第二ラウンド
「射撃用意、撃て!」
貼り付けられた紙の的に向けて、狙いを付けて撃つ。
本土では薬莢回収しているが、こっちではそんなことしない。
一発撃つごとに、国民の血税50~100円は土の中に還っていく。
「撃ち方止め!」
弾倉を抜き、薬室を確認してから安全装置を掛ける。
「今日はもう終わりだ、片付けろ」
「ソ連が滅んだってのに、なんで訓練なんてしてんだろうな」
最大の脅威である国家が消えたにも関わらず、国家予算の3割を占める軍事費は、膨れ上がる一方だった。
「噂聞いたんだけどな、メキシコに攻め込むらしい」
「バカ言え、メキシコを攻撃してなんになるってんだ。タコス屋でも占領するつもりか?」
「俺はカナダって聞いた」
「カナダは非武装中立地帯だ」
増えた訓練時間、本土からの増強部隊、やたらと備蓄された弾薬類、変な噂が立たない方がおかしいぐらいだ。
「多分軍事演習だろ、いつもの」
だが部隊全員分かっている筈だ。
一番可能性が高いのは、中部アメリカ合衆国である。
軍上層部は、以前から西米内に潜伏するDLFAへの補給ルートを潰したがっていた。
この訓練が、軍事演習の事前準備になることを願いながら、車に乗り込んだ。
「見ろまた積み込んでる、今度は血液だ」
射撃場から兵舎に戻る途中、トラックの大群に遭遇した。
「これ戦争始まるかもな」
岡田の呟きに、石原は反応する。
「なんで?」
「輸血用血液は日持ちしないからさ、だからそういう時に持ち出すんだよ」
見慣れた駐屯地の門を潜り抜け、車を降りた。
「今日の飯なんだっけ?」
「生姜焼き定食、デザートはオレンジ」
「あの婆さん、生姜入れすぎなんだよな」
委託してる民間業者への愚痴を溢しながら、武器庫までトコトコ歩いていると、嫌な声が響いてきた。
「全員荷物をまとめて車に戻れ!ラスベガスに移動する!」
田口小隊長が馬鹿デカい声で、バカみたいに叫んだ。
「ふざけやがって、飯の前に移動かよ」
多分小隊長が命令を出した訳ではないだろうが、それでも小隊長へ文句が行った。
普段の行いが悪いと、その時は悪くなくても憎悪は向けられる。
「こんな時間に移動とはな、もうクタクタなのによ!」
岡田は腹を立てながら車に乗り込み、アクセルを踏む足で、貧乏揺すりを始めた。
「ベガスまで4時間だぞ、混んでたらもっと掛かる」
岡田の予測は当たった。
市街地を抜ける最中、渋滞に嵌まり1時間以上に渡って足止めを食らった。
その間、市民は携帯で俺達を撮影し続けた。
SNSには移動する日本軍の映像、写真が大量に投稿されていた。
40年前から急速に発達したインターネットは、今や電気水道ガスに並ぶ、重要インフラに成っている。
部隊の位置や装備が、好奇心旺盛な一般人によって暴かれる。
そういう危険性への対処は行使され続けているが、完全に無くすことは不可能だ。
誰もがカメラマンであり、誰もが発信者の世の中では、人目をより一層警戒しなければならない。
「この前、母親から連絡が来たよ」
岡田が唐突に口を開くと、そんなことを言い出した。
「向こうはなんて?」
「早く帰れってさ。腹が立つよ、あんなにボロクソ言っといて、ちょっとしたら良い母親面しやがる」
岡田の母親は厳しい人間らしく、俗っぽい言い方をするなら、教育ママってやつだった。
朝から晩まで、毎日12時間は塾に捕らわれ続け、青春の殆どを奪われた。
「自分の学歴コンプを俺で晴らそうとしてた癖に、虫が良すぎる」
岡田は理系の高校だったので、徴兵の対象外になる筈だったが、敢えて困難な方を選んだ。
かかあ天下の家庭から、階級が至上の軍隊に飛び込んだ。
「軍隊に入ってから、ため息しなくなったよ。でも時々ため息しそうになって息を吸い込むんだ」
「そういう時は、母親の顔をナイフで滅多刺しにする想像をして、気を紛らわせる」
「………………」
ラスベガス 中部米境付近にて
「明日0200に中部米国への攻撃を開始する」
ラスベガスに到着した途端、こんな事を言われてしまったら、もうどんな顔で待機すればいいか分からなくなった。
周りは5時間後に迫る運命の重みに耐え続けていた。
「遂に旧米侵攻か、何処まで行く気だろうか?」
「ロッキー山脈だろう、DLFAの訓練キャンプがあるって聴いたことがある」
「俺は不安だよ、親に連絡したい」
「心配するな、戦闘は何度かやってるだろ」
「相手はただのテロリストだった、次は正規軍だ」
不安じゃない訳がない。
暗闇の中、手のひらを見る。
震えてはいない、驚くほど落ち着けていた。
89式小銃は、いつも通り完璧な整備状態に保たれている。
「飲むか?」
井内曹長はスキットルを差し出し、にこやかに微笑んだ。
口に含んだ瞬間、辛みと発揮性のある味が舌に飛び込む。
「これ酒ですか?」
「ナイショな」
こんな雄大な自然の元で、今から殺し合いをやろうなんて、夢にも思わなかった。
……まだ時間がある、少し眠ろう。
車の中に戻ると、岡田は既に寝ていた。
今は3月後半だがまだ寒い。
こんなに寒いのに、毛布も無しによく寝れるものだ、疲れているからだろうか。
自分も車の中に寝転がり、目を瞑った。
なんで再入隊なんてしたんだ?
