頭を撃ち抜けるのならどれだけ良いのだろう
償うことの出来ない罪を背負った時、逃げることが最善の策だろう
ソルトレイクシティにて
「中々の激戦みたいだったな」
街を制圧してから1週間後のこの日、東大佐とアメリカ大陸方面軍の司令官は、ヘリから街を見下ろしていた。
「うちの師団も手酷くやられました」
「国防大臣が損害についてしつこく迫ってる。選挙も近いし、気が気じゃないんだろ」
ヘリは空港に降り立ち、待っていた迎えの車が近くへ停まった。
「いやいい、歩いてく」
「内調の人間を待たせていますが?」
「連中にも茶を飲む時間ぐらいは与えてやろうじゃないか」
長話をする為に、空港内に設置された司令本部へ徒歩で向かう。
「今日の一面記事は何だと思う?」
司令官は握り締めていた新聞を大佐へ寄越す。
写真には優勝杯を掲げ、喜ぶ野球選手の姿が写し出されている。
そしてこのソルトレイクシティで日本兵596名が戦死した事実は、その裏に記載されていた。
「時々世論ってやつが分からなくなる。大臣は死者数が選挙に影響するんじゃないかと怯えているが、マスコミがこれなら国民はどうだか」
戦争を始めた瞬間は軍の一挙手一投足に皆夢中になるが、やがて熱が冷めると何人死のうが話題にもならなくなる。
「結局当事者にならなければ、無関心で居られるのが世の常でありますから、誰がどうだのは考えないよう努めています」
「偉くなると周りばかり見えて、考えなくても良いことを考える」
君もこれから階級が一つ二つ上がるだろうから、私のようにならんようするといいと、笑みを浮かべながら言った。
「見ろよ、将校様の前線視察だぜ」
岡田が顎で指差す方向には、あの笑わない目の師団長が居た。
空港の端っこで車両の整備点検を行っていた我々は、偶然その姿を見掛ける。
「前線視察ねぇ……前線は山のてっぺんだってのに」
ソルトレイクシティを制圧して以降、日本軍は進撃を停止し、ロッキー山脈沿いに防衛線を構築した。
これによって、DLFAへの補給線であるロッキールートを完全に遮断した。
更に万全を期すべく、第20山岳師団並びに冬季戦部隊を投入、来る山岳戦と冬に備える。
上空には24時間体制で無人偵察機が監視し、緊急時には戦闘ヘリが航空支援を行うことになっていた。
「防空ミサイルと1万人以上の人員、それから40機以上の航空機が駐留してる空港が前線なもんか」
前線視察なんて仰々しいこと言わず、後方とか現場だの言えばいいのだ。
山の方で爆発が起き、機関銃の音が響き渡る。
「山の連中は気の毒だな、あんな場所じゃあ寝床にも苦労するだろうに」
旧米のコマンド部隊が迫撃砲で攻撃を行い、威力偵察を行っていた。
「自動車化部隊で良かったぜ」
「あぁそうだな、ほんとに」
車両整備が完了した後、我々は街中にある物資集積所へと向かわされた。
小学校と中学校が隣接したその場所には、大量の生活物資が運び込まれていた。
治安戦の教本曰く、占領地の多くは自軍の攻撃や敵勢力の焦土作戦によって、インフラは壊滅的打撃を負うこととなる。
その為、生活物資の不足による略奪や暴動が発生する可能性が高い。
初期の混乱を武力を持ってして抑えつつ、インフラ復旧を速やかに行うことが重要である。
要は住民に不満抱かせないよう、飲ませ食わせることが大事だという話だ。
かつてはこうしたインフラ整備は軍が全ての権限を担っていた。
しかしこれは、軍に戦闘以外の業務を発生させることに繋がった。
有名なのがアラスカの事例である。
占領地の安定化には大量の人員が必要となり、敵勢力活動下での食料の配給や道路水道の復旧には、軍の力がなければ遂行は不可能である。
軍が占領地の都市計画立案や法整備といったことまで担当するようになる事態も起きた。
これによって軍事費は増加し、それを取り合って陸海空の三軍が激しく対立、軍の弱体化が危惧されるようになった。
国民は土建屋陸軍、関東軍ならぬ行政担当軍と揶揄する始末であった。
また占領地で政策を一任されたのをいいことに、同化政策や軍事主義的な思想を押し付ける軍高官も現れた。
こういった問題に対処すべく、占領政策を文民主導で進める必要があった。
現在は内閣府特命担当大臣(戦地復興担当)を据えることで軍の負担を減らすと同時に監視も行っている。
「これまずいやつじゃん」
