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奮戦




「お待ち下さいエリザ様! そのお体で戦うの無茶です、お止め下さいッ!」


 部屋から飛び出て行こうとするエリザを、声を張ってアルメリアが止めようとする。普段冷静で取り乱すことのない彼女が、ここまで声を荒上げるのは珍しい。

 それも、主君であるエリザに向かってなど、初めてかもしれなかった。


「止めるなアルメリア。私が行かなければ、帝国が滅んでしまう。ピエールの騒ぎで国が混乱する中の魔王軍の侵攻。まともに軍を編成出来ず、その場しのぎで必死に兵達が耐えているのだ。ガストンとウィルが踏ん張ってくれているが、それも時間の問題。ここで私が出なくて、どうするというのだ」

「……で、ですが」


 アルメリアは主の体を見つめながら、弱々しく呟く。

 エリザの体は多くの包帯が巻かれ、目を背けたくなるような痛々しい姿だった。


 ピエールの件から一週間昏睡状態に陥り、目覚めたのは今しがた。

 回復魔法で重傷以外の表面的な傷は治ったが、クラインの剣によって体に蓄積されたダメージは治りきっていない。


 起きたばかりのそんな状態で戦場に向かおうなどと、土台無謀な話しだった。


 だが、エリザは足を止めない。アルメリアの静止を受け入れる事は出来なかった。


 自分の体は自分がよく分かっている。

 満足に動けないことも、途中でぶっ倒れるかもしれないと理解している。


 それでも、己は行かなければならなかった。


 何故ならエリザは、民を守る王なのだから。


「この体は、私の油断が招いた種だ。皆が戦っているのに、寝ていることなど出来ないし、私が許さない」

「……エリザ様」

「ここで帝国が滅んだら、何の為に私は王になった。何のために父を殺したのだ。私は戦う、大切な者を守るために」


 真紅の眼光には、決死の覚悟が宿っていた。

 その目は、例え自分が死んでも守ると訴えているようで、これ以上アルメリアがとやかく言っても無理だろう。


――ならば、


「私がエリザ様を守ります」


 己も覚悟を決める。

 もう二度と、主君を危険な目に合わせたりしない。迫り来る魔の手は、全て自分が追い払う。

 この命を犠牲にしてでも。


「アルメリア、お前も重傷の身ではないのか?」

「いいえ、私は平気です」


 彼女もジドに軽くない傷を負わされたが、エリザほど酷くはなかった。

 運が良かったのか、それともジドの慈悲によってなのかは不明だが、全回復とまではいかないが十全に動けるまでは回復している。


「そうか、ならば共に戦ってくれ、アルメリア」

「はい、どごまでも」


 アルメリアが頷いたのを確認すると、エリザの体が炎に包まれた。バトルドレスに換装した彼女は、大剣を握りしめる。


「そういえば、ヘイタはどうしている?」

「セレナ様とミリィ様と一緒にいるはずです」

「……あいつには、世話になりっぱなしだな」

「また、胸を揉ませろと要求してくるかもしれませんね」


 エリザは「違いない」と苦笑すると、背中から燃え盛る翼を生やし、部屋の窓から飛び立つ。

 彼女の後を追うように、アルメリアも踵を返すのであった。





「お、ぉおおお!!?」

「数が多すぎる、止めきれん!!」

「踏ん張れ! ガストン様とウィル様が懸命に戦っているのだ。ここで我等が踏ん張らねば、誰が帝国を守るのだ!!」


 帝国城壁周辺で、兵士達による奮戦が繰り広げられていた。荒れ狂う戦場に、彼等の怒号が飛び交う。


 魔王軍はもう既に帝国の門前まで侵攻していた。四騎士のガストンとウィルが、最前線で孤軍奮闘してはいるが、それでもこの大波の勢いが衰えることはない。


 ピエールの一件で、兵士達が混乱している中の魔王軍襲来。

 帝国中の兵士をかき集め、急ピッチに編成した部隊では、足止めするのが関の山だった。


 倒せども倒せども這い上がってくる骨の軍隊に、兵士達は一人また一人と力尽き、次々と骨の海に呑まれていく。



「隊長ッ! 一旦引き下がりましょう、もう持ちません!」

「馬鹿もん! どこに引けというのだ! 我々の後ろにあるのは帝都ぞ! 我等が引けば、誰が門を守るのだ!?」

「で、ですが……」


 ボーンナイトを斬り伏せると、軍隊長は弱音を吐く兵士に一喝する。


「引きたければ勝手に引けッ! だがその前に、この門の中にいるのが誰なのか、今一度思い出してみろ!」


 怒鳴られる兵士は、一瞬だけ背後を振り返る。そして、震えた声音で呟いた。


「か……家族です」

「そうだ。恋人、友人、家族、貴様の愛する者が、この中にいる! それを見捨てることが出来るのならば、何処へども消えてしまえ! 失いたくないのら、這ってでも戦うのだ!!」

