邪神
『咄嗟の行動としては見事だが、女神を見捨てる勇者というのも案外薄情なのだな』
「うるせぇぞアホんだら。あいつは前に、自分は不死身だって言ってたんだよ。だからまず、邪魔なテメェをぶっ殺すことが最優先事項なんだ」
『ほう、知っていたのか。それにしても、神の秘密を容易く人間に教えるとは、現在の女神は口が軽いのだな』
セレナが軽いのは口だけじゃねーわ。頭ん中もスッカスカだぞ。
「……」
いつでも仕掛けられるように、俺は腰を落とし低く構え、足裏に力を溜め込む。
『もう戦うのか? 私の存在が気にならないのか?』
「あ? 逆に聞くが、今から俺にぶっ殺される奴の事なんて気にかける必要があるのか?」
間髪入れずにそう返すと、敵は『なるほど』と呟き、
『威勢よく吠えるな。魔王を殺った自信というやつか』
「うるせぇ死ねよ」
おもいっきり地面を蹴りつける。
ドパンッ!! と空気が裂かれた重低音が鳴り響いた時には既に、俺は敵に肉薄し正拳を振り翳していた。
しかし奴は俺の奇襲に反応し、同時に拳を突き出してくる。
俺と敵の拳が重なり合った刹那、ゴォオオオオオオオオッ!! と爆音が轟き、衝撃の余波で地面が割れ、砕かれ、散り飛ばされてゆく。
遠くに離れろとポチに言っておいて良かったと安心する。
あの場に留まっていたらきっと巻き込まれていた筈だ。
『異世界流の挨拶は拳なのか? 随分ユニークなのだな』
「口開くんじゃねぇよ、テメェの声は汚ねぇんだからな」
『失礼な奴だ。言っておくが私に口は無いぞ』
……そう言われればそうだな。じゃあどっから声出してんだよ。
数度会話を交わした後、俺達は激闘に発展した。
――ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!
と、お互い拳や蹴りを連続で繰り出す。力と速さは拮抗していて、数秒の内に百発以上打ち合ったものの、どちらともクリーンヒットを与えられなかった。
逆に、俺達が戦っている周囲の方が被害が出ている。何故なら俺と敵が攻防を繰り返す度に衝撃波が生じ、地形を破壊してしまうからだ。
(場所を変えなきゃダメだな)
右拳にエネルギーを充填する。
敵に肉薄し、アッパーで羅喉を撃ち放った。
『ヌッ』
衝撃波によって敵を上空へと吹っ飛ばす事に成功。
地面を蹴り上げ俺もすぐさま追随し、戦いの舞台を雲の上にへと移動させた。
『空で戦いたかったのか?』
「周りに気を遣いたくなかっただけだ。空ここなら遠慮せず戦れるからな」
『ほう……では今まで本気を出していなかったと?』
「20パーも出してねぇわボケ」
『舐められたものだな。いいだろう……その気にさせてやる』
そう言った瞬間敵の力が増大し、爆発した。
「――ッ!?」
気づいた時には既に敵が俺の懐まで入り込んでおり、攻撃を仕掛けようとしている。
腕をクロスして防御するが、拳戟が想像以上に強く、重く、簡単に吹き飛ばされてしまった。
『まだ終わらんぞ』
「――こん、にゃろッ」
疾い。
後ろに回り込んできて、怒涛のラッシュを放ってくる。
反撃の態勢を整えられていない俺は、無理せず防御に専念した。
躱し、いなし、受け止める。
神経を研ぎ澄まし、息つく間もない連撃を防ぐ。
しかし、防げられてはいるが反撃する手立てが無かった。
敵には体力という概念がないのか、一時も手を止めず撃ち続けてくるのだ。
普通攻撃する時には少しでもタメが生まれるのだが、こいつにはソレがない。だから凄まじく速い攻撃を、常に一定の速度で放ってきやがる。
お陰で守り一辺倒で、集中力がごっそりと減らされる。
正直アガムとの戦闘で防御術を身に付けていなかったら、とっくに何発か貰っていた事だろう。
『どうした、守ってばかりではつまらんぞ。さっさと本気を出したらどうだ』
「調子に乗るんじゃねぇ!!」
あーイライラする。
もう止めだ、俺は守ってるより攻める方が性に合ってんだよ。舐められっぱなしも趣味じゃねぇしな。
「ぶっ」
『ムッ!?』
「――だぁるぁあああああッ!!!」
ワザと攻撃を貰い、敵の動きを強引に止める。
ほんの一瞬生まれた隙を見逃さないべく、俺は体に走る痛みを我慢し全力で敵を殴り飛ばした。
「今度はこっちの番だ」
『果たしてどうかな?』
「何ッ?」
『闇永』
「――ッ!?」
攻防が逆転した内に、やられた分を倍にして殴り倒してやろうとしたら、突然視界が暗闇に包まれた。
何だコレ、どうなってんだ……全然見えねぇぞ!?
『闇の世界はどうだ?』
「ごふっ」
『気分はどうだ、心地良いか』
何も見えなくなって狼狽している中、敵が容赦無く襲撃してくる。
「が……ぐっ……ぎ」
殴られては飛ばされ、殴られては飛ばされ。それが何度も何度も繰り返されていく。
視界が塞がれているので気配を察知しようとするが、いかんせん奴の移動速度が速すぎて捉えきれない。
そして、
『沈め』
「げ――はっ……!!」
背中を強く叩きつけられ、俺は冗談で済まされない速度で空中から地面に打ち落とされた。
「……あー……痛ってぇ……」
小隕石が落ちたレベルの陥没の中心で大の字で倒れている俺は、クルリと態勢を入れ替え仰向けになる。
ようやく回復してきた両眼で、青い空を眺めながら呟いた。
……ここまでボコボコにやられたのはいつ以来だ?
中学以来だったか?
……そういや、あの人にしょっちゅうボコボコにされてたっけか。
恥ずかしい思い出が頭ん中で蘇っていると、空からヘドロのような濁声が聞こえてくる。
『ほう、見えるようになったのか。並みの人間ならば生涯光を失われるのだがな。どうやら魔力耐性が高いようだ』
「…………」
『それにしても、ここまでして壊れんとは……人間の癖に頑丈な奴だ』
「…………」
『そういえば挨拶がまだだったな。
私は"邪神アルトゥスノヴァ"。
アステリアで生まれた、邪の神。
異世界人ヒラサカヘイタよ、貴様が女神から倒すよう頼まれた敵の……本丸だよ』




