そして私は必要なかった
映画のエンディングが流れる中、石原は椅子から解放された。
「痛てぇ」
腕の結束バンドを擦り切った石原は、死体から拳銃を取り上げる。
「あいつは何者なんだ?」
あの女は映画を観始めると同時にDLFAを射殺し、私だけ生かして出て行った。
全てが嘘で全てが謎の女、小説に出て来そうな人物像だ。
外に出て行くと、銃声とヘリのローター音が響いていた。
何の使命感もないのに、音に惹き付けられてる。
背を曲げて前のめりになりながら歩く。
近付くにつれ、何が起きているのかが分かった。
ロサンゼルスと空港の戦いで見掛けた特殊部隊、あの男が居る匂いがする。
ヨナグニサンが飛び上がったその下で、1台の車が砂埃を上げて東の方角へと向かった。
警官の屍からM4カービンを拾ってパトカーに乗り、その後を追う。
「俺は何をしているんだ?」
何故あの海軍男を追っている?
どうして戦場に戻った?
戦友が全員死んで、家に戻っても居場所が消えて、やりたいことも仕事も無い。
そこに突然、陰謀と使命が降ってきた。
今やっていることは、私の得になることなのか?
今やっていることは、誰の為になることなのか?
今やっていることは、祖父の……
疑念は銃撃によって遮られる。
銃弾を受けエンジンが煙を吹き、道を外れてスピンする。
「おかしな動きをするなよ、この距離なら脳幹を撃つのだって難しくはない」
また拘束され、今度は頭に2丁の銃を突き付けられた。
「こいつ何?」
「CR機関のアセットだろう、ここで始末する」
海軍の男が引き金に指を掛けるが、隣に居る白い女がそれを制止する。
「貴方、石原の息子?いや年齢的に孫かしら」
ちょっと似てるかしら、なんて言いながら薄ら笑いを浮かべる。
「彼がどういう立ち位置なのか知りたいわ、車に乗せて頂戴」
石原は後部座席に座らされ、白い女は首を傾け助手席から話し掛ける。
「貴方は自分の意思で来た?それとも誰かに言われて来た?」
「…………」
「もしかしてあやふやだったりする?」
「自分でもわからない?」
「…………」
思考が纏まらない。
それに加えてこの女、まるで底が見えない。
政治家のような雰囲気、優しい目をして口元は今にも笑いそうな歪み方をしている。
崖上に立つ狼のように白く美しく禍々しい。
ここまで残虐で完璧な人間は創作の中ですら観たことがない。
「私が怖いんでしょ、沈黙が長過ぎる」
「これでも努力してるんだけど、それでも足りないって世界が言って来るの」
「立場が弱い人間が努力するのは当然なの、だから私はもっと努力しないといけないの」
「たとえ結果が伴わなかったとしても、私は他者の否定は行わない」
「資金の不足、リソースの欠乏、優秀な人員の喪失、何から何まで私の責任で起きる出来事なの」
「悪い癖が出てるぞ」
運転をしている海軍の男は一方的に話す白い女を窘める。
「まあつまり、もう後戻り出来ない場所まで来ちゃったってこと」
「あんたは私の指揮下に入る、誰かは警告した筈だ」
中部米国 テキサス東部にて
「隔壁を開けろ、これは命令だ」
シュルツマンは生命終了施設の車庫で、地下に繋がる扉を叩く。
だが職員は籠城、こちらからの応答を拒絶し続けている。
「何故だ?」
この先にあるオレンジが必要だというのに、こんな所でモタモタしてる暇はない。
「ぶっ飛ばしちまえばいい」
ストーナーがそう言って爆薬を仕掛けようとするが、それをMDVが制止する。
「何か壁の向こうで動いてる」
耳を澄ますと、微かに何かがコンクリートの床を引っ掻く音が壁の向こう側で鳴っていた。
ショベルカーがバケットで地面を削る音に良く似た感触が、振動を通して伝わって来る。
隔壁のロックが外れ、ゆっくりと開いてゆく。
「散開しろ……急げ!」
全員建物の外へ出ると、12名のSS隊員達は扇状に展開し距離を取る。
何かがシャラシャラと音を立てて向かって来る。
勢い良く飛び出して来たのは、首の無い断面がオレンジ色の犬だった。
集中砲火を浴びせるが、それが自爆犬だと悟った瞬間に爆発した。
「もう一匹来るぞ!」
ライトを照らした先には巨大な四足歩行の怪物が姿を現す。
