ノロケ(セレナの場合)
「大分暗くなってきたわ、これ以上進むのは危険よ」
「そうですねぇ……残念ですが、今日はこのくらいにしておきましょうかぁ」
クレアの提案に了承の意を示す。すると彼女は、手際よく野営の準備を始めた。
セレナとクレアが共に行動し、植物と話せる能力によって平太を捜したのだが、ついぞ彼を見つけ出す事は叶わなかった。森を彷徨っている平太よりも、木々に居場所を教えてもらっているセレナ達の方が断然足を進めているのだが、何故か見つからない。
……うーん、何ででしょう? と簡単な料理を作りながら疑問を浮かべるセレナに、クレアが推測を話す。
「凄い偶然だと思うんだけど、もしかしたらそのヘイタって人もエルフと会ったのかもしれないわ」
「ええ!?」
「あなたの仲間を捜す為に森を進んでいるけど、実は結構私達の里に近づいているのよ」
それに、と彼女は続けて、
「追いつかないって事は、彼もそれだけ進んでるって事でしょ? ただの人間が、知識も無いのにこの森を進み続けるなんて不可能だわ。そう考えると、あなたの仲間もエルフと会って一緒に里に向かっているという仮説が生まれる訳よ」
「ほへぇー言われてみれば確かにありえますねぇ」
クレアの話しに納得する。
もしその考えが正しいのならば、このまま平太を追いかけていけば、エルフの里で合流する事になる。それを伝えると、彼女は「そうね」と首を縦に振って、
「けど、焦って急ぐこともないわ。この森には危険な魔物がうようよいるの。私一人じゃ手に負えないのが沢山ね」
「うへぇーそうだったんですかぁ。また恐い目に合うのは嫌ですねぇ」
「だから慎重に行きましょう。ただ、不思議な事にさっきから魔物の気配が感じられないのよね、何でかは分からないけど」
クレアの思考は謎に包まれていた。
この森に生息している魔物は獰猛で強力な魔物ばかりだ。しかし、そんな魔物達が全くこちらに襲ってこない。クレアは、自分達の近くに魔物が潜んでいるのを確認していた。
警戒しているが、魔物はじっとこちらの様子を窺っているだけでアクションを起こさない。いや、それどころか……、
(……脅えている?)
巨体な体躯を精一杯茂みに隠し、早く去ってくれと言わんばかりに息を殺して止まっていた。
強い魔物共が脅える存在。確実に自分ではない。そして恐らく、目の前で楽しそうに鼻歌をしながら料理している彼女でもないだろう。
ならば、セレナの連れであるヘイタという人間か、それとも同族であろうエルフか。
迷いの森にいる魔物にこれだけ恐怖を植え付ける存在と会う事に、クレアは少しだけ怖れ抱いた。
「はーい、ご飯が出来ましたよぉ」
「あら、中々美味しそうね」
セレナから声がかかる。野宿の準備もちょうど終わったので、グットタイミングだった。セレナから器を受け取ったクレアは、近くの木に座って寄りかかると「いただきます」と呟いてから料理を口の中に運ぶ。
「ん!?」
舌を転がし味を確かめた瞬間、彼女の眼が見開かれた。何の変哲もない、ただの野菜スープ。舌がトロけちゃう! みたいな誇張表現するほど絶品ではない。が、美味い。
何だろこれ……とクレアは己に疑問を投げかける。懐かしい味、体の芯から暖まる。ほんのり美味しい。そのような感想が、次々と生まれては消えていった。ただ確かな事実なのは、全然手が止まらないという事だ。
「お、おかわり!」
「は、はい。そんなに急がなくてもまだありますよぉ」
「いいから早く!」
鬼気迫る表情で迫ってくるクレアに、セレナは「何だこの人……やべえ」という顔で器にスープを注ぎ足す。引っ手繰るようにセレナの手から器を奪ったクレアは、再び凄まじい勢いでスープを掻っ込んでいく。
「なんだろ……あんまり上手く言えないけど、凄く美味しいわ。うん、本当に」
「あはは、そうですか、それは良かったですぅ」
自分の正体が女神で、料理が美味しいのは女神補正なんですよ、と言えないセレナは誤魔化すように笑った。そうしている内にクレア二杯目を食べ終え、鍋に入っているスープを空っぽになるまで食べきってしまった。
完食したクレアは膨れた腹をぱんぱんと叩くと、
「あー食べた食べた。こんなに食べたのは久しぶりよ。ご馳走様、とても美味しかったわ」
「お粗末様でした」
ご満悦のクレアに微笑み返すと、セレナは気になっていた事を尋ねる。
