22.近いのに、勝てない
五日目の街は、騒がしいのに静かだった。
壊れた道路の隙間からは、時折、低い唸り声が響いている。遠くでは何かが崩れる音がして、避難所へ向かう人影が、荷物を抱えながら足早に通り過ぎていく。
モンスターはいる。
迷宮化しかけた建物もある。
逃げ惑う人間も、助けを求める声も、確かにある。
それなのに、プレイヤーの姿だけが見当たらなかった。
マキトは足を止め、ひび割れた歩道の向こうを眺めた。
「……おかしいな」
隣を歩いていたシエルが、すぐに彼を見る。
「どうされましたか、旦那さま」
「今日を入れて、最終日まであと三日だぞ。普通ならそろそろ目の色変えた連中が出てきてもいい頃だ」
ランキング終了までの時間は、もう多くない。
上位報酬を狙うなら、迷っている余裕はないはずだった。勝てる相手を探し、奪えるポイントを奪い、少しでも順位を上げようと動くはずだ。
そして、今日は違った。
「ですが、見当たりませんね」
「いないものはいない、か」
マキトが呟くと、足元の影がわずかに揺れた。
『さっきのイベントで、心を折られたんじゃない?』
影の中から、メルシーの声が楽しそうに響く。
マキトは視線を落とした。
「あれでか」
『あんなもの見せられて、はい次はランキング戦です、なんて切り替えられる奴の方が少ないでしょ。きっと今ごろ、嫁も旦那も目を合わせられずに黙り込んでるはずよ』
メルシーは楽しそうに続けた。
『本命だと思ってた相手には別の誰かがいて、自分を選んだ嫁も本当に自分だけを見てたわけじゃない。ようするに、妥協婚だったって突きつけられたわけでしょ? そりゃ折れるわよ』
「……妥協婚?」
シエルが小さく呟く。
意味を測りかねた声だった。
彼女は、あのイベントに同行していない。
マキトとメルシーが何を見せられ、何を聞かされ、何を答えたのかを知らない。
だから、その言葉がどれほど残酷なのかも、どこまで的を射ているのかも判断できなかった。
ただ、メルシーが誰かを傷つけるためにその言葉を使っていることだけは分かった。
「メルシー。そんな言い方は……」
そこまで言って、シエルは言葉を止めた。
知らないまま諫めることはできない。
何も知らない自分が、正しい顔をして口を挟んでいい話ではない気がした。
マキトは、二人のやり取りにほとんど興味を示さず、ひび割れた歩道の向こうを見ていた。
「妥協婚だろうが純愛だろうが、どっちでもいい」
「旦那さま」
「折れて表に出てこないなら、今は敵じゃない。それだけだ」
マキトはスマートフォンを軽く振る。
「問題は、そいつらがどこにいるかだ」
折れなかった奴は、必ずどこかにいる。
今はただ、表に出ていないだけだ。
マキトは、ひび割れた歩道の先を見て、薄く笑った。
「探す価値はありそうだな」
シエルは、マキトと影を交互に見る。
妥協婚という言葉も、メルシーの笑いの理由も、まだ理解できていない。
知らないなら、知ればいい。
分からないままでいるより、まずは聞くべきだと思った。
「旦那さま。差し支えなければ、イベントで何があったのか教えていただけませんか?」
影の中で、メルシーがわざとらしく笑った。
『教えてあげなーい』
「メルシー」
シエルの声が少しだけ硬くなる。
『あー、面白かった。ほんと最低で、最高に性格悪いイベントだったわ』
マキトは面倒そうに息を吐いた。
「キャラロストはなかった。危険なこともさせられなかった。それだけは通知通りだった」
「では、安全だったのですか?」
「逆だ。死なないだけで、内容はかなり悪質だった」
シエルの眉がわずかに寄る。
「……何をされたのですか?」
「プレイヤーとキャラの過去を掘り返して、都合の悪い部分だけ相手に突きつけるイベントだった。嘘はない。だから余計に質が悪い」
「それは……」
シエルは言葉を失った。
