捉え方次第だ
昔のツテと記憶辿って海軍のSF連中を調査してみた。
ロサンゼルスに駐留している特別陸戦隊の中に、お前の言う海軍の男を見付けた。
私の指示通りに動け、心配の必要はない。
調査報告書と一緒に入っていた手紙を懐へ入れる。
「ヘイお兄サン、ノッテかない?」
陽気な客引きのタクシー運転手は、片言の日本語で手招きして来る。
「Do I look like a stupid tourist who doesn't know any better?」
観光客をぼったくろうとする個人運送のタクシーは、これで大抵引いてくれる。
「英語喋れるならそう言って下さいよ旦那!さ、乗って下さいよ」
ラッパーのような風貌の運転手は、それでも乗せようとしてきた。
そいつの商魂に負けた石原は諦めるようにタクシーに乗った。
「お客さん!ちょっと回り道しますよ、テロ警戒で検問やってるから渋滞してるんでさ」
「好きにしろ、無事に着いたらチップも弾んでやる」
「それじゃうんと遠回りしなきゃ」
こちらの気も知らず、人生を楽しそうに生きる運転手は音楽を掛けながら裏道を走る。
何処までも続くアスファルトとコンクリートの街並み、人々はどこか余裕が無く今を生きていた。
路肩にはホームレスのテント立ち並び、その更に向こうには娼婦と薬物中毒者がごちゃ混ぜになっている。
還ってきたのだと実感した。
「お客さん観光目的って訳じゃ無さそうだね」
物言わぬ石原に運転手は少し不気味な印象を受けていた。
「確認しに来たんだ、誰が俺達を殺したのか」
墓地でタクシーを降りた石原は祖父の指示通り、共同墓地へ向かった。
中流層向けの墓地なだけあって、住んでも悪くない程度の造りではあった。
だが大勢、まるでアパートのポストみたく棺が埋め込まれていた。
棺の中には干からびた死体、その脇には古びたボストンバッグが押し込められている。
「こんな古い紙幣使えんのか?」
出てきたのは何十年も前に刷られた東條英機が印刷された一万円札だった。
随分昔、仏壇の小皿に置かれたこれを見た気がする。
確かツルッパゲと馬鹿にしてた記憶があった。
半信半疑で銀行に持って行き、両替出来るかと行員に尋ねた。
見慣れぬ札に初めは戸惑っていたものの、それが円であると分かると両替してくれた。
それから各銀行と両替所を回り、怪しまれないよう少額づつ取引した。
ボストンバッグには東條の変わりにオッペンハイマーの100西ドル札が詰め込まれた。
この人物については良く知っている。
大戦後にユダヤ狩りを恐れソ連に亡命を企てたがアラスカで日本に拘束された。
自由と引き換えに研究成果を日本側へ提供することが求められ、西米国籍を取得後は研究者としてのキャリアを全うした。
マンハッタン計画の関与していたとされ、日本の核開発にも協力したと噂されているが噂の域を出ていない。
ユダヤ系が紙幣の肖像画になると決まった時はドイツから圧力があったらしいが、うちの傀儡に指図してんじゃねえと云わんばかり日本側からも圧力が加わり結果採用された。
「これだけ金があれば、贅沢はし放題だな」
最後の紙幣を両替し終えた石原は再びタクシーを拾い、運転手に良い宿がないか尋ねる。
「そこらのモーテルなら幾らでも空きがある。軍がそこら辺で検問やってるから、怖がって観光客も流れ者も来ねぇ」
「もし自分の女を泊めるなら何処にする?」
「女扱いされたいのか?」
チップを多めに渡すと、運転手は肩を竦めながら指先でチップを受け取った。
「一泊で軽く1000ドル吹き飛ぶホテルがある。うちのアパート2.5ヵ月分の家賃だ」
