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崩れて切って、また同じ

遅くなりました

瞼がゆっくりと開くのがわかった。


視界のあちこちに、缶ビールとチキンの空箱が、転がっていた。


「そういや酒盛りしてたんだったな」


時計の針は8と47を指し、何が起きたかを瞬時に把握した。


「やべえ寝過ごしたのか!?!?!?」


ラッパの音も聞こえなかった!

誰も起こしてくれなかった!

小隊長全員に広まってしまう!


迷彩服を着ようと、パイプ椅子から慌てて飛び上がった刹那、窓の外の世界が真っ暗であることに気付いた。


「ベタな間違いしやがって」


自分に向けた罵倒を呟き、部屋の外へ出る。


他の部隊も部屋には居ない。


この時間帯なら、大抵は兵舎に戻っている筈なのに、気配すら無いのだ。


大人数が集まれる場所は、食堂か娯楽室しかないだろう。


「行ってみるか……」


兵舎を出て、星空見えぬ空の下へ身を晒す。


資本民主主義体制下で発展してきたこの街の星空は、地上に舞い降りていた。


大日本帝国が戦後、占領地へこれほどの寛容さを見せたのは、決して同情や親切心が理由ではない。


フィリピンでの失策が原因であり、国家の方針転換という事実、ただそれのみが存在している。


日露戦争や二度の世界大戦に勝利したという歴史が、他者を支配して良いという錯覚を与えたのだ。


そして人種的優位性を誇示する以外にも、圧政の原因はあった。


それは赤狩りだ。


日本では共産主義は特高によって駆逐されたが、ここ西アメリカでは、未だに赤い思想が蔓延っている。


圧政を辞めた結果、自由の代償として敵が残った。


だが共産主義者が生き残って、良いこともあった。


共通の敵が居るから、戦後も枢軸国同士で戦わなくて済んだ。


「もし明日ソ連が滅んだら、ドイツと戦争になるかもな」


「ここにソ連の崩壊を宣言します。人民の皆さん、ソビエトは崩壊しました」


テレビに釘付けになる同僚達の後ろで、ニコラエヴィチ書記長がそうはっきりと言った。


2030年12月ソビエト社会主義共和国連邦は、何の前触れもなく崩壊した。




クレムリンにて



ウィスキーをグラスに入れて飲むニコラエヴィチは、椅子に深々と座り、酔い潰れていた。


「KGB本部が落ちた。残りの戦車がこっちに向かって来る」


「だから言っただろ、ここに居た方が安全だって」


他の閣僚とは連絡が取れない。


恐らく拘束されたか、処刑されている。


「この、くそったれ飲んだくれめ」


KGB議長は受話器を乱暴に投げ捨て、書類の束を押し退け、机の上に座った。


目の前に居るのは、死んだ帝国の長だ。


最早、肩書きに敬意を払う必要などない。


上からジェットの爆音が聞こえ、その後に爆発音が響いた。


「Migめ!狙いが甘いんだよバーカ!」


「精密誘導爆弾でも持って来いよ!まあそんなもん予算に組み込んで無いから在庫はないだろうけどな!ワハハハ!!!」


ソ連解体に反発する党内の誰かが、クーデター軍を指揮しているらしく、さっきから攻撃機が反復爆撃を繰り返していた。


揺れで砂埃がグラスに入り、酒の表面が濁る。


「……クソが!」


書記長はボトルごと持ち、ラッパ飲みをする。


防弾着を着用した将校が入って来る。


「報告します、迎えのMi24との通信が途絶えました」


「残った人間全てを武装させろ、何でも引っ張り出してこい」


対空兵器は全て沈黙し、有力な戦力は場内に残された2両のT72B3だけだ。


「戦略ロケット軍は、まだ我々の統制下にある。最悪反乱軍の鼻っ面に、核を叩き込んでやれる」


「国内での大量破壊兵器使用は避けたい、ウラジオに退却して東部軍と合流するしかない」


「東部軍が寝返ってたら一貫の終わりだがな」


書記長は地球儀の支えを取り外し、手で回して弄び始めた。


「昨日地球儀を買った奴は損したな、ソ連はバラバラになって、名前も国境線も変わる」


「枢軸の連中は、インターネットで世界地図を見るらしい」


ニコラエヴィチは、議長の話を聞いて、フィンランドとの国交正常化訪問を思い出す。


その当時私は、まだ書記長に就任して日が浅く、枢軸陣営の国家を訪れたことはなかった。


移動のヘリコプターの窓から見える景色には、どこを見渡しても車が走っていた。


