多民族加害性国家
2038年にて
「本日は南満州鉄道をご利用頂きありがとうございます。次は新京、新京です」
新幹線のアナウンスが伝える声に目が開く。
体格、肌色、言葉、それぞれ違う人々が列車から降りてゆく。
アジアで最も発展した都市であるここ新京は、多数の民族が集う場所でもある。
東京とはまた違った雰囲気の世界でありつつも、何処となく似た空気もあった。
土地が広く根本的な都市設計が違うというのもあるが、住人の大半が余所者であることが理由なのだろう。
タクシーを拾おうと駅の外へ出るが、人の行列に加えて交通渋滞が発生していた。
「こういうとこは変わらないんだねぇ……」
渋滞とは人住む街の病だ。
幸い待ち合わせの場所までは近い、足は自分の物で大丈夫だろう。
歩きながら背後を警戒する。
これからやることは、国家の命運を左右する事なのだ。
14時間前、東京の内閣情報調査庁で聴いた話を思い出す。
「君、ここの職員になって何年目だい?」
「10年程でしょうか」
「分析官、君はどう思う?」
首を傾げて唸るCIRA長官は、隣に座っている内閣情報分析官に意見を求める。
奇妙なのは、その分析官がソ連担当の人間だということだ。
「優秀な人物であることは間違いないでしょう。実際彼女はDLFAを壊滅に追い込んだ」
「ロシア語は話せるか?」
「Не могу говорить」
「それで十分だ」
この仕事、慣れたら慣れるだけ厄介だ。
周囲を警戒しながら公園の樹木を囲うレンガに腰掛けると、指でカプセルを掘り起こす。
電子的通信は傍受される可能性がある為、情報の伝達は紙媒体を通したアナログな手段が取られる。
人目に付かないよう公衆トイレに入り、暗号表と照らし合わせて解読する。
「キツリンショウ ヒラノデパート ダイニハンニュウグチ 502ゴウシャ」
ナスタチウムは指示書をトイレに流し、足早にバス乗り場へ向かう。
「新京に来て1時間も経たずに出発か……」
ゆっくり食事する暇もないのは何時もの事ながら辛いものである。
出発間近の長距離バスに滑り込むと、また移動になる。
アメリカもそうだが中国もやたらと広い。
というか無駄に広い。
市街地を抜ければ大豆畑が広がり、更に遠くへ行くとバスのライトと星明かりだけの世界になる。
首を右から左に動かしても見えるのは、無数の樹木と隣に座る紳士服に身を包んだ男だ。
そしてその男と目が合った。
「あんた日本人か?」
「そう思うんならそうなんだろうね」
「日本人は嫌いだ。傲慢で、喧しい。僕の母親は日本軍がばら蒔いた毒ガスの後遺症にずっと苦しんでた」
この話したがりの紳士服の老人が、どうして独り旅をしてるのか分かる。
世の中に出ると、色んな人間に出会う。
会う人間の殆どは善人だ。
いやこの言い方には語弊がある。
金と住む場所さえあれば、人は善人の振りが出来る。
私に言わせれば、発展途上国の教育の行き届いてない馬鹿な自動小銃を持ったクソガキも。
私のような政治家一家に生まれた良いとこのお嬢様も、本質的には何も変わりやしない。
みんな違って皆いいのではなく、みんな違って皆クズなのだ。
この老人はどの種類のクズなんだろう。
「じゃあ何で満州に?」
「晒されて嬲り殺しにされるのを見たら、考えも少しは変わる」
なるほど、あんたは越境組のうちの1人ってわけ」
越境組とは文革大革命による殺戮を恐れた人々のことで、満州へ脱出を試みた者達の通称である。
累計で100万人以上の人間が満州へ逃れ、その中には弾圧側であった紅衛兵も含まれていた。
暴走を続ける紅衛兵を快く思わなかった党によって、処刑や農村部へ追放されたその彼らも、満州へ逃げたのだ。
流失を阻止する為に中国共産党は、満州国境に壁を造った。
南北分断の壁、第二の万里の長城、石のカーテン等の呼び名で呼ばれ、冷戦を代表する建造物の1つでもあった。
日本はこの状況を利用し、亡命してきた知識人と彼らが持ち込んだ文化財を駆使して満州国の正当性を強化した。
文化財は博物館で核兵器並みの警備で厳重に保護され、知識人には多額の予算が注ぎ込まれた。
「私にそれを言ってなんになる」
「なんにもならない、僕の性みたいなものさ」
相手にするのが面倒になったナスタチウムは、そいつの話を無視することにした。
議論をするのは嫌いではないが、どうにも仕事中はそういう気分にはなれなかった。
やがて老人は途中下車し、また別の人間が隣に座る。
帰省中の学生や田舎からの買い物客が、代わりばんこに乗って降りてを繰り返す。
