生きるんじゃなかった
「本管に砲弾が落下、連絡途絶!」
「旧米のクソ共め、ふざけやがって」
稜線を超えて迫る敵に小銃を向け、引き金を引く。
弾は出ず、全て泡と消えた。
「弾が出ない!」
故障を直そうとするが腕が思うように動かず、何処をどうすれば動くようになるか思い出せなかった。
そうしていると誰かに激しく問い詰められ、どうしてお前は役に立っていないと責め立てられる。
皆よく働いて立派に務めを果たしたが報われてはくれない。
生きる価値のある者は死に、役立たずは死なない不条理、戦争という状況のせいにしてはならないのに、そうしたがる自分が嫌で、こんなことすら思いたくない思い出したくない
終わりのない自己嫌悪と。の付かない自己批判が夢の中で続く
頼む覚めてくれ
黒い影が天井に這い迫り来る瞬間、やっと覚めた。
静かに目を開け、部屋の中を見渡す。
実家の子供部屋で目覚めた私は、悪夢に慣れてしまっていた。
起きて庭に出ると、腰掛けに座って虚空を眺める。
一日はこれで終わる。
軍を辞めてからこんな調子だ。
何もやる気は起きないし、起こす気もしなかった。
このまま朽ち果てたいのに、周りはそうさせてくれない。
昨日やって来た親戚は、俺に働けとほざきやがった。
親に迷惑を掛けている自覚はないのかとか、私が若い頃はだとか適当なことを言う。
こういう連中にはいつもこう言っている。
「それが正しいと思うなら俺を殺せ、俺は戦争で証明して見せた」
この言い草が暴論だと分かっていたが、善人面した痛みを知らない連中だけは自分が正しいと思っている。
だからこういう言い方になった。
苦労は買ってでもするべきだ、なんて言う奴は恵まれた人生を歩んで来たに違いない。
痛みを知らない人間ほど、痛みを知り尽くしていると思っているし、他者へ苦痛を与えようとする。
そしてそんな痛みを知らない人間を見て、もっと苦痛を与えようとする奴も居る。
そんな奴に成りたくは無かったが、今こうしてそんな奴に成りつつあった。
消えてしまいたかった。
近所のラーメン屋にて
麺を啜った亮平は咳き込み、紙ナプキンで口元を拭いた。
「大丈夫か?」
石原は水の入ったコップを渡す。
それを掴もうと手を伸ばすが、上手く掴んでくれない。
「片目はまだ慣れないか」
亮平の顔面は整形手術によって完治した。
熊爪にズタボロにされても元通りにしてくれると評判の医者がやってくれたそうだ。
だが、利き目の右目はもう見えなくなった。
鼻はシリコンで固め、歯はセラミックに、眼は義眼に変わった。
「目測が出来なくて変な感じだよ」
見て呉れは思ったより元気そうだったが、多分それは表面上だけだとお互い分かっていた。
「良いじゃないか、隻眼ってキャラ立ってるし」
「キャラが立っても、傷痍軍人は就職には不利だが」
「違いない」
平日昼過ぎの飲食店はガラガラで人も居ないので声が響く。
だからかお互い声が小さくなっていた。
店主は新聞を広げて椅子に座っていたが、込み入った話になりそうだと察すると奥へ引っ込んだ。
「この前、高校の同級生が訪ねてきたよ」
「………なんで皆、放って置いてくれないんだろうな」
地獄への道は善意で舗装されている、そう言ったベルナルドゥスは本質を見抜く才があったのだろう。
「弟の顔、もう見れなくなったよ。寄って集って気持ち悪い」
亮平の雰囲気が岡田に似ていた気がした。
戦争から戻って来てからの方が戦争に適応するなんて、皮肉としか思えない。
「精神科に行くべきかな?」
「そうだな、レクサプロでも貰って寝れば全部元通りだ」
「真面目に話してるんだ、岡田みたいだぞ」
互いに言葉を詰まらせる。
こんなことを思っていたとしても、どうしようもないと分かっていた。
いつもの癖で直りもしない。
俺か岡田が呆れる冗談を言って、それを亮平が皮肉混じりに返す。
失って初めて気付くと良く言ったものだ。
我々の場合、亡くしてから大切になることが多い。
「もう帰るよ」
懐から財布を出そうとする亮平の手を抑え、こっちが出すと言う。
「いやいいんだ、大丈夫だ」
児童5人死亡 重軽傷者3人
次の日の朝、テレビはこの事件について速報で報じた。
通学中の小学生に向かって車が突っ込み、児童を次々と跳ねて行ったと目撃者は語る。
SNSから転載された映像には、犯人らしき男が警官と対峙する様子が映っていた。
携帯の電源を切り、部屋に閉じ籠って外からの情報を全て遮断した。
何かの間違いに違いない、いやそうでなくてはならない。
だが人生は残酷だ。
起きて欲しくないことが起き、都合良く回ってはくれない。
時間の経過と共に冷静になり、あれが現実であると認めてしまいそうになる。
この際、間違いでなくてもいいから時間が早く過ぎてくれと願った。
しかしその翌日、背広を着込んだ二人組の刑事が事情聴取をしにやって来た。
変わった所はなかったですか、何か心当たりはありますかって典型的な質問をしてくる。
「確か戦争に行ってたんですよね?その時に何かあったんじゃないですか?」
どうして警察機関の連中って奴は癪に障る言い方が上手いんだろう。
「あったらどうなる?どうせ裁判は出来っこないだろ」
「因果関係を確認して置かないと、後々問題になることもありますから」
「問題か……向こうでは何人死んでも問題にはならなかった。大勢子供が死ぬのも見てきた」
「それは詭弁ですよ」
そんなことは分かっているんだよ。
「ああ詭弁だよ、道理が通らない」
石原は語気を強めて言う。
ここで起きた事と向こうで起きた事を比較するのは、円滑で友好的な対人関係を阻害することになる。
人それぞれの苦しみがあると理解しているが、どうしても反発心が湧く。
駅前で呑んだくれて潰れてる中年やチャラついた大学生の群れが怨めしく思う。
言い掛かりのような憤りを感じる。
「石原さん、私も軍に居た経験がある。気持ちは分かるがこれが仕事なんだ」
少しの沈黙の後、刑事はこう続ける。
「戦友の事をベラベラと喋りたくないのも分かる。だが失くなった子供達とその家族の為にも、真相を明かにする必要がある」
頭を抱え悩んだ。
「石原さん!」
観念して思い当たる節を話すことにした。
亮平が戦争の後遺症で子供を恐れていること、顔面を撃たれ生死の境を彷徨った事実を伝えた。
突然だが、ここで式を解いて貰う。
(帰還兵+犯罪)÷警察=?
