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25.黎明を喰らうもの

ユウヤは、ラグオダの戦略性に惹かれていた。


ただキャラクターを集めるゲームではない。


編成。

スキル順。

属性相性。

バフとデバフの噛み合わせ。

レイドの貢献度計算。

限られたリソースで、どこまで効率を伸ばせるか。


そういう部分に、ユウヤはのめり込んだ。


周りのプレイヤーたちは、よく嫁だの推しだのと言っていた。


このキャラが可愛い。

この子のために課金した。

この限定衣装が欲しい。

性能なんて関係ない。


そんな投稿はいくらでも流れていた。


ユウヤは、それを否定していたわけではない。


ただ、理解できなかった。


いや、正確には、見ることができなかった。


どれだけ容姿が綺麗なキャラでも。

どれだけ胸が大きなレアキャラでも。

自分好みの可愛いキャラでも。


ユウヤは、最初に性能を見てしまう。


スキル倍率。

クールタイム。

役割。

レイド適性。

高難度での採用率。

ランキング上位勢の編成に入るかどうか。


そこを先に見てしまう。


だから、見た目だけなら好みのキャラもいた。

本当に、可愛いと思ったキャラもいた。


けれど、よくよく調べれば、たいした性能もない。

限定ガチャを回させるためだけの集金装置。

一週間だけ話題になって、そのあとは倉庫で眠るだけのキャラ。


そう分かった瞬間、ユウヤは露骨にがっかりした。


可愛い。

でも弱い。


好きになれそうだった。

でも使えない。


その繰り返しだった。


それでも、ユウヤは自分なりの最強編成を考えるのが好きだった。


推しキャラがいなくても、嫁と呼べる相手がいなくても、攻略に対する熱意だけは本物だった。


どう組めば勝てるのか。

どのキャラを入れれば効率が伸びるのか。

どのタイミングでスキルを切れば、ダメージを最大化できるのか。


そういうことを考えている時間だけは、間違いなく楽しかった。


だからこそ、ユウヤは攻略サイトまで作った。


キャラ性能、イベント効率、対人戦での戦略、ランキング上位勢の編成。

検証結果をまとめ、何度も記事にした。


ラグオダを遊んでいたというより、勝つために解体していた。


やがて、ラグオダは突然サービスを終了した。


ユウヤは、それを惜しいと思った。


自分が本気で考え、調べ、勝つために向き合っていたゲームが終わるのは、普通に寂しかった。


しばらくして、ユウヤは気を取り直し、似たようなゲームを探した。


だが、どれも違った。


ラグオダ以上に課金しなければ、まともな対人環境までたどり着けない。

微課金者は課金者の養分。

そんな言葉が当たり前のように使われるゲームばかりだった。


戦略で勝つ前に、まず札束で殴り合う。


編成を考える余地もない。

相性を読む要素もない。

ただ、どれだけ金を入れたかだけが重要だった。


ユウヤは、だんだん嫌気がさしていった。


ラグオダにも課金要素はあった。

強いキャラを持っているかどうかで差は出た。


それでも、まだ考える余地があった。

立ち回りで拾える勝ちがあった。


少なくともユウヤは、そう思っていた。


だからこそ、他のゲームをやる気になれなかった。


気がつくと、ユウヤはSNSでラグオダの投稿ばかり見るようになっていた。


サービス終了を惜しむ声。

昔のイベントを懐かしむ投稿。

当時のランキング画面。

どこまで順位を上げたかという自慢。


そういうものを眺めている時間は、悪くなかった。


あのレイドは調整が雑だった。

あのイベントは効率がよかった。

あのキャラは実装直後だけ過大評価されていた。

あの時の対人戦の環境は地獄だった。


そんな話を、かつてのプレイヤーたちと語り合うのは楽しかった。


終わったゲームなのに、まだ話ができる。


それだけで、ユウヤには十分だった。


だから最初、その投稿を見た時も、いつもの懐古ネタかと思った。


愛していたキャラが来た。

嫁が現実にいる。

推しが自分を選んでくれた。

ずっと好きだった子が、目の前にいる。


そんな言葉が、異様な熱を持って流れていた。


ただの妄想だと思った。

ただの悪ふざけだとも思った。


だが、そう言い切るには投稿の数が多すぎた。


