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万年亀




 堰を切ったように怒りが爆発し、美しきエルフの女性達が言いたい放題罵り貶し合う。

 中には、セレナとリリスに混じって喧嘩を起こす者も出始めた。


 殴り、蹴り、投げつけ、叩く。

 喧嘩の規模は波紋の如く瞬く間に広がり、最早大乱闘と成り果てていた。


 目を逸らしたくなるような地獄絵図に、俺含めエルフの男性陣は恐怖に慄き全身ガクブル。


 誰も止められないっていうか止めたくないというか、触らず神に祟り無しっていう感じで、ほとぼりが冷めるのを只々黙って見守っていた。


 余計な事言って飛び火というかトバッチリを喰らうなんて嫌だしな。


 うん……静かに黙って見てよ。



 そんなカオスな状況が続いてると、突如ズゥゥウウウウウウンッ!! と地面が大きく揺れ、地鳴りが轟いた。


「な、何だ? 地震か?」


 突然起きた地震に驚く。怒り狂っていたエルフの女性達も流石に手を止めていた。

 地鳴りは一向に止む気配がなく、



 ズゥゥウウウン――



 ズゥゥウウウウウウン――



 ズゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッ!!!



 いや、鎮まるどころか次第に音が大きくなり、徐々に近づいてきた。


「おい、あれ見ろ!」


 誰かが叫び、遠くの方へと指を向ける。誘われるように指し示す方角へと視線を追わせると、


「何だあれは……」

「山……か?」

「あんな所に山なんてあったか?」


 遥か遠くに、巨大な山が出現していた。

 俺もその山を見て、はてあんな所に山なんてあったか? と首を傾げる。


 特に気にかけていなかったから記憶が曖昧なんだが、この森に住んでいるエルフの民が知らないとなるとマジで突然現れたのかも。


「おい、あの山……動いていないか?」

「ああ……こっちに近づいている気がする」

「何だって!? そんな馬鹿な!!」


 目を凝らして山を見定める。

 間違いない……彼等の言う通り、山は微がだが動いていた。それに加え、山が動く度に地鳴りが響き渡っている。


(おいおい、まさかアレ――)


 嫌な予感が脳裏を過ぎった時、チムバァが驚愕の表情で呟いた。


「もしやあの山……万年亀まんねんがめか!?」

「「万年亀?」」


 なんだそりゃ。


 どうやら俺と同様、エルフ達も聞き覚えが無いワードのようだ。

皆が視線で詳細を促すと、山を見つめるチムバァは怯えた声音で、



「万年亀……別名"森喰らい"。数千年に一度空腹で目覚め、腹を満たすまで全ての森を喰らい尽くし、満足した再び地に底に眠る、超巨大な魔物じゃよ」



「あの山が魔物だって!? そんな馬鹿な!!」

「私も小さい頃親に聞いた話でね、実際には見た事が無いんだよ。でもアレは恐らく森喰らいだねぇ」


 チムバァは神妙な顔で続ける。


「その時父様に聞いた話では、もし森喰らいと遭遇したら森を捨て逃げよと言っておったわ」

「なっ!? 私達の森を、里を捨てろと言うのか!? アレも魔物なのだろう? では倒す方法もあるのではないか!」


 エルフの男性が切羽詰まった声音で問いかけるが、チムバァは首を振ると残酷な言葉を言い放った。


「森喰らいは魔物であって魔物にあらず。アレは最早災害じゃよ。そして我等エルフでは、どうやったって抗えん存在じゃよ。どうする事も出来ん」

「そんな……」

「それとも、無防にも挑んで無駄死にするか?」

「そ、それは……」


 絶望の表情を浮かべるエルフ達。誰も口を開くことが出来なかった。


 そりゃそうだよな、自分達が今まで生きてきた里を捨てて逃げるなんて簡単にできねぇよな。


 俺はセレナとの喧嘩でボロボロになっているリリスに近づくと、誰にも聞かれないよう小声で尋ねる。


「あの山、もしかしてお前の仕業か?」

「ハァン? 何言ってんのよ、そんな訳ないでしょーが。あんな化物、アタシ等魔王だってどうにも出来ないわ」


 何ですと?


