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予想などしない

生きるとは虐げられる事だ、死んで初めて慈しみられる



州道190号線付近にて



約600m先、入念に偽装されているが何とか発見出来た。


「M7シューティングガード……!こんな所に居やがった」


近くに歩兵は居ない。


恐らく単独で行動しているのだろう。


「位置を航空隊に連絡しろ」


小隊長は嬉々として無線を取り出し、そのスイッチを押した。


それが引き金になったのか、それは判らない。


無線を逆探されたのか、それともサーマルで見つかっていたのかも判らない。


確かなことは、敵は我々を見つけていて砲口から閃光を放ったということだけだった。


毎分3000発のM61バルカン砲から発射された20mm機関砲弾が、音速を超える速さで向かってきた。


伏せろなんて言う暇はなかった。


機関砲弾はレーザーのように飛翔し、部隊の半数を血煙に変えた。


手足が玩具のように吹き飛び、頭が水風船みたく破裂する。


戦争という不条理は、全ての存在に振り掛かることが決められている。


今回はそれが我々に振り掛かった、そうただそれだけだ。


小銃を片手に持ち、斜面を転がるように駆け出した。


M7は機関砲で断続的な攻撃を行い、我々を追い立てる。


木片が飛び散り、岩は割れて火花を散らす。


「くそったれめぇ!!!」


足を踏み外す感覚、真っ逆さまに落ちてそこで気を失った。


目覚まし時計を掴むと、家の匂いがした。


畳が家具の自重で凹み、黄ばんだ漫画本が本棚を埋めている。


子供机はそのままに、穴の空いた障子から光が射し込んでいた。


ノスタルジーに浸るほど実家に愛着があるとは思っていない。


自室から出ると、傷だらけの廊下を歩く。


軋みのある床から玄関先まで歩いた。


そうだ、あのラーメン屋に行こう。


縮れ麺と鶏ガラのスープが旨いあの店に行こう。


銃声で目を覚まし、小銃を構えながら木の陰に隠れる。


上を見上げると、杉の木の高さ程の場所から落ちたのだと察した。


完全なる暗闇、光の一切もない闇夜だ。


月も星も厚い雲に遮られ、僅かな光源が無く暗視装置が使い物にはならない。


こんな事は初めてだった。


カサカサと音を立てる何か、土を踏み締める存在、そこへ突発的に発生する銃声に神経をすり減らされる。


「セーフゾーンを目指すしかないか」


友軍支配地域へ逃れるべく、西を目指して進む他なかった。


軍隊とは集団でこそ威力を発揮する。


1人というのは無力だ。


もしこの状況で敵とかち合えば、分隊相手でも死ぬ自信がある。


「There must still be Japanese soldiers around here」


「You said that three hours ago」


身を屈ませ、立木のように身を固めるか或いは揺らす。


声からして人数は2人、恐らく斥候だろう。


米兵の背中へ小銃を向け、セレクターを単発から連射に切り替える。


こっちに気づくなという気持ちと一緒に、強い殺意を向け続けた。


幸いにも発見はされなかったが、敵の歩兵がここまで進出しているのを見るに、悠長に歩いてる暇はないようだ。


夜に山道を駆ける恐怖は、やった人間にだけしか分からない。


シューベルトの魔王に出てくる父親のように、大切な息子がいつの間にか腕の中で死ぬような感覚を知ることになる。


「おっと!」


斜面で足を踏み外しそうになるが、何とか持ち直した。


「くそがよ、アメリカなんて嫌いだ」


「誰か?」


この問い掛けは良く知っている。


「俺だ、石原だ」


「知らんそんな奴」


「俺も知るか!」


「こっちに来い」


「ヴァカが!てめぇが来い!」


押し問答をしていると、竹を割ったような音が響き味方の死体が転がって来た。


一瞬の刹那、山を下り降りた。


周りの木々に弾が命中し、木屑が舞う。


サプレッサーでも着けているだろうか?発砲炎は見えない。


手詰まりってやつだ、ここで死ぬしかない。


「まあいいか……」


駄目元で盲撃ちをしてみる。


逃げ場のない今なら、何でも出来る。


無謀な英雄のような気分だ。


銃弾が自分の脇を逸れて行ってくれる気がした。


だが、心臓辺りに強い衝撃を感じた。


息が詰まり、一瞬意識が飛びそうになる。


良く考えてみれば、この暗闇の中を一発目で命中させられる狙撃手が外す訳なかった。


しかし悪運ここに来ても途切れず、銃弾は防弾プレートが受け止めてくれた。


撃たれるのはこれで3回目だが、それでも無傷ということは最早何かに取り憑かれでもしてるのだろうか。