居酒屋でそう問われた時、言葉を濁した。
別に深い理由はない。
昔から愛国主義な連中は嫌いだった。
軍隊なんて、その権化ではないか、それなのにどうしてだ?なんて言葉に出来ない。
実は思ってるんじゃないか
いや逃げ出したい訳じゃないが、そうでもない。
君がなんで感じる?
どうせ反戦主義者の癖に
俺は私は腎臓をえぐり取られて地縫いを這う死
真ん中の宇宙にスキットル入りの眠気が見える
銃を持ったカメラマン、逃げる女の背後を開く目にチキン入りの箱を写してしまえ
4つの綿棒
ゴルフの垣根にそびえた糞やろう
お前を産み出す配管がニュースキャスター傲慢な態度
外に出ると寒い音のラジコンは
叫んで蝋燭を溢す固形の疑念
怖かったんだろ
自分の意思で知らない世界に行くのが
悪夢から醒めたきっかけは、岡田だった。
「もう時間だとよ」
「………そうか、もうそんな時間か」
ドーランを顔に塗り、偽装を施すと、暗視装置を鉄鉢に装着して徒歩で移動する。
片眼だけなので、立体感が無く距離感が掴みづらくて、歩きにくくなる。
地雷原は既に工兵が撤去しているとの事なので、その隙間を通って中部米側へ侵入する。
敵国に足を踏み入れたというのに、実感は湧いてこない。
童貞を捨てた時みたいにだ。
創作とは、所詮創作だと知ってしまう瞬間がある。
それほど怖いものでもないし、感動的なものでもない。
「止まれ、よし着剣しろ」
音を立てぬよう、鞘から静かに銃剣を抜き、装着した。
銃剣を装着した小銃が、空に向けて伸びている。
まるで畑のようだ、銃剣畑に囲まれている。
本当に一瞬だった。
小さく細長い影が、一瞬だけ視界に入って爆発した。
「突撃に前へ!」
軽機関銃が制圧射撃を開始し、1小隊の突撃を支援する。
砂漠の砂を踏み荒して突き進む。
応射は少ない、さっきのミサイル攻撃であらかた片付いてしまったのだろうか。
火の玉が迫って来て、近くで爆発した。
「誰かあそこのTOWを黙らせろ!」
12式擲弾銃が発射されて、対戦車ミサイルごと吹っ飛んだ。
爆撃の衝撃で倒れたフェンスを突破して、白く無骨な建物の壁に張り付く。
200m先で発砲炎が見えたので、そこに向けて何発か撃ち込んだ。
当たってるかどうかの判別が付かない。
火災の黒煙と光が暗視装置に干渉して、逆にみえずらくなっていた。
装置を外して辺りを見渡すと、既に友軍部隊が深く検問所内に侵入していた。
「ここ制圧する、援護」
「了解」
小銃を構えながらドアを勢いよく開け、中を覗き込む。
窓から差し込む光と、暗闇の空間がただ存在している。
暗がりには幽霊が潜んでいるかも知れないという、怖さが子供の頃はあった。
だが今は人間、敵兵が潜んでいるかも知れないという恐怖があった。
人間が一番怖いなんて言葉が使い古されている理由は、それが公然たる事実であるからだ。
摺り足で進み、壁に背を付けて部屋の死角に銃口を向けた。
89式は全長が長い上に、今は銃剣を着けているので、室内ではとにかく取り回しが悪い。
しかも訓練と違って、床は瓦礫やら物が大量に散乱し、ごみ屋敷みたいになっていた。
机を乗り越え、部屋奥にあるノブを回した瞬間、銃弾がドアを貫いた。
「クソ!」
岡田と共に負けじと撃ち返し、壁一枚越しの銃撃戦が始まる。
銃声を聞き付けた友軍が続々と集まり、10人掛かりで撃ちまくった。
「死んでるか確認しろ」
恐る恐る確認すると、穴だらけの死体が壁に張り倒れていた。
右手小指が粉砕され、肩が破裂したかのようにぱっくり割れて、顔面はぐちゃぐちゃだった。
「死んでる」
「間違いないか?」
「見たら分かる」
顔にタオルを被せ、部屋の外に引きずり出す。
ポケットの中身を調べてみると、携帯やらメモ帳が出てきた。
今死んだ男はブラッドフォード二等兵、ソルト・レーク・シティに家族が居て、ギターが趣味だったようだ。
この男を殺したのは、自分の弾だったのだろうか?なんて考えようとした自分を振り払った。
考えれば、命取りになる。
「こちらアシガル1、クリスタル国境検問所を制圧、どうぞ」
「了解、予定に従って行動せよ、終わり」
検問所を制圧したと小隊長が報告すると、直ぐに機甲部隊がやってきた。
戦闘偵察大隊が先行し、その後を戦車大隊が追従する。
「全員聴いてくれ、戦車と爆撃機が道を切り開く。機甲部隊が後方を分断して、孤立した敵を我々が叩き潰す」
中隊長からの説明を受けてから、LAVに乗り込んだ。
祖父はフィリピンで戦争を経験した。
父親も軍務経験はあるが、戦争に行ったことはない。
今日この時、この土地、この銃で、自分は戦争処女を破った。




