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ダブルクロス

砂漠と所々生い茂る青い草、LAVで駆け抜けたユタを思い出す。


ここはメキシコの筈なのに、何処となく懐かしみを感じるのは何故だろう。


国境を隔てているが、地続きの同じ大陸だということを忘れそうになる。


「この間まではアメリカ人の観光客も来てたんだがな、戦争の影響でどうにも足が遠退いてやがる」


ヒッチハイクで捕まえた農夫の男は、長い距離の暇潰しに時折世間話をする。


私はその話を黙って聞き、たまに反応をするだけだった。


「国境の警備が厳しくなってなぁ」


農夫の癖して観光業の心配するのかとも思ったが、まあ何か事情でもあるのだろう。


「戦争はいつになったら終わるのかね?」


「戦争はもうすぐ終わるよ、また新しい戦争が始まるだけだ」


横目で私を見る農夫は、石原が放っていた陰鬱な雰囲気を感じ取った。


「野暮なこと聴くぞ、放浪の旅をしに来たようには見えん」


石原の格好はロサンゼルスの街中には溶け込めただろうが、ここでは不自然だった。


重量で中折れした安物ボストンバッグを抱え、スニーカーを履いた人間は素人バッグパッカーにも劣る。


「わからない」


「まぁ、人生そういうこともある。俺だってなんで農夫してるのかわからん」


それは生活の為だろうと言うと、そういう話ではないと返される。


農夫は親の家業を継いで今の道を進んだが、本当は別の事をしたかった気がすると話した。


「若い頃、親と喧嘩をした訳でもないのに、たまに家出をしてた」


見知った町まで歩き、そこから一歩抜け出そうとした瞬間、家族や親戚に偶然会って車で送り返される。


「当時は疑問に思ったりしていなかったが、今思えばあれは仕組まれたことだったのかもな」


家業を継がせたい親が、気付かれないよう監視していたのかも知れない。


「わからん、わからん、何でこうなったのかなんてさ」


農夫の体験談をどう解釈すればいいのか、考えたくなかった。




サン・アイラインにて



国境を迂回してから約14時間、目的地のエル・パソまでもう一息だった。


ここから列車で旧米のテキサスに入国する。


だがその前にやることがあった。


近所の小売店からダクトテープと胡椒、アルコール消毒液を買って次に洋服店へ向かう。


「いらっしゃい」


「あー鞄ないかな?土産を買い過ぎてしまって」


店主は一番新しい奴だと言って、ピンク色のキャリーケースを持って来た。


ABS樹脂の軽くて丈夫な奴だが、色が派手で少し目立ち過ぎかもだ。


「……ちょっと派手じゃないかな?」


「今時、ピンクでガタガタ言う男も馬鹿らしいですよ」


「いやそういう訳じゃ、あっちのトランクを見せてくれ」


昔ながらの革製トランクは味があって地味なのがいいが、古すぎて逆に目立つかもと思った。


ここで悩んでも仕方ないと思い、古い方の鞄を買った。


ついでに長めのベルトも調達し、越境の準備を始める。


トランクの裏地に金を隠し、警察犬避けに胡椒や消毒液をありったけ振り掛け、偽装で買った土産の山にUZIとUSPを隠す。


その上から盗難防止にとベルトで一巻きして完了する。


旧米から出るのは容易いが、入国するのは結構苦労する。


だが戦地を通って行くよりは遥かにマシな筈だ。


「福島駅ぐらいだな」


寂れた町と思っていたが、40年前は交通の要所として最盛期を迎えていただけあって立派な駅があるみたいだ。


駅前の2人の男が握手を交わし微笑む銅像は青く錆び、爛れたような見た目をしている。


90年代建築の特徴を網羅したレトロでない懐かしみを感じる建物だった。


異国の駅に対する懐古的感情の正体はすぐに分かった。


「1991年 日墨共同建設鉄道」


銅像の台座に嵌め込まれた記念プレートには、そう刻印されていた。


「Flores Ocasio Montalvo」 「TAKERU MIKI」


スペイン語はさっぱりなのでメキシコ人の名前は判らなかったが、どうやら日本人が関わっていたらしい。


道理で懐かしく感じた訳だ。


メキシコは第二次大戦で殆どの期間を連合国側として戦っていたが、ニューヨークへの原爆投下に加え、日本軍の西海岸上陸と状況が悪化すると枢軸陣営へ鞍替えを始めた。


枢軸陣営との単独講話を行い、アメリカとの国交断絶を決めた。


直接戦火を交える事はは無かったものの、アメリカとの関係悪化は2000年の政権交代まで続いた。


しかし、米国との関係改善後は日本との関係が悪化する。


仮想敵と関係を深め、鉄道を通じた貿易活動を日本は面白く思わなかった。


整備部品の販売拒否、西米へ通じる路線の廃止等の報復措置を受けた。


