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偽りは人を安住へ導く

「ご迷惑をお掛けしました」


警察署の留置所で一夜を過ごした後、受け迎えにやって来たのは祖父だった。


足腰が悪い癖によくこんな場所まで来る気になったものだ。


駐車場に停まっている中島製の古い車が目に止まる。


確かアルシなんとかとか言ってた気がする。


「さぁ乗れ」


家に帰りたくはなかったが、どうせ金がないのだから何処へ行こうが変わらないだろう。


「ダッシュボードに封筒が入ってる」


言われるがまま中を覗くと50万程の金が入っていた。


「元は汚れた金だ、好きに使え」


「……どうやってここが分かった?」


「都市での追跡は、テクロノジーが使えればジャングルより容易い」


「情報部って話、本当だったんだな」


祖父は車を運転しながら昔の出来事を語った。


戦争に勝ち続けていた日本にとって、フィリピンからの撤退は初めての敗戦と同等だった。


国民からは敗残兵、犯罪者と罵声を浴びせられ、大戦帰りの退役兵からは負け組と馬鹿にされた。


まだ精神病の理解も足りなかった頃、精神を病んだ帰還兵は根性無しとレッテルを貼られた。


帰還兵を揶揄する女々病という言葉が流行った程だった。


「私が話したのは歴史の一面に過ぎない。ここで聞くのを止めて自由に暮らしていい、あんな連中に付き合う必要はない」


「決めるのはお前だ」


こんなことを言われて、引き下がる兵士が居るだろうか?


