終幕と1万発の太陽
飲食店 ライス&アメリカンにて
「協定の締結から48時間の凶行、日本の海軍特殊部隊がDLFA指導者を殺害」
朝日に照らされながらコーヒーを飲む労働者達は、携帯を手にニュースを読む。
「ひでぇよな、流石に旧米の連中が気の毒だよ」
「テロが収まるなら何だっていい、今日から交通規制も無くなるから忙しくなるぞ」
労働者達は今日について話す。
「昨日は大変だったんだよ、いきなり客が車の中で吐いてよ。会社が清掃代金だって言って100払えって言ってきたんだぜ!」
タクシードライバーは電話越しの相手に過去の出来事を愚痴っている。
私はこの瞬間を見ている。
今、目の前に居る内調の女も私を見ていた。
「あんたは知ってたのか?」
「大体はね、DLFA壊滅作戦もナチスの一部勢力がオレンジを利用して労働力の確保を行おうとしたこともね」
ヘルゲンは連中の言う劣等民族が消費された後のことを考えていた。
ナチスの戦後成長は占領地のリソースを食い付くしたからこその発展だった。
他国、他民族から奪った金でドイツ国民を養い続けていた。
ある学者が言うには、ポーランドで生産された100人分のパンを10人のドイツ人が消費していると言われていた。
「オレンジを広めようとしていた老人は死んだ。もう全部終わったんだろう」
「人造人間の方は芽を潰したけど、オレンジの方は既に相当数が拡散している。確認出来ただけでもフランス、東米、中国に」
特に東米は第三帝国からの独立機運が高まりつつある。
イギリスの植民地支配に憤怒し、ボストンの港に茶葉を投げ込んだあの日のように、東米はナチスの搾取からの脱しようとしている。
「これから新しい戦争が始まる。少なくとも10年以内に」
彼女は未来を見ている。
「君が必要だ、全てを知っている君が」
彼女は知っている。
彼女は私に同情して手を差し伸べ、私に意味を与えようとしてくれていた。
「先にやらなきゃならないことがあるんだ。それを済ませる」
財布ごと代金を放り、脇目も振らずに店を出た。
いつかこうすると薄々思っていた。
家には戻れない。
誰も自分を必要としていないし、もう用済みになっている。
多分俺が見付かった時、皆こう言うだろう。
まだ若いのにとか、人生これからだとか、何も知らない連中が言うのだろう。
毎日酷い悪夢を見て明日に怯え続ける。
俺よりも不幸な人間が、俺よりも役に立つ人間が、働き汗を流して笑っている。
そんな社会で自分が必要な人間であるとどうして思えるのだろう。
自分よりも生きるべき人間が大勢居た。
社会に尽くせるほどの気力が無く、自己の幸福のみを追及するには才能が無く、他者の不幸を願えるだけの悪人ではない自分がそこには居た。
居ても居なくても変わりはしないどうでもいい人間だった。
そんなことに今更気付いた自分が馬鹿馬鹿しい。
軍に戻ったことが悪いのだろうか?
気付かなかったことが悪いのだろうか?
生まれてきたことが悪いのだろうか?
それもこれも全て、仕方のないことなのだ。
「こちら緊急通報センターです。事件ですか?事故ですか?」
「港近くの倉庫で男が倒れてる、救急車を頼む」
「男はどんな様子ですか?」
「あーどう言えばいいかなぁ……銃で自分を撃ったみたいだ。もう死んでるかも」
「救急車が向かっています、電話はそのままで」
国際枢軸連盟 ボン本部ビルにて
「只今より、旧ソビエト連邦地域における紛争事態に関する総会を開催致します」
ソビエトに於ける紛争は苛烈を極めていた。
各国の偵察衛星が収集した情報を解析した結果、少なく見積もっても約10万人の死傷者が出ているとの報告が上がった。
「視覚的に確認出来ただけでも40件以上のジェノサイドが確認されている。軍事的介入も視野に入れた中立維持軍を編成すべきではないか?」
「それはソ連進出の口実ではないのか」
そう切り込んだのはインド代表だった。
ドイツはそれらしいことを言ってはいたが、あの白人至上主義の国が言うと嘘っぽく聴こえる。
ドイツは公式に認めてはいないが、あの国が東欧に収容所を建設し、多くの民族を絶滅に追い込んだのは紛れもない事実だ。
「そもそもソ連の正統な政府は何処にあるのか、我が国としてはそれを問いたい」
フィンランド代表は現在、2つの勢力がソ連の後継国家であるとの主張をしていることを指摘する。
1つはロシア資本主義人民共和国(通称:新露軍)を自称する全く新しい勢力で、若年層に加え、旧構成国の民族を中心に支持が高まっている。
そしてもう一方は共産主義社会の崩壊を認めず、今尚も各主要都市で抵抗を続けるソ連残党勢力だ。
「かつてのロシア内戦のような事態に成りつつある今、もし仮に軍を派兵するとして核の問題があることを忘れてはならない」
目下の問題として、新露軍と残存ソ連軍双方ともに核を保有しているということだ。
