逮捕
「……何してんだこいつ」
翌朝目覚めたら、リリが死んだカエルのような格好で寝ていた。
寝袋から出ちゃってるし、寝相が悪いのも酷すぎないかこれ? 風邪ひいちまうぞ。
「おーい」
と声をかけても全く反応が返って来ない。よく見たら白目剥いてるしピクピクと痙攣してるみたいに体が震えているし、唇からだらしなく涎が垂れていた。
……おい、死んでねえよな。
急いで確認すると、ちゃんと息をしている事が分かって安心する。けど、一体何故こんな状態になったのだろうか。夜中に魔物に襲われちまったのか? とりあえず起こすか。
「おい、起きろー」
肩を揺さぶる。しかしリリはそれでも起きなかった。
そこで俺は、ふと、ある事に気が付いてしまう。
あれ……? 今ならおっぱい揉み放題じゃね。
「ごくり」
すぐ目の前には大きくて張りのある、けれども触ったらきっとマシュマロよりも柔らかく素晴らしい褐色の巨乳がある。
気付いてしまったらもう敗けだ。雄の本能には何人たりとも抗うことは不可能。
俺は花の蜜に誘われる蝶の如く、右手をおっぱいへと近づけた。
――その時。
『ダメですぅ!!』
「――ッ!?」
突然脳内に、天使の衣服を身に纏ったセレナが険しい表情で引き留めてきた。
その瞬間、俺の手がビタッと寸前で止まる。
ま、まさかこのセレナは、俺の中にある良心が生み出した幻影なのか? 天使セレナが、俺の脳内で強く語りかけてくる。
『寝込みを襲うなんて言語道断ッ! 最低なゲス野郎のすることですぅ! 平太さんはそこまで外道に堕ちるつもりですか?』
そ、そうだ……。
俺はなんて馬鹿な事をしようとしていたんだ。寝ている女性のおっぱいをこっそり揉もうとするなんてクソ野郎じゃねえか。
ありがとうセレナ、危うく道を踏み外す所だったぜ。
脳内の天使セレナにお礼を告げながら、伸ばした右手を引っ込めようとした。
――その時ッ!!
『おいおい平太さんよぉ、男ならイッとくべきなんじゃねえのか? 何をセレナ如きにほだされてんだよ』
……お前は、俺だと? 脳内に新たに現れたのは、ゴキブリタイツを着た俺だった。
うん分かる……こいつ絶対俺の悪心だわ。見るからにそうだよな。
『なあ相棒、そこに大好きなおっぱいがあるんだぜ? ガツンとイッたれよ。なぁに、幸いリリの眠りは深い、ちょとぐらいバレやしねぇって』
「ぐっ!?」
ゴキブリ平太が耳元で悪魔の言葉を囁いてくる。その言葉は余りにも甘美で、俺の決意をドロリと溶かしていった。
そして、引っ込めようとした右手が、再び動きだした!!
『ちょっ平太さん! 悪魔の言葉に耳を貸しては駄目ですぅ、心をしっかり持って下さい! 負けちゃダメですよぉ!!』
『うるせえぞ天使が! ポンコツは引っ込んでろ!』
『きゃあああああっ!!?』
勝負は決した。残酷なまでに、せめぎ合う事もなく一瞬で。
(悪いなセレナ、俺はイく!)
「平太、いっきまぁーーす」
本物のセレナに謝罪し、今度こそ至宝へと右手を伸ばした。
――その時!!?
「う、う~~ん……」
「おっとぉぉおおおお!!? ここここら~蚊が煩いなぁ~もお~あっちいけよ~あはは」
くっそ、起きちまった! あともう少しだったのに……天使セレナが邪魔さえしてこなければ今頃は!!
