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存在の金切り声

中部米国 テキサス州にて



「皆さん!軍隊に志願しましょう、国家の危機なのです!」


メガホンを片手に叫ぶ婦人は、軍の募集所前で木箱に立って演説していた。


「東の黄色い猿共は、西海岸を占領するのみならず、今度は我々アメリカ人に残された最後の土地まで奪おうとしています!」


「ジャ○プを追い返してやりましょう!」


演説を腕組みながら聴いていた人々から、疎らな拍手が響く。


「インディアンも同じこと言ってたろうな」


カルロは4WDトラックの中から、戦時下の暮らしを眺めていた。


戦時って言うと、誰もが戦争という熱狂に包まれると思うものだが、ここでは意外にもそういう空気がなかった。


戦場は1700マイル以上離れた、ロッキー山脈の向こう側だ。


距離は危機感を薄れさせ、当事者である自覚を無くす。


あの婦人の演説を真剣に聴く人間が少ないのは、そういうことなのだろう。


職場の同僚、隣近所、自分の息子が死んで初めて、戦争を実感する。


その頃には、何もかも手遅れかもしれないが。


帰りの遅いエラルドとセルジョを待っていると、サイドミラーに保安官の姿が写った。


ポケットに突っ込んだリボルバーの撃鉄を起こし、何時でも撃てる状態にする。


「どうも」


「IDを……ここら辺の人間じゃないな」


「シカゴから来たんですよ」


「徴兵逃れか?」


「まぁ、そんなところです」


「いい年した中年が情けないな」


保安官は納得したかのような素振りをしていたが、イタリア訛りな英語を不審がっていた。


スラングを一切使わず、風土を感じさせぬ言葉使いは、ここでは浮いている。


「この間シカゴに行ったが、良い街だったよ。路上が綺麗でホームレスが殆ど居ないからな」


「あー確かにそうだな」


「変だな、シカゴの路上は掃き溜めしか居ないが、あんたは何処の事だと思ったんだ?」


さて、疑われてるがどうしたものやら。


「各車、コード33、コード33」


無線がこの場の膠着状態を打開したくれた。


何か起きたのか、保安官はカルロの職質を止めてパトカーに乗り込んだ。


「どんな事情があるか知らんが、ここで問題を起こしたら留置所で過ごすだけじゃ済まないと思え」


保安官はそんな捨て台詞を吐いた後、サイレンを鳴らして走り去った。


「ってことがあった」


トラックの中で、散弾銃の銃身を切り詰めるエラルドは、鼻で笑った。


「次から観光客って設定にしろ、よそ者はすぐバレる」


掛けっぱなしのカーラジオから、ニュースが流れてくる。


日本軍がセントジョージに迫り、必死の防衛を行っているとのことだ。


心なしかニュースを読み上げるアナウンサーの声に、覇気がないように聞こえた。


「ソ連崩壊以降、枢軸各国は拡大を続けており、政府内では統一派による動きが活発化……」


海岸を奪われた中部アメリカ内では、主に3つの主義が存在している。


日本をアメリカ大陸から叩き出し、東米と協力してアメリカ大陸統一を目指す、統一主義と呼ばれる親独勢力。


2つ目は日本側、大東亜共栄圏の傘下に入り、欧州の白人国家に対抗する、有色同盟主義だ。


しかし、今回の日本軍侵攻で影響力を大きく落とし、今や日陰者クラブ一歩手前らしい。


そして最も主流なのが、日本にもドイツにも隷属せず孤立を貫き、コウモリ外交で両国間の圧力をのらりくらり躱す、天秤主義だ。


今のところ、天秤はドイツ側に傾いているようだ。


「不思議なんだがな、なんで東米と敵対してる筈の中部米内に連中の施設があるんだ?」


東米ファシスト党本部で入手した絶滅幇助計画の資料には、テキサスに生命終了施設があるとのことだった。


中部米内に住んでいるユダヤ人を処理した後、焼却処分まで担当しているそうだ。


絶滅幇助なんて名前が付いている通り、計画には現地のアメリカ人が利用されている。


