エルフのクレア
どうしようか途方に暮れていると、リリが事情を聞いてくる。俺は掻い摘んで今の状況を説明した。
「仲間とはぐれちゃったんだね……」
「ああ、だから捜さないといけないんだが」
「ヘイタ達はエルフの里に向かってたんだよね。それで、セレナって人は里までの行き先を知っている」
「まぁそんな感じだ」
厳密に言うとちょっと違うんだが、同じようなものなので肯定すると、リリはポンと手を叩いて「だったらさ」と言い続けて、
「里に行ってみればいいんじゃないかな? その方が会える可能性が高いと思うよ」
「いやでも、俺はエルフの里の場所を知らないんだ」
「それなら大丈夫、アタシが知ってるから。というかアタシの行き先も里なんだ」
何ですと? それは本当か。
「ホントホント、見ての通りアタシエルフじゃん? 数年ぶりに仲間に会いに行きたかったの。助けてくれたお礼に連れて行ってあげるよ!」
「んーそうかぁ」
首を捻って考える。リリの提案は渡りに船っていうかマジで助かるんだけども、果たしてセレナが一人で里に辿り着けるかが問題なんだよな。
……うん、多分無理だな。
といっても、闇雲にセレナを捜したからって見つかるとは限らないしな。
あいつが居なくなってからずっと気配を探っているんだけども……この森、変な力が干渉しているのか上手く気配を探れずにいる。
「一度この森ではぐれると、会う事は出来ないと思うよ。彼女を信じて里に行くのが得策だと思うんだけどなぁ」
「……だよなぁ。ポチ、それでいいか?」
「ブル」
確認を取ると、ポチは「ええで」という目で頷いた。
あれおかしいな、なんか段々ポチが何を言っているのか理解出来るようになって気がするような。……気のせいだろ、うん。
「じゃあリリ、悪いけど道案内頼むよ」
「うん、任せておいて! その代わり、さっきみたいに魔物が出たらよろしくね」
「おう」
俺達はエルフの里へ向けて出発する。
あんなんでも一応女神だ。セレナなら地力で何とかするだろう。偶にはあいつを信じてやるか。
……………………。
……心配だなぁ。
◇
時は平太とセレナが別れた頃にまで遡る。
突如おしっこをしたくなってしまったセレナは、平太に少しの間離れると告げる。その際、彼の無慈悲な意地悪によって女神としての尊厳をかなり失ってしまった。
……元々有って無いようなものだが。
「全く、平太さんは変態すぎますよぉ」
平太の変態には困ったものである。本当なら余り離れてはいけないのだが、セレナは行為の時の音を万が一にも聞かれたくないので若干離れた所にいる。ちょっと警戒し過ぎかもしれないが、平太が隠れて音を聞いているかもしれないと思うと仕方の無い事だった。
そう。あの変態魔人なら、平気でやりかねないのである。
「カッコイイ所もあるにはあるんですけどねぇ」
いつも頭の中はエロい事ばっかりだし、怒ってばっかりだし、ヘタレだし、全然自分を女神扱いしてくれないけど。
歳に合わない大人な雰囲気を醸し出す時があって、偶に優しくて、いざっていう時に頼りになって、やる時はやる男だ。
ここまで一緒に旅をしてきて、恐らく自分はあの冴えない少年を、ほんの少しだけ好きになっている。最初はこんな男の子で大丈夫かと不安を感じたりもしたが、今では彼で選んで良かったと、心からそう思えるセレナだった。
「ふぅ」
行為を無事に済ませたセレナがパンツをたくし上げていると、突然ガサコソと茂みが揺れる。
「――ッ!?」
ビクッと肩が跳ね上がる。まさかヘイタがこっそりついて来ていたのか。もしそうだったら今回ばかりは許す事は出来ない。正座させてキツく説教する必要がある。覚悟しろ変態魔人と鬼の形相で茂みを睨んだ。
が。
「もう平太さん! いい加減にして――」
「ガウッ!!」
「……くだ……え?」
茂みから現れたのは、平太ではなかった。
黒い巨躯に、鋭い爪、くりっくりのお目め。どう見ても、森の熊さんだった。
「これはクマりましたね。熊さん、私はもう用が済んだのでこれにて失礼しますね。では」
