ノロケ
「はぁ……はぁ……やるじゃねーか」
「ブル……ブル……」←お前もな、という目。
俺とポチによる死闘は、ついぞ決着がつかなかった。
正面からポチの鬣に触れられれば勝ちという謎の勝利条件の中始まった真剣勝負。
触ろうと手を出すと、すぐ様ポチがガチンと噛み付いてくる。奴の目つきと噛む音は半端ではなく、万が一捕まったりしたら手を喰いちぎられてしまっていただろう。
驚愕したのは、ポチの反応速度だ。不意をついたりフェイントを仕掛けたりとトリッキーな動きでどれだけ揺さぶっても、全てに反応して食いついてくるポチには脱帽する。
正面だけという制限はあるが、それでもこの俺が、一度たりとてポチの鬣に触れられ無かった。
ポチ……なんて馬なんだ。
と、俺とポチがお互いを讃えあっていると、暇を持て余しているリリからお声がかかる。
「遊びは終わった? 早く寝よーよ」
「…………」
遊びじゃねーし、男と男の戦いだし。そういう水を差すような発言は止めて欲しいんだよなー。
…………。
「そうだな、寝よう」
そう言うと、ポチも「ああ」みたいな顔をして横になる。
今になってくると「ああ、俺達なんて馬鹿な事してたんだろ」と無性に恥ずかしさが込み上げてくる。俺はそそくさと、リリの横に敷いてある寝袋に入った。
ふぅ、あったかくてぬくぬくだぜ。これで星でも眺められれば最高なんだけどな。生憎視界は木に遮られて星空を見ることは出来ない。瞼を閉じようとすると、隣から声がかかった。
「ねえ、ちょっと聞いていい?」
「あん? 何だよ藪から棒に」
「アンタの仲間のセレナっていう女の事、どう思ってんの?」
「いきなり何だよ」
「いいから教えなさいよ」
はぁ? 突然すぎて意味分からないんだけど。セレナの事をどう思ってるかなんて、何で俺がリリに言わなくちゃならないんだ。やだよ、と一言で拒否する。するとリリは、早く喋りやがれとポコポコ殴ってきた。
おいやめろ、こっちは寝たいんだよ。痛いっ!? おいこら髪を引っ張るんじゃねえ! ハゲちゃうだろ!
「あーもう分かったから。話すからその手を離せ」
「最初から素直にそう言えばいいのよ」
仕方なく了承すると、ようやく手を離してくれた。ったく、何でそんなに俺とセレナの関係が気になるんだよ。
まあいいか、また髪を引っ張られるのも嫌だし。俺は初めてセレナと逢った時を思い出しながら、言葉を紡いでいく。
「一言で言うなら、あいつはポンコツだな。人に助けを求めておいて自分では何も出来ないし、次から次へと厄介事を増やしていくし」
そういや、この世界に来てすぐに魔物に売られたんだよな。俺が能力使えないって冗談で言ったら、普通に騙されれたし。女神なんだから嘘ぐらい見抜けよ。
「それにすげー金にがめついし、めっちゃ食う」
女神の癖して汚い商売を平気でやるし、その腹の中にどんだけ入んだよってツッコミたくなるぐらい物凄い量のご飯を食べる。
「なんか色々と凄いのね、その女」
「だろ?」
「でも、それだけ不満があるならどうしてセレナって人と一緒に旅してるのよ。嫌にならない?」
「うーん……」
リリの率直な疑問に、思考を働かして考える。すると自分でも気が付かない程、俺の口からスルリと言葉が出てきた。
「"嫌じゃないな"」
「……」
「そりゃあセレナに対して不満を上げたらいくらでもあるよ。でも……」
セレナのバカ面が甦る。
無邪気な顔、美味しい食べ物を食って幸せそうな顔、俺に叱られて泣きそうな顔、誰かを心配する真剣な顔。
うっかり惚れちまいそうな、太陽のように眩しい笑顔。
喜怒哀楽、様々なセレナの顔を思い浮かべながら、俺は続けて、
「"一緒にいて楽しいんだよ"」
「……」
「何が起きるか分かったもんじゃねえけど、それも全部ひっくるめて、あいつと一緒にいて楽しい」
嫌な所は沢山あるけど、それ以上に良い所だって一杯あるんだ。
作る料理はめっちゃ美味いし、底抜けに優しいし、一緒に馬鹿やってるのも楽しいし、胸がデカい(ここ大事)。
俺はリリの方に顔を向け、にししと笑ってこう言った。
「"だから俺は、セレナと旅をしているんだ"」
「……」
純粋な俺の気持ちを聞いたリリは、「はぁ」と大きなため息を吐くと、寝返りをうって、
「はいはい、ノロケありがとうございました。お腹一杯になったから寝るわ、おやすみ」
「ノロケじゃねぇし」
何だよ、自分から聞きたがってた癖にその冷めた反応は。まぁいいか、ガラにもない事言っちまったし、俺も眠たくなってきたし。
瞼を閉じると、俺は10秒もしない内に眠ったのだった。
◇
(やっと寝たわね)
リリは寝袋から這い出ると、隣にいる平太の顔を見下ろし、しっかりと寝ているのを確認する。
「はぁ……余裕でイケると思ってたんだけど、案外ガード高いのね、コイツ。それに、あの女神との仲も悪くないし」
憎々し気に愚痴を溢す。
平太とセレナが離れた刹那、すぐさま仕掛けを施した。空中に漂う魔力の流れを強引に捻じ曲げ、女神から発せられる音を遮断させる。自分の存在に畏れをなして近寄って来ない魔物を誘惑し、女神に襲わせる。エルフに変身し、自分にも襲われるよう見せかけ、平太に助けて貰う。
ここまでは完璧、驚くほどすんなり事が進んだ。
しかし、ここから思い通りにいかない。
どこの誰か、知らないエルフに偶然助けられて女神はこっちに向かってきているし。
変態スケベエロガキと馬鹿にしていたが、平太は己の魅惑のボディに全く手を出してこない。ボディタッチをして意識させてみても効果は無かった。
「何よコイツ、玉無しなんじゃなの?」と内心では煮えくり返ったぐらいだ。
こうなったら女神との仲を引き裂いてやろうと思い「そんなに嫌なら、あんな女放って置いて、アタシと楽しい事しない?」と殺し文句を言ってオトそうとしたが、その前にノロケられたので断念した。というかウザかった。
この男は自分で気づいてないかもしれないが、かなり女神の事を意識している。会話の中で、それはひしひしと感じられた。この二人の仲を引き裂くのは難しい。
ならば。
「ワタシの力で、正面突破でオトしてあげるわ」
ダークエルフとは仮の姿。
本来の自分の姿はサキュバス。
サキュバスとは、人の夢に介入し果てるまで精を吸い取る淫魔だ。
単純な力比べはきっとこの少年に勝てはしないが、サキュバスの能力を行使すれば余裕で勝てる。しかも相手は無防備で気持ち良さそうに寝ている。楽勝も楽勝だ。
「イイ夢見させてア・ゲ・ル」
蠱惑に笑うリリは、平太の額にそっと手の平を置く。
そして、彼の意識に介入しようとした、その時。
(ちょっ待って、何これ。熱い! 痛い! 力が逆流してきて――)
「いぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
悲痛な絶叫を迸らせ、リリは気絶したのだった。




