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白樺陣地防衛戦

崖の上で首を吊られたのなら、くくられるか落ちるかのどちらかに意味を求めるしかない



白樺陣地にて



「分隊長ぉ!」


真っ暗だった。


砲撃で掘り起こされた土、そして雨がとてつもない。


「誰か!誰かぁ!」


この言いようもない激しい閉塞感の中で、冷静では居られなかった。


頼む助けてくれと言いそうになったが、そう言って誰か助けてくれた試しがない。


泥水の塹壕を這って移動し続けた。


こんな仕事やってられっかよもう辞めてやる!と、心の中で叫んだ。


愚痴を言葉に出しても、無意味だと分かっているからだ。


海だの星を見て、悩み事がちっぽけに感じるなんてほざく奴らは、きっと自分で誰かを殺したことも、砲撃を受けたこともない幸運な奴なのだろう。


「おい岡田!」


岡田の居た場所には、クレーターが出来上がっていた。


「岡田!何処にいる!?」


声が砲弾で掻き消される。


もしかしたら土に埋もれて居るのかも知れない。


そう思い、指で掘り起こす。


そして直ぐ下に、地中に鉄鉢が埋まっていることに気が付いた。


「ちくしょう……」


いや違う!あゆいつがこんな死に方で終わる筈はない。


あんな野郎が、砲撃で跡形も無く消し飛ぶなんてことは考えられなかった。


「岡田ー!頼む返事をしろ!」


「コッチ」


準備砲撃が止んで、雨音に紛れ微かな音が聴こえるようになる。


それが音ではなく、声だと気が付けた。


陣地の外側、千切れた有刺鉄線の隙間に岡田は転がっていた。


「大丈夫か?」


「みぶをくべ」


「なんて?」


「みず!」


口の中に入り込んだ砂を吐き出す岡田の姿に、笑いが込み上げて来る。


水筒を岡田に向かって投げようとした瞬間、激しい銃撃が始まった。


「クソ!アメリカ人め!」


森の中で光る発砲炎に向けて応射を行いながら、手を伸ばして岡田を引っ張り上げようとするが、届かない。


「もっと腕を伸ばせ」


岡田は足りない分の腕の代わりに、小銃を差し伸ばした。


石原は小銃ごと岡田を引っ張り上げた。


「危機から脱したな」


「いや、ここからが地獄だ」


銃にかかった泥を払い、動作チェックを行う。


「こいつは持久戦になるぞ、航空支援はまだなのか?」


「この天候じゃ誰も来ねぇよ」


岡田は暗視装置を取り付けようとするが、鉄鉢を吹き飛ばされていることを思い出し、ため息溢す。


真っ暗で何も見えやしない、閃光のみが頼りな状態だった。


雨に降られてながら膝を付いていると、人影がやって来た。


「お前らどこの分隊だ?」


「いちだ!1分隊!」


声を掛けてきたのは第3分隊の人間だった。


「撃つとこだった、誰か侵入してきてないか?」


「白人顔は見てないぞ」


第3分隊の男は銃のIRレーザーを切らずに、塹壕から顔を出した。


パシッ!とくぐもった音が響き、後ろに倒れた。


「クソがよ、ポッと出てポッと死にやがって」


岡田はちょっと借りるぞと言って、鉄鉢を死体からひっぺがし、自分で被るとついでに手榴弾も貰った。


「レーザーを使うな、向こうも暗視装置を使ってる」


IRレーザーは夜戦に置いて強力な装備ではあるが、敵が暗視装置を使用している場合、逆に位置を露呈させることになる。


暗視装置を持たないゲリラ相手の非対称戦争に慣れた兵士が、いつもの癖でIRレーザーを点けたまま戦闘を行い、集中砲火を受ける事例が多々あった。


「国に帰ったら自伝に書こうか今のやつ」


「勝手に書け」


暗視装置を装着し、やっとまともに戦えるようになると、闘争心が反撃を促してくる。


闇に紛れて2個分隊規模の敵が、陣地裏手から回り込もうとしているのが分かった。


「オカダ、オカダ」


小声で名前を呼びながら、ハンドサインで敵が近付いていることを知らせる。


静かに配置に付き、321でカウントして同時に射撃を行う。


撃たれて数人が倒れ、敵は慌てふためき斜面に転げ落ちた。


「伏せろ!」


敵からロケットが飛び、少し手前に着弾して爆発した。


地形的には有利だが、火力で負けている。


さっきから無線で応援を何度も呼び出しているが、砂嵐が耳元で吹き荒れるだけで誰も来てくれない。


壊れているか、電波妨害を受けているのどちらかだろうが、無線が使えないことに変わりはない。


それに陣地のあちこちで擲弾銃の爆発音と敵味方の銃声が聞こえるのだから、呼べても誰も来られないだろう。