タクシーは寛ぎの空間へと高層ビルが聳え立ち並ぶ市の中心部へと向かった。
だが、目玉が飛び出るくらいには高かった。
エグゼクティブなんたらとか、ラグジュアリーとか名前の付く部屋は凄まじい値段だった。
スプリングの壊れたベッドと、シミのあるカーペットが嫌で高級ホテルに泊まろうとしたのが間違いだったかも知れない。
「どうされますか?」
「そうだな……一番コスパの良い部屋は?」
高級ホテルに来といてコスパを気にする奴が居るのかと思ったが、他の言い回しが見付からなかった。
一番安い部屋にしてくれ、なんて言うのは流石にアホらし過ぎた。
「お部屋は515号室です。お食事は13階のレストランに」
ホテルのラウンジでは本物の金持ちに囲まれて、みすぼらしかった自分も部屋入ってしまえば王様だ。
1人では余す広々とした空間に加え、悪くない眺めの夜景、部屋にある布製品はバスタオルから足拭きマットまで上等でふかふかだった。
着替えついでにシャワーを浴び、持ってきた服の中からなるべく貧乏人らしくない格好になると、レストランに向かった。
こういう店はコース料理を出すもので、財布に優しい飯ばかり食っていた人間としては落ち着かない気持ちになった。
前菜にスープ、白身魚を平らげると鹿肉のローストがやって来る。
こういうのジビエ料理って言ったかな?鹿は轢き殺したことしかなかったが、こんなにも旨いとは知らなかった。
脂身が少なく身が引き締まっていて食い応えのある肉を白ワインで流し込む。
LAVの中で座り眠っていた頃に比べれば、ここは極楽浄土の酒池肉林だ。
部屋の冷蔵庫にはジュースと酒が詰まっていて、籠には菓子が山盛りになっている。
背嚢に慌てて菓子を詰めたりせずとも、手を伸ばせば高カロリー食品にありつくことが出来る。
「いやだな」
こんなことばかり考える。
気が付くと、いつも何かにイラついてて大衆の無関心さに腹を立てている自分が居た。
そして考え事をして、悪夢を見て、朝日に照らされて起きる。
前と違った人間になっていた。
火に炙られたり、土にまみれたり、人を撃ったりすると頭がおかしくなるって当たり前の事を信じたくなかった。
だって自分のことだから。
「もっと強いやつを頼む」
どれだけ酒を飲んでも頭がぼやけてくれないし、旨くもないがそうする以外の逃げ道が見つからないから飲んだ。
注がれたワインがグラスの中で波打ち揺れた。
夜景を一望出来る大きな窓の外には、舞い上がる炎が映っていた。
「市庁舎辺りじゃないか?」
客の携帯は鳴り響き、飯を食う雰囲気では無くなった。
ロサンゼルス市庁舎前にて
「昨晩の痛ましい事件から一夜明けた今日、庁舎前は多くのロサンゼルス市民が花を手向けに訪れています」
テロ事件が起きるといつもこう。
犠牲者の写真が花や手紙と共に並べられ、遺族が肩を抱き合い泣く。
規制線の外にはマスコミ、そして野次馬が遠巻きに眺める。
「現在までに死者7名、重軽傷者29名を出しており、ロス市警は深夜議会中の政治家を狙った犯行と見ています」
女はカメラを手に写真を撮る。
吹っ飛んだ車や破片、その効果を写真に納めてゆく。
普通乗用車に載せられた約10kgのプラスチック爆薬が、一緒に積まれていたスロットマシン用のコインと共に吹っ飛んだ。
爆発の効果を高める為に釘やベアリングボールを入れる手口は良く知られているが、コインとはまた珍しい。
散らばったコインを一つ拾って表面を見てみると砂丘の帝国と刻印されていた。
確かラスベガスのカジノにこんな名前の店があった気がする。
帝国を吹っ飛ばすって洒落か……連中も中々洒落てる。