「年期が違うのよ年期が。ここからでも感じられるでしょ? あの亀に宿る莫大な魔力が。あんな化物相手に戦える奴なんていやしないわよ、勿論このアタシも含めてね」


「マジか……そんな強いの?」

「強いとかそういう問題じゃないのよ」


 話している間にも徐々に山が迫っていた。

 さらに山の先端からニョキっと長い首が出てきて、上空からこちらを窺ってくる。


 いつの間にあんな所まで移動してたんだよ……歩幅がデカいからか?


「これは命令じゃ! 今すぐこの場から離れるのじゃ! 我等は生きていれさえすれば、どの森だって暮らしていける。さぁ、急ぐのじゃ!!」

「わ、分かりました!」

「皆の者、チムバァの指示に従おう!」

「「はい!!」」


 チムバァの訴えに、エルフ達は渋々ながらも了承し、慌てて逃げ出す準備を整える。


 と、そんな時。


「平太さんッ!!」


 セレナが焦燥な顔を浮かべ、俺を呼びかけてくる。

 今のこいつの表情は、何度も見た経験がある。セレナの謎的な勘が働いた時だ。


 俺はすぐに振り返って、巨大な亀を見上げる。


「おい待てよ……」


 亀の口は、ガバァッと大きく開かれていた。

 上空に吹く風が轟々と唸り、亀の口へと収束していく。


 おいおい亀さんや。お前から見たらここにいるエルフ達なんて歩けば吹き飛ぶ石ころみたいなもんだろ?


 なのに何で、石ころを全力で排除しようとしてんだよ。


 やべぇ……大風球あんなのが撃たれたら、この里ごと消し飛ぶぞ。


 俺の隣にいるリリスも、亀の口に集まり凝縮されていく風の球を見て「あっヤバい死ぬ」と青ざめながら呟いている。


(間に合え……)


 俺は地を蹴っていた。

 早く、速く、疾く。

 音を置き去りにするほど全力で駆けた。


 あいつを止めなきゃ終わりだ。何もかも吹っ飛んじまう。


 だが俺が亀に辿り着く前に、亀は頭を振りかぶると風の球を撃ち放ってしまった。



『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ』



 一瞬音が消え、しかし刹那の内にゴォオオオオオオッと爆音を轟かせ、風の球が迫ってくる。

 俺は急遽その場に停止し、拳を引き絞り大きく息を吸い込んで、



「星皇拳――"羅喉"ッ!!」



 斜め上に拳を突き放つ。

 俺が放った衝撃波が風の球へと衝突する。

 しかし予想以上に風の球の威力は半端なく、


(くっそ重ぇ!? 押しきれねぇ!!)


 ヤバい、このままじゃ押し負ける。

 俺は腹に力を入れ、さらに衝撃波の威力を上げた。


「だぁらぁぁぁああしゃぁあああああああああああッ!!」


 力を込めた甲斐あって、風の球の軌道を逸らす事に成功した。

 衝撃波によって方向が変わった風の球は、遥か空へと打ち上げられたのだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 危なかった……消し飛ばしてやろうと思ったのに、軌道を逸らすだけで精一杯だった。