「あのクレアさん、ちょっといいですか?」
「ん、何?」
「クレアさんってエルフですよね?」
「そうよ、見たら分かるじゃない」
「お尋ねしたいのですが、エルフの方たちって大の人間嫌いなんですよね? でも、それにしてはクレアさんって初対面の時からフレンドリーだなぁと思ったんですけど……」
帝国を旅立つ前、アルメリアに忠告されたのを思い出す。確かアルメリアの話しでは、エルフ族は人間を良く思っていないと言っていた筈だ。なのに、正真正銘エルフであるクレアが、人間――のように見えている――セレナに接する態度が親し気だ。
何故だろうと首を傾げているセレナの質問に、彼女は「あっはっはっは!」と腹を抱えて盛大に笑い声を上げると、
「そういえばそんな"設定"あったわね」
「……へっ?」
「すっごい昔ね、人間が共に暮らそうって提案をしてきたの。けど、エルフはそれを拒否したのよ」
「何故ですか?」
「うーん、私はまだ生まれてなかったから詳しく知らないんだけど、多分価値観の違いとかソリが合わなかったとかなんじゃない?」
「価値観の違い……ですか?」
よく理解してなさそうなセレナに、クレアは伝わりやすいように補足する。
「エルフって長寿でね、性格が温厚っていうか気楽というか、まったり生きて暮らしているの。でも人間は短命で、急くように一生懸命毎日を生きてるでしょ? それが嫌だったんじゃないかしら。それにエルフは森と共存しながら生活しているから、元々人間の暮らしが合わないのよね。っていうか外の世界に興味無いし。まぁ、私みたいにちょこちょこ人間の街に出る変わり者もいるっちゃいるんだけどね」
「そうなんですかぁ」
「でね、人間からの交渉を断り続けていたら、いつの日かエルフは人間嫌いだって噂が流れたの。だから安心して、里に着いても追い返されるなんて事はないから。それどころか、喜んで歓迎してくれるわよ。『久しぶりの客だ!』ってね」
クレアから本当の話しを聞いて一安心する。これで先行している平太がエルフの里に着いてもエルフから問答無用で追い払れる心配はない筈だ。
胸を撫で下ろしているセレナに、クレアは「あ、そういえば」と何かを思い出すと、
「エルフの里には私みたいな普通のエルフと、肌が黒いのが特徴なダークエルフっていうのがいるの」
「ダークエルフ……ですか?」
「そうよ、エルフと違ってダークエルフの方は考え方が合理的っていうか結構人間寄りなのよね。だからエルフとは離れて暮らしているわ」
エルフの里にはエルフとダークエルフが暮らしている。しかし、性格や考え方が大きく異なるのでので、互いに干渉しないで離れて暮らしているそうだ。
クレアから聞いた話を纏めると、大体そんな感じだろう。しかし、そこでまた一つ疑問が浮上してくる。
「クレアさんは先程自分の事を変わり者と仰ってましたけど、どういう意味ですか?」
「あーそれ? 今言ったように普通のエルフって外の世界に全然関心が無いの。自分達の生まれ育った里が一番過ごしやすい! て感じ? けど私はそれが凄く退屈に感じてね、一人で里から出たの。色々外の世界を周って見て、そろそろ一回帰郷してみるかーって事で今ここにいる感じよ」
「はぁ……確かに変わり者ですねぇ」
「う、うるさいわねっ。それよりセレナはどうなのよ!?」
「ほへ?」
突然話しを振られて戸惑うセレナ。どうって何がどうなのかと困惑していると、クレアが下品に笑って唇を滑らす。
「ヘイタって男でしょ? 男と女の二人旅で何もない訳ないねぇ……そこんところどうなのよ?」
下種な勘繰り。頬を緩まし、ツンツンと指を突っついてきて、ややウザったい感じで聞いてくる彼女に、セレナは「えーと」と少しばかり言葉を詰まらせると、事実を述べる。
「期待してる所悪いんですけど、残念ながらそういうのは無いですねぇ」
「ああそう。でも、今の間は何だったのよ」
「それはですねぇ……そういえば一緒に寝た事もあったなって。ああでも、平太さんってスーパーチキン野郎ですから、全く手は出してきませんでしたけど」
「ん? その言い方だとセレナの方は待ち状態ってこと?」
「いえいえそんな事はありませんよぉ。もし手を出したらグーパンで返り討ちにしてやります」
