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第1章:3話【旅立ち前夜の晩餐】

「お前、まさか…ケンベルトからなんにも聞いてないにゃか!?」


「だ、だ、だだだだって……!じいちゃん、私が小さい頃からよく『自分は魔法使いだー』なんて言ってたけど、まさか本当に魔法使いだなんて思わないし…常連さんたちだって『また言ってる』なんてみんな笑ってたよ!?」


「はぁ…あいつの適当さにはほとほと呆れるにゃ…」


「じ、じ、じ、じいちゃんてほんとに魔法使いなの!?」


 興奮するひまりを前に、レカははぁ――っと深いため息をついた。


「まぁ座るにゃ」


 と、ひまりをイスに座るよう促し、自分はぴょんっとテーブルの上に飛び乗った。


「いいにゃか、ヒマリ。お前のじいちゃんは『ケンベルト・ラーゼン』。魔法界イルスクーレンでも由緒ある【七大魔法】のひとつ、【料理魔法】のラーゼン一族にゃ」


「な、七大魔法?なんかすごそうだけど…。でもさレカ、そういうすごい魔法って炎がぶわ―――!!みたいな、雷ドカ―――ン!!ってなるやつじゃないの?」


「…お前の語彙力の無さもケンベルト譲りにゃね…」


「ひ、ひどい…」


「まぁいいにゃ。ヒマリが言ってるのは火・水・風・土・雷の力を人が操る【基礎魔法】のことにゃ」


「基礎魔法?」


「イルスクーレンでは基礎魔法は誰でも扱える魔法にゃよ。子供たちは6歳から魔法学校に入学して、一般教養と同じように基礎魔法を学ぶにゃ。能力には個人差があるにゃけど、ほとんどの民が成人するまでに基礎魔法を習得するにゃ」