「通常兵器に加え、核兵器拡散の可能性もある以上、このまま不介入を貫くのは奥手が過ぎますなぁ」
東アメリカの代表は、小屋が焼け落ちようとしている時ですら甲羅に籠る、日和見主義的な亀になるつもりはないと言い切った。
予測ではあるが、ソ連は約1万発の核兵器を保有しているとされている。
その保管されていた核兵器が戦乱によって紛失し、それが拡散する可能性もあった。
相手は幾らでも居る。
例えば反政府主義者や過激派等のテロ組織、枢軸と対立する国家等々、挙げればキリがない。
もし核兵器が流出すれば、世界は東西に分かれるのではなく、斑模様の地図が出来上がるだろう。
「中東連中は核拡散防衛線に参加しますかね?」
「どうだろうな、少し怪しいかもしれん」
中東は第二次大戦中、ナチスが積極的支援を行った地域でもあった。
反英、反ユダヤを掲げるナチスと共通の敵を相手にしていた為、数多くの親独政権が樹立し、今尚もその流れは引き継がれ続けている。
だが中東世界の彼らが、ナチスに対し無邪気に手を振り続けるとは無かった。
隣に居る敵が死ねば、今度はもっと遠くの敵が気になるのが人間だった。
ナチスが定期的に人種関連でやらかしてくれるお陰で、ナチスもイギリス並みに横暴な国だと気付き始めたのだ。
石油以外の力を求めていた。
何者にも支配されない圧倒的破壊力と熱量を帯びた力を求めていた。
「ここは枠組みを作りましょう。彼らも強引に輪に入れてしまえば、下手なことは出来ません」
こうした議論の末にドイツと日本主導の元、核兵器規制調査機関(NCRO)が誕生した。
悲劇にて
沈んだ気持ち、白黒の世界、親戚達の罵り声、それが今日の葬式だった。
「ちょっと外に」
そう言って外の記帳台へ向かった。
親戚は孫の遺族年金を巡って大喧嘩中だった。
「家を買う時、お金を貸したでしょ、だから私にも貰う権利はある筈だと思うんだけどねぇ」
「ふざけるなよ!アンタ何様のつもりだ!」
息子夫妻は無理筋な理由で金を貰おうとする親戚に顔を真っ赤にして憤慨する。
「何よ急に、私だってあの子がちーちゃな時から面倒見てたのよ」
石原さん息子を追い出したそうじゃないの、一度捨てたんだから私にとやかく言う資格あるのと煽りを飛ばす。
人の醜さは嫌というほど見てきたが、それが見知った顔だと老体には流石に堪える。
他の参列者も聞くに堪えない甲高い争い声に嫌気が差して表へ出てきた。
「記帳良いですか?」
「どうぞ、お名前は?」
「ナスタチウム」
女は古びた革製トランクを香典代わりに投げ置いた。
「………向こうで話そう」
人気のないバス停のベンチまでゆくと、そこに腰を落とす。
女は鋭い目付きで老人を突き刺し、溢れ出る殺意を隠さずに居た。
老人はそれに動じることなく、前を向き続けていた。
「私を殺すつもりか?」
「別に仇討ちって訳じゃないですよ、我々の存在を知っていて尚且つ妨害までして来た。充分な合理的理由がある」
だが老人には長年の経験から、彼女が個人的理由でやって来たことが直ぐに分かった。
むしろ同じ情報畑の人間として心配になるぐらい、真っ直ぐな殺意を向けていた。
「私が何故、孫を使って君達を追ったのか訳を知りたいんだろう」
CR機関に在籍していた際、あの白い女と護衛の男は我々とは違う視点を持っていた。
いや視点なんてものではなく、世界観が違っていた。
軍事体制に慣れきっていた我々が、その当たり前の世界で生きていた我々には想像だにしなかった世界を見ていた。
あらゆる社会体制に対する知見を持ち、その全てを見てきたかのような表情をしていた。
言うなれば、枢軸国が敗北した世界を見てきたかのようだった。
「その正体を暴く為だけにアンタは孫を犠牲にしたって訳か」
「君も同じようなことをしてきただろう」
「ええそうですとも、だから気に食わないんだよ」
第一線を退いたお前が何故、回避出来た筈の犠牲を出し自身の技術を持ってして殺すに至ったのか。
「アンタは情報部の心理戦部門だった。精神を病んだ兵士も大勢見てきたお前が!」
フィリピンで散々使い倒して、人を地獄に叩き落としたマインドコントロールという手段を使ってだ。
「護るべき家族を殺したの、理解に苦しむよ」
サプレッサーを装着したUSPを鞄から取り出し、膝の上に置く。
「恨みも憎みもしない…………感謝するよ」
彼女は銃口を向け、引き金を引く。
銃弾は金属板の時刻表に穴を空けた。
「感謝なんてされて堪るものか」
田舎道の暗がりに向かって歩き出し、喪服のまま畦道を抜けた。
子供の頃は田んぼにも蛍が沢山居たものだが、時代の流れか季節が悪いのか一匹も見当たらなかった。
USPからサプレッサーを外し、夜空に向けて3発撃ち放つ。
大人になった私の蛍は、火花になって散っていった。




