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勇み足を踏んづけろ

何処か判らない にて



ひたすらな平原と、右側に連なる巨大な山がここが何処であるか忘れてしまった。


青草と枯れ草が生え混じるこの道は、我々が想像する平穏なアメリカの田舎道というイメージそのものだった。


「風が当たって気持ちいい」


車から手を出して風を受ける石原は、89式小銃に安全装置を掛けたまま傍らに置いてリラックスしていた。


「兵隊とは歩くことである」そう昔誰かが言っていたが、自動車化歩兵は歩かなくていい。


愛知県を本拠地に置く、自動車会社に感謝しなければならない。


列車のように伸びる車列は、朝日の照り付けを浴びながら巡航速度を維持し続けた。


さっきのリラックスしているというのは嘘だ。


本当はずっと眠っていない。


床下に溢れ落ちた50口径の薬莢を、足裏で転がしながらため息をついた。


太陽がこれ程までに鬱陶しく感じたのは、いつ以来だろうか。


「最近無意識に携帯で、自分の体調って検索するようになったよ」


「ヤバいな、病院行けよ頭のさ」


「今から予約しても、診療内科は1ヶ月待ちだぞ」


世の中は上手く行かないように出来ていて、いつも悪循環である。


みんな身体に問題が出てきて初めて自分が病んでいると気付くのに、病院に行こうと予約の電話をすれば1ヶ月待てだ。


「最近の世の中病んでるんだなぁ」


「いや昔っからだよ、鬱病は怠け者で、統合失調症はキチガイで、PTSDはフヌケだったんだよ」


当事者にしか判らないことは多い。


例えば今の俺だ。


どうにも最近眠れない。


今までの疲れとは明らかに違う分類の疲労感を感じていた。


風呂にも入っていないせいか、ずっと痒くてイライラする。


だが大丈夫だ。


隣に俺よりもヤバいのがいるから、そいつと比較すれば俺はマトモなんだと思う。


しかもここには衛生兵は居ても精神科医は居ない。


だから俺の診断書には、正常と記録されている。


大丈夫な筈だ、大丈夫でなければ困るのだ。


「クソ痒いな、池でも川でも飛び込んでやりたい」


「そうだな、そのまま流されても後悔しないぞ」


そんな話をしていると、車内無線から声が上がる。


「12から全車へ、えー8時の方向、土煙が見える確認されたし」


銃を窓の外へ出し、照準器を覗き込むとおおよそ2km先に何かが走っていた。


「バイクか馬かも、煙が邪魔で良く見えない」


「ここら辺の生態系に詳しくないが、動くなら撃てばいい」


「交戦規定は守れよ、誰か50口径に就け」


岡田が銃座に就こうとしたが、無反動砲の弾薬が邪魔して上手く動けなかった。


「なんか引っ掛かってる。外れそうにない」


「俺がやるよ、俺が」


桿幹を2回引き、土煙に向けて銃口を向けた。


この裸眼で彼処の敵を狙って当てられるとは思えない。


射撃がずば抜けて得意という訳ではなかったし、有効射程圏外だった。


「命中させられるか?」


「そもそもあれが敵かどうかも判らない」


「威嚇射撃程度にばら撒きゃいいさ」


狙いを少しずらして2、3発撃ち込んだ。


曳光弾が綺麗な放物線を描いて、煙の中に吸い込まれた。


「あっ!」


「え?なに?」


「当たっちゃった……」


全員で顔を見合せ、あれが敵であったと願いながら座席に座り直した。


「……まぁ、宝くじに当たったと思っときゃいい」


「弾が当たんのはパチで充分だよ」


「あれ当たった試しがないぞ」


パチンコは戦中から禁止令が出されて以来、地下に潜るようになった。


今じゃ大陸系マフィアの資金源になっている。


「ユタ湖が見えたら起こしてくれ、眠くなってきた」


「俺は一睡もしてないってのに」


「どうせ起きてるだろ」


あぁ全く確かにそうだ。


結局ずっと起きていた。


目に写るのは、野暮ったいな田舎の景色で楽しみも苦しみもない。


これを見て理解するのには、知識も教養も必要としない。


良きも悪きも必要としない場所を抜けた先には、住宅が広がっている。


こんな広々とした庭でバーベキューが出来るのなら、休日をささやかに彩ってくれるのだろう。


その庭へ、黒焦げになった戦闘機の残骸が突き刺さっている。


車の中で首を傾げて死んでる男はどうだ?


