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学舎への冒涜

セントジョージにて



「見えるか?APCの残骸に隠れてる」


伏せながら対人狙撃銃を構える亮平は、タイヤの間に見える人の輪郭に向けて撃った。


「命中、ナンバンダブナンバンダブ」


住宅の影に隠れて通りの様子を伺っていた第1分隊は、市街で必死の抵抗を続ける敵に苦戦を強いていた。


「アメリカの道は広くて落ち着かんな、隠れる場所もありやしない」


4車線もある上に、路肩に車を停めてもあり余るほどのスペースがある広い道路が、攻撃を難しくしていた。


「どうにかしてあの大学図書館まで張り付かないと」


後からやってくる部隊の為にも、大学内に拠点を確保する必要があった。


「仕方ない突っ切るぞ、1人づつ渡れよ。駐車場の車を盾にしろ」


井内分隊長は周囲を確認すると、自ら先陣を切って道路を横切った。


岡田はホントあの人には頭が下がるよと一言口にして、誰が監視してるかも知らない通りを走り抜けた。


「次お前だよ行け」


「頭に鉛弾喰らわなきゃいいけど」


「そんときゃ、墓前に饅頭備えてやるよ」


走りながら天を仰げば、水色の青空に白くうねった雲がふわふわと浮かんでいた。


戦争をしているというのに、今日も忌々しいほどの晴天だ。


小学4年生の運動会の時、走るのが苦手で鈍足の自分が初めて一着を獲った。


その時と全く同じ空だった。


自分が精一杯、グラウンドの白線に沿って走っていた時も、世界の何処かで殺しあっていたいたのかも知れない。


「あれ?」


前にもこんなことがあった気がして、デジャヴを感じた。


視界が横になり、バランスを崩しているのに気付いた。


「石原が撃たれたぞ!」


89式機関銃の甲高い銃声が響き、幾つかの爆発音が鼓膜を揺るわせた。


誰かが襟首を掴み、自分を引っ張った。


「くそったれめ!くそぉ!」


擲弾で向かいのスポーツジムに向けて、滅茶苦茶に撃ち込んだ。


物陰に引きずり込んだ後に鉄鉢を脱がせ、頭の状態を見る。


石原は何が起きたのか分かっていないようで、ボケッと空を眺めていた。


「傷を見せろ!」


だが外傷はなく、ヘルメットを貫通した痕跡も見当たらない。


「自分撃たれたんですか?」


「跳弾してる、大丈夫だ」


「入射角が浅かったのか、88に助けられるのこれで2回目だな!」


心配そうに自分を見る分隊長と違い、岡田はかなり興奮していた。


立ち上がって周りを見渡すと、いつの間にかユタテック大学のキャンパス内に入り込んでいることに気付いた。


「俺達が一番乗りだ」


「こういうのはな、一番乗りじゃなくて死番って言うんだよ」


分隊長の皮肉も、岡田にはあまり伝わってなかったように見えた。


ずっとニタニタ笑っていて、誰でもいいから撃ち殺したいと、そういう目をしている。


「分隊長!」


遅れてやってきた分隊員が合流し、12人全員が無事に大学へ前進することが出来た。


激しい戦闘になるかと思ったが、大学図書館内はもぬけの殻であった。


全面ガラス張りなデザインの建物は、防衛に不向きと判断したのだろう。


本が紙屑みたいに散らばり、洒落たPCデスクは粉々に砕け散っていた。


「この街を制圧するのに何日掛かるかな?」


「さあな、メスキートは1週間足らずだったが、ここは向こうより広い」


町ごと爆撃すりゃ、俺達が小銃抱えて走り回ることもないのにと誰かが愚痴った。


「ドイツが怒るぞ、無辜のアーリア人を殺すなってさ」


ナチスドイツは旧米という国家が、今なおユダヤ人によって支配されていると、自国民に信じ込ませていた。


本当にナチスはエゴの塊で出来たクソ野郎とクソ売女の集団だ。


「状況はどうなっている!」


その聞き慣れた怒鳴り声に全員が外へ向き、そっちを見ないようにした。


小隊長はいつものように怒りながら、兵隊を捕まえ問い詰めた。


自分より階級が低い人間には高圧的で、特に兵卒には猛烈で鬱憤晴らしとも言うべき態度だった。


上官に媚びへつらっても、出世をするには能力が無さ過ぎて士官に留めておくしかない。


あの歳なら佐官クラスの階級になっていてもおかしくないのに、未だに中尉なのだ。


「あそこの建物を制圧しろ!」


あそこって何処だよ、という言葉を飲み込んで井内分隊長の方を見る。


「聞いたな、亮平と橋立はここから援護しろ。岡田と石原は俺について来い、窓に注意しろ」


誰が何処で何をするか、的確に指示を出してくれる。


これがどれだけ秀でた才能なのかは、軍に入ってからそれがよく分かった。


道沿いに植えられた木々を遮蔽に、レンガ張りの建物へ向かった。


割れたガラスドアの向こう側に、椅子や机をバリケードにしている。


「……何も見えないが気配は感じる、手榴弾を」


各々でピンを抜き、手榴弾を投げ入れた。


「あっ!」

「グレネードだ!」

「逃げろ!」


悲鳴と断末魔が響き渡り、爆発の後には呻き泣き声が微かに聞こえた。


バリケードを崩し、中へ突入した。


床に倒れた敵に向け、何発か撃ち込んだ。


