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鉄砲玉は転がり続ける

クラブ サンクチュアリにて



「そこにリーって男が居る。金と封筒を渡して情報を受け取れ、中は確認しなくていい」


「あぁ……わかったよ」


携帯をポケットに仕舞うとP220のスライドを引き、石原はどんちゃん騒ぎをやっているナイトクラブへ足を向けた。


何故自分がこんなことをしているのだろうか?そう考えそうになる。


いつの間にか、流れに巻き込まれている気がする。


しかし、水に落ちた犬は流れに身を任せる他ない。


「クソいつもこうだ、お前って奴はよ!」


クラブに近付くと警備員がボディチェックをしているのが見える。


だが、人数を捌き切れておらず長蛇の列が出来ていた。


客は早く入れろと不満を声に出し、そのせいでチェックが杜撰になっていた。


「もう手荷物検査だけでいい、さっさと客を入れろ」


プロの仕事とはとても言えない対応、だから俺のような無粋な人間が入ってくる。


足首に巻いて隠した拳銃は見付からず、想像よりもずっと簡単に武器を持ち込めた。


店内は紫と緑のレーザーが煌めき、露出の高い男女が踊り狂う別世界だった。


普段こういう所には来ないので音の迫力に少し驚きもしたが、155mmの衝撃に比べれば何てことはない。


確かエレクトロなんたらとか言うタイプの曲だったか?低音でズンドコズンドコ音を立てて、やたらノリの良い曲だ。


「さてと」


人海をかき分け、リーという男が居そうな場所へ向かう。


「なあリーはいるか!?」


「誰だよそれ!」


そもそもリーがどういう風貌をしていて、この場所で何の仕事をしているか分からない。


そうして手当たり次第に聴いて回っていたが、そういう行動をしていると目立つようになる。


「フロアに軍人っぽい、妙な奴が居る。対処してくれ」


習慣は簡単に滅びず、習慣は簡単には変えられない。


石原は3人程に囲まれ、両脇抱え込まれ建物の裏手に連れて行かれてしまった。


「女でも探してたか?」


「リーを探してる」


「そんな名前の奴は知らん、下手な真似すると殺すぞ」


用心棒の男は上着を捲り、脇のホルスターにある拳銃を見せる。


「サイラの人間か?」


サイラ?………→CIRA


あぁ内調ってことか、だったら勘違いに乗っかってやる。


「そうだよ、お前らのボスに会わせろ」


用心棒達は互いに目を合わせ、再び店の中へ連れてかれた。


あまり信じられていないようだったが、後で問題が起きたら困るとでも思われたのだろう。


「腕と足を開け」


部屋に入る前にボディチェックを受けてしまい、足首に隠した拳銃が発見されてしまった。


「全く警備は何をしてる、アイツは首だ」


ところでチャイニーズマフィアがどういう部屋で仕事してるか知ってるか?