「わからんな、新元素といい生命終了施設といい何もかもかも判らずじまいだ」


ドイツにも東米にも知られたくない思惑が、この計画を立案した組織あるいは人物には、あるのかも知れない。


「砂漠で人を探してたら、別の大陸にまで来ちまった」


「ここまでやったなら、もう転がるだけだ」


「俺は嫌々だけどな」


車を停車させ、枯れ草の大地をスニーカーで踏みつけた。


「ここがそうなのか?」


生い茂る木々に隠された不自然な長方形の建物が、目の前にあった。


建物を金網で囲んで有刺鉄線を張り巡らし、近寄り難い雰囲気を出している。


門の看板には、私有地 許可なく侵入した者は射殺すると書かれていた。


「見ろ、タイヤの跡がまだ新しい」


見た目は廃墟だが、人の出入りはあるようだ。


カルロ達は金網の隙間から、敷地内に侵入する。


建物に入れそうな入り口を探して、周囲をぐるりと回る。


刑務所のような閉塞感の隣で、朽ち果てた遊具が寂しく佇んでいた。


「思ったより広いな」


「焼却施設も併設されてるらしいからな、このぐらいデカくても不思議じゃな……なんだこりゃ」


エラルドはシャワー室に空いた大穴の前で足を止める。


その大穴は、内側から強い力で押し出されたように開いていた。


「爆発物を使った訳でもなさそうだ」


奇怪な穴だった。


シャワー室に入ると、機械油とケミカルな匂いが鼻をくすぐった。


明らか体に毒な臭いで、ここで汗を流していたとは思えぬ空間であった。


「油くせえ、機械でも洗ってたのか?」


更に奥へと進むと、焼却室に到達する。


焼却炉の蓋を開け中を覗くと、手の形をした黒焦げの物体が隅っこに寄せ捨てられていた。


「人の手じゃないだろうな」


「まさか、1000°は出る焼却炉ですよ」


セルジョは得体の知れない物体を臆せず手に取り、床に放った。


煤汚れた表面を払えば、金属の骨格が露になる。


「義手か?」


太い金属を中心に、幾つもの針のような細い金属が扇状に広がっている。


時計職人が作ったかのような精巧な造りだが、普段使いには繊細過ぎる。


他の焼却炉にも何かないか確認してみるが、灰の一撫でも積もっていない。


焼却炉がこれしか使われていない辺り、そこまで燃やす物がないようだ。


だがこの義手の持ち主は、ここで確かに処分されたのだろう。


「ユダヤ人ほど悲惨な民族は居ねえ、なんたってドイツ野郎に目を付けられたんだからな」


ヒトラーとムッソリーニの友情が寿命によって途絶えて以降、両国の関係性は傾きを見せた。


英仏に成り代わってアフリカの広大な土地を支配下に納めたイタリアであったが、それは伊軍にとっては手の余るものだった。


大戦後の混乱が生み出した民族自決運動は過去最高の高まりを見せ、それの対応にムッソリーニは四苦八苦した。


ヒトラーはイタリア支援の為に、ドイツアフリカ軍団の増強を謀り、約200万人を処刑して事態を沈静化させた。


しかし結果的にこれは、ソ連が回復する猶予を与えることとなった。


ドイツ内では伊国足枷論といった論調が広まり、ヒトラーの死後は更にその声が増した。


ドイツ兵士がイタリア士官を顎で使う場面も、幾度となく見られるようになり、それがドイツ嫌いを加速させてる節もあった。


カルロ自身もそれを身を持って体感している。


「そっちを調べてみろ」


「何もありやしないぞ」


引き出しやキッチンの戸棚を開けてみるが、中に何もなかった。


人の出入りも、手入れされた形跡もある。


だが肝心の人が居ない。


「こういうのは大抵、上はダミーで地下室があるもんだよな」


「そうかよ、じゃあその地下室は何処にあるってんだ?」


「車庫だ」


人を拐って車から降ろすことを日常的にやるなら、ここになるだろう。


「そんじゃ、ピザのデリバリーをしに行こうぜ」


全て必然であるが故に、全ての抗いは無意味なのだ。


