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痛みに至れるまで、休憩しよう

私の唯一が消えてなくなってしまった時、私は何者になるのだろうか?



ワシントンにて



ワシントンと名付いているが、旧アメリカ合衆国の首都ではない。


セントジョージの隣に位置するこの都市は、つい少し前に制圧された。


今のところ、侵攻作戦は予定通り進んでいるようで、TV局のインタビューに答える米大陸方面軍の司令官は、焦りや興奮といった表情は一切見せなかった。


シンガポール攻略の時のような忙しすぎる戦況でもなければ、予定を大幅に超過したフィリピン攻略のような状況でもない。


順調に計画通りという、二重の安定性が帰って不気味でもあった。


一の幸福に十の不幸があるのが人生だ。


必ず何処かで帳尻が合うよう修正され、良いことよりも大きな悪いことが起きる。


「俺が今ここで、クリスマスには帰れそうだなって言ったら戦争が長引くかな」


「もう言ってんじゃねえか」


岡田の頭をヘルメットの上から叩き、声で笑った。


ステンレス鍋へニシン缶やソーセージを投げ入れ、具材をごった煮のごった混ぜしてゆく。


「こんなポンポン入れて、変な味にならないか?」


「料理なんてのは不味く作ろうとする方が難しいんだよ」


そう言って、岡田はキムチの味の素を滝の如く入れた。


「多少食材が古くても、味付けを濃くすれば誤魔化せる。イギリス人の知恵だよ」


当てにならない知恵だ、なんて思いながらじゃがいもを鍋に放った。


腹の減る仕事に就いているからこそ、こういう配給外の飯は、よく作っていた。


岡田が鍋を掻き回している間、本を開き、読み残した50ページを消化することにした。


「瑠璃薔薇の騎士か、小学生の頃に読んだな。面白いか?」


「キラキラし過ぎて、三島作品ばっかり読んでた俺にはキツい」


「あの作家、フィリピンで死んでなかったらどうなってたんだろうな?」


「さぁ?割腹自殺でもしたんじゃないか」


少しの気まずくならない沈黙が流れた後、話を切り替え愉快な話を切り出す。


「そういやこの前行った売春宿はどうだった?」


「突撃一番、値段相応、因果応報って感じだったよ」


「今の面白いな」


飯盒に煮た具材をよそい、それを二人で掻き込んだ。


「お前もなんか面白いこと言え」


ここで3ヵ月前から温めて置いた、渾身のギャグを披露する。


「KGBが何の略か知ってるか?」


「もう面白くないぞ」


「クソゴミバカだ」


岡田はお玉で鍋を叩き、のど自慢よろしくカーンと音を立てた。


「あ゛ーーーつまんな」


鍋の味は米さえあれば、もっと食いやすくなる……かな?という味だった。


「戦争やってるのに、こんなに穏やかやってて良いものかな」


お前それ毎回言ってないか?と怪訝な顔して空を仰ぐ。


「反戦主義者が戦争に行くっていうことが、どれだけ矛盾しているのか察してくれよ」


人は死んでて、日常は破壊されてて、死体はそこら辺に転がっている筈なのに、我々はせせら笑いを浮かべながら楽しんでいる。


反戦主義になったのは、中学2年頃だった。


その当時は、ビルマ動乱が起きていて、軍はアンダマン海のアマテラス艦から、せっせとヤンゴンの反政府勢力に向けて巡航ミサイルを放っていた。


その軍艦が、誤って中部米国籍の民間旅客機を撃墜してしまったのだ。


だが、クラスの人間はそんなとこに居るのが悪いだの、敵国の飛行機だから問題ないだのほざいていた。


259人を殺した事実を仕方ないことだと得意気に話す連中が、堪らなく不快だった。


それと心がひねているから、大衆の流れに逆らいたかったのかもしれない。


「自分から突っ込んだ癖に、なんで善人気取ってんだよ」


「…………分からない」


「とか言うなよ、俺は分かってるんだからよ」


岡田は聞き飽きた返答に背を向け、鍋を片付けた。




イタリア領トリポリにて



リビア最大の拠点として整備されたここトリポリでは、イタリア軍と共にドイツ軍も駐留していた。


「アフリカってのは、いつでもクソ暑い。その癖黒人しか居やしない」