ソーセージのように続く渋滞が信じられず、警護の一人をこっそり街へ偵察に行かせた。


そしてその車列が、我々に見せ付ける為に用意されたエキストラではなく、一般人が乗り回していることを確証した。


私は激怒し、帰国後すぐにクレムリン中の人間に唾を吹き掛ける勢いで、問いただした。


「どこがフィンランドはソ連より遅れているだ!ケツを拭く紙ですら我が国より高品質だぞ」


ソ連最高指導者である私にすら、正確な情報が上がって来ない事実に困惑した。


この状況に陥った原因は、前任者であるアスモロフ書記長だった。


少しでもソ連が他国よりも劣っているという話をすると、癇癪を起こし、処罰を受けるようになった。


その為、耳障りの良い報告ばかりが上がるようになり、それが30年間の月日で、常識となっていたのが原因だった。


私の書記長としての役割は、病床に横たわる瀕死の病人に繋がれたチューブを、一本づつ外して行くことだ。


大国が倒れる瞬間は、巨塔が倒壊するように派手な光景になる。


周りを巻き込みながら、バラバラになってだ。


塔の上から崩して行く筈が、根元である人民が限界を迎えた。


ソ連邦の緩やかな崩壊という計画は、今日頓挫した。


「KGB議長、今生き残っている閣僚は我々だけか?」


「この状況で連絡が取れないなら、そう解釈して構わんだろう」


「なら何をしても、誰も止めはしまい」


ニコラエヴィチはズボンを下ろすと、窓の外から放尿を始めた。


「一度やって見たかったんだ!」


目の前に砲撃が降り注ぐ中、クレムリンの真ん中でする冒涜行為は最高だった。


「畜生、どいつもコイツも馬鹿野郎になっちまった」




JM証券オフィスにて



「もっと食えよ、冷めるとまずい」


腕を杖にして頭を抱えるカトラーは、フォークで海老を突っつき回していた。


机の上には、ピザと弁当箱の空が大量に積まれ、今にも崩れそうだ。


「もうピザも弁当も飽きた」


「だから中華を頼んでやった。喜べよ」


コイツらが俺のオフィスを占拠してからというもの、部屋がごみ屋敷に成りつつある。


自分が裏金作りに協力した顧客の、金の動きを一日中調べさせられている。


いつもと変わらない生活リズムではあるが、好き好んでやっているのと、強制されてるのではモチベーションが違う。


それに今やっていることは、自分の違法行為を謎の集団に暴露するという手の込んだ自殺だ。


刑務所行きの切符を発行しているようなものだ。


「クソうんざりだ!」


プラスチック製のフォークを机に叩き付けたが、跳ね返っておでこに突き刺さって落ちた。


「落ち着けよ、カフェインの摂り過ぎだよ」


「お前らには判らないでしょうね!自分の!家に!常に!常にだ!他人がいる気持ちがよ!」


カトラーは怒ったフリをしながら自室に籠ると、音が出ないよう鍵を掛けた。


ソファをカッターで切り付け、中に手を突っ込み仕事用の携帯を取り出す。


ガサ入れに備えて、証拠品を隠して置いて本当に良かった。


奴らに通信手段は全て取り上げられ、もうこれしか残っていない。


毛布を被って声が漏れないように工夫すると、電話を掛けた。


「24時間に1+で営業中!PaPeRos自動車です。修理のご依頼は1を」


番号の3をプッシュし、早く出ろと毛布の中で静かに強く願う。


「はいパペロス自動車です」


「パペロスは居るか!?」


電話越しにパパ電話来たよ、と呼ぶ声が聞こえ来る。


「もしもし?」


「俺だカトラーだ!」


「久しぶりじゃねぇか、まだ貧乏人相手に投資詐欺やってんのか?」


てめえも貧乏人だろうが、という言葉を飲み込み、ここから逃げる準備の第一歩を踏み出す。


「前に仮釈放中の朝鮮人を逃がす時に使った車あったよな?」


「あぁ、ガレージに置いてある」


何も訊かずに、ダウンタウンまでそいつで来てくれと頼み電話を切った。


「よーし、やってやるぞ畜生」


ベランダから外に出ると、壁の縁に足を置いた。


突風が吹き付け、ざらざらとした感触が裸足に伝わる。


いつもガラス一枚越しに見ていた景色が、こうも恐ろしくなるとは考えられないものだ。


だが今最も恐ろしいのは、目の前に広がるロサンゼルスの街並みよりも、後頭部にサブマシンガンを突き付けられる方だった。