ここで耐えるしかない。


「残弾は?」


「弾倉に28、予備が4つ」


「予備含めて3つ、手榴弾が6つだ」


「いいね、コンボラ合戦でも始めるか?」


「後に取っとくさ、散る用意をしよう」


石原と岡田は着剣を行い、近接戦闘に備える。


正直こんなものが銃撃戦で役に立つとは思っていない。


だが銃剣には日本兵の魂が宿っている。


知識、体力、物資、これら3つを全て使いそれでも駄目な時の最終手段が精神力なのだ。


十を補うのではなく、最後の一を足すのが銃剣の役割だ。


「来やがったぞ、俺は向こうで投げる」


どんなに足音を消そうとしても、この泥と雨水の呪縛からは逃れられない。


手榴弾のピンを抜き、気配のする方向に向けて無茶苦茶に投げた。


立て続けに起こる爆発と共に前進、そして銃撃を浴びせる。


陣地内に侵入してきた敵と5mの距離で撃ち合うのは、稀な事だった。


敵もお返しとばかりに手榴弾を投擲し、ドッカンバッカンの大騒ぎとなる。


「あっクソ弾が」


空になった弾倉を捨て、再装填してから引き金を引く。


しかし弾は発射されない。


槓桿を引こうとするが、砂を噛んだのかジャリジャリと音を立ててスムーズに動かない。


確認してみると、弾薬が泥まみれになっていた。


別の弾倉に交換しようとするが、焦って上手く出来ず予備の弾倉を落としてしまった。


雨に加え、単眼の暗視装置特有の視界の悪さは、普段扱っている小銃が、使い立ての携帯みたいにおぼつかなくさせる。


弾薬が汚れていたら、どんなに優秀な銃であっても誤作動を起こす。


小銃を腰の位置まで落とし、死角に潜んで敵を待った。


「来いよ!俺を殺して頭蓋を土産にしてみろ!」


岡田が叫び笑いながら乱射していた。


アイツは戦争中毒になっている。


戦争は人を変えるが、岡田は変わらない。


いや既に変わっているからなのかも知れない。


「鬼畜米英の皆さま手の鳴る方へ」


小銃を握り締め、最期の戦闘に備える。


息を吐くと、キーンと耳鳴りが響き、雷鳴に似た唸りが空から聞こえて来た。


雲の隙間から青い龍が下界へ舞い降り、翼から炎を散らしてこちらに迫る。


高ストレス状況下では幻聴や幻覚の症状が出ると聞いたことがあるが、これほどはっきり見えるとは思わなかった。


「…………いや違う」


あれは幻覚などではない。


雷鳴に聞こえていた轟音は、ジェットの叫びだった。


攻撃機は陣地周辺を何度か旋回すると、低高度から侵入し爆弾を投下した。


この状況を切り開いたのは、ラスベガスに進出した翔鶴型原子力空母「天城」所属の航空機だった。


大きなエアインテーク、尾翼はY字型に傾き、双発エンジンと推力偏向ノズルが特徴的な83式艦上戦闘攻撃機「黒風」だ。


この悪天候の中を飛行する度胸を持ち合わせているのは、あの海軍機だけのようだ。


「イシハラ?イシハラ?生きてるか?」


泥まみれになって黒くなった岡田が、疲れた表情を浮かべながら這ってやって来る。


「お前の方から銃声が聴こえないから死んだと思った」


「銃が故障してる」


「貸してみろ」


岡田は銃をバンバンと叩き、何度か槓桿を引いてから弾薬を装填する。


「動いた、小石が詰まってた」


「靴の中と一緒だな、これでつまづく」


小石を放り、再び銃を構える。


「敵は何処だ?」


「わからん、さっきの爆撃で逃げたかもしれないな」


フラりと敵兵が目の前に現れ、それに向かって射撃する。


撃たれた瞬間、硬直し膝から崩れ落ちて顔面を地面に突っ込んだ。


「逃げてねえじゃねえか!」


「かも知れないって言っただろ!」


怒りながら手榴弾を投げ、慎重に塹壕内を奪い返してゆく。


そして敵が居ないことを確認し、朝日が昇るのを待った。



日の出にて



死屍累々、兵どもが夢の跡、そんな言葉を送れる虚しさがここにあった。


我々は敵の総攻撃を撃退したが、喜びはない。


雨が降った後には晴天が広がるが、こんな時はただ忌々しいだけだった。


夜に遭遇した2個分隊は敵のコマンド部隊だったようで、もし食い止めなかったら陣地は陥落していたという話だ。


達成感みたいな感情は確かにあった。


だが気を抜くと全てが無駄に感じるようになる。


生きることの全てが、無意味に思うようになってきた。


何を思っても怒りが沸いて、鬱陶しい。


もう何もしたくない。


死体の横腹を蹴って八つ当たりした。

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