私は祖父に連れられて、地元にある記念館に向かった。


戦国から今に至る生活の風景だとか、村の歴史、出兵した部隊の話が纏められた小さな客の来ない記念館だった。


「お待ちしていました中佐」


記念館の館長らしき老人は敬礼を行う。


「うん、資料室を開けてくれ」


南京錠を外したかと思うと、ダイヤル錠と隠しカメラで守られた鉄扉が現れる。


上の放牧的な雰囲気はガラリと変わり、重厚な空気が資料室を包んでいた。


「ここは昔、核シェルターとして機能してたんだかな。維持に金が掛かるってんで放棄された」


中は黄色がかった蛍光灯で照らされてはいたが、随分と薄暗く歴史を感じる匂いがした。


祖父は膨大な資料の山から資料を取り出し、机に並べた。


「さて質問だ、フィリッピンの周りは海で囲まれていて補給は不可能だ。だがどうしてそんな状況で抗日ゲリラは日本軍と戦えるだけの武器を集めることが出来たか?」


「旧米が残した武器があったと聞いている、自作したとも」


祖父はそれだけでは20年も戦えないと断言する。


日本軍は1945年に抗日ゲリラ制圧を宣言したが、10年後には再び蜂起している。


「ゲリラに必要なのは、他国の支援、民衆の支持、聖域だ。フィリッピンの連中は後者二つを持っていた」


軍の圧政で民衆は怒り、ゲリラを支持していた。


聖域は山とジャングルがある。


実際マッカーサーは日本軍に殺害されるまでの間、コレヒドールに1年以上潜伏していた。


しかし他国の支援は不足していた。


中ソの共産主義国からの支援があったと言われているが、海上封鎖されている以上、輸送量には限りがあった。


「じゃあ誰が支援してたって言うんだ?まさか敵に塩送ってる訳じゃあるまいし」


「そのまさか」


祖父はかつて所属していた組織、CR機関について話した。


文民復権を掲げるこの機関は、226事件以降拡大を続ける軍部を文民統制の管理下に置くことを目的としていた。


大東亜戦争終結後、軍部は更に独裁色を強め、誰にも制御出来なくなっていた。


そこで軍の権威を失墜させ、国民の意識改革を行うことが必要だと判断された。


「抗日ゲリラへの武器の横流し、情報漏洩や破壊工作、友軍の不利になることは何でもやった」


CR機関の工作員は死亡したとしても、通常の手続きに乗っ取って処理される。


武器の横流しを行った工作員は私利私欲を尽くした汚職軍人として銃殺刑に処された。


情報漏洩を行った者は当局に拘束される前に自害した。


破壊工作を担当した軍属の男は抗日ゲリラのスパイとして警備兵に殺害された。


絶対の忠誠があったからこそ、現世の苦しみも死後の辱しめも甘んじて受け入れた。


「いったい誰がそんな命令を出したんだ?」


「誰が大元かは聞かされていない。でも全員、薄々分かっていたと思う」


これ以上は聴くなと言われた。


「だが現場指揮官の顔は覚えている。女だった」


「女?」


「人種はゲルマン系で髪は白く右腕が義手の白人の女、その護衛にいつも海軍軍人の男が就いていた」


海軍の軍人、そのワードに嫌な予感がした。


良く当たる予感は常に悪い方向へ向かう。


「……なぁ爺ちゃん、まだ情報部だった頃のツテは残ってんのか?」


「婆さんと孫の頼みは断らんことにしてる」




イタリア領トリポリにて



「ン?なんだこれは……」


レーダーが捉えたその物体の終末速度はマッハ5を超えていた。


「撮ってるか?」


「セットしてあるサーマルじゃ見えん、凄い温度だ」


ヘリのカメラとそのパイロット達の目には、黒煙で覆われたトリポリ港の姿が美しい地中海と共に映っていた。


フランクフルト号の付近に着弾した飛翔体は、一瞬で区画を蒸発させた。


「SAMは何をしていた!?」


「基地のミサイルでは弾道弾の迎撃は不可能です」


「弾薬庫に引火する前に消火しろ!」


NBC防護車両を伴う科学消防チームが到着し、消火活動を始めようとするが、測定器のアラームが鳴り響き、酸素濃度が低下しているのを知らされる。


車外に居る者は全て死に絶えていて、綺麗な死体だった。


「燃料気化弾頭か?」


「とにかく延焼を防ぐぞ、ダブルタップ攻撃を警戒しろ」


炎は昇り上がり、狼煙の如く天へ向かっていた。


その様子を機上から眺めるベルゲンは目に入った汗を拭う。


もしあそこに留まっていたら……そう考え、1時間前の出来事を思い出す。


「へルゲン議員、アルゼンチン行きの準備が整いました」


書類をドラム缶で焼き、海中投棄する兵士達の後ろ姿を眺めていたヘルゲンはシュルツマンを睨んだ。


「私に逃げろと言うつもりか?命令だベルリンに行け」


クーデター計画が頓挫した以上、ここに留まる必要性は無かった。


ベルリンでは戒厳令下であることを利用し、ヘルゲン派議員の粛清を計画しているという情報も入っていた。


「今私がベルリンに行かなければ、ルドルフが全てを握ることになる。あんな腑抜けにアーリア民族の未来は導けん」


ルドルフは腑抜けだという見解は、シュルツマンから見れば少し違っていた。


「あの男はクーデターに勘づいている可能性が高いです。もし、ご自宅に帰るまでに命があったなら奇跡と言っても差し支えませんよ」


「これは今後50年、100年の時代を決める戦いなのだ。お前のような傷痍軍人を処分対象にさせない為の闘争だ」


シュルツマンは第7次ギリシャ浄化作戦の際、味方の警察大隊が散布した科学兵器が原因で視力を低下し、失明寸前まで追い詰められた。


もし働けなくなれば、社会的地位を剥奪された後に収容所送りだ。


そんな窮地を救ってくれたのがヘルゲンだった。


傷痍軍人救済会の会長だったヘルゲンは、シュルツマンに手術を受けさせてくれた。


「ドイツを繁栄させる為の医療」というキャッチフレーズの元、植民地運営で得た潤沢な資金を利用して国に見捨てられた兵士達の支援を行った。


一介の政治家であるヘルゲンがここまでの戦力を揃えられたのも、こうした取り組みが現場の支持を得ていたからだ。


「どうしても行くおつもりですか?」


「当然だ、ここで立ち上がらずしてドイツの繁栄は有り得ない……君はどうする?」


「貴方には恩がある、最後まで付き合いますよ」


「ならばテキサスに向かえ、オレンジを回収しろ」


トリポリがどんどん遠く離れてゆく。


通常通りの航路を飛行しつつ、次はどう動くかを考えた。


このままノコノコ首都まで飛んで行けば、謀殺されるに決まってる。


「シチリアに降りろ、早く!」


機長と副機長は互いに顔を見合せる。


「あー了解」


ヘルゲンは船でイタリア本土まで向かい、そこからは陸路でスイスまで行くルートを思い付いた。


旅行客に紛れ込んで行けば、ある程度は当局の目を誤魔化すことが出来る。


国境を超える手配をして置くために、機内から電話を掛ける。


「失礼、電話は使えません」


副機長がヘルゲン向けて注射器を発射し、胸に突き刺さった。


ヘルゲンはため息を溢しながら腕時計を指差す。


「まだ15分しか経ってないぞ」


意識が朦朧として力を失い首を曲げ、受話器が手から滑り落ちた。


「こちらDC3374、機内でトラブル発生、乗客が心臓発作を起こし倒れた。救急車を待機させて欲しい」




ベルリンにて



「ええ、葬儀には出席させて頂きます。政敵とは言え愛国者であることには変わりないですから、ではまた後日」


反乱の芽は摘んだ。


党内のヘルゲン派は、近々人事異動という名の粛清を受けるだろう。


しかし不安は晴れなかった。


「何かありましたか?」


機械仕掛けの秘書はルドルフの不安定な感情を察知し、声を掛ける。


「敵を殺したが気分が落ち着けない」


ヘルゲンのやろうとしていることは分かっていた。


差別階級や劣等民族を消滅させ、植民地依存を減らすことだ。


「今、私の考え通りに物事は進んでいる。現状の維持は成功している」


私は別に彼らがどうなろうが、知ったことではないのだ。


機関銃で薙ぎ倒され、焼却炉にゴミのように捨てられ、文化に至る全てが滅びようとも、ドイツ国民が信じる世界を滅ぼさぬことを第一としている。


劣等人種を消費尽くした後の世界は、ドイツ国民を不都合な真実に直面させることになる。


虐げられる者が全て消滅した後に生まれるのは、新しく虐げられる者だ。


それはアジア人かも知れないし、イタリア人が標的になる可能性もある。


或いはドイツ人の中から新たな差別階級が誕生する恐れもあった。


軽蔑の対象が必要だ。


この片翼だけが肥大化した歪な国家を維持するには、彼らという劣等民族の存在は必須なのだ。


「民衆はヘルゲンの理想を支持しています。それが貴方の不安の正体です」


ルドルフは机に足を乗せ、吐き捨てた。


「愚民共め」

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― 新着の感想 ―
[一言] すごく面白いです……毎週楽しみにしております
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