幅50cmのコンクリートを伝い、隣の部屋へ移動して、鍵の掛かっていない窓を開けた。


セキュリティが厳重で、階層が高い建物ほど、住民の安全意識は低くなる。


俺は謎の突起をマンションの壁に貼り付けた建築家に、感謝しなければならない。


部屋から飛び出し、エレベーターのボタンを連打する。


ドアが開いた瞬間、白い服を着た女が出てきた。


「はっ!?」


心臓を撫でられたような錯覚を覚える。


殺されると思ったが、その女は俺を脅してる人間ではなかった。


髪色は茶髪であるし、あの見詰められると、気味が悪くなる眼球ではなかった。


「ちくしょう!ちくしょう!何でこんな怯えなきゃなんねえんだよ!?」


エレベーターの隅っこで、頭を抱えて踞る自分が無様だなんて言う奴が居るなら、お前も同じ目に会ってみろと言いたい。


マンションから出て、着の身着のまま、そのままダウンタウンに直行。


通りに並んで停車しているタクシーから、見知った顔のドライバーを見付け乗り込んだ。


旧友は突然の車内に転がり込んで来たカトラーに驚きつつも、大丈夫かと心配する。


「俺の後ろ!誰かが尾行してきてないよな?」


「誰も付いてきてない、大丈夫だ。何処に向かえばいい?」


「街の外だ!早く出せ!出してくれ!」


カトラーはバックシートに横になって隠れ、起きたこと全てを話した。


突然銃を持った連中が押し掛け、今までの犯罪全ての証拠を握られたこと全てを。


「連中、エネルギー企業の金の動きを調べろって言ってきた。そんで次はアメリカナチ党の議員を……」


「待て、そんな話されても困る。俺にどうしろってんだ?」


「なんか話してねえと不安なんだ!」


「分かったから、そろそろエンジンルームに隠れろ」


この間の暴動で、市内には警察と軍の検問が敷かれている。


身分証を持っていないカトラーは、街から出ることが出来ない。


それを見越して、この車で来させた。


「大丈夫だって、誰もボンネットの下に人が居るなんて思わない。もし疑うようなら、そいつはきっと頭が変なんだろ」


旧友がそう言った1時間後、俺はまたマンションに連れ戻されていた。


あの後日本兵に見付かって、銃殺され掛けた。


白い女は天秤を前に、薄ら笑いを浮かべていた。


「惜しかったね、怖かったでしょ?」


カトラーの前には、ペンチと小刀と手斧が置かれていた。


「私って人を脅したり、暴力を行使することが嫌いなの」


「本当は夫とゆっくり余生でも過ごしていたいのよ」


「でも私は、そういう役割を背負って生きてるの」


「人生ってそういうものでしょ?」


「私は貴方が思っているほど異常ではないけど、貴方が想像しているよりも残虐なのよ」


「そうしなければ、あらゆる世界の自虐的な思想に磨り潰されてしまうから」


「貴方は今から見せしめと、恐怖を刷り込むという目的の為だけに、愛を証明しないと行けないの」


白い女は、片方の天秤へ3発の銃弾を置くと、手のひらを見せる。


「オレゴンの家族は今、夕食だそうよ。サーモンのムニエルに、茹でたトウモロコシ」


何も口に出すことは出来なかった。


小刀を握り、利き手と反対の左手の人差し指に刃を当てた。


刃に触れた皮膚が切れ、血液が流れ落ちる。


こんなに鋭い刃物は使ったことがない。


「んっ!」


勢いをつけて刃を肉に押し込んだ。


だが骨に阻まれ、半分しか切れていなかった。


「クソォォォ!」


もうこの際、痛みなんてものは大した問題じゃない。


焦って失敗したことが、絶叫の理由だった。


「頼む!見逃してくれ!」


懇願したが、駄目だと返された。


「今まで沢山のお金を奪って来たじゃない。指ごときで済んでマシと思え」


逃がしはしない。


確実にここでやらせるつもりだ。


今度は刃を骨と骨の間にある、間接へ持ってくる。


今答えよう、そして後悔しよう。


「こんなことするんじゃなかった」


人差し指は腕を離れ、天秤の上へ送られた。


「普段は銃弾と指の重さが均等にならないと、愛が伝わったと見なさないんだけど」


「今日はあと2本でいい」


「続けて、次は父親の分よ」


使い古しの安易な言葉の意味が分かった。


これが絶望なのだ。

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