突進によってストーナーは宙に一回転しながら飛ばされ、首をへし折った。
「これは……」
全身が金属で覆われているというのに動物のように動き、駆動音は蹄の音で掻き消される程小さい。
「素晴らしい」
撃つのも忘れて見惚れたSS隊員は、爪で腹を引き裂かれて内臓が飛び出す。
シュルツマンはマウザーGL9を車から引っ張り出し、怪物へ照準をロックする。
最初の2発を直射で発射して前足を吹き飛ばし、動きを封じた後にエアバーストモードで脊髄を狙った。
「仕留めたぞ!」
MDVが殺害確認の為に怪物へ近付くと、苦しそうに呻き声を絞り出す。
「良かったな豚、銃殺刑は名誉だぞ」
息絶えるまで銃弾を浴びせ、無力化を行う。
「クソ!こいつは一体何なんだ!?」
開いた隔壁の奥からの狙撃でMDVが崩れるように倒れる。
それを合図に今度は銃撃戦が始まった。
シュルツマンはGL9で目標を捉える。
撃ってくるのはたった2人、火力と精密さで打ち倒せる。
エアバースト弾の発射と同時に敵の擲弾も飛来し、シュルツマンの前方に着弾して仰け反り返る。
「うおぉぉああ!あぁぁ………」
脳震盪で身動きが取れない間も戦闘は続く。
手榴弾が投げ入れ、投げ返され、必死の攻防戦が起きていた。
霞む視界に目を回しながらも手を離れたGL9を掴み上げ、遮蔽に隠れる手練れの相手へ向ける。
弾頭は敵の少し手前で爆発した。
さっきの衝撃でレーザー照準器の設定が狂ったようだ。
エアバーストから直射に切り替え、再度狙いを定める。
弾頭が炸裂して破片を舞わせると同時に、シュルツマンの胸に穴が開く。
胸元に大きな射出口が空き、背後から銃撃されたことに気付いた。
「プレートを貫通したのか?」
拳銃を背後へ向けようとするが、追い討ちの射撃を食らいシュルツマンは仰向けに倒れ込む。
他の隊員も次々と背後から攻撃を受け、全滅した。
「ドイツ……人?」
石原が撃ち殺した死体をひっくり返し確認すると、全員白人のドイツ野郎だった。
「SSの特務部隊だな」
コイツらを封じ込める為にわざわざ旧米から奪取したSRBMをトリポリの基地に撃ち込んだってのに、まだ生き残ってやがった。
「足止めしてくれたそこの奴に感謝しないとな」
海軍の男が遮蔽に隠れていた人物へ生きてるかと尋ねる。
右上半身が破片で裂け、大量に出血している様子を見るにもう長くはないだろう。
イタリア系の中年男は自らの運命に向けて笑っていた。
「よう、ヒトラーの墓に入ったことあるか?びっくりするぜ」
「お前だけか?」
「他はもう死んだ、人探しがとんだ大事になっちまった」
「あぁ、この業界じゃ良くある話だ」
口と目だけを動かし、男は喋り続ける。
命運ここに尽き果てようとも、後悔を口にするつもり無し。
そんな様子で言い放つ。
「知ったからには戻れない、だからやり続けた。馬鹿馬鹿しいよな」
イタリア人は死に絶え、生臭い鉄の匂いで満たされた。
隔壁の向こう側、そこに全てが揃っている。
「おい石原、お前は俺の後ろ歩け」
「俺に背後を取らせていいのか?」
「お前の後ろにも居るから大丈夫さ」
秘密の地下室って聞くと、想像するのはコンクリートの壁にやたらと薄暗い部屋の照明、食料とか武器が大量にストックしてあってみたいな情景を思い浮かべるだろう。
だが用意されていたのは、3つの革椅子と絨毯敷きの暖かい部屋だった。
「やあよく来てくれたねぇ、カメラでずっと観てたよ!ぁあ……君たちはぁ、CIRAなんだろう?違う?」
そして椅子の前にテーブルで隔たれた場所には、老いたデメキン気味の目の老人が座っていた。
どこかソワソワしているというか、老けているにしては随分と他動に動き好奇心がとても強いように感じた。
「我々は諜報機関ではない。顧客になるかも知れないし、ならないかも知れない人間ってだけだ」
「案内してもいいが、そっちの男はどうする?」
「実は私もどっちに転ぶか分からないんだ、一から頼む」
抽象的な表現を使い倒す彼らは、更に奥へと臆すること無く歩いていく。
その不気味さ故に付いていくことを躊躇したが、背後の女が短機関銃を携えて進むと、自然と自らの足も動いた。
