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神様の手先の手先  作者: わやこな
冬のひしめき
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十六話


 ドアの向こう、おそらく階下にあの魔物が出たのだ。なおも続く怒号と騒々しい物音は、階下で人々が押し合い逃げ惑っているのかと想像させた。

 すぐにズヤウが言ったとおり、慌てた足音がドアの前まで来た。ついで、乱暴に叩かれる。


「旦那! 化け物だ、早く逃げろ!」


 オトイラが、目を険しくして返事をした。


「どこに紛れていた」

「招待されていた男とそいつが連れてた女だ。遅れて入ってきて急に暴れ出したと思えば、化け物になりやがった。階下はひでえ有様だぜ」

「客に怪我は」

「混乱状況で無事な奴を数えるほうが早い」

「お前たちはどうだ」

「旦那たちを逃がすので手一杯だな」


 問答をした後で、苛立たしげに舌打ちをする。その様子を見て、ミレイスはもどかしく思っていた。


(あの時のような魔物なら、普通の人に対処は難しいはず)


 ならば精霊の自分や、その自分よりも遙かに強いズヤウが行けば。ここで迷っている間にも、被害が増えている。あのミレイスの祈りの言葉を呪いまがいに吐き散らす魔物が、コンハラナに化けたような魔物がいるのなら。


「私、が」


 口に出せば、ズヤウが振り向いた。


「僕が行く」

「ズヤウ、私も」

「……殿下と約束したんだろ。お前はここで守っていろ」

「でも、一人は」


 なおも言いつのろうとしたら、手のひらに何かを渡された。金の腕輪。シギの腕輪だ。それに何かまた細工が増えている。碧玉の飾りが細い金の輪の間に躍っていた。


「念のため、細工をしておいた。身につけておけ」


 言いながら、左腕に腕輪を付けられた。途端、容姿にまやかしの魔法が掛かったのだろう。あっ、という声が聞こえた。


「守るのは、僕よりお前のほうが上手い。時間は掛けない……その格好は、元の髪色のほうが、似合っていたな」


 それからズヤウはミレイスを見て、わずかに微笑んだ。ミレイスの髪をそっと撫でて、後方、オトイラたちへと声を掛けた。


「手を貸す。僕がいない間は、彼女がここを守る」

「貴方、なんとかできるというの?」


 ダレハスにかばわれながら、懐疑的に女性が口にすれば唇の端を上げてズヤウが笑う。


「ここにいる奴らよりは、遙かにマシだ。第二王女殿下」

「惜しいな。お相手がいないのなら、俺のものにしたいくらいだ」


 軽口を叩いたオトイラには冷たい視線を向けてズヤウはドアに向き合った。


「僕の相手はとっくに定めている」


 言い残して、ドアが開かれる。オトイラの配下だろう、緊張した様子の男がいる。ズヤウは早足で出て行くと、振り向きざまにドアに向かって魔法を放った。

 バタン、と閉じて陣が描かれた。封印でも施されたかのようだ。

 しばらく部屋の中を見て何もないことを確認してから魔法を発動する。怪しい箇所は一応水で流してから乾燥させておく。

 ズヤウにああも言われたのだ。しっかりとしなければ。

 流水の魔法で部屋の中を清めてから、それぞれに透明な膜を作って防護の手段を作っておく。

 変わらず階下の混乱の声は聞こえるが、徐々に声の数は減っているように思えた。


(大丈夫、ズヤウは私よりもずっと強いのだもの)