日の出は全体を照らすと共に、影をも作り出す。


その影で蠢く無数の存在が、今狩り尽くされようとしているのを、私は静観することなどできない。


彼らが何者で、どういう意志決定の元動いているのか、見極める必要があった。




JM証券オフィスにて



キーボードを叩き続けるカトラーは、指の付け根を繋ぐ皮膚が目に入る。


この指がまだ失われていない理由は、PCのキーボードを叩かせる為だ。


再生するまでの一週間、片手でやっていたので普段の半分以下の速度だった。


「どう?順調」


死角からぬるりと出て来たこの白い女が、堪らなく恐ろしかった。


「順調だ、あと10日もあれば終わる」


「急がなくてもいいのよ、子供が出来て腹が膨れるぐらいには猶予がある」


妙な例えをするもんだなと思いながら作業していると、女はおもむろにテレビを付けた。


「依然戦闘が続く中部アメリカでは、多数の難民が発生しています」


開戦当初こそメディアは特集を組んで報道を続けていたが、連日の空爆と日本軍地上部隊の順調そのものな進軍で、視聴者の関心は俳優の不倫話に切り替わって行った。


自らの生活と安全に影響がないと悟ると、呆気ないほど興味が失われてしまった。


「旧米空軍は今現在目立った活動を見せていません、開戦初日に大損害を負ったからです」


リモートでアナウンサーと会話する軍事専門家は、旧米が何故劣勢であるかを解説していた。


空中発射巡航ミサイルで滑走路は使用不能となり、そこを地中貫通爆弾でバンカーごと戦闘機を破壊された。


緒戦で多くの航空戦力を失った旧米空軍は、なけなしの航空機を首都防衛に就かせた。


「それでは、旧米による都市部への攻撃の可能性はないのでしょうか?」


「いえそうとも言い切れません」


眼鏡を掛けた白髪の専門家は、旧米軍が保有している移動式発射の弾道ミサイル脅威を指摘する。


「このパニッシャーと呼ばれる弾道ミサイルは、ロサンゼルスとサンフランシスコを射程に納めることが可能です」


「それはつまり、政府要人や原発への攻撃も可能ということなのですか?」


「いえ、弾道ミサイル自体の精度はあまり優れたものではありません。特定の人物を狙ったり原子炉建屋に直撃させるには、何十発も撃ち込む必要があります」


政府機関の建物やら日本軍の基地を狙って攻撃し、被害を目の当たりにさせることで、西米国民の反戦感情を煽る戦略を取るのではないかと専門家は話す。


「人を突き動かすのに一番手っ取り早いのは恐怖だ。って言葉知ってる?」


「い、いやしらない」


「今私が考えた」


一人で冗談を言って一人でケタケタ笑う女は、こちらを完全に弄んでいる。


「あんたイカれてる」


「そう?だといいんだけど」


飄々とした態度を取りながら、全てを見透かしているその表情に苛立った。


恐怖で支配された脳を怒りが突き動かし、人を殺しても何とも思わないのかと質問してしまった。


女は悲しいとだけ答え、貴方はどうなのと問う。


「俺?俺は殺してなんかいない」


「その指先で死を奏でているじゃない」


女は背後からカトラーの目を両手塞ぎ、優しく官能的に語り掛けた。


「貴方が裏金作りに協力していた人達、あれ東米のナチス党員だってこと知ってるでしょ」


「だからなんだってんだ、ナチスに協力したら罪になるってのか?」


「いいえ、この世界では禁忌とされていないわ。でも同胞殺しは大罪よ」


女は自分が目を反らし続けていたことを直視させた。


自分がユダヤの血を引いていることを忘れ、目先の金に目が眩んでナチスに手を貸していたこと全てを見せられた。


「このお金、生命終了施設を運用する資金源になってたみたいなの」


最早叫ぶことしかできなかった。


机に頭をぶつけ、髪の毛を掴みながら絶叫した。


「お前も人殺しだ」

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