トランク一杯に積み込まれた荷物に、破片が突き刺さって中を掻き回している。


「30師団は派手にやってるみたいだな」


撤退した旧米軍残存戦力はプロボに集結し、防御体勢を取っている。


それを追った友軍部隊が展開しているようだった。


道路は全て航空機によって破壊されている為、旧米軍はロッキー山脈を越えることは出来ない。


「連中は袋のネズミだぞ、ここをダンケルクにしてやれ!」


小隊長が怒号を飛ばすと、30師団よりも武勲を立てるべく車の速度を上げた。




JM証券オフィスにて




カトラーは人生最大の暴露をこの1ヶ月続けていた。


当局に見付かれば最低5年、最大20年の刑罰を食らう取引の証拠を何処の誰だかも知らない連中に渡しているのだ。


誰の何処の企業の金が、移動し流れ誰の手元に置かれたのか漏れなく調べ吐き出させられた。


依頼主から情報を得て、代わりに取引から隠蔽工作まで全部やる。


手間賃に儲けの3割を貰うのが商売が続くコツだった。


どんな金持ちでも安く済むに越したことはないらしく、良心的価格で業務を請け負う俺の所にはリピーター率が多い。


バレない自信も万が一の備えも万全にしてきたが、それは警察相手の話であった。


俺のPCをいじくり回しているこの得体の知れない連中は、そんなロクでなしの俺が積み重ねたクソの努力を崩してここに来た。


「一つ訊いてもいいか?」


カトラーは椅子にぐったりもたれながら白い女へ問い掛ける。


PPKを腰のホルスターから抜き、安全装置を外した。


「殺すのか?」


白い女は目を細め、指をしならせて引き金に触れる。


「東米とムーランの情報は全部吐き出しちまった、アルジェリアに金が流れてることもだ」


どう足掻いても俺を殺すのだろうと、開き直りの境地に達したらしい。


カトラーの顔は、殴られ続けて疲弊しきった人間のいい顔になっていた。


「もう俺に利用価値はない、そうだろ」


「銃を振り回すのは主義じゃない、暴力は他者に行使させるのが賢い人間のやり方だ」


白い女は次にこう付け加えた。


「そして責任と罰を背負うのも、その賢い人間の義務だ」


「つまりなんだ、俺を殺した後警察にでも出頭するとでも言うのか」


つまらない冗談だと女は笑みを浮かべ、自決するのよと言った。


それこそつまらない冗談だと返すが、女の気色の悪い薄ら笑いでそれが冗談でないと見抜いた。


「お前らの後ろにまだ黒幕がいるのか?」


カトラーは恐怖した。


こんな恐ろしいやつを操っているのが、まだ居ると知った途端、自分中心で回っていた世界が変わった。


端っこに追いやられた気分だった。


「黒幕だなんてのは存在しないわ、私は自由意思の集合体に過ぎないからね」


何処かにいる絶対悪的な親玉が居て、そいつが全ての元凶だなんて話はない。


「みんな豊かになりたくて働くし、守りたくて武装する。あいつが嫌いだから虐げるし、あの民族が邪魔だから殺す」


「操作盤で歯車達の動きを操っているように見えるけど、実際は歯車に油を差したり、逆向きに回る歯車を破壊しているだけ」


「じゃああんたは、その歯車が何処へ向かっているか知っているのか?」

 

女は引き金を引き呟く。


「人が大勢死なない世界」


銃弾は発射されず、空撃ちの音が響く。


女の部下はボストンバックをカトラーへ放り、受け取らせた。


中には札束とオレゴン行きの航空券が入っていた。


「西ドルで10万入ってる、何をするかは君の自由だ」


我々の正体を探ろうとするな、喋るな、抵抗するな、そんなメッセージが込められているような気がした。


カトラーは金を受け取り、真っ直ぐ後ろを見て立ち去った。


振り返ることはなかった。

抗うつ薬が効くまで投稿頻度が鈍感すると思うので気長にお待ち下さい

誰もが病んでいくのは予定通りです

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