコライが確認する。
「目標が建物に入った。護衛が2人付いてる、武装は拳銃のみ」
色褪せた灰色の建物の中は、それなりの清潔さと生活感で溢れていた。
警戒しながら進むと、部屋の前で椅子に座ってくつろぐ護衛の姿が見える。
班長はハンドサインで合図を送り部下は、その意図を理解し頷く。
「おーい、ちょっと来てくれ大変なんだ」
班長が声を出し注意を引かせると、狙いどおり2人の護衛はそちらに食い付いた。
そして背後に回り込んでいたウラジミールとルカは、護衛の首にナイフを突き立て横向きに掻き切る。
「フレッシュな奴だったな」
部屋に侵入すると、イワンはシャワーを浴びていた。
ナスタチウムはソイツの後頭部に銃口を突き付け、ゆっくり振り向けと囁く。
一瞬硬直したが、来やがったかという顔と目を向けた。
「お前はどのイワンだ?」
「何のことだかわからん」
「ウランを何処に売るつもりだ?」
イワンは口元を緩め、交渉の余地があることを察してきた。
「悪いが魔女と取引するつもりはない」
班長はナスタチウムが話す内容を注意深く聴いていた。
今のところ質問の内容におかしな点はない。
「……別に喋らなくたっていい」
ナスタチウムはイワンの指を切って、血の色を確かめた。
「お前我々の目的を知って!」
「それ以上、言葉に出す必要があるのか?」
飄々としていたイワンの顔色が変わり、銃口を恐れるようになった時、ニコライから無線が入る。
「歩兵の動きが活発化してる。侵入が気付かれた」
悠長に話している暇はないぞと叫ぶ班長は、AK74にRPKの45連マガジンを突き刺すと窓の外に銃口を向ける。
既に施設内をBMPが巡回し始め、歩兵が慌ただしく動いている。
「降伏すれば命を助けると保証しよう、彼らに口利きする」
「悪いが魔女と取引するつもりはない」
ナスタチウムはイワンの頭に2発撃ち込んだ。
眉間と右目の下に空洞ができ、壁に血と頭蓋骨の欠片をちりばめ、ツルツルと壁にもたれ掛かりながら倒れる。
「Давай、Давай!」
「クソ囲まれてるぞ!」
廊下で見張りをしていたルカは、ゆっくりと開いたドアに向けてクリンコフを撃ちまくった。
「裏から出ろ、援護は丘の上にやらせる」
ニコライ達はマリュートカ対戦車ミサイルを準備すると、正門前に鎮座しているBMPに照準を合わせる。
「外すなよ」
「たかが600だ、外すかよ」
射撃とは不思議なもので、撃った側からすると弾が届くまで遅く感じるが、向かって来る弾は恐ろしく速い。
火の玉がBMPの天板に命中し、弾け飛んだ。
建物を取り囲んでいたもう1両のBMPは友軍車両から上がる火の手を見て、砲口をミサイルが発射された丘の上に向けた。
30mmを発射した瞬間、砲身が花弁のように裂いた。
ウラジミールが仕掛けた爆薬が膅内爆発を引き起こしたのだ。
外へ繰り出すと、詰所から慌てて飛び出してきた警備兵と鉢合わせになる。
至近距離での撃ち合いになるが、敵は恐るべき武器を所持していた。
銃口を敵に向けてなぞり、弾倉内の弾薬を撃ち尽くす。
「モシン・ナガンだと!?金ねーのかコイツら」
ウラン濃縮プラントを警備する者の装備としては、随分な粗末さだった。
帝政ロシア時代のオンボロライフルで何が出来るってんだ。
シカ猟には使えるかもしれんが、こんな銃で近代化改修された小口径高速弾の自動小銃に敵うと思っているのか。
混乱に乗じて正門から堂々と出ていくナスタチウム達に対し、ニシス族の者達は対抗することが出来なかった。
8時間後……
上空からMi24Pが降り立ち、中からクラカヂール旅団の兵員が姿を現す。
「素人ばかりだな」
グリコリー旅団長は地上に降りてマールボロに火を着けた。
右から左へニシス族の兵隊の動きを見る。
動き自体は悪くなく、一定基準の訓練が行き届いてはいた。
だが旧式の装備が足を引っ張っている。
経年劣化で幾ら手入れをしても弾詰まりを起こす銃と、不良弾薬が戦闘能力を半減させていた。
ニシス族の族長は神妙な面持ちで、黒焦げになったBMPの前に立ち尽くしていた。
「頼むのが遅かったな」
「こちらも苦肉の策なのでな」
ソ連の便利屋民族が聞いて呆れるなとグリコリーは笑った。
族長は内心不機嫌になるが、顔には出さなかった。
「そちらも安請け合いをする程、金に困っているのではないか。悪評は鼻にまで漂ってくるぞ」
「そこを突かれると返す言葉がない、我々も金に困っている」
クラカヂール旅団の財政は困窮している。
金が無くなれば飯を食えなくなり、空腹はあらゆる非道を正当化する。
悪評が広まり足元を見られるようになると、もうマトモな雇い主は現れなくなった。
「だがわからんな……ウランってのはそんなに儲からん物でもないだろうに」
「何が言いたい」
「いやなに、ウランでお前らが儲けてるのは俺でも薄々分かっている。問題は金が何処に消えてるのかって話だ」
我々の掴んだ断片的情報を集めて整理してみると、ニシス族は自らの土地に大量の建設資材を運び込んでいるようだ。
そこから導き出される建造物はミサイルサイロだ。
「少数民族が核武装して、核抑止の構造を半径500kmの土地に持ち込もうって訳か」
内戦の混乱で幾つかの核弾頭を盗み出したニシス族は、核による平和を求めた。
しかしそれを維持し、投射する手段がない。
とにかくお互い金が無い。
だがニシス族には大義と未来がある。
この状況、利用させてもらおう。
「これは返してやる」
前金で渡された金をケースごと渡し返した。
「目的はなんだ?」
傭兵が金を返すとは相当な事だ。
族長の問いにグリコリーは予想外の提案をする。
「核武装が達成された暁には、我々を正規軍として迎え入れて欲しい」
「どういう風の吹き回しだ?」
「どんなに優秀な兵士でも、老いて剣を持てなくなる。そうなった時、本当の地獄が口を開ける」
お互い短くは生きていないので分かることが多い。
様々な苦痛を体験し、その上で判断した。
信頼は出来ないが、手を組める相手だと。
「いいだろう、今さら悪魔と契約したところで誰も咎めはしない」
契約は更新された。
「プラントを襲撃した連中を見付け出し、全員殺せ」