そして私もその降りゆく人々の中の1人として、人混みに紛れながら下った。
指定の場所であるヒラノデパートは、表向きは株式会社装ってはいるが、その実態は関東軍OBが経営陣の大半を占める。
一部では国営ならぬ軍営デパートとも呼ばれている。
第二次大戦終結から2年後の1950年に、アヘン、モルヒネに対する規制が強化された。
薬物による中毒患者が続出したからである。
戦争帰りの兵士達が、そのまま広めてしまったことも原因の一つとされている。
そしてその多くは関東軍が内モンゴルで製造したもので、意図せず本土にまで流れてしまったのだ。
結果、関東軍は主な収入であったアヘン、モルヒネ製造が出来なくなり、新たな財源確保に迫られた。
その新たな財源は住民の生活だった。
水道や電気等の生活インフラ、カジノや遊園地と言った娯楽施設、食料品を販売する商業施設。
これらの関連企業を多数設立し、仲介者の居ない儲かる仕組みを作った。
ヒラノデパートはそんな大量にある豆粒の中の一粒に過ぎないのだ。
「水餃子でも買おうかな」
なんて冗談を呟きながら建物正面からぐるりと裏に回る。
第2搬入口から侵入すると、直ぐに警備員に呼び止められる。
「502号車は?」
「こっちだ」
案内されたトラックの荷台に乗り込むと、数人の内調職員が姿を見せる。
「来たな、準備は出来てる」
トラック内に積まれたその装置は低高度強襲開傘装置と呼ばれる人員輸送ポッドである。
空中または地上から射出された後、GPS誘導で目標座標まで地形に沿って飛行し、落下傘で降下する。
小型化とステルス性を極限まで追及し、RCSは「リュウセイ三五型A/B-1」の10分の1とまで言われている。
色々凄そうなことを言っているが、弾頭を高性能爆薬から人間に変えただけの巡航ミサイルだ。
因みに通称は桜花である。
「こんな大掛かりな物を用意する必要あるのか?」
「腐っても鯛、腐ってもソ連だ」
8年前のソ連崩壊直後の頃は、燃料どころか兵隊のやる気さえ枯渇していたので防空網は穴だらけだった。
だが今現在、極東にはソ連崩壊後に乱立した各勢力が集結し、米国を規範とした新たな連邦制国家が力を伸ばしていた。
「サハ合衆国って知ってるか?3年ぐらい前に出来たんだ」
「そいつらが国境警備に当たってるって訳?」
「だからコイツが必要になる」
そう言って桜花を叩く内調職員は、慣れた手付きで準備に取り掛かる。
「今回のカバーストーリーだ」
パスポートにはサハリン在住の朝鮮系ロシア人という設定が盛り込まれ、Roza Baburin Ким(ローザ・パブーリン・キム)の偽名が与えられた。
「あんたはサハリンの缶詰工場で働く女で生き別れの父親からつい1週間前に手紙を貰った。なんと父は、新露軍に属して戦っているそうだ」
同封されていた手紙を見ると、癖のある字で軍隊に入ったことを後悔する旨やまた一緒に暮らしたいといった文章が綴られていた。
「上手いだろう、この紙の劣化具合を出すのに苦労したんだぞ」
バックの中にはマカロフ自動拳銃の他、ルーブル紙幣に加え缶詰やチョコレート、タバコといった趣向品も含まれていた。
「検問に引っ掛かったらそれを渡せ、ルーブルは地域によっちゃ紙くず同然だから現品が強い時もある」
トラックがソ連国境に近付くと、射出に備える。
手狭な装置の中へ押し込めれ、パラシュートやらを上から被せられた。
「向こうで熊に食われるなよ!」
トラックの荷台に積まれたコンテナが開き、発射台が姿を現す。
足元でロケットが轟々と音を立てて点火し、ふわりと浮かぶ感覚がした。
勢い良く飛び出した桜花は旧ソ連領土へと侵入した。
レーダー避けて飛ぶ桜花は上昇と下降を繰り返し、その度に身体に重力がのし掛かる。
だが最も衝撃を感じるのは降りる直前なのだ。
桜花が逆噴射を始め、これまでに経験したことのないGがロケットの轟音と共に全身へ響き渡る。
目標座標に到達した瞬間、ハッチが吹き飛び機体から投げ出されパラシュートが開花した。
機体はそのまま森に突っ込み、ドシンと木々を揺らした。
着地すると、直ぐにパラシュートを回収した。
本当にあっという間、情緒が揺れ動く前に到達してしまった。
落下傘降下は負傷のリスクが高い為、職員をこんな危険な方法で運ぶことは殆どない。
内戦の影響で大使館も国境も全て封鎖された以上、こうした直接的手段で輸送するしかないのだ。
「さてと、どう進もうかな」
行く手を阻むのは兵士だけではない。
この広大な白い大地も住民も、皆敵の陣なのだ。




