交通手段
「おはようございます」
「ん? ああ、おはようさん」
夜通しの護衛で一睡もしなかった為に少しばかりある眠気を飛ばそうと洗面所で顔を洗っていると、澄んだ声が聞こえてきた。
その声主はシスティスで、彼女は俺の顔を見ると申し訳ないかのように呟く。
「ごめんなさいヘイタさん。夜の間、ずっと寝ずに私達を守ってくれてたんですよね?」
「気にすんな、引き受けたからには真面目にしてるってだけだ」
「……ありがとうございます」
そう礼を告げてから、システィスはその場で固まってしまった。
ん? どうしたんだと疑問を浮かべていると「ああ……」すぐ様気付く。
「洗面所ここ、使う?」
「あっはい……使います」
聞くと、たどたどしい返事が返ってくる。
あれ、違ったか? まぁいいや、聞いたからには空け渡そう。
と、その前に、
「なぁ、本当に今日出発でいいのか? 昨日は早く向かいたいって言っちまったけどよ、お前等がもう少しここに居たいってんなら、こっちも考えるぜ」
長期休暇中、やっと旅行で来れたのに一日でご帰宅するなんてあんまりだもんな。俺としてはさっさとシルヴィア共和国に向かいたいのは変わらないんだが、彼女達の事を考えれば後二、三日ぐらい満喫してからでもいいのではないかと思う。
そう配慮の言葉をかけるが、システィスはクスリと柔らかな微笑みを零して、
「ありがとうございますヘイタさん、でもいいんです。私が行きたかった所は昨日で周り終えましたから。それに、いつ襲われるのかも分からない私達の所為で、関係ない人達に迷惑をかけられませんから」
ここで、関係ない俺達はガッツリ迷惑をかけられてるがな……て言うのは野暮なんだろうな。
「……そうか。差し支えなければ聞きたいんだが、システィスがアトラティウスまで来て行きたかった場所ってのは何処なんだ?」
「……私の父と母が出逢い、恋を育んだ場所……だと思います」
「……へぇ、その場所は、良かったか?」
問うと、彼女は切な気ながらも、暖かい表情で、こう答えたのだった。
「はい……とても、とても素敵でした」
◇
「どうしたらいい」
「どうしましょうかねぇ」
「どうするんですか?」
「どうすんのよ」
「ブルッ」
「ぽよよ」
俺達は現在、とある問題に直面していた。
「馬は船に乗せられない、だと……」
朝食を済ませ腹を満たし意気揚々と港に向かい、手間取ること無く早い段階でシルヴィア共和国への直行便を見つけられた。
いつに無く良い滑り出しに、心はウハウハ。だが浮かれていられるのもそこまで。
船に乗る受付をしている時、船員に告げられた内容に俺とセレナの顔が一瞬で引きつったのだった。
「えっ? 馬は船に乗せられないだろ、何を阿呆なこと言ってんだアンタ等」
…………。
……マジかぁぁぁぁぁ。
やっちまったなぁおい。そりゃそうだよなぁ、馬の存在をすっかり忘れてたわ。
「どうするよマジで、打つ手なしじゃん」
「アンタ達、まさかそんな当たり前の事知らなかったの? 馬ってのは現地での移動手段なんだから、船で海を渡るなら置いてくでしょ」
絶望し項垂れていると、カタリナが至極常識的だろーよとアホな子を見る目で話してくる。
ああクソ、馬が駄目ってどうして気付かなかったんだ。イけんだろと楽観してたわ……。
「そもそも、何で悩んでるのよ。その馬を売るか、一時的に預かってもらえれば万事解決じゃない。旅をするのならそれが普通よ、迷う必要すら無いわ」
「……それもそうだな!」
「ちょっ平太さん!」
「ブルッ」
「痛ッ! じょ、冗談だよ冗談、怒んなって」
ポンッと手を叩いて納得していると、セレナに頭を叩かれ、ポチに脚で小突かれた。ったく冗談が通じねー奴等だ。
「すまんが、カタリナの意見は却下だ」
「……どういう事よ」
問われたので、俺は親指でポチを指し、
「ポチは替えのきかない俺達の"仲間"だ。こいつが自分から離れない限り、置いて行くなんて有り得ない」
「仲間って……馬は馬でしょ」
「仲間だよ。ポチも、スラ太郎も……俺達の大事な仲間だ」
「……」
断言する。
ちなみに、二人には既にスラ太郎の存在を教えている。このまま一緒に行動するなら隠し通せないからだ。
最初は彼女等もスライムであるスラ太郎を警戒していたが、刹那の内にスラ太郎のキュートな可愛いさにやられて、魔物とかどうでもよくなっていた。スラ太郎恐るべしッ!
「じゃあどうすんのよ! ポチを連れて行くなら船じゃ行けないじゃない、他にアテはあるの?」
「……ない」
情けない返答をすると、カタリナは肩を落としてため息をつく。
彼女が怒るのも仕方ない。ポチを連れて行くなら船を使えない。しかし船を使わなければ海を渡れない。けど、俺はポチを置いてけない。他の方法も思いつかない。いつまで経ってもシルヴィア共和国へ出発できない。
……これは俺の落ち度だ、何とかせねばならん。ならんのだが……。
「「…………」」
全員で良い案を捻り出そうと目一杯頭を働かせるが、誰も口を開かない。
と、その場で途方に暮れていると……。
「あれ、システィスじゃない、カタリナも。こんな所で何してるのよ」
直接肌を舐めるかのような、艶やかな声音が鼓膜を震わした。
「が……」
「……学園長?」
現れたのは、一人の美しい女性。システィスとカタリナは、その女性を驚愕の表情で見つめている。
学園長? ってアレだよな。校長先生とか、そういう意味の。
展開に追いつかない俺とセレナは、目線を合わせ意識を共通させる。
……うん、取り敢えずこの場は、知り合いっぽい二人に任せてみよう。