「ガオォォォオオオオオッ!!」
「ですよねーーーーーーー!?」
ノリで乗り切ろうとしたのだが、そう甘くはなく。黒い熊は吠えると、顎を大きく広げて襲いかかってきた。
「いやぁあああああ来ないで下さいぃぃぃ!!」
涙目のセレナはくるりと踵を返してその場から逃げ出す。そして絶叫。
「ヘルプミーーーー!! 助けて下さい平太さーーん!!」
必死に助けを呼ぶが、平太が来る気配が一向に無い。声が聞こえないのだろうか。警戒して遠目に離れたのが裏目となってしまった。それに、冷静であったならば平太が待っている方向へと逃げ出すのだが、熊から追いかけられ焦る彼女は闇雲に森の中を逃げ回ってしまっていた。
「あだっ!」
木の根に足を引っかけ転んでしまう。痛いですぅと泣き言を溢しながらも慌てて起き上がるが、既に時遅し。熊はもう眼前にまで迫っていた。セレナは熊を見上げると、両手をこすり合わせて命乞いをしてみる。無駄だと思うが。
「熊さん熊さん私美味しくないですきっとお腹壊しますだから見逃して下さいお願いしますぅ!!」
「ガァァアアアアア!!」
「いやぁあああああ!!」
魔物に話しが通じる訳がなく、熊は涎を撒き散らしながらセレナへと爪を振るった。
と、その時。
「伏せて!」
凛とした声音が森に響き渡る。
声の指示に従い、セレナは勢いよく頭を下げる。すると、ドスン……と突如熊が倒れた。困惑するセレナが閉じていた瞼を開けると、熊の後頭部に深々と矢が刺さっていたのだ。
「危機一髪だったね」
「ふぇ? あ、あなたが助けてくれたんですか?」
木の上から華麗に降りてくる目見麗しい女性。彼女が手を差し伸べてきたので、恐る恐る掴むと起き上がらせてくれた。
(ほへ~綺麗な方ですねぇ。あれ、耳が長い……もしかして)
助けてくれた女性を間近で見て感嘆の息を漏らす。
鼻が高く、顔の輪郭はスッとしていて。瞳は碧く、靡く長髪は黄金のように明るく暗い森の中でもひときわ輝いている。
胸は絶っぺ……余り大きくはないが、手足が長く筋肉も程よく引き締まっており、女性が羨む体型だ。
何と言っても彼女の見た目で一番特徴的なのは、横に長く伸びた耳だろう。
森の妖精。
彼女は、平太がぜひとも見たいと願っていたエルフだった。
ぼーっと見惚れていたセレナはハッと、まだきちんとお礼を伝えてない事に気づくと、慌てて頭を下げる。
「助けて頂いてありがとうございました」
「そんな改まって言われることでもないわ。それよりあなた、こんな所で何してるの? 人間っぽいけど、ここは人間が近寄らない森よ。知らないで入って来ちゃったの?」
「ええーと……実は」
セレナはこれまでの経緯を説明する。
エルフの里に行かなければならない事。突然魔物に襲われて、仲間と逸れてしまった事。話し終えると、エルフの女性は「あちゃー」と金色の前髪を掻き上げると、
「この森で逸れるのはヤバイわね。私ですら、この森を完璧に把握してる訳じゃないし。会えない可能性の方が高いわよ」
「それなんですけど、私は植物と話せる能力があるので、平太さんを捜せると思うんです」
「ほーお、それが本当なら凄い力ね! うん、それなら助けられるかも。じゃあさ、私も一緒について行ってあげるよ」
「えっ」
彼女の提案に驚きの声を上げるセレナ。
一緒に来てもらうのは非常に助かるが、それでは彼女に迷惑をかけてしまうのではないか。その事を伝えると、彼女はクスッと微笑み、
「ふふ、いいのいいの、気にしないで。私もエルフの里に向かってる所だったし。あなたを一人にしておくのも不安だしね。ここで出逢ったのも何かの縁よ。気にせず任せなさい!」
「ありがとうございます、とても助かります」
「クレアよ、よろしくね」
「セレナです、よろしくお願いしますですぅ」
握手を交わす。
危うく迷子になりかけたが、腐っても女神、運だけはまだあるようだ。セレナとクレアは、早速平太を捜す為にも森を歩んだのだった。