メルシーが、そこでくすくすと笑う。
『そういう顔になるわよね。普通は』
「お前が笑いすぎなだけだろ」
『だって、クズ亭主に夢なんて見てないもの。初めからクズだったじゃない。嫌だわ、思い出しても笑える』
「俺のせいかよ」
「旦那さまも、見せられたのですか?」
シエルが慎重に尋ねる。
マキトは嫌そうに肩をすくめた。
「俺のも見られたし、こいつのも見せられた」
『私のは別に見られて困るものじゃないわよ』
「“アレ”を堂々と言えるの、まあまあすげえぞ」
『事実だもの』
メルシーはまったく悪びれない。
イベントで、マキトはメルシーの伴侶選定記録を見せられた。
それは、思った以上にひどいものだった。
メルシーは候補者の詳細をほとんど見ていなかった。
戦闘適性。
生活環境。
性格傾向。
安全性評価。
契約後の安定度。
そういった項目が表示されていても、彼女はそこまで辿り着かない。まず顔を見て、切る。
『ダメ』
次。
『これもダメ』
次。
『目が整っていない』
次。
『顔は悪くないけど、何か腹立つ』
次。
『一生見る顔としては弱いわね』
マキトは、その記録を黙って見せられた。
本当に顔だけで選んでいる。
ただし、雑ではなかった。
顔に関してだけは異様に厳しい。どこが気に入らないのか分からないほど整った相手でも、メルシーは平然と弾いていた。
そのうち、画面に無機質な表示が出る。
《伴侶選定終了まで、残り三分》
それでもメルシーは決めない。
《残り二分》
候補はいくつか残っていた。
『悪くはないのよ』
メルシーは指で机をたたきながら、表示された男を眺めていた。
『でも、決め手がないのよね』
《残り一分》
『一生こいつの隣にいると思うと、もう一押し欲しいのよ』
時間は残っていない。
それでも、彼女はもう一度だけ検索した。
そこで、マキトが表示された。
黒に近い深緑の髪。
眠たげな緑の瞳。
整いすぎた顔立ち。
何もかも面倒くさそうなのに、どこか危うい空気。
メルシーは、その顔を見た瞬間に固まった。
それまで散々文句を言い、切り捨て、品定めしていた口が止まる。
『……これ』
画面に表示が浮かぶ。
《候補詳細を確認しますか?》
メルシーは一瞬だけ迷った。
興味はあった。
この顔の男が、どんな性格で、どんな人生で、何を考えているのか。見てみたいと思った。
だが、時間はほとんど残っていない。
《伴侶選定終了まで、残り十秒》
『間に合わないじゃない』
メルシーは舌打ちし、詳細確認を飛ばした。
《本当に選定しますか?》
『する』
《選定理由を入力してください》
メルシーは迷わなかった。
『顔』
《伴侶選定を完了しました》
そこで記録は終わった。
現在のマキトは、影を見下ろしながら鼻で笑う。
「最初から顔で選んだとは聞いてたけどな」
『何よ』
「思ったより悩んでたんだな」
『別に悩んでないわよ』
「残り十秒まで粘ってた奴が言うな」
『より良い相手を探していただけよ』
「最低の品評会だな」
『最後に一番いいのが出てきたんだから仕方ないでしょ』
メルシーは開き直っている。
その態度に、マキトは呆れながらも少しだけ笑った。
「詳細くらい見ろよ」
『見たかったわよ。でも時間がなかったの』
「そこで顔だけで即決するのがすげえよ」
『何よ。文句あるの?』
「いや。お前らしいと思っただけだ」
影の中から、ほんの一瞬だけ返事が途切れた。
照れたのかもしれない。
だが、メルシーはすぐにいつもの調子へ戻る。
『いいじゃない。顔で選んで、今のところ外してないんだから』
「中身は?」
『遊び気質で、性格が悪くて、命を粗末にするクズ亭主』
「褒める気ねえだろ」
『でも一緒にいて楽しいわ』
「なら当たりだな」
『そうね、当たりよねえ』
その声は、からかうようでいて、どこか機嫌がよかった。