 冗談じゃねぇぞおい。もう一発撃たれたらタマッたもんじゃねぇ。

……何とかしねぇとな。


「――ッ!?」


 どうやってぶっ殺せばいいか考えていたその時、不意に強烈な視線を浴びる。

 一瞬誰だ? と疑問を浮かべたが、すぐに正体を察した。


「そんなもん、お前しかいねぇよな」


 遠くで、高みから見下ろす巨大な亀。視線の正体は奴で間違いない。


 俺はこの時、ようやく悟った。

 何故亀が、蟻同然のエルフ達を全力で踏み潰そうとしたか。


 その蟻の中に、俺がいたからだ。


 奴はきっと、俺の"内に潜む力"を感じ取ったのだろう。そして警戒した。

 よく気付いたもんだ……流石魔王をも凌ぐ何万年と生きてきた亀、歳の差は伊達じゃねぇってか。


 こんなに離れてるのに、バチバチ戦意が飛んできやがる。


 いいじゃねぇか、戦ってやるよ。でも多分、今の俺じゃお前に勝てない。

 だから、少しだけ本気を出してやる。


「ふっ」


 短く息を吐き出して、精神を落ち着かせる。内にある鎖を少しだけ解き放つと、秘めたる力を解放させた。

 すると、俺を中心に地面が砕かれ大きなクレーターが出現し、ゴゴゴッと大気が悲鳴を上げた。



「よし」


 今の俺は、手足にだけ藍色のオーラが身に纏っている。

 何とか力の解放に成功したようだ。偶に失敗してやり過ぎる事もあるからちょっと安堵。


 さて、これであの亀をぶっ殺しに行けるか。


 俺は地を蹴り空を跳び、空気を切り裂くほど凄まじい勢いで亀へと接近する。


「でっけーーな……」


 今いる場所は、丁度亀の側面だ。

 上から見下ろすと、亀の全貌が捉えられる。

 改めて確かめると、山から手足が生えているのが分かった。


 この山は甲羅の部分で、本当に魔物なんだなと驚く。


『ーーーーーーーーッ!!』


 亀の顔がこちらに向き、大音量の鳴き声を上げる。

 と同時に、山から太い蔓が何千本と伸びてきて俺の体を捕らえようとしてきた。


「おっと」


 急いで空を蹴って、ホーミングしてくる蔓を躱してゆく。数え切れない程の蔓が追ってくるのは鬱陶しく、俺は一旦大きく距離を取った。


そして――



「星皇拳――"天狼てんろう"」



 迸る熱波が、蔓ごと亀の甲羅を隅々まで焼き焦がしていく。

 一点集中型の"螢惑"とは異なり、"天狼"は広範囲型の技だ。


 これにより、甲羅から生えた木々は全て焼き尽くし灰燼に帰した。

 これでもう、ワラワラしている蔓が追ってくる事もない。



『ァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!』



 亀から悲痛な絶叫が発せられた。

 痛い、熱い、痛い。そんな苦痛に塗れた叫びだった。


「…………」


 俺は黙って亀を見つめる。

 そして、殺す覚悟を決心した。


 起きたばかりで悪いが、死んでもらう。


 お前は俺と同じで、存在するだけで周りに……世界に害を振り撒く"化物"だ。


 俺は力を御せるが、お前は出来ない。

 このままじゃ、お前は自然を破壊し多くの者を殺すだろう。

 俺の背後にいるセレナ達も、虫ケラ同然に殺すだろう。


 それは俺が許さない。


 誰もお前を止められない。

 魔王ですらお前を殺す事が出来ない。

 だから、俺がお前を殺す。

 俺しかお前を殺せないから。


 俺はお前に何の恨みもない。

 だから謝る。



「ごめんな……けど、殺す」

『ーーーーーーーーッ!!』


 怒りに満ちた鳴き声を上げる亀は俺に顔を向けると、再び風の球を放とうとする。それも、さっきのとは比べ物にならない特大のを。


……いいだろう、最後ぐらい抵抗させてやるよ。力勝負だ。


 身体中からエネルギーを掻き集め、拳に収束させると、その時がくるのを黙って待ち続ける。


 そして、亀が最大限まで溜めた風の球を撃ち放つ。


 と同じく、俺も藍色に眩く拳を突き放ったのだった。






「星皇拳――"破軍"」

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