忘れられたポチ
「ぅう……いやじゃいやじゃ! ヘイタとセレナと離れたくないんじゃー!!」
贅沢な夕餉を堪能した次の日。
旅仕度を済ませた俺達は、帝国を旅立とうとしていた。しかし、突然ミリィがグズリ出してしまい旅立てないでいる。りんごのように顔を真っ赤にして泣き喚いているミリィは、絶対離すもんかと、俺の腰元に抱き着いていた。
……さて困ったぞ、どうしたもんかな。
「なぁミリィ、離れたくないのは分かるが、ヘイタ達を行かせてやるんだ」
「いやじゃもん! お姉様から何を言われおうとも、わらわは絶対に離れんぞ!」
エリザさんが助け舟を出してくれたが、ミリィは頑なに拒否し続ける。姉であるエリザさんが諭しても駄目か……。余り嘘は吐きたくないんだが、この方法でいくか。
「なぁミリィ、俺と約束しよう」
「や……やくそく?」
ああ、と頷くとミリィの頭の上にそっと手を置く。
「ミリィが大きくなって、エリザさんみたいなナイスバディな女性になったら、必ずまた会いに来る」
「……ほんとうか?」
「ああ、本当だ。俺は嘘は吐かない男だからな」
「いいんですか?そんな果たせない約束しちゃって(ボソ)」
「子供はそうやって大きくなるもんなんだ(ボソ)」
俺もガキの頃、近所に住んでいた凄く綺麗なお姉さんにそんな感じの事を言われた。そのお姉さんはもう結婚しちまったけどな。さらさらな紅い髪を撫でながら言うと、ミリィはゆっくりと俺から離れた。そして、潤んだ瞳で見上げてきて、
「わらわがお姉様みたいになったら、ヘイタはまた会いにきてくれるのじゃな?」
「勿論」
「わかった……ヘイタ、少しかかんでくれなのじゃ」
ゴシゴシと涙を拭いたミリィは、そんな頼み事を言ったきた。言う通りしゃがみ込み、彼女の目線に合わせると、
「んむー」とほっぺにチューしてきたがった。目を見開いて驚いていると、
「わらわは将来、ヘイタのお嫁さんになるぞ!」
「……そっか、じゃあ早く大きくなれよ、いつまでも待ってらんねぇからな」
「うむ!」
花が咲いたような満面の笑で頷くミリィ。
と、その姉であるエリザさんも俺に近づいてくる。
「ヘイタ、目を瞑れ」
「へ?」
「いいから」
「は、はい」
いきなり何ですかって返したかったのだが、有無を言わさぬ勢いだったので仕方なく瞼を閉じる。すると、頬に熱く柔かい感触が残った。それはミリィがしたチューとは逆の頬で。
あれ……これってキスだよね?
恐る恐る目を開けると、エリザさんがしてやったり顔を浮かべている。
「私もミリィに負けてられんからな」
何にですか。
「気が向いたらいつでも来てくれ、両手を広げて出迎えてやる」
エリザさんはそう告げると、セレナの方に顔を向け、険しい表情で口を開く。
「ヘイタを任せた」
「…………」
「私はピンク色の髪をした女が嫌いだ。いつも私の邪魔をしてくるからな」
そういえば、以前ミリィが『ピンクは淫乱じゃから近づくなとおねえ様が言っとった』みたいな事を口にしていたような。なんだろ……ピンク髪の女に恨みでもあんのかな?
「その事には目を瞑ろう。その代わり、ヘイタを頼んだぞ」
「……はい」
短い言葉を交わす二人の顔は真剣そのもの。でも俺の事をセレナに任せるってちょっとおかしいよな。普通逆なような気がするんだが。ってか昨日からこの二人の意味深なやり取りは何なんだろう。よう分からん。
「なんか知らないけど、話しが纏まったんなら行くとするか」
「そうですね、行きましょう」
踵を返す。エリザさんとミリィに別れの挨拶をした俺達は、帝国を旅立つのであった。
「あれ、なんか忘れている気が」
「そうですねぇ、私も引っかかってます、何でしょう? うーん」
………………………。
「「……あ、ポチ」」
◇
「ポチー、機嫌直して下さいよぉ」
「悪かったって、そんな不貞腐れるなよ」
「……ブルッ(ぷい)」
必死に宥めるが、ポチ(馬)は一向に聞き耳持たず「言っておくけど、オコだかんな」みたいな態度を取り続ける。ずっと謝っているのだが、ポチの機嫌は中々良くならない。
そう。
俺達は、宿屋に預けたポチの存在を今の今まで完璧に忘れていたのだ。ミリィをエリザさんの所に連れて行ってから魔王軍との戦争が終わるまで、俺とセレナは一度もポチの様子を見に行ってない。恐らく、1週間以上ほったらかしていると思う。
そりゃあ怒るのも無理はない。誰だって待ちぼうけを喰らったらキレるさ。俺だったら確実にブチ切れているだろう。
馬にだって感情がある。しかもポチの場合、他の馬と違って人と変わらないぐらい感情が豊かだ。きっと、待っている間は心細く寂しかった筈だ。
幸い、宿屋の店主がポチの面倒を見てくれたから少し安心した。ポチの体躯がやせ細っているなんて事はない。食事はしっかり取っていたようだ。
だからといって、笑って許される訳じゃない。
誠心誠意、謝らなければならない。
だって俺達はもう、仲間なのだから。
「ごめんなさいねぇポチぃ、許して下さい」
「ブルル(パフパフ)」
セレナがポチの頭を抱きしめながら謝罪していると、ポチはその巨乳に顔を埋めて至極ご満悦な表情をしている。
……おいエロ馬、お前ただエロい事したいだけだろ。本当はそんな怒ってねぇだろ。
(……いやいや、今回は俺達が悪い)
首を振って否定する。
そうだ、ポチは寂しさを埋める為に甘えてるだけなんだ。可愛い奴め、こうなったら俺も目一杯甘やかしてやるかな。
「ごめんなポチ。お前の大好きなニンジンもどきをやるか――」
「パク、ゴリゴリガリガリ」
「……(ピキ)」
大好物のニンジンもどきを食べさせて上げようとしたら、俺の手ごと口に含みやがった。しかもめっちゃ勢いよく噛んでるし。
……駄目だ俺、キレるな。ここは我慢だ、必死に耐えるんだ、俺よ!
「ブァーークションッ!!!」
「………………(ピキピキ)」
ポチが大きなクシャミをする。咀嚼していたニンジンもどきの残骸が、俺の体に噴きかかった。
…………………………。
「お、怒っちゃ駄目ですよ平太さん! ここは耐えて下さい!」
セレナの言う通りだ。ここで怒ったら元も子もない無い。
大丈夫、この程度じゃキレない。クールだ、クールになるんだ。
「くっちゃくっちゃ……ぺ……(まずい、もう一本!)」
「上等だドチクショー!! テメエこのクソ馬、今度こそ許さねえ!! 馬刺しにして食ってやるッ!!!」
何が仲間だッ、ご主人様に対してふざけた態度取りやがって、ぶっ殺してやる!!
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