シエルは黙って二人のやり取りを聞いていた。マキトは気づいているのかいないのか、さらに影へ向かって言う。
「で、俺の過去がそんなに面白かったか?」
『面白かったわよ。最低で』
「いったい何を見たんだよ?」
『あんたも他の連中と同じで、ちゃんとクズだったわよ』
「ちゃんとって何だよ」
メルシーは、また思い出したように笑った。
そして、影の中で声を弾ませながら語り始める。
イベントでは、マキトの過去も暴かれた。
高校時代。
マキトには、初めて付き合った彼女がいた。
彼女がマキトに近づいた理由は、顔だった。
それはマキトにも分かっていた。自分の顔に惹かれていることくらい、最初から理解していた。
そして、マキトの方も綺麗な理由で付き合っていたわけではない。
彼女がいる、それだけで周りより一歩リードしている気がしたからだ。
それに、彼女も容姿は良かった。
一緒に歩けば悪い気はしない。向こうが自分を選んでいる間は、それでよかった。
だから、綺麗な恋愛だとは思っていない。
互いの中身を深く見ていたわけではない。
それでも、自分が選ばれている間は、それで満たされていた。
ある日、マキトは街で偶然見てしまう。
彼女が、別の男と歩いているところを。
その男は、灰色の髪をしたウルフカットの男だった。
世界的に知られた魔中年のボーカル。
例え存在を知らなくても、周囲の視線だけで普通ではないと分かる。誰かが息を呑み、誰かがスマホを向けかけ、誰かが小さく騒ぐ。
ただ歩いているだけで、空気を奪っていた。
顔が強すぎた。
マキトは、自分の容姿に自信があった。
それは事実だった。
だが、その男を見た瞬間、近いようで届かないと思った。
同じ土俵にはいる。
だからこそ、勝てないことが分かる。
遠すぎる相手なら、悔しさも曖昧だったかもしれない。まったく別の生き物だと思えたかもしれない。
けれど、その男は違った。
近い。
自分と近いのに、勝てない。
その差が、余計に腹立たしかった。
彼女がそちらへ目移りした理由は、驚くほど簡単に理解できた。
彼女は、顔でマキトを選んだ。
なら、よりいい顔が現れれば、そちらへ行く。
それだけの話だった。
裏切られたと騒ぐほど、自分は心を砕いて接してきてはいない。彼女も、自分の中身を見ていたわけではない。
だから納得した。
納得したことにした。
翌日、彼女から連絡が来た。
もう一度会いたい。
話がしたい。
昨日のことは誤解だ。
そんな言葉が並んでいた。
おそらく、灰色の髪の男には遊ばれて逃げられたのだろう。
マキトは会う約束をした。
そして待ち合わせ場所に、別の女を連れていった。
わざと彼女から見える位置を歩く。
わざと楽しそうに笑う。
わざと一度だけ目を合わせる。
彼女の表情が崩れた。
その顔を見て、マキトはようやく少しだけ気が晴れた。
イベントでその記録を見たメルシーは、爆笑していた。
『あははははっ! 最低! ほんと最低!』
現在のメルシーも、思い出し笑いを隠そうとしない。
『浮気されて傷ついた男の復讐が、別の女を見せつけることなの? 性格悪すぎでしょ』
「直接何か言うより平和だろ」
『そういう問題じゃないのよ。あー、思い出しても笑えるわ』
「いつまで笑ってんだよ」
『だって、あんたらしいもの』
メルシーは楽しそうだった。
マキトも本気で怒ってはいない。
むしろ、自分でも忘れていたくらいの過去だった。
そのはずだった。
「けど、お前だって同じだろ」
マキトは軽口のつもりで言った。
影の中のメルシーが、笑うのをやめる。
『何が?』
「俺より顔がいい男がいたら、そっちを見るんじゃねえの」
『は?』
「あの男みたいなのが出てきたら、乗り換えるだろ。顔で選んだなら、よりいい顔に目移りする。普通の話だ」
言ったあとで、マキトは少しだけ黙った。
軽く流すつもりだった。
昔の話だ。
くだらない過去だ。