「た、戦いますッ!!」



 涙を流しながら戦う兵士に呼応し、他の兵士達の士気も上がり出す。

 皆に負けじと、軍隊長も剣を振るい続けた。


 と、その時だった。


「……あ……ぁ」


 足が躓き転んでしまった兵士に、プリズムゴーストが空から魔法を放とうとしていた。その光景を視界に入れた軍隊長は、


「くっ、間に合え!」


 と重く鈍い足を持ち上げる。プリズムゴーストが氷のツララを撃ち出したのと同時に、軍隊長は兵士を突き飛ばした。


「ぐ……はっ!」


 氷のツララが、軍隊長の脇腹を貫いた。吐血する軍隊長へと、庇われた兵士が駆け寄る。


「た、隊長っ! ど……どうして!」

「馬鹿者……敵を前に立ち止まるではない、いつも言っておるだろう」

「た、隊ちょ……!!」

「さあ、早く行け。敵は待ってはくれんのだぞ」

「ですがッ!!」


 その時、軍隊長と兵士を襲ったプリズムゴーストが、二人に向け再び魔法を放とうとしている。

 それを薄目で眺める軍隊長は、胸中で無念の言葉を呟いた。


(……これまでか)


 瞼を閉じ、死を受け入れる。

 そして、プリズムゴーストが氷のツララを放った。



――その刹那、紅蓮の炎が空を埋め尽くした。




百八炬火ひゃくはちたい




 燃え盛る百八本の首が、蠢く亡者共を焼き尽くす。その膨大な熱量は一瞬にして骨を溶かし、灰すら残らない。


 その光景は、神が放った怒りの劫火のようにも思えた。


「……こ、これは」


 瀕死の軍隊長が、アンデッドが焼き尽くされていく光景を見つめ、驚愕の表情で呟く。誰もが、この神秘的な出来事に目を見開いた。


 そんな中、空から一粒の火の粉が舞い落ちてくる。それは、炎の翼をはためかせる、紅い天使だった。


「兵士達よ!」


 聞こえる。

 力の籠った、魂に響く声が。


「私が、来たッ!」


 現れたのは、帝国を統べる王。『暴姫』と恐れられる、最強の王。


「エリザ様!」

「え、エリザ様だッ!」

「エリザ様が来てくれた!!」


 兵士達が、次々に「エリザ様」と唱える。絶望で彩られていた彼等の目に、希望の光が宿った。


 兵士達を見下ろすエリザは大剣を掲げ、戦場に轟く声量で兵士達に語り掛ける。



「兵士達よ、よく耐えてくれた! 心から礼を言おう、お前達は帝国の誇りだ!」


「だが、まだ敵は多く存在している。私だけでは、勝利することが出来ん!」


「だからどうか、今一度お前達の力を貸して欲しい!!」


「私と共に……戦ってくれッ!!!」



 魂の叫び。

 彼女の熱き想いは、兵士達の胸にしかと届いた。

 皆が一斉に、剣を掲げる。大地が震えるような、鬨の雄叫びを上げた。



「「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」



 兵士達は士気を取り戻し、息を吹き返していった。


「隊長……」

「ああ、神はまだ、我等を見捨てていなかった」


 兵士に背中を支えられる軍隊長は、神々しいエリザの姿を見上げ、小さく呟く。


 まだ終わらない。女帝がいる限り、帝国は負けない。


「……ふっ」


 そんな兵士達の姿を見て微笑を浮かべるエリザは、襲いかかる低級ゴーストの群れを一振りで屠ると、遥か先に犇めく亡者の群れを睥睨する。


「アルメリア、私は空から奴等を焼き尽くす。地上は頼んだぞ」

『お任せください』


 魔法による念話で要件をアルメリアに伝えると、エリザは炎の翼を翻し群れへと突っ込んでいく。

 そんな彼女の姿を地上から眺めているアルメリアも、後を追うように続いたのだった。

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