「ほぇぇ…国民全員魔法使いってことかぁ…」


「だから基礎魔法は生活の基盤であり、特別ではないのにゃ」


「じゃあさっき言ってた【七大魔法】っていうのは?」


「それを話すには、まず魔法界の歴史を知る必要があるにゃね―…」


 レカは目を細め、遠い昔を思い出すようにゆっくりと話し始めた。



 ―――今から約千年前。


 天上の神が生み出した、最も知能の高い生き物【人間】。

 神は自らが生み出したその生き物を慈しみ、すべての人間が平和に生きることを願った。


 しかし人間は…平和に生きることはできなかった。

 わずかな資源をめぐっては争い、奪い合い、そして殺し合う。

 神は心を痛め、これ以上争いが起きないようすべての人間に【火・水・風・土・雷】を操る力を与え、人々の生活を豊かにした。これで平和が訪れる、神はそう思ったが――


 それでもなお、人間は争うことをやめなかった。

 自分より優れているもの・豊かなものへ嫉妬し、また奪おうとする。他者を虐げ、自分だけが豊かであろうとする。


 神は考えた。この醜く愚かな生き物は、どうしたら争いをやめるのだろうと…。


 そして神は気付く。【生活ではなく、心が豊かでなければならない】と。神は人間の中で最も心の豊かな七人を選び、【祝福】を与えた。


【歌】は――傷ついた心を癒し、歩む勇気を与えてくれる。

【絵画】は――世界が荒れ果てても後世へ、美しきものを残してくれる。

【書物】は――知恵と叡智を積み重ね、人々が考える手助けをしてくれる。

【植物】は――命が芽吹く大地を守り、育むことを教えてくれる。

【鍛冶】は――己の手で生み出す力と、心の強さを教えてくれる。

【服飾】は――他者を護ることを知り、真の優しさを与えてくれる。

そして【料理】は――人と人とを繋ぎ、明日を生きる糧を与えてくれる。


 争うより先に他者を思いやる心を、神は七人を通して伝えた。こうして七人の【始祖】と呼ばれる魔法使いが誕生し、人々は争いから解放された―――。



「これが…七大魔法の始まりにゃ」


 話し終えたレカはすっと目を開け、ビー玉のように光る目でひまりを見つめた。


「つまり…魔法界では、平和であるために火や水の魔法より歌や料理の魔法の方が大事にされてるってこと?」


「そうにゃ。七大魔法は基礎魔法と違って、7人の始祖の血を受け継ぐ限られたものにしか使うことができない神聖な魔法にゃ」


「なるほど…そしてケンじいちゃんは【料理魔法】の一族だと」


「ラーゼン一族にゃ。そしてケンベルトの孫であるお前も料理魔法の使い手にゃ」


「え、え、ええ!?私!?ていうか私も魔法使いなの!?」


「そりゃそうにゃ。ケンベルトの孫なんにゃから」


 いきなりじいちゃんは魔法使いであなたも魔法使いです、と言われてもまったくピンとこない。ひまりはこれまでの人生で一度も、魔法なんてものを使えたことはないのだから。


「な、なんか頭が混乱してきた…」


 急に身体から力が抜け、へなへなとテーブルに突っ伏した。


「お、おいどうしたにゃ。大丈夫にゃか?」


 レカは心配そうにひまりの顔を覗き込む。



「お…」


「お?」



「お腹すいた…」


 ぐうぅぅぅ…

 大きなお腹の音とともに、もうずっとろくなものを食べていなかったことを思い出した。


「なんにゃお前、料理魔法使いのくせにまともな食事すら摂ってないにゃか…」


「だって…」


 じいちゃんが死んでからずっと、お腹なんて空かなかった。久しぶりに誰かと話して、泣いて、笑って…安心したのか今は無性にお腹が空いている。


 ひまりは椅子から立ち上がり、レカに向かって聞いた。


「レカ、何か食べたいものある?」


「にゃ?」


「久しぶりに…料理しようかなって。レカの食べたいものにしようよ。何がいい?お魚?」


「だから猫じゃないって言ってるにゃろ!」


「えーじゃあ何がいいの?」



「……」


「……ニャポリタン」


「え?」


「ニャポリタン」



 くふっ…とひまりからくぐもった笑いが漏れる。


「何笑ってるにゃ!」


「ニャ、ニャポリタンて…ナポリタンのこと?」


「たぶんそれにゃ。ケンベルトが昔作ってくれたにゃ。『つなかん』てやつが入ってる赤いパスタにゃ」


「ツナ缶?うちの店で出してるナポリタンは玉ねぎとピーマンとベーコンだけど…」


「ケンベルトが私に『ほらよ、ニャポリタン笑』なんて言いながら出してきたにゃ。今思い出すとなんか腹立つにゃね…」


「詳しいレシピはわかんないけど、やってみよっか!」


 ひまりとレカはパントリーに戻り、食材を探した。

|

「あったあった。パスタとツナ缶と―…あれ?」


「どうしたにゃ」


「何週間も放置してたのに…なんでだろ…」


 じいちゃんが死んだ日からそのままにしていたパントリーの食材は、なぜかどれも傷んでいない。パスタや缶詰はともかく、玉ねぎやピーマンなどの野菜もだ。夜はだいぶ秋の風が感じられる季節になっているとはいえ、何週間も食材が傷まないなんてことはない。


「野菜が全然傷んでないの」


「ああ、もしかしてここ【悠久のパントリー】にゃか」


「ゆうきゅうのパントリー?」


「料理魔法の一種にゃ。パントリーそのものに【永久食材保存】の魔法がかかっていて、ここに入ってる食材は一生腐らないにゃよ。本来人間界では魔法は使えないはずにゃけど、ここは扉と繋がってるから今まで使えてたんにゃね。ケンベルトの考えそうなことにゃ」


「ええ!すごい!!それは…すごすぎる…!!そういえばじいちゃんが食材を腐らせるとこなんて見たことなかったもんなぁ…。料理人としては雷ドカ―――ン!!の魔法より全然いいよね」


「だから語彙力…まぁケンベルトも同じようなこと言ってたにゃ」


 呆れ顔のレカを余所に、ひまりはご機嫌で厨房に戻り食材を置いて手を洗う。鍋に水を入れて火にかけ、沸騰させている間に食材を切ろうとしてふと、思い出す。


「そういえば…じいちゃん、包丁がなんとかって…」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「厨房の…じいちゃんの…包丁…やるから…」


「じいちゃん!!もう話さないで!!」


「れ…か…と…いっしょ…に…いくんだ…」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あ!!」


「な、なんにゃ」


「たしかここに…」


 作業台の下にある収納棚を開けると、赤い宝石のついた茶色い皮のケースがあった。じいちゃんは一日の仕事が終わると丁寧に包丁を研いで、いつもそのケースに大事にしまっていた。