本気で惚れていたわけでもない。泣くほど傷ついたわけでもない。
そう思っていた。
だが、言葉にした瞬間、自分でも思い出してしまう。
今まで思い出すことすら忘れていたはずの、古い棘。
自分が女に本気になれない理由。
顔で選ばれた関係を、どこかで信用しきれない理由。
メルシーも、シエルも、自分を顔で選んだ。
そして自分も、二人を綺麗な理由で受け入れたわけではない。
伴侶契約を受け入れたのは、愛のためではない。
危険なゲームに参加するため。
壊れた世界を楽しむため。
お互いに利用しているだけ。
なら、相手に何かを求める方がおかしい。
マキトはそう自分を納得させていた。
けれど、ほんの少しだけ傷ついている。
そのことに気づいて、自分で腹が立った。
メルシーは、最初こそいつもの調子で笑おうとした。
『なーに? 嫉妬?』
「別に」
『ふうん。クズ亭主でもそういう顔するんだ』
「してねえよ」
いつもなら、ここでさらに煽る。
そのまま嫌味を重ねて、マキトが言い返して、いつものくだらない応酬に戻る。
けれど、メルシーはそこで少しだけ止まった。
マキトの声が、いつもの軽さからわずかに外れていたからだ。
影の中から、彼女の声が静かに響く。
『私は、あの男よりあんたの方がかっこいいと思うわよ』
マキトは目を細める。
「……本気で言ってんのか?」
『本気じゃなきゃ、あんたを選ばなかったわよ』
「顔しか見てなかったくせに」
『だからよ。顔しか見てなかった私が選んだんだから、そこは信じなさいよ』
マキトはすぐには返さなかった。
それは慰めとしては雑だった。
中身を見ていたという綺麗事ではない。過去も性格も全部知った上で好きになったという、都合のいい言葉でもない。
顔で選んだ。
その上で、今も選んでいる。
ただそれだけの言葉だった。
けれど、メルシーらしかった。
下手に取り繕われるより、ずっと信じられる。
マキトは少しだけ嬉しいと思った。
認めたくはなかったが。
「……酷い理由だな」
『今さらでしょ』
メルシーはあっさり返す。
マキトはそれ以上言わなかった。
胸の奥に残っていた小さな棘が、ほんの少しだけ鈍くなった気がした。
そのことに気づいて、また少し腹が立つ。
メルシーの言葉なんかで楽になる自分が、面倒くさかった。
シエルは、二人のやり取りを黙って聞いていた。
メルシーのように笑うことはできない。
マキトのように軽く流すこともできない。
なぜなら、自分にも心当たりがあったからだ。
シエルは、最初から顔で選ぶつもりなどなかった。
候補者の詳細を一人ずつ確認していた。
性格。
危険性。
生活環境。
契約後の安定度。
伴侶として本当に選んでいい相手なのか、慎重に見極めようとしていた。
実際、ある程度は候補も絞れていた。
この方なら問題は少ない。
この方なら契約後も安定する。
そう考えられる相手が、何人かいた。
本来なら、その中から選ぶはずだった。
けれど、最後にマキトが表示された。
その瞬間、シエルは画面から目を離せなくなった。
慎重に絞っていた候補者たちが、頭の中から消えていく。
詳細を確認する時間は、もう残っていない。
それでも、気づけば答えは決まっていた。
だから、選んだ。
顔で。
シエルは小さく笑った。
けれど、その笑みは少しだけ硬い。
マキトの問いは、メルシーだけに向けられたものではなかった。
自分にも刺さっていた。
「シエル?」
マキトが声をかける。
シエルはすぐに表情を整えた。
「いえ。何でもありません」
「そうか?」
「はい」
その答えは、少しだけ早かった。
メルシーが影の中から、からかうように言う。
『何よ、ペ天使。あんたも心当たりでもあるわけ?』
シエルの肩が、わずかに揺れた。
「……今は、周囲の警戒が先です」
『逃げたわね』
「逃げていません」
「まあ、いいだろ」