「あー頭痛った。たく何なのよもう……ん? アンタ何してんの、その手は何?」
「ッ!? い、いや別に、何も? してないけど? リリこそどうしたんだよ、そんな所で寝てて。なんかあったのか?」
「ッ!? い、いや別に、何も? してないけど? 寝袋が暑かったから外で寝ようとしただけだし?」
「そ、そっか、あはは」
「う、うん、えへへ」
「…………」
「…………」
「……出発するか」
「……そうね」
俺達はギクシャクしながら、お互いに深くは聞かないで準備を始めた。何となく、そんな空気だった。
「ブワ~~ワ」
すぐ近くで、ポチが大きな欠伸をしていたのだった。
◇
「着いたわよ」
「えっ? 何も無いんだけど」
朝の気まずい出来事は無かったことにして、俺達は再びエルフの里へと出発した。
昼になった頃、リリの足が不意に止まった。彼女が言うにはエルフの里に辿り着いたようである。
が、俺は首を傾げた。だって視界に映る光景は今までと変わらないままだったのだから。
意味が分からないよーと目でアピールすると、リリは「見てなさい」と悪戯が成功した子供のような笑顔を作り、
「よっ」
右手を翳した。その刹那、ビシィィィィ!! と電流が走ったような甲高い音が鳴り響く。
「うおっ!?」
「ブルッ!?」
俺とポチが驚愕の声を上げた。
空間が歪み、霧が晴れ、見ていた景色が一変する。
聳え立つ巨大な木々が連なり、太い木の枝の上には住宅みたいな建造物が建っていて、木と木の間にはハシゴがつるされている。それはまるで、森と共存した村の風景だった。
更に言えば、とにかく明るい。ずっと暗い森を進んできたのに、この場所だけ明るい。っていうか、どう考えても太陽の光で、木の葉が光に反射し輝いていて美しい。
この里だけ迷いの森から隔絶され、別世界のようだった。
幻想的な風景に目を奪われ圧倒されていると、リリが得意げな表情で、
「どう? ここがエルフの里よ」
「どうって聞かれても、すげーの一言しか出て来ねぇよ。なぁポチ?」
「ブル」
同意を求めると、同じ気持ちなのかポチも首を縦に振った。俺が評論家だったなら、無数の言葉を用いてこの里の凄さを伝えられるのだが、残念ながら数が乏しい語彙力ではすげーとしか言いようがない。ごめんね。
つーかその前に、何でエルフの里は見れないようになっているんだろう。気になったのでリリに問いかけてみる。
「なぁ、どうして急に見えるようになったんだ?」
「それはね、エルフは外敵から見守る為、里に強力な結界を張ってあって、その結界を解除したからなの」
「解除って……里を丸ごと囲む結界を解除したのか? すげーなお前」
「ううん、褒めてくれてる所悪いけどそれは勘違い。実際は結界の端の一部を解除したのよ。アタシ達が通れるぐらいの大きさだけ」
「へー」
それでも大したもんだと思うんだけどな。
「じゃあこっから里の中に入るのか?」
「うん、そうなんだけどね……」
そこで一旦リリが言葉を区切る。どうしたのか気になった俺が続きを促そうとした時、
「ん?」
ガサガサガサッ! と茂みが大きく揺れ、何かがこちらに近づいてくる。それも一つじゃない。3……4……6、迫る気配の数を数えていると、あっという間に囲まれてしまった。
「貴様等何者だ!?」
「いやこっちが聞きたいわ」
俺達の前に現れたのは、武装したダークエルフだった。そう決めつけたのは、6人いるエルフ達の姿がリリとそっくりだったからだ。パッと見、男4人女2人か。
銀髪もいれば黒髪の奴もいる。今のところ髪の色は2色だけか。
って余裕ぶっこいて観察している場合じゃない。だってこのダークエルフ達剣とか槍とか弓を翳しながら恐い顔して怒鳴ってくるんだもん。これは早く誤解を解いた方がいいな。
「何故人間がこんな所にいる!? 答えろ、さもなくば殺してやるぞ」
「ちょっと待て、俺は平太、人間だ。実はエルフの里に用があってここに来たんだ」
「何だと……? ではどうしてこの場所が分かった。ここはエルフしか知らんのだぞ」
「あんたらの仲間のリリってダークエルフに案内してもらったんだよ」
「リリ……? 知らん名だな。そのダークエルフはどこにいる?」
「は? 何寝ぼけた事言ってんだよ。リリならここにいるじゃん。なぁリリ?」
………………。
…………あれ?
「リリさん? おーいリリさんやー……」
リ リ が い な い
「ふざけてるのか!」
「ちょ待って! おいポチ、リリの奴どこ行った!?」
「ブ、ブルル……」←知らないという目
おいマジかよ! リリの奴どこ行っちまったんだ!?
「謀ったな貴様!!」
槍を向けて怒鳴ってくるダークエルフの女性に、俺は慌てて弁明する。
「ほ、本当だって! 本当にリリっていうダークエルフがいたんだよ! 今はいないけど……」
「百歩譲って貴様の言い分が真実だとしよう。だとしたら何故貴様は結界を強引に破壊したのだ、解除すれば良かったではないか!」
「えっ破壊!?」
どういう事だってばよ! リリは結界を解除したんじゃないのか? 話しが違うじゃねえか。
「怪しい! おい、このくせ者を牢屋に連れて行け!! 幻闘祭も近い、【ヒンヌー族】の手の者かもしれん」
「「はっ!!」」
「おいこら、離せ! 俺は無実なんだ、信じてくれよぉぉおおおおおおおおっ!!!」
「ブルァアアアアアアアッ!!!」
俺とポチによる必死な訴えも聞いてもらえず、俺達はダークエルフ達に連行されてしまったのだった。