同じキャラを名乗る偽物が暴れているだけなら、すぐに嘘だと分かる。

画像を加工しただけなら、誰かが見破る。

流行りのネタなら、どこかで笑い話になっている。


けれど、流れてくる投稿はそうではなかった。



スクリーンショットではなく、現実の部屋で撮られた動画。


現実のプレイヤーらしき人物と、キャラが並んで写っていた。


最初は合成だと思った。


動画生成。

加工。

コスプレ。

悪質な釣り。


疑う理由はいくらでもあった。


けれど、再生していくうちに、ユウヤの指が止まった。


床に落ちた影。

窓ガラスに薄く映り込んだ姿。

テーブルの上のコップに反射した色。

動画の中で、プレイヤーが動いた瞬間に、そのキャラの髪もわずかに揺れていた。


作り物だと断じるには、細部が自然すぎた。


そこに映っているキャラたちは、画面の中の立ち絵ではなかった。



息をしている。

瞬きをしている。

投稿者の名前を呼んでいる。

そして、その多くが、プレイヤー個人との思い出に反応していた。


ユウヤは画面をスクロールする手を止めた。


念のため、SNS以外も調べた。


検索欄にラグオダの名前を入れる。

関連する言葉をいくつか足す。

すると、出てきたのは個人の投稿だけではなかった。


ネットニュースにもなっていた。


サービス終了済みの人気アプリに登場していたキャラクターが、現実に現れた。

各地で同じような目撃情報が相次いでいる。

警察に相談した者もいる。

家族や近隣住民が撮影した映像もある。



記事の内容は、どれも半信半疑というより、起きてしまった現象をどう扱えばいいのか分からない、という温度だった。


そこで、ユウヤはようやく理解した。


これは本当の投稿なのだ。


誰かの悪ふざけでも、流行りのネタでもない。


本当に、画面の中にいたキャラたちが現実に現れている。


なら、何か法則があるはずだった。


なぜ現れたのか。

誰のところに現れるのか。

何がきっかけになっているのか。


ただ騒ぎを眺めているだけでは分からない。


そう思ったユウヤは、投稿を一つずつ追っていった。


すると、ある程度の条件が見えてきた。


プレイヤーが強く愛していたキャラ。

特別に思っていたキャラ。

推し続けていたキャラ。


そういうキャラが、伴侶として現れているらしい。


なら、自分には来ない。


ユウヤはそう思った。


そう思った瞬間、少しだけがっかりしている自分に気づいた。


おかしな話だった。


ユウヤには、そこまで強く愛したキャラがいない。


性能で見ていた。


役割で見ていた。


勝てるかどうかで見ていた。


それなのに、どこかで期待していた。


もしかしたら、自分のところにも誰かが来るのではないか。

そんな馬鹿げたことを、一瞬でも考えていた。


もちろん、後悔がなかったわけではない。


性能だけじゃなくて、もっと好きなキャラがいてもよかったんじゃないか。


そんな考えが、頭をよぎった。


けれど、すぐに言い訳も浮かんだ。


仕方ないだろ。

可愛いと思ったキャラは、みんな弱かった。

好みだったキャラほど、実戦では使えなかった。

現実に来るなんて、思うわけがない。


ゲームの中で勝つために選んできた。

それが間違いだったとは思わない。


実際そういう遊び方の方が自分にはあっていたから仕方がない。


そう自分に言い聞かせた。


その時だった。


部屋の中に、青白い光が走った。


ユウヤは顔を上げる。


光の中に、白と青の鎧をまとった女が立っていた。


背には、光の羽を思わせる魔力の残滓。

手には細身の神剣。

周囲には、青白い波紋が薄く浮かんでいる。


ユウヤは、その姿を知っていた。


知りすぎていた。


レイシア。


女神陣営の人権キャラ。


瞬間火力は最高級。

一対一でもレイドでも強い。

持っているかどうかで攻略難度が変わるとまで言われたキャラ。


ユウヤはレイシアを評価していた。


誰よりも強いユニットとして。

勝つために必要な役割として。


ただし、好きだと思ったことは一度もない。


推しと呼んだこともない。


レイシアは、静かに膝をついた。


冷たい表情のまま。

けれど、その瞳の奥だけが、かすかに熱を帯びていた。


「私に勝利をください」


ユウヤは固まった。


レイシアは続ける。


「あなたが必要なんです、マスター」


