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ロリコン




「「――ッ!!」」


 クラインがエリザに、ジドがアルメリアへと迫る。


「オラァッ!」


 まず先手を打ったのはクラインだった。数歩ばかりでエリザに肉薄すると、下段からの斬り上げを放つ。


「くっ!」


 対する彼女は後退する事で剣先を躱すが、前髪を切られてしまった。

 予想以上に速い。ほんの少し回避するのが遅れていたならば、顔から鼻が切り取られていたことだろう。

 エリザの額から、一筋の冷や汗が流れ落ちた。


「ハハッ! 何驚いてんだよ王様、まだまだこんなもんじゃねえぞ!」


 さらに踏み出し、怒涛の剣戟を繰り出してくる。エリザはそれを受け止め、時には受け流しているが、防御一辺倒で反撃する気配が全く無い。


 いや、反撃しないのではなく、"出来なかった"。


(……こいつ、これ程までにッ)


 エリザは魔法だけではなく、剣技でも己を高め生きてきた。それは、誰にも負ける事はないと自負するまでに。

 なのに、なのに――、


(手が出せない!?)


 クラインの剣の実力は、彼女の予想の範疇を優に超えていた。

 激流の如く荒々しい剣の連撃に、つけ入るスキはどこにも見当たらない。勢いは衰える事が無く、少しでも反撃を試みようとしたら、一瞬で首を持ってかれてしまう。



「アンタは勘違いしていたのさ! 他者に追随を許さない魔力を持ち、全てを薙ぎ払える魔法によって一度たりとも敗北を味わった事がないアンタは、剣技でも自分が一番だと思ってやがる!」


 クラインは言った。主君に牙を向け、それは驕りだと。


「アンタが魔力を使わないで、俺達四騎士と戦ったことがあったか?」

「う……ぐっ!」

「無ぇんだよ!少なくとも俺は戦った事はないぜ。なのにアンタは剣で俺に勝てると思ってやがる、こりゃあ傑作だな」


 クラインの剣先がエリザを捉えだす。彼女の服が切り裂かれ、柔肌から鮮血が飛び散った。


「ガストンのおっさんとウィルのガキは知らねえが、アンタの剣は俺とジドに遥かに劣る」

「ハァ……カハ……」

「戦争をしたくねぇなんて甘っちょろい事をほざいている腑抜けが、俺に勝てる訳ねえんだよッ!!」



 クラインの放った渾身の一撃が、エリザの左肩を斬り裂いた。





 一方、アルメリアとジドの戦いも、ワンサイドゲームな戦いとなっていた。


「まだ隠し持っている芸があるなら、出し惜しみはしない方がいいぞ」

「はぁ……はぁ……ぺっ」


 アルメリアの体は既に満身創痍だった。

 生まれたばかりの鹿のように脚が震え、立っているのも奇跡な状態。流れ血で片目は塞がり、足元は彼女が流した血で染まっている。意識を保たせるのがやっとで、反撃する力さえ残っていなかった。


「世界に四人しかいない特級冒険者も、魔力が使えなければただの道化師か……哀れなものだな」


 ぶっ倒れそうなアルメリアを冷めた眼差しで一瞥するジドは、指の腹で眼鏡の位置を調整しながら言葉を投げかけた。


「…………」


 その言葉に、アルメリアは言い返す事はおろか、まともに口を開くことすら出来ない。


 魔眼と、己が得意とする闇魔法を封じられた彼女は、メイド服の中に仕込んでいた暗器と暗殺術を駆使して応戦したが、足止めするどころかジドの体に触れる事すら敵わなかった。

 予知でもしているのかと疑うほどに、アルメリアが繰り出す不意打ちがことごとく躱され、洗練された太刀筋の前に呆気なく沈んでしまったのだ。



「その体で、まだ立つか」

「私の命は、エリザ様の為にある」


 アルメリアが未だに立っていられるのは、エリザを想う気力のみ。

 その見上げた忠誠心に少なからず感服したジドは、彼女を楽にさせる為トドメを刺そうと剣を振り上げる。


「ぷっ!」


 彼が眼前に迫った瞬間、アルメリアは最後の力を振り絞り、口の中に含ませていた毒針を吹き放った。しかし、一矢報こうとした彼女の毒針でさえも、頭を傾ける事で躱さてしまった。