 包丁の柄は木製で、柄の先端にも赤い宝石が付いている。ケースも包丁もとても年季が入っているようだが、よく手入れされていた。


【包丁は料理人にとっての命だ】と小さい頃から教えられていたひまりは、今までじいちゃんの包丁に勝手に触ることはしなかった。


「レカ、これ」


 ひまりはレカにじいちゃんの包丁を差し出して見せる。厨房の照明に照らされ、赤い宝石が淡く光った。


「あ!魔道具!やっぱりケンベルトが持ってきてたにゃか」


「魔道具?」


「七大魔法使いにはそれぞれ、始祖から受け継いだ魔法にかかせない道具があるにゃよ。料理魔法の魔道具はその【万断(ばんだん)の包丁】にゃ。『万物すべてを切る』という意味にゃよ」


「万物すべて?たしかにじいちゃんは『じいちゃんのなんでも切れる包丁だ!』って言ってたけど」


「…とりあえずそれでいいにゃ」


 またもや呆れ顔のレカを余所に、ひまりは具材を切ろうと包丁を握った。


 厨房に立つと料理をするじいちゃんの後ろ姿が脳裏によぎる。心の中の悲しみの種がまた芽吹きそうになるが、今はレカに料理を作ってあげたい気持ちの方が強い。


 ひまりは包丁をぐっと握り、じいちゃんがいつもやっていたように目を瞑った。口元で小さく【料理が美味しくなるおまじない】の言葉を唱える。


「生きる糧を。この一皿に祝福を――」


 その言葉に反応するかのように、包丁の柄についた赤い宝石がポゥ…と微かに光る。


 そして―――ひまりの頭の中に知らない光景が映し出された。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お前猫だから、やっぱ魚とか好きなのか?」


「だから私は猫じゃないにゃ!」


「じゃあ何食うんだよ」


「なんでも食うにゃ」


「ふーん…じゃ、あれにするか」


 包丁を握る手が見えるが、ひまりの手ではない。この細くてごつごつとした、見慣れた手は――


(…ケンじいちゃんの…手…?)


「俺のナポリタンは世界一だからな!今日はお前のために特別バージョンだ」


 子供の頃から何度も見てきた、手際よく具材を切りナポリタンを仕上げていくじいちゃんの手元。


「ほらよ、ニャポリタン!」


「うまいか、レカ」


「……うまいにゃ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「…ヒマリ…ヒマリ…」


「……!」


 レカの呼びかけにひまりはハッとして目を開ける。


「ヒマリ、どうしたにゃぼーっとして」


「…あれ?えーっと…なんでもない…」


(今の…なんだったんだろう…包丁を持つじいちゃんの手元…?ほんの一瞬だけど、じいちゃんとレカが話してるのが聴こえたような気がする…)


 ひまりは自分の手に握られたままの包丁を見つめる。しかし柄の先についた赤い宝石は、今は何の光も帯びていなかった。


「ヒマリ、早く作ってにゃ」


「あ、うん、そうだね」


 沸騰したお湯にパスタを入れ、規定の茹で時間より1分短くタイマーをセットする。玉ねぎは薄くスライスして、ピーマンは輪切りに。パセリも刻んでおく。材料の準備ができたらフライパンに火をつける。


「…いつもならここでバターを入れるけど…これはたぶん、ツナ缶のオイルをバター代わりにするんだ」


 作ったことがないはずなのに、ひまりはなぜかレシピを知っている。


「そこにみじん切りにしたにんにくを入れて、香りが立つまで熱して…」


 厨房にはツナオイルとにんにくの香ばしい香りが広がる。レカの鼻がひくひくと動き、しっぽがぴょこっと立った。


(ケンベルトが作ってたのと、同じ香りにゃ…)