数秒、部屋に沈黙が落ちた。


ユウヤは、ようやく声を出した。


「……は?」


意味が分からなかった。


自分はレイシアを大切に扱った覚えなどない。


本当に性能でしか見ていなかった。

勝つための生贄として捨て駒にした記憶もある。


なのに、彼女は自分の前にいる。


そんな疑問を察したのか、レイシアは飾りなく答えた。


「私はあなたを好きではありません、愛してもいません」


その声は丁寧だった。


だが、温度は低い。


「ですが、私の性能を最も正しく理解していました」


ユウヤは言葉を失う。


「あなたは私を飾らず、常に前線へ出しました。私が望む場所を、誰より正しく理解していた」


レイシアの瞳に、かすかな熱が宿る。


「だから、私はあなたを選びました」


そこにあるのは、恋ではない。


愛を告げる女の感情ではない。


自分の性能を理解している相手に、再び使われることへの期待。

勝利のために前へ出されることへの高揚。


そういう類のものだった。


ユウヤは思った。


こいつも、俺と同じだ。


それから、ユウヤとレイシアは勝ち続けた。


プレイヤーを見つけてはバトルを仕掛ける。

相手のキャラ性能を思い出し勝てると判断したら、レイシアを前に出す。


それを繰り返した。


現実でもレイシアは強かった。


青白い障壁が展開され神剣が光り。

相手のキャラが構えるより早く、勝負の形が決まる。


ユウヤの判断も速い。

レイシアの動きも、それに噛みあっていた。


「スキルを重ねろ。正面から押し潰せ」


「承知しました」


「まだ追うな。今は耐えろ」


「はい、マスター」


「相手の大技は吐かせた。すぐにクールタイムが来る」


レイシアは剣を構えたまま、無理に踏み込まない。


相手の攻撃を受け、流し、距離を保つ。


ユウヤは相手の動きだけを見ていた。


焦り。

呼吸。

次のスキルに移るまでのわずかな空白。


「今だ。仕掛けろ」


「では、削り切ります」


レイシアが一気に踏み込む。


判断は、ほとんど間違わなかった。



相手のプレイヤー本人を直接殺すような手は使っていない。


相手キャラを消失させる必要もなかった。


そこまでの接戦がなかったからだ。


制圧し、降参を押させる。

ポイントを奪う。


それで十分だった。


最初、二人の間にあったのは愛情ではなかった。


ユウヤはレイシアを、終末世界を生き延びるための最強カードとして見ていた。


勝つための切り札。

自分の判断を形にするためのユニット。

前線に出し、敵を崩し、ポイントを奪うための存在。


レイシアもまた、ユウヤを自分の性能を最も活かせるマスターとして見ていた。


その認識は、間違っていなかった。


少なくとも、最初は。


だが、勝利を重ねるたびに、少しずつ変わっていった。


何度も戦ううちに、ユウヤはレイシアの限界を覚えていった。


どこまで踏み込めるか。


どこから魔力消費が重くなるか。


どのタイミングなら、無理をさせても崩れないか。


そして、どこから先は本当に危ないのか。


分かるようになってしまった。


だから、軽く言えなくなった。


命を懸けろ。

無理をしろ。

ここで倒れても構わない。


そんな指示を、ゲームの頃と同じ感覚では出せなくなっていた。


レイシアは強い。


だが、無敵の駒ではない。


傷つけば血を流す。

疲れれば呼吸が乱れる。

無理をすれば、神剣を握る指が震える。


それを見てしまった。


そしてレイシアも、変わっていった。


最初は、ユウヤの指示に従うだけだった。


殺さない。

無駄な消耗はしない。

必要な時だけ、最大火力を使う。


それが自分に合っていると理解していたからだ。


だが、いつからか、レイシアは戦いだけではなく、ユウヤ自身を見るようになっていた。


「マスター、呼吸が乱れています」


「うるさい。まだ走れる」


「判断が遅れるなら、下がるべきです」


「俺が下がったら誰が指示を出す」


「私です」


「信用できねえな」


「では、倒れないでください」


冷たい声だった。


けれど、その言葉は、ただの戦術確認ではなかった。


恋人ではない。


愛情と呼ぶには、まだどこか歪んでいる。


それでも、信頼はあった。


互いを勝つために選んだ。

互いを性能と判断で見ていた。


