第三章 13
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俺は十数分街を走り続けた。
花屋の店員にはどうしたの?と聞かれ、街ゆく人には全力疾走している俺を不思議そうに見つめ、街路樹の根に躓いて転び、身も心も疲れてきた。
「ハァハァ……」
正直、まだ幼い俺には体力の限界だった。
俺は、学校の1500メートル走で11分もかかってしまうほど体力がなく、のろまだったのだ。
もう諦めてしまおうか、壁にもたれかかってそう思った時、壁の向こう側から男の声が聞こえた。
「おいてめぇ!金出せってんだろーが!!」
「おいじいさん、聞こえるか?ああ!?」
「も、申し訳ございません……」
「ああ!?なんだと?聞こえねーなぁ!もっぺん言ってみろ!」
どうやら、男二人組が老人を恫喝しているようだ。
まさかとは思いつつも、恫喝されている老人の顔を見た。
その時、俺は「サァァ……」っと音が聞こえるほど全身の血が引けるのを感じた。
「嘘……嘘だ……」
俺は必至に目の前に広がる現実を否定し続けた。
だが、悲しきかな現実が変わるわけでもなく、そうしている間にもネフィアに傷が付いていく。
ネフィアを助けなきゃ、そう思った時には壁を乗り越えてネフィアのすぐそばまで行っていた。
「エドワード……どうしてここに……」
威勢のない、かすれた声で俺に話しかけてきた。
「どうして?そんなの決まってるだろ。ネフィアおじちゃんを助けに来たんだよ」
「いかん……早く……早く逃げろッ……」
いつもは俺を信用してくれるネフィアが、今日に限って何故か俺を信用してくれない。
「大丈夫だって。だって俺は剣の腕前はこの街一なんだから」
「じゃが、今のお前ではこいつらには勝てん……。わしを見てそう思わんか……」
そう言うと、ネフィアの口から紅い血が流れてきた。
確かに、ネフィア自身で言えるほど、彼は強い。
魔法を使いこなせ、敵からいつも守ってくれる、俺の中では一番強い魔法使い。
しかし、そんな彼がこんなになるまでボコボコにされている。
それは、つまり目の前の男達がそれほど強いということなんだろう。
今思えば、ここで逃げるべきだったと俺は後悔している。
しかし、当時の俺はそんなことを考えることすらできなかった。
「よくも……よくもネフィアをッ!!」
家族と同じくらい大切な人をこれほどまでに傷つけられたことへの怒りが収まらない。
俺は雑な体勢から無理矢理剣を抜き放った。
「おいおい……ガキが出しゃばんなよ」
「まぁ、いいじゃねぇかよ、兄貴。こいつからも金を搾り取れるんだから」
「それもそうだなぁ。こいよ、ガキ。相手してやらァ!」
どこまでも俺をバカにし、見下すこいつらが憎たらしかった。
「お前らァァァァ!」
「よせ!エドワード!」
俺はネフィアの忠告なんて聞かず、思いっきり地面を蹴った。
剣技に特化した俺は、奴らとの間の5メートルほどを一瞬で詰めた。
(よし!これなら仕留められる……!)
俺はこのスピードに相手が反応できないだろうとタカをくくっていた。
相手との距離が僅か数十センチになったところで剣を思いっきり横に振った。
ガキッ……!!
俺は仕留めた!と思った。
しかし、今の状況を頭が認識した時、ようやく気づいた。
仕留めたのは向こうで、やられたのはのは俺達なんだと。
俺の剣は、さっき兄貴と呼ばれていた男の剣によって受け止められ、もう片方の男の剣はネフィアの身体に深く突き刺さっていた。
「ネフィア……おじ……ちゃん……?」
なんで……。魔法を使えば剣なんて弾き返せるんじゃ……?
俺はネフィアにそう言いたかったが、声が出なかった。
「エドワード、こいつらには魔法は効かんのじゃよ……。特に、こいつらの剣には反魔法の効果があるんじゃ。いくらわしの魔法が強くても、お前に剣の実力があっても、こいつらには勝てん……」
「そん……な……」
そうだ……そうだった……。
いつも俺はこうなるんだ。
誰かを守ろうとしても逆に誰かに守られる側になってしまう。
俺はそれが嫌で毎日のように剣技を磨きながら魔法も学んでいるというのに……。
これじゃあ……前と変わらないじゃないか……。
俺はそれが辛くて、剣を握る手の力を抜いてしまった。
カランカラン……。
辺りに金属の乾いた音が響いた。
「なぁ兄貴、もう仕留めちまいましょうぜ」
「ああ、そうだな」
弟分の男がネフィアの胸に刺さった剣を抜いて、首を斬った。
胸にぽっかり空いた穴と首から深紅の血が吹き出し、俺の顔をどんどん紅く染めてゆく。
俺は回復魔法を唱えたくても唇が動かず、ただただ目を見開くことしか出来ない。
「次はお前だよ、クソガキ」
逃げなきゃ、そう思っているのに身体がいうことを聞かない。
「おい!なにしてるんだ!」
兄貴が剣を振りかざしたその時、誰か、こいつらではない男の声が聞こえた。
俺は直感でわかった。
この男の人は敵ではないと。いや、そう思いたかった。
「お、おい。逃げるぞ」
男二人組は走ってどこかへ行ってしまった。
「坊や、大丈夫かい?私の名はデイビッドだ。もう大丈夫だぞ」
デイビッドという男の人は俺に優しく話しかけてくれた。
そのとき、俺は全身の力が抜ける気がした。