拳を握るセレナの様子に、なーんだと拍子抜けするクレア。気が高ぶったのか不明だが、何故かシュッシュッとシャドーボクシングをし始めるセレナは続けて、冴えない少年の顔を思い浮かべながら不満をぶちまける。
「平太さんって変態でロリコンなんですよぉ」
「へ、へーそうなんだ(変態でロリコンって超ヤベエ奴じゃん)」
「ずーっと人の胸見てますしぃ、隙あらばドサクサに紛れて触ろうとしてきますし。相手が美人でしたら、戦っている最中でさえあの手この手で触ろうとしますからねあの人は。頭の中エロい事しか考えてないんですよ、どんだけエロ魔人なんですか」
「そ、そうなんだ……」
「それに、小さな女の子を見かけたら明らかにテンションが上がってます。本人は気付いていないようですけど。自分では否定してますけど、平太さんは絶対ロリコンです!!」
「へ、へー(と、止まらない……)」
「後、平太さんって私への扱いが酷いんです。バカだのアホだのポンコツだの言いたい放題ですしすぐにアイアンクローしてきますし。これでも私は女神なんですよ、もう少し労わってくれてもいいじゃないですかぁ!!」
「そっかそっか……ん? (セレナって女神だったの? あっそういうイタい子なのね)」
ドシャ降りの雨の如く、連続で激しく喋り続け、ぜぇぜぇと息を切らすセレナ。そんな荒ぶった彼女を、クレアは聖母のように慈愛に満ちあふれた瞳で見つめる。
そう、全てを察した表情で。
聞く限りによると、ヘイタという男は相当な変態で女にも容赦なく暴力を振るう下種野郎なのが分かる。もし自分がそんな奴と旅をしたのならば、一日と経たず別れてしまうだろう。ただ不思議に感じるのは、クソ野郎であるヘイタとよく今まで旅をしてきたという事だ。
そこん所の疑問を尋ねると、セレナはそっと瞳を閉じ、優し気な声音で言葉を紡ぐ。
「そうですねぇ……多分、"楽しいからなんだと思います"」
「ふーん」
「あの人って悪い所ばかりじゃないんですよ。誰よりも強い力を持っているのに、決してそれを自慢したり私利私欲で使ったりしない。まだ若いのに、物事の善悪をきちんと見定められているのも凄いと思ってます。頼み事をしますと、えーって嫌な顔はしますが、分かったよってなんだかんだ聞いてくれますし。本人は適当に過ごしていますが、いつも注意を払って他人を気遣ったりしてるんですよ」
「ほーーん」
「それでですね、いざって時は頼りになっていつも助けてくれるんです。そんな姿は、不思議とカッコ良く見えちゃうんですよねぇ」
「はーーーん」
「あとあれですね、私が作った料理を美味い美味いと残さず食べてくれるのは、何かこう……凄く嬉しいです」
「へーーーーー」
「……あれ、どうしたんですか? 顔が死んでますけど」
クレアの反応が薄い事に気が付き問いかける。話しがつまらなかったか、それともお腹一杯になってもう眠いのかなと思ったが、どうやら違うみたいで。彼女は深海にも劣らない深いため息を吐き出すと。
「いやね、そんな堂々と恥ずかし気もなく惚気話を聞かされたらこんな顔にもなるわよ」
「ええ!? 私今惚気てましたか!?」
「本人に自覚無し………」
茹でタコのように顔を真っ赤に染めるセレナとは対照的に、クレアの瞳は死んだ魚の如く濁っていて、顔色はアンデットと見間違えるほど真っ青だ。砂糖たっぷりの甘菓子を無理矢理腹に突っ込まれたような話しをされたクレアは、わたわたと慌てているセレナへと物申す。
「自分で気が付かなかったの? 話してる時のあなたの顔、完全に恋する乙女よ。聞いてるこっちが恥ずかしくなったわ。どんだけ好きなのよ」
「うっ……べ、別に好きっていう訳じゃありません」
「はいはい、ツンデレ乙」
勘違いですよぉ! と騒いで言い訳を並べるが、エルフの乙女は聞く耳持たず、手を振りながら軽くあしらっている。すると突然、クレアはセレナに迫ると、ぐへへと怪しい笑みを浮かべて、たわわに実った果実を揉みし抱く。
「みぎゃあ!? な、何してるんですか!?」
「またまた、早くしないと誰かに取られちゃうわよ? この羨ましいおっぱいで誘惑すれば男なんてイチコロなんだから」
「余計なお世話ですぅ! っていうか早く離して下さいよぉ!!」
暗くじめった闇の森に、乙女達の姦しい声が木霊する。
その声音は松明のようで、深淵の森を明るく照らしたのであった。