それなのに、いつの間にか、失えば困る相手になっていた。


それでも、勝ち筋は鈍らなかった。


むしろ、前より見えるようになった。


ユウヤは、この世界でも勝てると思った。


ラグオダを理解している自分。

その判断を実行できるレイシア。


この組み合わせなら、負ける理由がない。


だからこそ、昨日の仕様変更が許せなかった。


上位百名の位置が、マップに表示されるようになった。


勝っている者が狙われる。

強いことが、居場所を晒す理由になる。


普通にやれば勝てた。

このままなら逃げ切れた。


それを運営が、勝っている側だけを晒し台にした。


そのせいで、ユウヤは昨日、泣く泣く順位を手放した。


判断は間違っていない。


レイシアを失うより、順位を捨てる方が正しい。

あの状況で戦い続ければ、消耗で潰されていた。


分かっている。


分かっているからこそ、納得できなかった。


奪われたなら、取り返せばいい。


翌朝、ユウヤはすぐに動いた。


昨日手放したポイントを回収する。

上位百名を見つけ、バトルを仕掛け、降参させる。

レイドが始まる前に、少しでも順位を戻す。


考えていることは単純だった。


だが、動き出した瞬間、ユウヤは気づく。


同じことを考えている奴が多すぎる。


マップに表示された上位百名の周囲には、すでに複数のプレイヤーが群がっていた。

誰も彼も、弱った上位勢を狙っている。

昨日、勝っていた者を獲物にするために集まったハイエナばかりだった。


ユウヤも、その一人だった。


何度もバトル申請を押した。


しかし、通らない。


先に誰かが申請している。


別のプレイヤーと戦闘中。

近づいた時には、もう相手が逃げている。

狙いを変えても、そこにも別のプレイヤーがいる。


奪う側に回ったはずなのに、奪い合いになっていた。


レイシアが静かに言う。


「時間がありません」


「分かってる」


ユウヤは吐き捨てるように答えた。


分かっている。

だからこそ、苛立つ。


昨日は勝っている側だけを晒した。

今日は、その晒された獲物を全員で奪い合えというわけだ。


ふざけている。


それでも、ポイントは奪い返せない。


バトル申請すらまともに通らないまま、スマートフォンが震えた。


《世界災害レイドを開始します》


ユウヤは顔を上げる。


次の瞬間、視界が白く塗り潰された。


時間切れだった。


視界が戻った時、ユウヤは東京駅の広場に立っていた。


まず、レイシアを確認した。


白と青の鎧には、昨日から残るひびがある。

神剣の輝きも万全ではない。

けれど、彼女は立っている。


それを確認してから、ユウヤは周囲を見渡した。


赤レンガ駅舎。

丸の内広場。

倒れたタクシー。

割れた案内板。

止まった時計。

黒く曇った空。


そして、その広場いっぱいに集められた大勢のプレイヤーとキャラ。


人、人、人。


東京駅の広場は、プレイヤーとキャラで埋め尽くされていた。


一万人を超えているかもしれない。


少なくとも、ユウヤが一目で数えられる規模ではなかった。


ユウヤはスマートフォンを開いた。


転移先でもバトル申請が通るなら、上位百名を探して奪えばいい。

この場には、数千を超えるプレイヤーがいる。

上位百名も、その中にいるはずだった。


だが、画面に新たな通知が表示される。


《今後ランキング集計終了まで位置情報は表示されません》


ユウヤの思考が止まった。


レイド中だけではない。

集計終了まで。


つまり、ここから先はもう、マップで上位百名を探せない。


ふざけるな。


内心で吐き捨て、周囲を見る。


強そうなキャラはいくらでもいる。


白銀の騎士。

獣を従えた女。

黒い翼を持つ魔族。

巨大な斧を背負った獣人。

神話級に見える伴侶たち。


手当たり次第にバトルを仕掛けてもいい。


だが、強いキャラを持っているからといって、今も百位以内のポイントを持っているとは限らない。


昨日、上位だった者が今も上位とは限らない。

奪われた者かもしれない。

すでに圏外へ落ちた者かもしれない。

ただキャラが強いだけの一般プレイヤーかもしれない。


それに、ここは人が多すぎる。


誰が百位以内なのか分からない。


焦りが喉元まで上がってくる。


だが、苦しんでいるのは、自分たちだけではなかった。