地面に倒れて身動き取れずにいると、付近で榴弾が炸裂する。


「よお大丈夫か?」


岡田と分隊長が救助にやって来てくれたようだった。


分隊長は擲弾銃で姿の見えない狙撃手を牽制しながら、退却を援護する。


銃声に吸い寄せられたのか、別方向からも攻撃を受ける。


「撃ち続けろ弾幕を張れ、回り込ませるな!」


木陰から木陰へ岩陰から岩陰へと移動し、窪地に滑り込んだ。


「機関銃!」


橋立が筆で撫でるように左から右へ軽機で掃射する。


その間に分隊長は擲弾銃の回転式弾倉を横にずらし、50mm榴弾を装填した。


「良く無事だったな」


ぶじ?無事なもんかと言いたくなったが、分隊長の手前それを言うのはやめた。


「坂場のやつはどこに?」


「死んだ、それより逃げるぞ」


無線手だった坂場の代わりに居たのは、馬鹿小隊長だった。


心底がっかりした。


いいやつは死んでく癖に、あいつは生き残る。


まるで生ゴミだ、必要ではないもの程燃えずらく処分しにくい。


自分がどんなに落ちぶれて堕落しようとも、コイツだけには劣りはしない。


「救援は?」


「呼んで来るなら苦労しない」


分隊長は応戦しながら、次にどうすべきかを考える。


こうなった以上、連中は我々を逃がしはしないだろう。


背後に目をやると、ボロボロになった部下達の姿が写る。


夜通しの行軍で疲れきり、食事も満足に取れていない。


白樺陣地まで戻るのは無理だ。


見晴らしの良い場所に出て、友軍の航空偵察に見付かることに期待するしかない。


「全員で190号線まで走れ、友軍機に見えるように位置を伝えろ」


分隊長は全ての武器を揃えた。


「また靖国で逢おう」


私は疲れていた。


だから分隊長の自己犠牲を止めなかった。


いや止めても無駄だった筈だ。


爆発音は次第に銃声に代わり、雄叫びの後に何も聴こえなくなった。



190号線沿いのキャンプ場にて



銃剣でドアを抉じ開け、管理人室へ侵入する。


疲れ果てた身体を床に下ろし、うめきを漏らす。


「おい誰か見張りをしろ」


目だけをギロリと動かし、貴様ごときが命令するなと無言の圧を掛ける。


小隊長は誰も命令を聞かないことにイラつきながら外へ出て行った。


普段なら怒鳴り散らす筈だが、もうそんな気力もないのだろう。


室内に残ったのは自分と岡田、橋立の3人になった。


全員一言も発することなく、ただ床板の木目を眺めていた。


この時ばかりは、旧知の間柄であっても、話せることは少なかった。


「そういや亮平のやつどうしてるかな?」


「ベッドの上でマスでも掻いてる筈だな、俺だったらそうする」


と岡田はニヤけながら言う。


「アイツは運がいい、散弾で顔を撃たれてなきゃここに居た」


「顔がズタボロになるのが運が良いもんか」


「最近は整形手術も発達してるからイケメンになって戻って来るんじゃないの」


馬鹿言うなと呟きながら、残弾を確認する。


だがやめて疲れた。


頭の中で軋んでいた鉄骨が、いつの間にか折れていることに気付く。


もう元の強度には戻らない。


誰にもどうしようもないこの状況を抑え込んでくれる存在は消えた。


「おい!」


本当に耳に響く怒鳴り声だ。


大声で威圧しなきゃ何も指示出来ない低能がよ。


「さっさと行くぞ!日が昇る前に移動する!」


「分隊長はここで待った方がいいと」


「そんなに死んだ人間が大事か?」


「てめぇよ!」


階級がなんだ、コイツをぶん殴ってやる。


立ち上がった瞬間、身体が橋立に触れた。


橋立はなんの抵抗もなく横に倒れ、少しの動きも見せなかった。


「おい橋立?」


目を瞑ったまま青ざめて死に絶えている戦友とは、もう話せなくなった。


「根性がないな」


小隊長はそう言い放ち、1人小屋から出ていく。


岡田は敵から鹵獲していた9mm SMGで銃撃した。


間抜けな声を出しながら、うつ伏せに倒れ込む。


「バカなにしてる!?」


岡田の銃を取り上げ、倒れた小隊長の元へ駆け寄る。


発射された弾の殆どは防弾プレートに命中していたが、最後の一発が頸動脈を貫いていた。


瞬く間に血の海が広がり、もう助からないと分かった。


「前から気に食わなかったんだよコイツ、俺怒鳴る奴嫌いなんだよ」


小隊長は助けてくれと目で訴え掛けるが、目を逸らして見なかったことにする。


「止めを刺そうか?」


「いやいいよ……もう死ぬから」


もう何もかも手遅れで戻れやしなかった。

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