答えは社会不安、噂はすぐ広まった。
「あそこの家の人、この間の事件の犯人と知り合いだったそうですよ」
「怖いわねぇ、やっぱり人殺しすると変わるのかしらねぇ」
「ちょっと止めなさいよ、お国の為に戦争行ってくれたんだから」
「でもねぇ……」
こんな風、こんな感じに噂は流れ不安は増幅する。
「もうあの子が分からないわ」
居間で話す親の声が聞こえる。
「何を訊いても曖昧だし、いっつも上の空」
「そうだな、一度病院にやった方が良いかもしれないな」
母親は泣き、父親は疲れ果てていた。
私は荷物を纏めてその日の夜に家を出た。
誰にも気付かれず、誰にも悟られず、消え去るように居なくなる。
大陸での道しるべは月明かりと暗視装置だった。
世界を知るまで、地元が田舎だと思い込んでいた。
だがこんな田舎でも100m間隔で街灯があることに気付く。
自分がいかに恵まれていたのか、アスファルトで舗装された明るい道を踏みながら思った。
何かに期待して後ろを振り返ってみる。
だけれども誰も居なかった。
それからは快楽を求め、あらゆる場所を歩き回った。
夜から朝まで暴飲暴食を繰り返し、安宿に泊まって死んだように眠る。
そして悪夢で目が覚める。
悪夢を忘れる為にまた酒を飲むが時々は趣向を変えて、にわかジャンキー達に紛れて大麻バーでガンジャパーティーに興じたりもした。
一週間以上、同じ街に留まることはなかった。
競馬をしに地方都市まで出向くこともあれば、女を抱きにネオン眩しい夜の街に金を落とすこともあった。
酔っ払いながらヤるのは最高だったが、泥酔状態では入れてくれない店もあったので立ちんぼを買うこともあった。
朝は眠り、昼は酒か大麻、夜は女と駄目な人間が羨む生活を送った。
破滅的な行動を取れば取る程、現実から遠ざかり悪夢を忘れることが出来た。
だが口座残高は忌々しくも現実を見せてくる。
金が減って行く度に焦りと自己嫌悪に襲われる。
まるで自分の存在価値が消えるような感覚に陥る。
それでも辞めようとは思わなかった、いや辞められなかった。
そうしていつものように酔い潰れていた時だった。
宿に戻る途中で力尽き、ベンチで眠ってしまい悪夢を見た。
車の振動、砲声に掻き消される叫び、50口径の空薬莢が足元を埋め尽くす。
岡田や亮平、分隊長が車の外に居て自分だけ何処かへ行ってしまう。
「どうしてなんだ!置いてかないでくれ!」
炸裂音で目を覚ます。
目の前の奴は、自分の胸ポケットに手を突っ込んでいる。
敵だ、殺せ
瞬時に判断すると、首根っこを掴んで殴りかかった。
夢中だった。
寝首を掻こうたってそうはいかないぞ、お前ら旧米に殺されてたまるか!
「止めなさい!こら止めろ!」
羽交い締めにされ手錠を掛けられ初めて気付く。
ここは戦地ではなく、殴っていた人間はただの置き引きだった。
警察署の取調室に連行され、また全部話す羽目になる。
「取りあえず、今晩は1日留置所で過ごしなさい」
「相手が一般人ならこんなもんじゃ済まないぞ」
私が殴った相手は置き引きの常習犯だったらしく、目に青あざを付けてしまっていたが大目に見て貰えた。
「はーい」
警官は石原の横着な態度に苛立ち、怒鳴り声を上げた。
「君は帰還兵なんだろ!もっと行動に慎みを持ったらどうなんだ」
石原は鼻で笑い、警官に言った。
「戦争なんてのは安い商売女を買うようなもんさ。最初は盛り上がるが後になって、何でこんなことしてるんだろうなってなる」
もうどうだっていいのさ どうだって