伴侶と言い争いになっているプレイヤーがいた。

へとへとに座り込んでいるキャラがいた。

怪我をして、主に支えられているキャラがいた。

悔しそうに歯を食いしばり、スマートフォンを睨んでいるプレイヤーがいた。


傷ついた伴侶たち。

青ざめたプレイヤーたち。

順位を失った者たち。


全員が、運営に同じように道を塞がれている。


自分たちだけがはめられたわけではない。


なら、まだ戦える。


上位百名を探して奪う道は潰れた。

だが、レイドがある。


レイドで一位を取ればいい。


どれだけポイントが入るかは分からない。

それでも、ここに賭けるしかない。


レイシアは、ひびの入った神剣を静かに持ち上げた。


「私を信じてください」


声は冷たい。


だが、瞳の奥だけが熱を帯びている。


「そして、すべてを使い切ってください。“ユウヤ”」


ユウヤは笑った。


「ああ。そうする」


広場の空気は、異様だった。


キャラたちは武器を構え、プレイヤーたちはスマートフォンを握りしめている。


焦り。


期待。


欲望。


全部が混ざっていた。


そんな中、周囲には、非戦闘系の伴侶を持ったプレイヤーもいた。


歌姫。

薬師。

占い師。

商人。


戦闘より支援や生活系に寄ったキャラたちは、最初から顔色が悪い。

ボスの気配が近づくだけで、逃げる場所を探している。


それでも、転移させられた以上、ここから簡単には逃げられない。


ユウヤはその光景を見ても、助けようとは思わなかった。


全員が分かっている。


ここで稼げなければ終わると。


多くのプレイヤーは、ラグオダのレイドを知っていた。


過去に何度も戦った者。

イベントを周回した者。

攻略情報を読み込んだ者。

ギルドで役割を決めていた者。


それぞれに、自分なりの稼ぎ方がある。


だが、ユウヤはそこで少しだけ笑った。


他の連中は、ただ昔のやり方をなぞればいいと思っている。

強い攻撃を当てれば稼げると思っている。

知っている攻略法にしがみつけば、どうにかなると思っている。


違う。


今は画面の中ではない。


レイシアと戦い続けたからこそ、それが分かる。


キャラは疲れる。

プレイヤーも走らなければならない。

死の恐怖で判断が遅れる。

隣にいる他人は、以前のような味方ではない。


全てが昔と同じレイドではない。


それでも、システムが過去のゲームと同じ部分を残しているなら、使えるものはある。


貢献度の伸ばし方。

部位破壊の優先順位。

ラスト削りの取り方。

雑魚の出現位置。


それらをユウヤは、現実になった部分とゲームシステムとして残っていると予想できる部分を、脳内で組み合わせていく。


過去のレイドで、何度も一位を取ってきた。


それに加えて、現実化してからも誰よりも戦い続けてきた。


レイド内容がシステム的に変わっていないという賭けにはなる。


だが、もし変わっていないなら、ここは自分の独壇場だ。


スマートフォンを握る指に、わずかに力が入る。


それでも、ユウヤの目は揺れなかった。


勝ち筋は見えていた。




空が割れた。


東京駅広場の上に、巨大な影が落ちる。


現れたのは、世界災害レイドボス。


《黎明を喰らうもの》


黒い鹿と竜を混ぜたような巨獣だった。


胸には、割れた時計盤のような核。

背中には、赤レンガの瓦礫に似た甲殻。

骨のような角が空へ伸び、足元から小型の影の獣が湧き出している。


プレイヤーたちが一斉に動いた。


伴侶キャラたちが武器を構える。

青、赤、紫、金。

いくつもの魔力が広場に広がる。

剣が抜かれ、獣の咆哮が響き、誰かの悲鳴がそれに混ざった。


非戦闘系の伴侶を連れたプレイヤーたちは、真っ先に後退した。


人が押し合い、逃げ場を探す。


だが、ユウヤはすぐには突っ込まない。


まず見る。


ボスの弱点部位。

雑魚の出現位置。

強いキャラを持つ集団。

崩れそうな前線。

高得点を取れるタイミング。


レイシアも動かない。


主の判断を静かに待っている。


ユウヤは短く言った。


「最初は様子を見る。焦って殴る奴らに処理させる」


レイシアは冷たく微笑む。


「わかりました」


そして、神剣を抜いた。


戦闘が始まった瞬間、その瞳の温度が変わる。


「では、勝てる場所だけを斬ります」