岡田はそう言ってクラッカーをダンボール箱の中へ入れ返す。
青色の包装紙にはプレーン味と記載されているが、味は……あんたの近くに役所からの通知書とかあるか?咥えてみろ、そういう味だ。
「詰め込めるだけ積んどけ」
水とクラッカー以外にも、レトルト食品やエナジーバー等の高カロリーの物や保存の利く缶詰めなんかを載せた。
「こんだけあるならちょろまかしてもバレやしないだろ」
「渋柿を好んで食う猿は逆に馬鹿だぞ」
「熟れた柿を探すのも賢い猿のやることさ」
雑踏事故を避ける為に、各地の配給所で分散して配ることになっているが、それは敵の攻撃を誘発させる可能性があった。
敵が市街に潜伏し、ゲリラ戦へ移行しつつある以上、小部隊で行動するのは危険だった。
「嫌な感じだ、ロサンゼルスを思い出す」
精密誘導爆弾は正確ではあるが、それが1000キロ爆弾なら周りも巻き込んでしまう。
今目の前にある建物は、隣の発電所を狙った空爆の破片が当たり、外壁もろとも吹っ飛んだ。
その破片は外壁を貫き、中に居た10歳の子供が死んだ。
膝から上が無くなっていたらしい。
死体は衛生隊が処理したが、その時に住民と揉めて隊員の1人がキッチンナイフで刺された。
そいつも死んだ。
食料配給の場所には200人以上の列が出来ていた。
一人一人名簿に名前へ書かせてから、食料を手渡す。
街に何人居るかをこれで把握するらしい。
「どうぞ」「順番ですよ」「水も忘れないで」「はいどうぞ」
こっちが幾ら笑顔を振り撒こうと、食料品を受け取る彼らは笑みを見せない。
真正面からではなく、上目で横目で顔を見ようとはしない。
そんな様子を見続けているとどうだろう。
自分自身を正当化させることが、出来そうになかった。
「すみません食べ物を4人分くれませんか?」
ボロボロのジャケットを着た男が、そう頼み込んで来た。
「すまない、ここに来た人間にしか渡せないことになってるんだ」
「頼む家族が居るんだ」
嘘を付いて物資を余分に取ろうとする人間は珍しくなかった。
男は家族写真を見せ懇願し続ける。
「足を怪我してて動けないんだ」
規則違反だったことは分かっていたが、男の手の甲が傷だらけで嘘ではないように感じた。
「一度に4人分は無理だろう、今は2人分渡すから後でまた取りに来てくれ」
これがいけなかった。
他の人より少し高く積み上げられた物資を見て、列に並んでいた住民の1人が不満を口にした。
「そいつの配給他のやつより多いんじゃないか!?」
「私達も大変なのにどうして贔屓するの!」
「きっとあいつはスパイなんだ、日本軍に協力してたんだ」
何人かが男へ掴み掛かり、それを制止する同僚達。
不満は怒りへ、怒りは怒号へ、怒号は暴力へと変化し乱闘が起きようとしていた。
「ふざけんな!」「この野郎ぶっ殺してやる」「今俺を殴ったのは誰だ!?」「ちょっと押さないでよ」
パパパパと銃声が響くと、皆冷や水を浴びたかのように静かになった。
分隊長が上に向け威嚇射撃を行ったのだ。
「全員列に並び直せ!じゃなきゃ食いもんはやらんぞ」
日本語ではあったが意図は理解出来たのか、ため息を溢しながらゾロソロと元に戻って行った。
「石原、気持ちは分かるが1人分だけだ」
飢えた人間がどういう状態になっているか、まだ完全に理解出来ていなかった。
戦場には物語の世界が広がっている。
だが英雄伝説が生まれる訳ではない。
我々が想像だにしなかった現実が、ただ目前に現れるだけだ。
「なあこいつ、配給に来てた男じゃないか?」
翌日になって男は路上に転がっていた。
「ひでぇ、なぶり殺しだ」
ジャケットには靴底の跡が無数にあり、顔は焼きたてのパンのように膨れ上がっていた。
足を金属バットか何かで折られた後に、集団でリンチしたのだ。
悪いことってのは連続して起きる。
「兵隊になんかなるんじゃなかった」
「皆入ってから言うよなその台詞」
死体処理に駆り出された橋立が隣へ座った。
「墓堀になった気分はどうだ?」
「うるさい奴め」
そう言って岡田の足を軽く蹴った。
「大変だったみたいだな」
「まあな、3人片付けたんだが腐敗が酷くて糞尿まみれで酷い臭いだったよ」
「子供が2人と女が1人か?」
「あぁそうだよ、良く分かったな?」
石原は豆のスープを最後に食事に手を付けられなくなった。
俺はどうやって逃げればいい?