「足元に気を付けてくれ、前に来た東米の役人が配線に引っ掛かって転んだ」
乱雑に繋ぎ合わされてスパゲッティのようになった配電盤や、恐らく効率やら利便性を無視した当てずっぽうな機械の置き方から察するに、かなり適当な性格なのだろう。
大学の頃の政治学教授が、こんな感じの散らかった部屋をしていた。
生活スペースと思われる一角には、保存食品の殻で床が埋まり、論文の束で壁が出来ている。
「あれは1979~いや89だったかな?確か丁度ジブラルタル海峡トンネルが開通した年だった」
老人はその当時、ナチスドイツの研究者としてアフリカでの核実験に携わっていた。
その地では78発もの戦略核が炸裂し、理論上はユーラシア大陸を壊滅させることが可能と言われていた。
オレンジを見付けたのはBlaue Sonne作戦の時だった。
ソ連が50メガトンの水素爆弾を起爆させたことに対抗して実施された実験だった。
超大型輸送機「グリンカムビ」に60メガトン級の水爆を搭載し、実験に望んだ。
この意思表示的な作戦に意味は無く、政治的パフォーマンスでしかない為か現場からは不満の嵐だった。
「ただデカい花火が上がるだけだった。問題は実行した後だ」
爆発後に出来たクレーターを調べる為にNBC装甲車で現地調査を行った時、最初のオレンジが発見された。
未知の元素で構成されたその物質は、文字通りオレンジの果肉のように輝き、熱によって質量を急激に増加する性質を持っていた。
Blaue Sonne作戦の影響によって生成したオレンジの量は約300億立方メートル、これは大日本帝国最大の湖である琵琶湖を凌駕する量だった。
それが爆心地の地下空間に生成されたのだ。
「私はこの物質を更に研究しようとしたが、爆発直後は放射線量が高く調査が困難だった」
結果10年足止めを食らい、その間に総統は次の代へ移った。
放射線量が低下し、充分な量のサンプルが採取出来てからは研究が大幅に進んだ。
「オレンジは燃料として使うに都合がいい、だからムーランって会社に売り出した」
火力発電所にオレンジを運んで熱を作り出し生成すれば、半永久的にエネルギーを作り出せる。
石油に代わる新たな燃料資源としての価値を見い出したが、当時の総統は研究を停止させた。
「既得権益を守るとか、既存社会の崩壊しかねないとかで話事態が消えた」
「だがあんたは研究を続け、それを広めすらした」
「………続けるつもりは無かったんだがなぁ。あのへルゲンって政治家に上手く乗せられた」
「ドイツを繁栄させる為の医療だとか戯れ言をな」
熱を加えることで生きた細胞のように増えるこの物質は、オレンジ色に燃える血液だ。
ヘルゲンはオレンジを利用して総統の座に登り詰めようとした。
その為にあらゆる手段を用いて私の研究を援助した。
西米の証券会社を利用して資金を調達し、旧米の親独派を騙してテキサスに研究所を設置した。
絶滅幇助計画だのそれっぽい言葉を並べ立てたら直ぐに信用してくれた。
事実に辿り着いたイタリア人を利用して人工皮膚を調達させた。
「オレンジは人体に有害だ。だから酸でも溶けない人工皮膚が必要だった、これを創るために」
全ての説明を受けた我々は、多くの組織と人間を振り回し続けた末に生まれた存在に到達した。
オレンジとは何か?
それは新しいエネルギーであり、新しい生物でもあった。
「私の祖国は確実に有色人種を消費するだろう。それは認められない、あまりにも酷い」
「全世界、全民族に戦える力を与える」
「つまり世界大戦を起こすってことか、民族解放の為に」
海軍の男はそう言ってM45A1を抜いた。
「何を!?」
石原が銃を向けようとするが、後ろから銃口を突き付けられる。
「我々もそれは容認出来ない。人が沢山死ぬとこっちは困るんだよ」
「今だって沢山死んでるさ」
「桁が違う、核戦争がどんな物か知らないだろ」
「まるで経験してきたかのような口振りだな!」
一瞬の静寂、肯定とも取れる沈黙の後、老人に向けて銃弾を放った。
そのまま流れるように銃口を滑らせ、人造人間を破壊した。
どうすればいいんだ?
理解などできない
どうしたらいいんだ?
何も出来やしない
頑張るんじゃなかった




