第1章:2話【ひとりぼっちのふたり】
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――――待ってたにゃ。
――――ずーーーっと、
――――待ってたにゃ。
――――「レカ…もう、待たなくてもいいんだぞ…」
――――いやにゃ。私は、あいつの―――
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「私が待っていたのは、お前じゃないにゃ!!」
ね、猫が……喋った……。
放心状態のひまりの目に映るのは、自分のお腹の上に乗った猫と、その向こうにある開けっ放しの扉。さっきまで真っ黒でふさふさしていた扉の向こうに今は景色が見える。ここは街のはずれの喫茶店で、今は夜のはずなのに、扉の向こうには木や草が生い茂る緑の森があり、まるで朝のように木々の隙間から陽が差し込んでいる。気のせいか、小鳥のさえずりさえ聞こえてくるようだ。
「え…えと…待っていたって…?」
「ケンベルトはどこにゃ」
「ケン…もしかして、ケンじいちゃんのこと?」
「じいちゃん…?お前、ケンベルトの孫にゃか」
猫はひまりの顔に鼻を近づけ、くんくんくんと匂いを嗅いだ。
「ふん…あいつ、私をほったらかして孫まで作ってたにゃか」
猫は不機嫌そうにひまりのお腹からぴょんっと床に降り、パントリーを見渡した。
「で?お前のじいちゃんはどこにゃ」
ひまりは言葉に詰まる。
「…ケン…じいちゃんは…」
「死んだの…」
猫の目が大きく見開かれる。
「……いつにゃ」
「す、数週間前…」
「なんでにゃ」
「事故で…轢かれそうになった子供を…助けて…」
「…嘘じゃないにゃろうにゃ」
「嘘…だったら…いいんだけど…」
ひまりはまた涙がこぼれそうになるのを、膝の上でぎゅっと手を握りしめてこらえた。
猫は下を向き、小さく呟く。
「……あいつ……」
そのまま急に走り出した。
「あっ!ねぇ待って!!」
猫はパントリーから厨房へ、そして客席まで一気に駆け抜けていく。
「待ってってば!猫ちゃん!」
「私は猫じゃないにゃ!!!」
店の出口扉の前で止まった猫は、ひまりに振り返り大きく叫んだ。
「……!」
暗闇の中でもわかるほど毛は逆立ち、光る目でこちらを睨んでいる。猫の形相にひまりは戸惑い、どうしていいかわからず立ち尽くした。
「お前じゃないにゃ…」
猫はひまりに向かってもう一度小さく呟いた。
「……私は……」
「私は、あいつのパートナーにゃ……」
「パートナー…?ケンじいちゃんと?」
「そうにゃ。でも……ケンベルトは50年前にあの扉の向こうに行ったっきり、帰ってこなかったにゃ…」
「……」
「待ってたのに。いつか必ず帰るって、約束したのに…」
猫の声は震えている。ひまりは猫の言ったことを必死で考えたが、何ひとつわからない。ケンじいちゃんがケンベルト?猫とパートナー?50年前って…。混乱する頭でもう一度猫を見る。
「ねこちゃ…」
猫はひまりを見据えたまま、ぽろぽろと大粒の涙を流していた。それはさっきまでこちらを睨んでいた形相とは違う、悲しみに溢れた表情だった。
「……っ!」
猫のその表情を見たひまりは、心がぎゅっと締め付けられた。ゆっくりと猫に近づき、目の前で床に膝をついた。怖がらせないよう静かに手を伸ばし、猫の涙を指でそっと拭おうとする。
「なんにゃっ…!私が待ってたのは…お前じゃない…!」
「そうだね…ごめんね…。ケンじいちゃん、あなたとの約束、守らなかったんだね…」
ひまりは両手で猫を持ち上げ、強く抱きしめた。暴れたり引っ搔かれたりするかもと一瞬身構えたが、猫はそうしなかった。驚いてひまりの腕の中で固まっている。
「……」
「私も…同じなの…」
「え…」
「じいちゃんと…一緒に…この店やるって…」
「約束したのに……っ!」
自分ひとり置いて行かれた。
ずっとずっとずっと夢だった。じいちゃんと一緒にこの店に立つこと。いつかじいちゃんを超える料理人になって、もっとたくさんの人を笑顔にすること。じいちゃんが横にいてくれなければ、どんなに美味しいものを作ったって意味がないのに。
「うわぁぁぁぁあん!!!!」
ひまりは猫を抱きしめたまま泣いた。この子も同じだと思ったから。理由はわからないけれど、きっと、ずっとじいちゃんを待っていたんだ…。
猫はしばらくひまりの顔を見つめていたが、またぽろぽろと涙を流した。猫もまた、目の前の人間が自分と同じ気持ちで泣いていることがわかった。
(こいつも、待ってたにゃか…)
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どれくらいそうしていたのかはわからない。ふたりはえんえんと泣いて、やがて泣きつかれて静かになった。
「……そろそろ放すにゃ」
「ひっく……あ…ごめんね…」
ひまりが腕を緩めると、猫はするんっと腕を抜けて床に降り立った。
「お前、名前はなんていうにゃ」
「ひまりだよ。橘ひまり」
「ヒマリ…」
「あなたはなんていうの?」
「私は…」
「レカ、にゃ」