「香りが立ったらお次は玉ねぎ、ピーマンを入れて、焦げる手前までしっかりと炒める」


 ジュウウ…と食欲をそそる音がして、ひまりの料理のテンポは上がっていく。


「ここで決め手のツナ投入…全体がなじむように炒めたら、ケチャップをたっぷりと…」


 パスタ麺を入れる前にケチャップの水分をしっかり飛ばすことがナポリタンのコツだと、ケンじいちゃんから教わったことを思い出しながら調理を進めた。


「その間にパスタをしっかり湯切りして…」


 フライパンの中で具材とケチャップがパチパチと音を立てているのを聞きながら、ひまりは手早くパスタを湯切りした。


「ここでパスタ投入。フライパンを前後に動かしながら全体をしっかり馴染ませたら…」


 美味しそうな音と匂いに耐え切れず、レカがしっぽをぴょこぴょこさせながらひまりの足元をウロウロしている。


「まだにゃか?」


「仕上げにちょこっとコンソメ!ぱらぱらっと振りかけるだけでジャンクな美味しさをプラス♪」


 お気に入りのコバルトブルーのお皿に盛り付け、みじん切りにしたパセリを振りかける。


「ニャポリタン、お待たせ!」


「にゃー!」


 ふたりでカウンターに座り、「いっただっきまーす!」と手を合わせた。


「はぐっ…もぐ…もぐ…」


 レカは前脚で器用にお皿を抱えて食べ始めた。香ばしいツナの香り、噛むたびに広がる野菜の甘み。口の周りをケチャップで真っ赤にしながら、懐かしいケンベルトとの思い出の味を夢中で噛み締める。


 そして…


 ゴクンっと一口目を飲み込んだ瞬間、レカの身体が内側からパァ…!っと光った。胸元に付いた赤い宝石からはまばゆい光が放たれ、ひまりはもちろんレカも驚きで動きが止まる。


「な、なんにゃこれ…!」


 レカの頭の中でケンベルトと過ごした時間が走馬灯のように駆け抜ける。ニャポリタンの温かさが心の底にぽっかりと空いた穴を少しずつ埋めていくようだった。


「レカ!?なんか光ってるよ!?」


「にゃ、にゃー!?」


 レカが驚いてジタバタしているうちにその光は収まっていった。ふたりは顔を見合わせるが、驚きのあまり言葉が出てこない。


「……」


「い、今の何?」


「わ、私にもわからないにゃ…ヒマリ、お前まさか魔法使ったにゃか?」


「ええ!?私、魔法なんて使えないよ!」


「そ、そうにゃよね…人間界では魔法は使えないはず…でもこれはケンベルトの…いや、それ以上に…?」


 レカは考え込むように下を向いて、しばらくぶつぶつと呟きながら考え事をしていた。ひまりはさっきの光の正体も気になったが、それ以上に気になることがあってレカのぶつぶつを遮った。


「レカ、ニャポリタン…じいちゃんが作ったのと違った?口に合わなかったかな…」


 ひまりの不安気な声にレカはハッと顔をあげ、急いで首を横に振った。


「そんなことないにゃ!すごくうまいにゃよ。これ初めて作ったにゃろ?ヒマリは料理の天才にゃ」


「ほんと!?よかったー♪いつも作ってるナポリタンとは違うけど、なんとなくこんな感じかなって思って…じいちゃんの包丁が教えてくれたのかな」


 じいちゃんの味が再現できたことを無邪気に喜ぶひまりの横顔と、厨房のまな板の上に置かれたままの【万断の包丁】をレカは交互に見つめた。


 あれはただの包丁ではない、料理魔法使いの魔道具だ。確信はないが、ケンベルトの孫であるひまりが使うことで特別な何かが起きるのかもしれない。


 レカの感想に安心したひまりは、フォークに大きく巻き取ったニャポリタンをはぐっ…と頬張った。


「んん~…美味しい…」


 心からほっとする美味しさ。いつも食べていたナポリタンとは違うはずなのに、これは確かにじいちゃんの味だとわかる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「うまいもん食って、笑って、また明日も頑張ろうってな。人をそんな気持ちにさせる、料理の魔法だ」


「ひまりもじいちゃんみたいに、みんなをえがおにする、かっこいいまほうつかいになる!」


「…ああ、そうだな。なれるさ、ひまりなら。じいちゃんより、もっとかっこいい魔法使いにだって、お前ならなれる」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(私も…ほんとになれるかな――…)


「レカ」


「もぐ…もぐ…なんにゃ?」


「明日、一緒に行こう」


「にゃ?」


「じいちゃんね、死ぬ間際に言ってたの。『包丁やるから、レカと一緒に行け』って」


「……!」


「行こう!魔法使いの国!」


「……にゃ!」



(じいちゃん―――。

 私、レカと行くよ。じいちゃんが言ってた料理の魔法…もっと知りたいから…)


(ケンベルト―――。

 私はヒマリと行くにゃ。お前との約束の続き…ヒマリとなら見れるにゃか…)


 美味しそうな香りとともに、ふたりの夜は更けていく。魔法界イルスクーレンでひまりとレカを待つのは、一体――。



―第3話 完―

4話は10月31日(土)7:20~投稿です。

レカの大好きなニャポリタン、皆さんもぜひ作ってみてくださいね!

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