声は丁寧なままだった。


だが、口元に浮かぶ笑みは、普段よりずっと鋭い。


ユウヤも笑った。


「そういうことだ」


この二人は歪んでいる。


だが、噛み合っていた。


レイドが始まると、多くのプレイヤーが一斉に動いた。


ある者は、弱点部位を狙いに走る。

ある者は、かつて高得点だった雑魚処理へ向かう。

ある者は、過去の攻略動画で見た立ち位置を取ろうとする。

ある者は、自分のキャラの得意な攻撃だけを押し通そうとする。


それぞれのやり方があった。


だが、そのやり方は噛み合わない。


画面の中なら正しかった位置に、今は瓦礫がある。

昔なら安全だったタイミングで、別のプレイヤーが割り込んでくる。

ゲームなら耐えられた攻撃に、実際の身体がすくむ。

キャラが疲労し、詠唱が遅れ、踏み込みが浅くなる。


知っているからこそ、判断が遅れる。


昔の正解を捨てられない。


その隙を、ユウヤは拾っていった。


過去の知識を、そのままなぞらない。

今の戦場に合わせて、使える部分だけを使う。


だから強い。


ユウヤは、嫌な形で、だが確実に貢献度を稼いでいく。


他人が削った雑魚に、最後だけレイシアの魔法を落とす。

危険なギミック処理は別の集団に押し付ける。

強いプレイヤーたちがボスの攻撃を受け止めている間に、高得点部位だけを斬る。

誰かの大技でボスが怯んだ瞬間だけ、神剣の最大火力を叩き込む。


周囲から見れば、迷惑な立ち回りだった。


だが、ユウヤは悪びれない。


「遠慮して勝てるなら、最初から苦労してねえよ」


この現実に、公平など存在しない。


そして、確実に上手かった。


レイシアの性能も、それに応える。


神剣が光を引き、青白い魔法がボスの装甲を削る。

短時間の火力だけなら、今でも最上位。


彼女は消耗戦に弱い。


だからこそ、ユウヤは長く殴り合わない。


一番おいしい瞬間だけを狙う。

高得点を取れる場所だけを斬る。

ラストを拾える場面だけ、火力を使わせる。


それを何度も繰り返す。


そんな中で、ユウヤは一瞬だけ別のプレイヤーに気づいた。


目立たない場所にいる男。

隣には、見覚えのない天使のようなキャラがいる。


ボスへ突っ込まない。

雑魚を倒しに行かない。

逃げ惑うプレイヤーを助けるわけでもない。


ただ見ている。


広場全体を見ている。


その近くでは、非戦闘系の伴侶を連れたプレイヤーたちが必死に逃げていた。


薬師の女が転び、商人風の少女が荷物を抱えたまま泣いている。

歌姫の伴侶を連れた男が、彼女を庇いながら瓦礫の陰へ逃げ込む。


それでも、その男は動かない。


レイシアが小さく言った。


「あの男、戦場ではなく人を見ています」


ユウヤは一瞥しただけで、すぐに興味を失う。


「稼げない奴に構うな」


警戒すべきなのは、派手に得点を奪い合う経験者たち。

自分と同じように一位を狙う相手。


何もしていない男ではない。


ユウヤは侮蔑だけを残して、次へ急いだ。


それでも、世界災害レイドは甘くなかった。


ユウヤが知恵を尽くし、レイシアが死力を振り絞っても、なお余裕など生まれない。


レイシアの鎧が割れ傷が増えていく。

神剣の輝きが鈍る。


ユウヤも無傷ではない。


瓦礫で腕を切り、衝撃で膝をつき、何度も転がりながら指示を出した。


昨日の疲労は残っていた。

消耗も激しい。


それでも二人は笑っている。


愛情ではない。

信頼でも、少し違う。


勝てる。


その感覚だけが、二人を繋いでいる。


レイシアが息を切らしながら言った。


「まだ行けます。もっと私を使いなさい、ユウヤ」


興奮しているのか、普段よりも言葉が少し強い。


ユウヤは笑う。


「当然だ。ラストアタックを取りに行くぞ」


《黎明を喰らうもの》の体力が削れていく。


周囲のプレイヤーたちも、最後の攻撃に備えて前へ出る。


誰もが狙っていた。


最後の一撃。


大きく貢献度が動くかもしれない瞬間。


ユウヤはその混乱さえ利用した。


誰かが作った隙。

誰かが受けた攻撃。

誰かが削った残り。


そのすべてを、自分たちの得点に変えていく。


《黎明を喰らうもの》の胸に埋まった、割れた時計盤のような核が露出した。


今だ。


ユウヤはそう判断した。


「レイシア」


「はい、マスター」