悪趣味な絵を飾り大ドラが部屋の隅にあって、水槽に淡水魚でも浮かばせてると思っていたが、意外とシンプルな部屋だった。


「青龍刀とか置いて無いんだな」


「刃物は全部質に入れちまったよ、捕まっちまうから」


西米での中国マフィアの歴史は逃避から始まった。


有色人種排斥政策施行後、ナチスドイツは東海岸から中国人を排除した。


その中には元からアメリカに居た中国マフィアも含まれていた。


彼らは最初、旧米へ移動していたがアイリッシュマフィアとの抗争に敗れロサンゼルスに逃れた。


しかし逃亡先のロサンゼルスでは日本ヤクザとの対立が発生、再び血を血で洗う抗争が始まった。


敗残の集である中国マフィアが壊滅するのは時間の問題かに思われたが、現地の中国人勢力と合流し数を増大させた。


占領軍を後ろ楯に好き放題やっていたヤクザに対する不満も爆発しており、一時期はイタリアやコロンビアの麻薬カルテルとも手を組んでヤクザ潰しに奔走する時期もあった。


彼ら中国マフィアを支えたのは、中国本土から送り込まれた56式自動歩槍を主とした高性能軍用ライフルだった。


敵対国で戦う同胞へ武器を流し、しかも見返りで得られる報酬で私服を肥やせる。


国にも自分の為にもなるということで共産党幹部達は、これをモデルケースに世界中様々な抗日国、反独国へ武器を密輸した。


今から話す人間はそういった組織の人間だった。


「おたく、内調の工作員じゃないだろ。何が目的だ何処の組織に雇われた?」


「リーに会いに来た」


「リーは死んだ、葬式が昨日だった!」


石原から取り上げた拳銃を向け、激怒しながらもこちらを探るような目を向ける。


このまま殺されるのも楽で良いかもしれないが、まだ金が余っていて贅沢が出来るからその選択は止めておいた。


中身の知らない封筒を黒机の上に置き渡し、相手の反応を見る。


「………二人にしてくれ」


そう言われ、後ろに立っていた用心棒は部屋から出ていく。


余程まずいことが書かれてあったのか、肩は大きく上下して書類を持つ指先は小刻みに震えている。


いや違う、怒っているのではない。


瞳孔の開いた血走った目の表層には船が浮かんでいた。


「そうか、そういうことだったのか」


自分の関知しない所で話が進み、動き続けている。


大きな歯車同士を噛み合わせる小さな部品のような気分だ。


不愉快で不快だ。


誰も彼もが勝手に納得して、勝手に死んで行く。


岡田もそうだった。


「エル・パソに向かえ、メキシコからテキサスまで直通列車が通ってるそこを進めばいい」


書類を放って呆然と天井を見上げるその姿は、見栄が命なマフィアとは思えない放心っぷりだった。


出ていっても大丈夫な空気になったので、お暇させて貰おうかと立ち上がった。


何回か爆発音がして叫び声が聞こえた。


「ロス市警だ!全員床に伏せろ、全員だ!」


目と目が合い、一瞬の刹那四肢は闘争を開始する。


向けられた拳銃を右手で払いのけ、壁に銃弾が突き刺さる。


「うががあ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!」


顔面を左手で掴み掛かり、取っ組み合いの状態になる。


「サツの犬めぇ!」


「俺が犬に見えんのがぁ!」


石原は相手を壁際に押さえていたが物凄い力で持ち上げられ、床に叩き付けられた。


振り払われまいと腕に食らいつき、拳銃を奪い返さんと奮闘する。


銃口が石原の頭に向けられ、引き金が引かれた。


が、寸での所でそれを回避して拳銃を掴む。


スライドを掴まれたまま発砲された拳銃は、排莢が上手く行われずジャムを起こす。


凶器として威力を失った銃を放り捨て、その手でなぶり殺そうと拳を振るう。


「リーをたぶらかしやがって!てめぇの親兄弟皆殺しだ!」


「親はもう俺のこと要らないってさ!」


俺にそんな脅しは効かないぞと得意気に叫ぶと、床に転がった文鎮を手に顔面を殴り付けた。


しかし怒り狂った男は防御ではなく、攻撃を優先する。


絞め殺す、何がなんでも絞殺するという強い殺意で殺しに来る。


のし掛かる身体を殺意と一緒に足で押し飛ばす。


火事場の馬鹿力ってやつだろうが、人間を足の力だけで飛ばした自分に驚いた。


壁に激突して棚から色んな物が落ちる。


その中には青龍刀もあった。


「ねえっていった癖によぉ……」


拳銃を拾い、ジャムを解消してから撃った。


狙いなど付ける必要すらなかった。


というかその暇すら無かった。


「ここだ、開けろ」


刑事の指示に従って特殊部隊員がバッテリング・ラムでドアを突き破った。


部屋に突入すると、暖かい血の臭いが立ち込める銃殺体が横たわっていた。


「クソ、遅かったか」


「撃った奴を捕えろ、包囲から逃すな」


石原は裏口から飛び出し、車に向かう。


建物の中では散発的に銃撃戦が起き、それに意識が向いているのか手薄だった。


「そこのお前、待て止まれ!」


「ああ、クソまずい」


考えることは同じの人間が沢山いるようで、何人かのやましい事情のある奴らは裏口から出て捕まってゆく。


その混乱に乗じて車へ飛び乗った。


「逃げたぞ!白のセダンだ、ヘリを回してくれ」


石原は遠くからヘリのローター音が響いてきたことに気付き、咄嗟の判断で立体駐車場に車を停車させる。


急いで現場から離れなければならなかった。


怪しまれないようにゆっくりと、だが速く。


そうして銃と金の入ったバッグを手に、行き先の知らぬバスに乗り込んだ。


ヘリのサーチライトは明後日の方向を向き、バスには見向きもしなかった。


深いため息を溢し、シートにぐったりと背中を付ける。


まさか警察のガサ入れ直前に来てしまうとは運がない。


オマケに警察の人間だと勘違いされ、殺されそうになった。


出来ることなら今すぐにでもホテルで休みたいが、今日にでもメキシコへ行くべきだと感じた。


「……メキシコ?」


祖父はどうしてこんな情報を集めていたんだ?あの海軍の男を追う為にマフィアを探る意味は?


ポケットに押し込んでぐしゃぐしゃになった書類を広げ、何が書かれてあるか読んでみる。



リーJM証券を覚えているか?あのいけすかないカトラーって若造がやってる会社だ。


どうにも高跳びしたらしい、お前達の情報も漏れている。


DLFAは密輸管理担当のお前を始末しに来る筈だ。


対処の為の人員は目の前に居るから始めてくれ。


「どういうことだ?」


断片的な情報から推測するに、リーって奴はDLFAへの密輸担当だったらしい。


中国共産党から中国マフィアへ武器が送られ、それがDLFAへと流れるシステムが構築されていた。


JM証券のカトラーはシステムを支える為の資金調達を行っていたが誰かに脅され、情報を漏らした。


そしてDLFAはシステムとの共倒れを恐れて破壊に取り掛かった。


リーという奴はその犠牲になったのだ。


「わからん……」


もうここまでくると、複雑に絡み過ぎて何を追っているのか判らなくなる。


星の隠れた海を進むには灯台が必要であるが、幾つも乱立していては何処へ進むべきかも見当が付かない。


もう今は、回る光に向かって歩くしかなかった。


ふと思う。


私は前に進んでいるつもりだったけれど、その実ただ誰かの作った流れに身を委ねているだけなのかも知れない。


祖父をこのまま信じていいのか?


窓の外にあるオレンジの絵描かれた広告看板を見詰め、そんなことを考えた。

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