マキトは歩き出す。
「どっちにしろ、今日は相手探しだ。出てこないなら出てこないで、探すだけ探す」
その後も、三人は街を歩いた。
だが、プレイヤーは見つからない。
代わりに、モンスターだけは出た。
横転したバスの下から、小鬼のような影が這い出してくる。
それは人間を見つけるなり、濁った声を上げて走り出した。
標的になったのは、少し前からマキトたちの後ろを歩いていた男だった。
おそらく、マキトたちの近くにいれば安全だと考えたのだろう。一定の距離を保ち、声をかけるでもなく、ただ後ろをついてきていた。
その男が、モンスターに狙われた瞬間、腰を抜かした。
抱えていた荷物が地面に落ち、中身が舗装の上に散らばる。
シエルが前に出た。
「下がってください」
短く告げた次の瞬間、大剣が振り下ろされる。
小鬼の体は地面に叩きつけられ、黒い粒子となって散った。
また、避難所へ向かう道を偶然通りかかると、数体のモンスターが群れになっていた。怯えた人々が遠巻きに立ち尽くし、進むことも戻ることもできずにいる。
マキトは周囲を見た。
プレイヤーの気配はない。
罠でもない。
「シエル。正面」
「はい」
戦いそのものは、すぐに終わった。
助かった人々が何かを言おうとしたが、マキトはそれを待たずに歩き出す。
感謝されに来たわけではない。
ポイントの動きを確認し、周囲を警戒し、次の相手を探す。
それを何度か繰り返しても、人間の敵だけは現れなかった。
戦いがなかったわけではない。
モンスターはいくらでも出た。
街は壊れ、迷宮は広がり、人は変わらず襲われていた。
けれど、対人戦は一度も起きなかった。
五日目は、妙に静かな日だった。
夜になり、マキトたちはホテルへ戻った。
ショップで買った食事をテーブルに並べる。
簡素なものではあるが、外の状況を思えば十分すぎる。温かい料理と飲み物があるだけで、この部屋はまだ別世界のようだった。
シエルは椅子に座り、静かに息を吐く。
メルシーは影から半身だけを出し、つまらなそうに頬杖をついていた。
「結局、人間とは一度も当たらなかったな」
マキトが言うと、メルシーがすぐに口を尖らせる。
『つまらない一日だったわ』
「平和なことはいいことです」
シエルが真面目に答えた。
メルシーは露骨に顔をしかめる。
『あんたはすぐそういうこと言う』
「少なくとも、旦那さまが危険な戦いをせずに済みました」
「俺は退屈だったけどな」
『ほら、クズ亭主もこう言ってるわよ』
シエルはマキトを見る。
「旦那さまは少し黙っていてください」
「なんで俺が怒られなきゃいけないんだ?」
『日頃の行いじゃない?』
「お前にだけは言われたくねえ」
くだらないやり取りで、部屋の空気が少しだけ緩んだ。
だが、マキトは分かっている。
今日の静けさは、安全を意味しない。
イベントで動けなくなった者がいる。
その一方で、動ける者だけが次の準備をしているかもしれない。
ランキング終了まで、残り二日。
静かな一日は、そのまま不穏な夜へ沈んでいった。
夜更け。
ホテルのスイートルームは、深い静寂に包まれていた。
マキトは眠っている。
その両端には、いつものようにシエルとメルシーがいた。
シエルはベッドの片側で静かに目を閉じている。
反対側では、メルシーが片足を投げ出し、枕を抱え込んだまま、寝相悪く気持ちよさそうに眠っていた。
誰も声を出さない。
その暗がりの中で、テーブルの上に置かれたスマートフォンだけが、かすかに震えた。
一度。
短く。
画面が薄く光る。
《ランキング最終局面に伴い、追加通知があります》
通知の文字だけが、暗い部屋に浮かび上がった。
けれど、マキトは目を覚まさなかった。
隣で寝ていたシエルもメルシーも気づかない。
やがて画面の光は消えた。
部屋は、もう一度暗闇に沈む。
六日目の朝全てが動き出す。