目的をあらかた済ませ、現場からそそくさと退散しようとした時だった。
見覚えのある顔が一つ、野次馬に混ざっていたのを見付けた。
「ふぅん……」
ここで尾行しても良かったが顔見知りな以上、直接探ってみるのも選択の一つだと思った。
石原が人気のない庁舎の裏側へ歩いたのを見計らって、偶然を装ってぶつかった。
「ちょっと気を付け……あら貴方」
なんて白々しい態度をしてみる。
これでパンでも咥えてたら、昔のラブコメの出会いシーンだなと心の中で笑った。
「君は………カメラマンの」
前に会った時と同じ、黒艶ぱっつんの前髪と芋っぽい服なので向こうも直ぐ分かったようだ。
石原の目は現実を知った形になっていた。
自分はこれからもっと強くなり、出来ることがこれから増える筈だと大抵の人間は思い込んでる。
しかしどうだろう、自分は偶然納まるべき所に納まっていて、実はもっと酷い場所があるとも思えないのだろうか。
それに気付いた時、我々は現実を知ることになる。
現実は無慈悲で爛れたケロイドのように醜い。
だからこそ、現実を知った後に自分で立って歩けるかが重要だった。
歩けるならまた現実との付き合いが始まり、駄目なら死ぬだけだ。
彼は今、そういう時期に居た。
「まぁ、それで軍を辞めたはいいが居場所が無くてな。ロスまで戻って来ちまった訳だ」
掻い摘まんで身の上話をする石原は、自嘲混じりに人生を振り返る。
「そう頑張ったのね」
「そんなこと……俺はまだ」
「貴方は努力した。結果が振るわなかっただけで出来る限りやって来た。私にはわかる」
君もそうなのか?と石原は尋ねたが、話を逸らされた。
「見てこの破片」
市庁舎の壁に突き刺さっている黒くギザギザとしたその破片はかなり古びた物だった。
「大東亜戦争頃のやつか?」
「戦艦武蔵の46cm砲弾、その破片ね」
西海岸上陸前の艦砲射撃と富嶽の爆撃でロサンゼルスの街は都市機能を喪失し、軍民併せて8万から11万人が死亡したと推定されている。
集団疎開や臨時シェルターの建設等も行われていたが、それでも犠牲は増えた。
その後の市街地戦では両軍併せて100万人規模の戦力が激突した。
その内の約20万人は州防衛軍に編入された16歳から50歳までのロサンゼルス市民だった。
日本側もそれを認知していたので、中国での経験を駆使した毒ガス戦を展開した。
防護装備を持たぬ人員も多く、建物に立て籠るアメリカ兵、市民を駆逐した。
「戦後に行われた市庁舎の改修でも、この破片だけは残された」
どれだけ時が経ったとしても、この犠牲だけは覚えているという決意でもあった。
「まあ、皆そんなこと覚えていないどころか知りもしないけど」
人は忘れるから同じ過ちを繰り返すし、忘れるから前に進む。
全ての死に平等に向き合うことは不可能だ。
「貴方の犠牲を認めさせることも諦める?そういう選択もあるけど」
彼女は私の奥底を見透かしていた。
だからこそ何度も忠告する。
「今の戦争が終わったら、また新しい戦後が始まる。語る人間は多い方がいい私はそう思う」
「大人しく帰れと言いたいのか?」
「強制はしない、選択の自由は尊重されるべき。けれども戻る必要なんてない」
彼は悲しい顔をして言葉を詰まらせた。
そして再び決意する。
「断る、もう引き返すことは無理だ」
「……そっ、なら仕方ないね」
「あぁ、仕方ないことだ」
彼女は鞄の紐を掛け直し、石原から離れてゆく。
「あっそうそう、祖父の言うことに注意なさい」
曲がり角を進みながら、去り際にそう言い放った。
その言葉にハッとして石原はその後を追うが、水に溶けるかのように彼女は消え失せていた。