レイシアの足元に、青白い波紋が幾重にも広がる。


ひび割れた鎧が軋む。

神剣の輝きが一瞬だけ膨れ上がる。

残っていた魔力を、すべて刃に集めていく。


周囲からも、同時に無数の攻撃が飛んだ。


炎。

雷。

斬撃。

矢。

巨大な獣の爪。

誰かの奥義らしい光。


その全部が、ボスの核へ殺到する。


「削り切ります」


レイシアが踏み込んだ。


青白い閃光が、広場を裂く。


神剣が核へ届いたのか。

それとも、別の誰かの攻撃が先に入ったのか。


ユウヤには分からなかった。


ただ、次の瞬間。


《黎明を喰らうもの》の巨体が、大きく震えた。


割れた時計盤の核に、無数の亀裂が走る。


黒い鹿とも竜ともつかない巨獣が、空を仰ぐように身を反らした。


そして、崩れた。


東京駅広場に、轟音が落ちる。


誰が最後を取ったのかは分からない。


だが、ユウヤは確かに最大火力を叩き込んだ。


やれることはやった。


やがて、長い戦いが終わった。



東京駅広場に、沈黙が落ちる。


倒れ込むキャラ。

伴侶を支えるプレイヤー。

スマートフォンを握ったまま立ち尽くす者。

結果を見るのが怖いのか、画面を開けない者。


悔しさを滲ませているキャラもいる。

自分のやり方が通じなかったプレイヤーもいる。

過去のラグオダでは強かったはずの者たちが、現実のレイドに飲まれている。


その中で、ユウヤだけはすぐにスマートフォンを確認しなかった。


人の多い場所で結果を見るのは危険だ。


周囲とは違うリアクションを取れば目立つ。

目立てば狙われる。


彼はそれを知っている。


レイシアと目を合わせる。


言葉は要らなかった。


二人は人混みを離れ、人気のない路地裏へ入った。


そこでようやく、ユウヤはスマートフォンを見る。


まずはレイド貢献度ランキング。


一位。


ユウヤは笑った。


「まあ、当然だ」


レイシアも、割れた鎧のまま微笑む。


「はい。私を使っているのですから」


次に、ランキングを開く。


順位は一位に戻っていた。


昨日手放した場所に、戻ってきた。


ユウヤは大きく息を吐く。


あとは逃げればいい。


ランキング集計終了まで位置情報は表示されない。

つまり、今後はマップで追われない。


目立たず隠れれば、逃げ切れる。


そう思った。


ユウヤはレイシアに目配せする。


「行くぞ。再転送まで――」


そこで、声がした。


「派手に稼いだな」


路地裏の入口に、男が立っていた。


逃がさないように、道を塞ぐ位置。


その横には、天使がいる。


ユウヤは息を呑む。


なぜここにいる。


位置情報は表示されないはずだ。

人混みから離れたはずだ。

結果もここで確認した。


男はスマートフォンを持ったまま、疲れたように続ける。


「ランキングに入ったか?」


答える必要はなかった。


レイシアの鎧は割れている。

ユウヤもボロボロだった。


それでも二人は、さっきまで勝ち誇った顔をしていた。


それを見られていた。


そう理解した瞬間、ユウヤの背筋に冷たいものが走る。


男の顔に、見覚えがあった。


すぐには思い出せなかった。


だが、次の瞬間、ユウヤは理解した。


レイド中に見かけた男だ。


ボスへ突っ込まず。

雑魚処理にも向かわず。

逃げ惑うプレイヤーを助けることもせず。


ただ、見ていた。


広場全体を見ていた男。


あの混乱の中で、戦うでも逃げるでもなく、状況だけを見ていた男。


レイシアが小さく息を吐く。


「ユウヤ」


その声だけで分かった。


レイシアも限界に近い。


神剣を構えようとする腕が、わずかに震えている。


昨日の疲労。

レイドでの消耗。

最後に一位を取るために使い切った火力。


全部が、今ここで重くのしかかっていた。


ユウヤはスマートフォンを握りしめる。


逃げるか。

戦うか。


判断するより早く、男の画面が光った。


《バトル申請中……》


ユウヤが叫びかける。


「待――」


画面が切り替わる。


《バトル申請を受諾しました》


ユウヤとレイシアの顔が、真っ青になる。


男は画面を見下ろし、静かに言った。


「賭けにはなったが、どうやら勝ったらしい」


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