第1章:1話【開かずの勝手口】
――小さい頃、私は大きくなったら魔法使いになれるんだと思ってた。
私が生まれてすぐ、両親とおばあちゃんは不慮の事故で亡くなったらしい。残された私を育ててくれたのは、小さな喫茶店を営むケンじいちゃん。
ケンじいちゃんの作る料理はまるで魔法みたいで、私はじいちゃんが料理をしている姿が大好きだった。いつも店の常連さんたちと一緒にカウンターに座ってじいちゃんの後ろ姿を眺めながら、出来上がったサンドイッチやナポリタンを口いっぱいに頬張った。
「生きる糧を。この一皿に祝福を――」
ケンじいちゃんは料理をする時、決まってこの言葉を唱える。幼かった私が意味を尋ねると、【料理が美味しくなるおまじない】だと、笑いながら教えてくれた。
――私が5歳になる頃、厨房に立つじいちゃんが言った。
「じいちゃんな、魔法使いなんだよ」
「まほうつかい!?ケンじいちゃん、まほうつかえるの?」
子供用の踏み台に立ってじいちゃんの手さばきを見つめていた私は、【魔法】という言葉にわくわくしながらじいちゃんを見上げた。
「そうさ。じいちゃんの魔法はな、人を幸せにする魔法だ」
「しあわせにする、まほう?」
「ひまり、お前はいつも、じいちゃんの料理を食べたお客さんたちの顔を見てるだろ」
「うん!あのね、みんな、す―――っごく、おいしそう!じいちゃんのごはんたべたおきゃくさん、みんなみんな、わらってる!」
背伸びしながら両手を目いっぱいに広げて表現する私を、じいちゃんは愛おしそうに見つめて頭を撫でてくれる。
「そうだろう!それが魔法さ、ひまり」
「ごはんがまほう?」
「ああ、そうだ。うまいもん食って、笑って、また明日も頑張ろうってな。人をそんな気持ちにさせる、料理の魔法だ。これはな、誰にでも使えるもんじゃないぞ。じいちゃんだからだ」
「ひまりも!」
「ん?」
「ひまりも、ごはんのまほうつかえるようになりたい!じいちゃんみたいに、みんなをえがおにする、かっこいいまほうつかいになる!」
「…ああ、そうだな。なれるさ、ひまりなら。じいちゃんよりもっとかっこいい魔法使いにだって、お前ならなれる」
「うん!」
――あれから15年。私は魔法使いにはなっていないけれど、高校卒業と同時に料理の専門学校へ進学していた。
毎朝じいちゃんの淹れてくれるコーヒーと、カリッと焼けた香ばしいトーストを頬張ってから学校に行く。この穏やかな学校生活もあと半年、卒業後はこの店を継ぐつもりだ。
うちの店は街のはずれにあって立地はあまりよくなかったけれど、じいちゃんの料理が評判を呼んで朝からたくさんのお客さんが立ち寄る人気店になっていた。
赤レンガの外壁に白い窓枠、緑色の瓦でできた三角屋根はこの辺りでは変わった外観で、「おとぎ話に出てきそうなお店ですね」なんて言われることもあった。
「じいちゃん、いってくるね!」
「おう、ひまり。今日もたっくさんうまいもん作ってこいよ!」
「うん!」
「ふたりとも仲良しねぇ。早くひまりちゃんがこの店の厨房に立つ姿が見たいわぁ」
モーニングコーヒーを飲みに来ていた常連のおばさんが笑う。
「まだまだよ!学校出たって、俺が認めるまで厨房には立たせねぇからな」
「じいちゃんなんかすぐに追い越すんだから!いってきまーす!」
「ひまり!」
じいちゃんの呼びかけにくるりと振り向く。細くてごつごつとしたじいちゃんの手が、私の頭の上にぽんっと乗った。
「気を付けていってこい」
「うん!いってきます!」
私はじいちゃんみたいな料理人になりたくて、毎日レストランでバイトをしながら必死に勉強していた。早く一人前になって、じいちゃんと一緒にうちの店をもっと大きくして、もっとたくさんのお客さんたちを笑顔にするんだ――。
その日の学校が終わった後、私はバイト先のレストランでディナータイムの仕込みに追われていた。プルルルルルル……と、レジの方から電話の鳴る音が聞こえる。
「ひまりちゃん!」
ひどく慌てた様子のオーナーが厨房に駆け込んできた。
「病院から電話があって…おじいさんが…」
――ケンじいちゃんが事故にあった。
買い出しの帰り道、居眠り運転のトラックに轢かれそうになった子供をかばったらしい。子供は無事だったけど、じいちゃんは重体で私が病院にかけつけた時にはもう虫の息だった。
「じいちゃん…!!」
「ひ…まり…ご…めん…な…お前を…ひとりに…」
「しっかりして、じいちゃん!」
「ひまり…これ…を…」
じいちゃんが私の手を取り、何かを強く握らせた。
「何…これ…?」
「厨房の…じいちゃんの…包丁…やるから…」
「じいちゃん!!もう話さないで!!」
「れ…か…と…いっしょ…に…いくんだ…」
「………」
「じいちゃん…?」
「じいちゃん!!!ケンじいちゃん!!!」
「やだあぁぁぁぁぁあああ!!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「…なんで」