「レカ…?」
「お前のじいさんは、こんな名前、きっと忘れてたにゃ」
「レカ…もしかして…」
ひまりは立ち上がって店の扉を開ける。真っ暗だった店内に月明りが差し込んだ。
「お、おいどこ行くにゃ」
「レカ、こっちに来て!」
急に表に飛び出したひまりの後を、レカは慌てて追う。
「あれ見て」
「…?」
ひまりは店の看板を指さした。
「あれがなんにゃ」
「うちの店ね、【喫茶レカ】っていうんだよ」
「……!!」
「私ね、昔じいちゃんに聞いたことがあるの」
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「ねぇじいちゃん」
保育園の帰り道、迎えに来たじいちゃんの自転車の後ろに乗せられたひまりは、じいちゃんの背中にしがみついた。ゆっくりとペダルをこぎ出したその背中に向かって聞く。
「どうしてうちのみせのなまえ、【レカ】っていうの?」
「ああ、そうだなぁ…じいちゃんの、一番の友達の名前だ」
「おともだち?」
「おう!親友だな」
「どこにいるの?」
「今は…とおーくにいる。でもな、離れてたってじいちゃんはあいつの友達だ。いつかひまりにも会わせてやるからな」
「ほんと?」
「ああ、本当さ。お前たちならきっと、仲良くなれる…」
じいちゃんはそう言って少し後ろを振り向き、ひまりに微笑んだ。
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「……」
「あなたのことだったんだね――」
「あいつ…忘れてなかったにゃか…」
「離れてたって友達だって、じいちゃん言ってたよ」
「……」
淡い月明かりの下、レカは【喫茶レカ】の看板をしばらく見つめていた。ひまりはレカの横顔を見て、そっとそばにしゃがみ込む。
「ねぇ、レカ」
「なんにゃ」
「私とも友達になってくれる?」
「はぁ?」
唐突なひまりの言葉にレカは怪訝そうな顔をしたが、ひまりは構わず続けた。
「レカが待っていたのが私じゃなくても、私はレカと友達になりたい。レカのことが知りたいし、レカが知ってるケンじいちゃんのことも教えてほしい」
「…お前…」
「え?」
「いきなり喋る猫が現れて、怖いとか、そういうのないにゃか…」
「え?だってレカ、猫じゃないんでしょ?じゃあ…」
「じゃあってなんにゃよ。猫じゃなかったらどういいにゃか」
「ええー、わかんないけど、レカはレカでしょ」
「……」
ひまりの言葉でレカの頭に浮かんだのは、ケンベルトと最初に会った日の光景だった。
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「お前がレカか!」
「俺はケンベルト!ケンベルト・ラーゼン。今日からよろしくな!」
「ふん、随分慣れ慣れしいやつにゃ」
「なんだよー、お前と俺はパートナーになるんだろ?じゃあもう友達だな!」
「な、お前、私がなんだかわかってるにゃか!」
「ええー、よくわかんないけど、レカはレカだろ」
「……」
「よろしくな!」
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「ふん…」
「レカ?笑ってるの?」
「…お前、本当にあいつの孫なんにゃね」
「だからそうだってば――」
なんとなく可笑しくて、ふたりは顔を見合わせて少し笑う。さっきまでは【ひとりぼっちのひまり】と【ひとりぼっちのレカ】だったのに、ケンじいちゃんと、ケンベルトを想って同じ涙を流したふたりはもうひとりぼっちではないような気がしていた。
ふたりは【喫茶レカ】の店内に戻り、灯りをつける。
「お前、親はどうしたにゃ。ケンベルトには娘がいたはずにゃ」
「……お母さんとお父さんと…おばあちゃんも、私が生まれてすぐに死んじゃったんだって。私は赤ちゃんだったから、何にも覚えてない――…」
「……」
「だからケンじいちゃんだけが私の家族。もう…いなくなっちゃったけど」
言葉に出すとまた涙が溢れそうだった。声が震えるのをレカに悟られないよう、ひまりはぎゅっと手を握りしめてこらえる。
「そうにゃか…」
レカはひまりの握られた拳を見つめ、しばらく考え込むように黙った。ふたりの間に沈黙が流れる。
「…ヒマリ、私と一緒に来るにゃ」
「え?」
「どこに?」
「決まってるにゃろ。お前のじいちゃんの故郷。【魔法界イルスクーレン】にゃ」
「ま、ま、ま、まほうかい!!??って…魔法使いの国のこと!?」
「はぁ?お前、まさか…ケンベルトからなんにも聞いてないにゃか!?」
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「じいちゃんな、魔法使いなんだよ」
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「ま、まさかじいちゃんて……
ほんとに魔法使い―――――!!??」
―第2話 完―
3話は10月30日(金)20:40~投稿します。
次回、ひまりのお料理シーンが解禁です!お楽しみに!