国内の鉄道車両は80%が日本製だった為、メキシコの鉄道業界は大打撃を受けた。


この町が寂れてしまったのも、それが原因だった。


「旧米行きを1枚」


「旧米?」


切符を1枚買おうとするが、駅員に怪訝な顔をされる。


そういえば、旧米って呼び方はこっちじゃ使わないんだったと思い出し、中部米国と言い換えた。


切符をポケットに仕舞い、ホームへ向かった。


思えば長距離旅客列車には初めて乗る。


本土では何処にでも新幹線が通っていて、日を跨いで移動するようなことはなかった。


満州の方ではまだ旅客列車が現役らしいが、大陸の方には朝鮮の親戚に会いに行ったぐらいで乗ったことはない。


「おい!」


突然呼び止められる。


敵意のある声に身体が反応し、60年式拳銃を抜き反射的に撃った。


呼び止めた筈の男は、まさか撃たれるとは思っていなかったようで驚いた顔をしていた。


自分も撃つつもりは無かったから当然だ。


8mm南部弾は下腹部に命中して敵の赤いシャツに赤いシミを滲ませる。


「しまった!」


どうしてか撃ってしまった。


この光景を誰かに見られたらまずいと、周囲を見渡す。


子供の手を引く母親と呆気に取られた顔をする若者、それからナイフを持って向かって来る中国人だ。


そのまま狙わずに引き金を引くと、その中国人の脇腹に命中する。


が、当たったにも関わらず突進を続けナイフを石原の足に突き立てた。


顔面に向け、銃を放つと目玉が銃弾に押し潰され、そのまま仰向けに倒れながら絶命する。


いや違う、コイツらは俺を殺しに来たんだ。


一目散に物陰へ隠れ、トランクからUZIとUSPを取り出す。


「立てしっかりしろ!」


赤シャツの仲間は襟首を掴み引きずりながら、イングラムを乱射する。


石原が身を隠していた場所は、一瞬にして穴だらけになる。


物陰から腕を出し、弾倉一つ分撃ち尽くす。


「逃げられると思うなよ!」


赤シャツと短機関銃持ちが1人づつ、そこまで不利な状況ではないが、この騒ぎで列車が止まると厄介だ。


考えてから行動では遅い。


音速を超える速度で飛来する銃弾が飛び交う状況で戦ってきた経験が、私に殺せと囁きかける。


制圧射撃を加えながら飛び出し、敵を射殺した。


赤シャツにとどめを刺そうと銃を向けるが、複数の足音がパタパタと聞こえてくる。


UZIを放棄し、何も持たずにホームへ向かう。


金の入ったトランクを捨てるのは惜しいなんてレベルではないが、大金を抱えたまま死ぬのも馬鹿らしいので捨てていった。


逃げる途中、後ろで何発かの銃声が聞こえた。


恐らく赤シャツは死んだ。


その途中でトイレに入り、肌着を脱いで引き裂く。


それで足をグルグル巻きにして、その上からダクトテープをキツく縛った。


鏡で自分の顔色を見てして青ざめていないか確める。


時計の針は7時を差し、暗く冷える時間になっていた。


「刺されただけなら安いよな」


足を引きずりながらホームに辿り着き、なるべく目立たないようそれでいて怪しまれないように振る舞う。


ズボンの隙間から吹き込む冷気と冷たくなる指先、体を左右に揺さぶり、寒さを誤魔化そうとホームの天井を見上げる。


不快な電気音を放つ蛍光灯には、蜘蛛の巣が張り巡らされているが、捕食者も獲物の姿も見当たらない。


今日損をしたのは俺だけだと分かり、ため息を溢す。


ズボンに覆われた太腿を捲り見ると、血染めの包帯が顕になる。


あれほど止まらなかった滲み出る血液が、凝固し固まっていた。


シャツとダクトテープで作ったにしては、良く働いてくれている。


目を潰したあの男は、私の後ろでナイフを握り向かっていった時、どんな顔をしていたのだろう。


これは警告なのかもしれない。


誰かが、私に行くなと、叫んでいるかのようだった。


そんな風に、身に降り掛かる不幸に因縁を付けていると、ポトリと何かがつま先に落ちた。


落ちた者の姿を見て安心した。


私以外にも、損しているのが居たようだ。


「お前もか?」


そう口に出して、蜘蛛を踏み潰した。




列車にて



ポケットの中には40ドルと5ペソ、それからUSPが1丁、片道切符とはまさにこの事だ。


客車はガラガラで疎らにすら人が居ない。


20両編成で客車は2両、あとは貨物車だけだった。


だが、それにしても人が少なかった。


「切符を拝見しても?」


若い女の車掌はそう言って銃を向ける。


「今日はカメラを持ってないんだな」


「本業はこっちなの」


「まさか本当にマタ・ハリだったとはな……」


石原は激痛と共に意識を失った。


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