「こいつら軍人には見えんな」


中部米軍の迷彩服ではなく、ジーパンやチャック柄のシャツ等の私服であった。


首にぶら下がっていた認識票を見ると、西ブリーチ市民軍と記されていた。


「ブリーチ(漂白剤)?なんでそんな頓珍漢な名前付けてんだ?」


「ネットスラングですよ、ブリーチは有色人種への迫害って意味ですね」


まだ若いその敵は、こんな形で死ぬとは思っていなさそうな顔をしていた。


まだ大学生ぐらいの子供が、白人至上主義に傾倒して、戦場にまで繰り出すのだから、若気というものの衝動性は馬鹿に出来ないと感じた。


いつもどこかから沸き上がる焦燥感と、中途半端に身に付いた知恵故の傲慢さと無知が、謎の万能感を持たせる。


大人になれば、そういった感情は達観に似た絶望に変わる。


志だけは立派な能無しだと気付けば、自分に期待しなくて済む。


18の時から、そう悟って生きて来た。


「There's an enemy across the street!」


死体の無線機が声を上げた直後、壁が爆発し、猛烈な銃撃が我々を襲った。


ロケット弾がつるべ撃ちされ、外壁が乾いた土のようにボロボロと崩れて行く。


照準器を覗き、真っ先にRPG射手を狙い引き金を引いた。


命中した瞬間、敵のヘルメットから白い煙が出て後ろに倒れた。


これが最初に殺した人間だと、直感で理解した。


こうもあっさりなのか


「敵は何人居る!?」


「知らん!とにかく殺せ!」


大学構内を舞台に、戦闘は激化する。


岡田は私物のドラムマガジンを装着し、制圧射撃を開始する。


100発装填のマガジンならば、機関銃のような断続的な射撃を行うことが出来る。


「なんだクソ、弾が詰まった!」


その代わり、故障が付き物だ。


「純正品以外を信用するからだ」


分隊長は無線手の坂場から受話器を引ったくり、中隊本部に支援要請を出した。


「こちらアシガル11、火力支援を要請、標的はコンクリート建築物」


中隊本部から前線観測員へ、射撃指揮所から迫撃砲小隊へと指示が飛び、81mm迫撃砲弾が敵の立て籠る建物に着弾した。


「砲火力は幾らあっても困らんな」


砲撃で屋根と外壁が消し飛んでも尚、敵は頑強に抵抗を続けた。


不利だと分かってはいるが、逃げ場がないので撤退出来ない。


だがこうなれば、虫籠の中にいる蟻を棒で押し潰すようなものだ。


砲撃の粉塵が晴れた後、残存する敵部隊を追撃する。


建物に空いた大穴に向けて腰だめで弾をばら撒き、瓦礫だらけの廊下を制圧して回る。


部屋のドアが歪んで開かなくなっていたが、足で蹴っ飛ばして無理矢理抉じ開けた。


そして開けた瞬間、何かに撃たれた。


瓦礫で足を潰された男が、うつ伏せのまま撃ってきたのだ。


その閃光が見える場所に向け、後ろに仰け反りながら撃ちまくった。


這いつくばりながら後ろに下がると、空になった弾倉を捨て、新しい弾を込めた。


「大丈夫か?」


「中に生きてるのがいる」


「降伏しろ!お前は包囲されている」


日本語で言ってもわからんだろと、思いながら英語で降伏を促した。


「あーSurrender with your hands up!」


「There is no surrendering to the damn Japs!」


2発の応射と罵声が放たれ、敵は徹底抗戦の構えを崩さなかった。


「投げるぞ」


岡田が手榴弾を投げ入れると、ため息がして爆発した。


大学を巡る戦闘は5時間に渡り続けられ、最終的に日本軍の手に落ちた。


人口10万人規模の都市を、これだけの短期間で制圧出来たのは、戦力集中が上手く行ってないからだ。


旧米軍は緒戦の衝撃から立ち直れていない。


主要幹線道路には地雷を空中散布して陸路を封じ、長射程の対空ミサイルで大規模な航空輸送を困難にさせた。


アメリカは広大なフィールドである。


アラスカから東海岸まで、日付変更線が5つも存在する。


そんな広すぎる大陸で、どうして殺し合っているのだろう。


「この地域は日本軍の占領下にある。武装解除し、手を挙げたまま投降しろ!」


「誰も投降してきませんね」


「連中にとっちゃ、この街は黄猿の惑星だからな」


血溜まりを震わせていた砲声は止み、あんなに騒がしく動いて敵は、集団墓地行きのトラックに載せられている。


時折、爆竹のようにちゃちな銃声が響き、誰かが一人仕留めたと大声を上げる。


「先ずはあそこからだ」


分隊長が指差したのは、一戸建ての家屋に隣接するガレージと、敷地を囲う白い柵の家だ。


玄関のドアノブを捻ってみるが、鍵は開いていない。


「石原、ドアを蹴破る権利を譲渡しよう」


と岡田が言ってきた。


「なんの権利だよ」


銃剣で鍵の掛かったドアを抉じ開け、家の中に入る。


菊の御紋が入った銃剣でなんてことをと言われたが、物品愛護精神は平時だけにしとけと返した。

最近少しスランプ気味なので投稿が遅れています

気長に待っていて下さい

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