 そして一息ついたなかで、最初に言葉を発したのはダレハスだった。


「あの……彼は、貴女方はいったい?」


 ミレイスからまるでオトイラたちを守るようにダレハスが前に出た。敵意はないが、こちらを警戒しているのはすぐにわかった。


「ラルネアン殿下の手の者という証拠がありますか」

「えっ」


 言われて考える。ぱたぱたと体を探ってみたが、そういう証拠のような者は所持していない。あるとすればズヤウのほうだ。


「魔の瞳を持つ者の側にいるのです。失礼ですが、貴女を信用する証左がほしい」

「魔の瞳?」


 聞き返せば、ダレハスが怯みながらも答える。


「色の混じった瞳を持つ者のことです。魔力が強く、人に害をなす」

「おいおい、その妙な伝承を信じているとは、アサテラのことを言えぬぞ、お前は……気を悪くしてくれるな、可愛らしいお嬢さん。腐っても俺の配下でな。俺の安全に神経を尖らす必要がある」

「フスト様! まだ確認が済んでおりません! 気安く近づくのは」

「よい。大事ない」


 オトイラがダレハスの制止を無視してミレイスに近寄り見下ろす。イマチと腹違いの兄弟であるオトイラは、目元が似ている。いたずらっぽく笑む目の形は、面白いものを見つけたときのイマチを彷彿とさせた。


「武芸も魔法の才も、兄には劣るが、俺にも秀でたものがあってな……母の血だが、魔獣を操ることができる。だからな、俺には人かそうでないかがわかるのさ」


 わかる。なにがだろう。


「いやはや、凄まじいな。よくよく注意して見なければ、誤魔化せる魔法とは。なあ、お嬢さん。お前、人ではないな?」

「は、はい」


 気圧されながらうなずけば、オトイラがパチリと瞬いて止まる。そして、後ろを見る。


「ふむ。素直すぎるぞ、つまらん。聞いたか、お前たち」

「人でないならなんだと言うのですか、フスト様」

「知らぬ。お嬢さん、名前は? 自己紹介はできるか?」


 女性の扱いに慣れている様子が垣間見える。目線を合わせてかがみにこりと微笑みかけられる。オトイラと後ろで心配そうに見てくるダレハスたちを見比べて、ミレイスは答えた。


「水の精霊のミレイスと申します。ええと、今はラルネアン王子殿下の女官とズヤウの妻をしています」

「精霊? それはまた……で、ズヤウとは、先の男か」

「はい」

「そうか……お嬢さんは、すでに手つきか……そう思えば、なるほど……」


 まじまじと見られる。なにやら含みのある視線に後ずさりすれば、ダレハスたちの視線がかわりに同情に変わった。意図してのことならば、空気を読むのが上手い男だと思えた。それでも胸や腰元に注目を浴びるのは気恥ずかしい。

 まごついてしまっていると、後方から咎める声が飛んできた。


「兄上! 年頃の娘です!」

「まだ何も言っておらぬ」

「目つきが卑しいのです! ああ、貴女。そこの獣のような男から離れなさいな、こちらよ」

「おや、お前、もう警戒しなくていいのか」

「この部屋で警戒すべきは、下心を隠さぬ兄上でしょう。さ、おいで」


 ミレイスを匿うように、自分の居たソファに招いた女性は申し訳なさそうに言った。


「夫と離れる不安は、私にもわかります。ええ、わかりますとも」


 手際よくミレイスの髪の乱れを直して、安心させるように笑みを浮かべた。


「私は、コンハラナ・ケフェナ・ポーティア。ラルネアンのことは娘を通して知っているわ。ご存知?」

「はい、フリエッタ様とはよくお話を。とても心配されていました」

「まあ、そうなのね」


 この人が、コンハラナ。

 ミレイスが見た記憶と像が一致しなかったのは、化粧を変え、衣装を変えたからだろうか。人相はよく見れば同じだが、不健康に痩せている。恐ろしい目にあったのだろう。

 偽物も目にしたが、それよりも穏やかで柔和な人柄だと感じた。


「ケフェナがこう接するからには、害はなかろう。ダレハス、警戒を解け」

「……承知しました」


 まだ疑いは残るのか、ちらちらと視線がくる。顔を向けて、敵意はないと示すために微笑みかけてみる。瞬間、頬に赤みが差した。四角四面の硬い表情が動揺していた。


「はは! すまぬな、ミレイスお嬢さん。こいつは女になれておらぬのだ。しかしまあ、その魔法は残念だ。お嬢さんの麗しい顔がよおく注意せぬと見れぬな。あの男、随分と嫉妬深いとみた」