街並みが揺らいで見えるコンテナ船の艦橋から、ヘルゲンは日光浴に明け暮れていた。


「黒人を奴隷に使うこと自体、白人に対する差別だとは思わんか?」


「使える物は何でも使う。理想は楽園でのみ実現する、そういうものでしょう」


シュルツマン武装親衛隊大佐は、へルゲンの日光浴に嫌々付き合わされて、嫌味の一つを言って見せた。


「ははっ!ならここを楽園にしてやろう」


中堅政治家と大佐が、アフリカの大地で何をこそこそやっているのか。


コンテナ船内に運び込まれるVTOL機と回転翼機が、疑問に応えてみせるだろう。


「たったこれだけの人数で、本当にベルリンを落とせるんだろうな?」


「ご心配なく、ここに居る1個旅団に加え、本土の回転翼空中強襲部隊と、ギリシャの親衛隊降下猟兵、合わせて9000名が本計画を支持しております」


「火種は燻って、弾け飛ぶ寸前という訳か」


兵隊がこれなのだから、民衆はもっと不満を溜め込んでいる筈だと、ヘルゲンは心の奥底を震わせる。


クーデター計画は現実味を帯び、その準備は着々と進みつつあった。


コンテナ船の甲板に敷き詰められた耐熱パットは、Me1990のジェット噴射熱に耐える為の措置である。


「この船が第四帝国を築く最初の篝火になると思うと、実に感慨深い話だとは思わんか?」


特設空母として、トリポリ港で秘密裏に改装されたコンテナ船フランクフルト号は、290mの全長と船幅32mを誇る巨体だ。


本作戦の要となるこの船には、12機の戦闘機が搭載されている。


ベルリン上空の制空権を一時的に確保し、後続部隊の市街突入を援護する。


国防軍と親衛隊は、どちらが指揮を取るかの指揮権争いで事態への対応は遅れる。


これが度々問題になることもあったが、この対立構造を崩すことは、総統自身ですらも不可能であった。


「本作戦最大の脅威は、首都防衛を担う武装親衛隊アドルフ・ヒトラー師団だ」


ヒトラーの名を冠するこの部隊は、歴代の総統身辺警護に加え、数々の戦争に投入された精鋭中の精鋭だった。


師団長のオフィスには、総統官邸とのホットラインが繋がれ、直接の指揮で動く。


政治的闘争と切り離された部隊とも言えた。


だからこそ、対応が早い。


「ヒトラー総統亡き後の帝国は腑抜けそのものだ。東方生存圏、アーリア至上主義の理想は何処へ行った?」


「政治家はおろか、民衆ですら現状に堕落し満足をしている!」


いつもの演説癖が始まり、シュルツマンは口を閉じながら、ため息を発する。


「同盟国はどうだ!?かつて第二次世界大戦を戦い、ソ連との冷戦を終わらせた国家は今、ドイツにどんな影響を与えている?」


「日本は文化破壊者を満州に匿い、大東亜共栄圏という囲いで虎視眈々と我々の首を狙っている!」


「イタリアはドイツ国民の血税で、アフリカの植民地を維持し続けている!」


誰もが不満に思うことは、赤く塗られたドラム缶の中身ぐらい判りやすい。


良く燃え、そして文字通り爆発的だ。


「第三帝国は老いている。老衰した英雄に、安らかな尊厳を与えようではないか!」


ヘルゲンは第2の総統に成ろうとしている。


演説の内容は、二番煎じにならないよう自分で固めたらしいが、手の動きや喋り方は完璧に真似ている。


「模倣者が最も輝くのは、その過程ですよ」


「我が国の戦車開発も、最初はイギリス人の模倣から始めた。世界最高を築くのに、先駆けである必要はない」


相変わらずこの男、上手い話を考える頭の回転だけは早い。


この口達者な政治家に乗せられなきゃ、今私はこうしてクーデター軍を率いていなかった筈だ。


「ところで、改革にはまだ時間が掛かりそうか?」


「何もかも予定通りです……が」


「が?」


「予定は狂うものです」


シュルツマンのオレンジ色の目が動き、明日を凝視した。

投稿ペースと執筆速度が低下していますが、何とかやれるようにしています。

もし投稿が半年以上無かったら、自決したと思って下さい。

そうならないよう、成るべく耐えてみます

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