「なんで…?」
「卒業したら、一緒に…お店…やろうって…」
「約束したのに……っ!」
じいちゃんが助けた男の子とそのご両親が私に向かって頭を下げたり話しかけたりしていたけど、私には何も聞こえなかった――……。
ケンじいちゃんが亡くなって、私は無気力になり学校もバイトも行かなくなった。毎日毎日、店の二階にあるじいちゃんの部屋のベッドの上で泣き暮らした。
学校の友達や店の常連さんたちが心配して様子を見に来てくれていることは知っていたけど、誰にも会いたくなかった。
何も食べたくなかった。
(…私が生きてることに…なんの意味があるんだろう…もう…じいちゃんの料理を食べることもできないのに…自分で料理することすら…)
ケンじいちゃんが死んだ日から一度も厨房にも立っていない。お湯を沸かすことすら億劫で、適当なものを齧ってはかろうじて自分の命を繋ぐだけの日々。そのまま数週間が過ぎた―――。
私はベッドに横たわったまま、あの日じいちゃんから渡されたものを見つめている。震える手で最後の力を振り絞り私にくれたもの、それは――
「これ…どこの鍵よ、じいちゃん…」
赤い宝石のついた、古い真鍮の鍵だった。変わった形をしていて、店の入り口の鍵でもなければ金庫の鍵でもない。
「でもこの形…どこかで…」
泣き疲れて意識が遠のいていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ひまり」
「なぁに、じいちゃん!」
私は夢の中で子供の頃に戻っていた。そうだ、これは私が覚えている一番古い記憶だ。
「厨房の奥にある勝手口には触っちゃいけないよ」
「かってぐちい?」
「ほら、あそこにある木の扉さ。あそこには鍵がかかっていて、今は開けることができない。いつかひまりが大きくなったら一緒に開けよう」
厨房の奥には食材保管用のパントリーがあり、さらにその一番奥には小さな木の扉があった。私は扉に近づいて、まじまじと観察する。
「じいちゃん、このとびらへん!どうしてこっちにかぎあながあるの?かぎはおそとから、おうちにはいるときにあけるんでしょ」
その扉には変わった形の鍵穴が内側についていたのだ。
「そうだな、ひまり。この扉を開けられるのは、私たちだけだ。いつかお前が大人になった時、その時もまだお前がじいちゃんの料理を愛してくれていたら…その時、ふたりで開けような」
「???」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あの扉の、鍵…!」
私はベッドから飛び起きた。そうだ。パントリーの奥の、あの小さな扉――…!
子供の頃はじいちゃんの言っている意味がよくわからなくて、ただ「扉には触っちゃいけないんだ」とだけ認識していた。そもそも鍵がないから開けようがなかったし、大人になるにつれて扉の存在すら忘れていた。
階段を駆け下りて厨房へ向かう。しばらくろくに食べても動かしてもいなかった身体はふらつき、よろよろと転びそうになった。
「ハァ…大人に…なったら…ハァ…開けようって…っ!」
裸足のまま踏み入れた厨房の床はひんやりとしていて、私の鼓動を早くさせる。
「ハァ…ハァ…私が、まだ…」
私はパントリーの奥までゆっくりと歩き、扉の前へ立った。
「じいちゃんの料理を、愛しているなら…!」
手に持った鍵を鍵穴へ差し込む。すんなりと入った鍵の感触に私は息を飲み、そのまま勇気を振り絞って鍵を回した。
ガチャッ
古い鍵が開く時の重く鈍い音がパントリーに響いた。
震える手で取っ手に触れ、ぎゅっと握りしめる。
私は深呼吸して、ゆっくりと扉を引いた。
ギィィ……
(…何にも見えない…暗い…?)
(違う……これは…黒い?)
扉の向こうは、なんだか黒くてふさふさしているように見える。上を見上げると赤い宝石のようなものがキラリと光り、下を向くと足元には…
「え…動物の…足?」
ヒュンッ!!!
扉の向こうから、黒いものがこちらへ飛び出してきた。
「ひゃああっっ!!!」
どしんっ!!驚いて尻もちをついた私のお腹の上に、その黒いものが飛び乗る。
「わ、わっ!!ななな、なに―――?」
「……」
「ね、ねこ……?」
真っ黒でふさふさの毛並み、口元と4本脚だけが白い。ピンと立った三角の耳がぴょこっとこちらを向いている。首元に鈴…ではなく、真っ赤な宝石がついている。
「え、えっと…ねこちゃん…?」
「お前じゃないにゃ」
「え?」
(ね、ね、ね、ねこが喋った!!??)
「私が待っていたのは、お前じゃないにゃ!!」
―第1話 完―
1話を最後までお読みいただきありがとうございました。2話は10月30日(金)7:20~投稿です。
第1章は15話程度を予定しておりますので、ぜひひまりのお料理ファンタジーと可愛いもふもふ(?)にお付き合いください。続きが気になった方はブックマークや評価で応援していただけると励みになります!