「顔と言えば、貴女、驚いたわ。あの人と似ていたから……面影があるのよ」

「ああ、キサな。俺も思った。お前は驚きすぎだ」

「仕方ないわよ。あんなに、兄上たちが執着していたのだから……それに、私が宮から逃げる前に見た顔があれよ。似ても似つかないのに、似せようとしたあの顔。驚くに決まっているでしょう」


 記憶でみた時よりも、オトイラとコンハラナの会話は弾んでいる。王宮だから畏まった態度で接していただけで、本当はこのように気兼ねなく話せる仲だったのだろうか。これならば、イマチともよく話してくれるかもしれない。


(キサ。誰のことかしら。私とよく似ている人で、王宮にいた人)


 ひょっとすると生前のつながりがある人だろうか。気にはなったが、口ぶりでは過去の話のようだ。二人は思い出話をぽつぽつと話しだした。それを横で聞きながら、周囲を探る。まだズヤウは帰ってこない。


 不意に、ひゅう、と風が吹いた。

 はっと顔を上げる。どうやら風が吹いたのはミレイスのところだけのようで、急に動いたミレイスをオトイラたちが不思議そうに見ている。


(わざとらしい風は……カイハン?)


 また風が吹く。今度は、ミレイスのまとめた髪をいたずらに撫でた。それは、窓際から流れている。

 立ち上がり、ぴったりと閉じられた窓に向かう。ミレイスの体半分もあるような大きさの窓だ。

 ガラス戸をさらに木戸で頑丈に閉められており、襲撃対策に閂をしている。簡単に外せそうなのは中から逃げやすくするためでもあるのだろう。


「すみません、開けさせてください。何があっても、私の魔法で防ぎます」


 言いながら水の魔法で盾を作って、窓を開けた。

 すると、冷たい空気の風が部屋の中に舞い込む。それと同時に、風を巻きながら鳥が入り込んできた。大きな鳥だ。瘤のような角があり、黒と白の羽根が印象的な、巨鳥だった。

 窓枠に器用にぶつからずに回転しながら入り込むと、部屋の中に舞い降りて、咳き込むように鳴いた。


「俺の愛鳥ではないか」


 オトイラが言えば、さらに鳥が鳴く。攻撃するでもなく、オトイラの前に頭を下げた。

 その鳥に注目が集まっているなかで、ミレイスの耳元で風が囁いた。


「ミレイス嬢。貴女のカイハンです。今、ズヤウが階下で交戦していますが、少々数が多いようです。ですので、殿下方を安全な場所へ移動させます」


 ズヤウが。

 不安が顔色に出そうになってうつむく。小声で「ズヤウは?」と訪ねると、慰めるように風が頬を弱くくすぐった。


「……大丈夫ですとも。あれは頑丈なのが取り柄です。まあ、不安なら、怒られるのを覚悟で助けに行きますか?」

「いいの?」

「ふ、ふふ。それほど嬉しそうにされるとは、あの男も随分と好かれたようで……少々お待ちくださいね」


 言うなり、カイハンが現れた。

 ヒュウヒュウと部屋の中央に風が巻いて姿が露わになる。猛禽類に似た、鳥の頭部。羽根飾りを付けた鳥は曙色の目を細めて、クチバシをカチカチと鳴らした。


「あー、あー。静粛に。あまり騒がぬようお願いします。この見てくれですが、私は魔物などではないので」

「ひいっ」


 息を飲んだコンハラナがオトイラを盾にする。オトイラは、ぎょっとした顔をしたがそれ以上に驚きを露わにしたのはダレハスだった。


「あ、あ……!」


 短く息を吸っては吐き、わなわなと震えたダレハスが次に取った行動は意外なものだった。

 片膝をついて、祈るように手を組み頭を下げたのだ。





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