「……ピエールから殺すなと言われている。大人しく眠っていろ」

「エリザ……様……」


 無慈悲に振り下ろされた剣。急所は外してあるが、最後の一撃を受けたアルメリアは膝から崩れ落ち、主君の名を呟くと気絶してしまった。


「……こっちは終わったぞ、お前も遊んでいないで早く終わらせろ」

「ちっ、分かったよ!」


 自分の仕事を果たしたジドに促されると、クラインは楽しんでいたのを邪魔されて気に入らなさそうに舌を打つ。


「だってよ王様、悪いがそろそろ終わらせてもらうぜッ!」

「……舐めるなよ」


 エリザをいたぶっていたクラインが、ジドに催促された事により彼女を仕留めようと動き出す。だが、何も出来ないまま負けるほど女帝は甘くなく、逆転の一手を投じた。


「はぁぁああああああああッ!!」

「なッ!?」


 決めに行こうとしたクラインの攻撃に、僅かな隙が生まれたのをエリザは見逃さなかった。

 彼の剣はエリザの肉を裂いたが、骨を断つまでには至らない。肉を犠牲にした彼女はクラインの骨を断つため、今残っている全てのエネルギーを注ぎ込んだ一撃を放つ。


 その一撃は、クラインの喉元に届く事は――なかった。


「……」

「……残念だったな」


 首を狙った必殺の刺突。

 エリザが力を振り絞った最後の一撃は、クラインに容易く躱されてしまったのだ。


 「ぐッ!!」


 無防備なエリザは、クラインの斬撃を受けると呻き声を洩らし、ついに力尽きてしまう。

 倒れ伏す彼女を見下ろすクラインは剣を仕舞うと、


「俺に隙があったと思ったのか? はっ馬鹿だなアンタ、隙は出来たんじゃなくてワザと作ったんだよ」

「……ふ……ぅく」

「悪くない一撃だったぜ。まあ、俺には一生届きゃしねえぇがな」



 朦朧とする意識の中で、エリザは己に罵声を浴びせる。


 自分が負ける筈がないと過信していた、自分が勝てない者などいないと高を括っていた。

 それがどうだ、この無様な姿は。

 己の剣は、クラインに触れる事すら出来なかったじゃないか。



 何が帝国最強の女帝だ。

 自分の愚かさに、反吐が出る。



「おいおっさん、終わったぜ」

「良くやってくれました、ありがとうございます」


 全く心が籠っていないお礼を告げると、ピエールは倒れ伏すエリザの頭を踏み潰す。ズタボロの姿を汚れた眼差しで見下ろし、脂ぎった唇を開いた。


「手古摺らせてくれましたね」

「……くっ」

「これでやっと帝国が本来あるべき姿に戻るというわけですな」


 喋りながらもピエールは、何度もエリザの頭を蹴り上げ、唾を吐き飛ばす。

 やがて満足した彼は緩んだ頬を吊り上げ、エリザにとって絶望の言葉を口にした。


「幾ら願っても、貴女を助けに来る者など誰もいませんよ。他の四騎士の二人は邪魔だったので、貴女からの命令と言って国外に出しましたし。例え駆け付けたとしても、他の雑兵では助けに来たところでクラインとジドには敵わないでしょう。あぁそれと、もう一つ伝え忘れていた事がありましたね。貴女の妹君であるミリィ様ですが……」

「…………」


「死んでもらう事にしました。というか、もう既に死んでいるでしょう」

「き……さま……」


 その言葉に、動かない筈のエリザの体がピクリと反応した。彼女の動揺を感じ取ったピエールは、下卑た笑みを浮かべながら口を滑らす。


「結界を発動したと同時に、この部屋にいるのとは別の部隊が妹君の部屋に突入する手筈になっています。貴女が消えれば妹君には何の価値もありません。邪魔ですから、消えてもらいます」

「貴……様ぁぁああッ!!」


 失いかけていたエリザの意識が、憤怒によって覚醒していく。


「許さんぞ……ピエールッ!!」


 悲鳴を上げる体に鞭を打つ。動かない体を無理矢理起こそうとする。


――動け、頼むから動いてくれッ。


 しかし、エリザの想いに傷ついた体は応えてくれなかった。

 起き上がっていた体が、プツンッと糸が切れたように再び倒れてしまった。



「おいおっさん、俺達はもう行くぜ」

「私達の仕事は終わりましたから」

「分かりました、後の事はこちらに任せて下さい」



 そう言ってクラインとピエールが踵を返す中。エリザは胸中で謝罪を繰り返す。


(すまないミリィ……愚かな姉を許してくれ)


 実の父を殺してまで、大切な者を守ろうとしたのに。

 結局大切な妹を、自分の驕りでみすみす殺してしまった。全く愚かで不甲斐ない姉だろうか。


(私は、ミリィを愛してやれただろうか)


 精一杯可愛がっていたつもりだが、ミリィに割いてやれる時間は少なかった。

 寂しくなかっただろうか、もっと甘えたかったのではないか。

 思い浮かぶのは、後悔ばかり。


(アルメリア……お前にも迷惑をかけた)


 すぐ側で倒れているアルメリア。

 こんな自分に命を捧げてくれて、頼りになるメイドで、たった一人の親友で。


 何一つ文句を言う事なく自分に従えてくれて、どんな時でも支えてくれた。

 そんな彼女も、己が弱いせいでこんな結末になってしまった。


 後悔ばかりが募ってゆくエリザへと、ピエールは下種な笑みを浮かべ、


「次に目覚めた時は、知らない男に股がられ、寝る事を許されない程その身を犯される事でしょう。ですから、今の内にたっぷりと眠って下さい。次に目覚めたらそこはもう、地獄なのですから」

「…………」


 ピエールが何か言っているが、それはエリザの耳に届く事はなかった。

 何故ならもう、彼女は意識を失いかけているのだから。


 そして、エリザが完全に意識を失い、ピエールの勝利で幕が降りる……。



――その時だった。



 ドォォオオオオオオオオオオオンッ!!!

 と、突如けたたましい轟音が鳴り響き、部屋の扉が吹き飛んだ。


 そして、吹き飛んだ扉の奥から、一人の男が般若の形相で歩いてくる。



「ドタマにきたぜ。テメエ等は、手ぇ出しちゃいけねぇもんに手を出しやがった」



 ピエールやクライン、ジド、兵士達。この場にいる全ての者が驚愕の表情で突然現れた男を視界に捉える。


 その男は冴えない顔をした黒髪の少年で。



「俺の目の前で幼女を泣かした事、死ぬほど後悔させてやるから覚悟しろ」



 その声音は重厚で、少年の背後には無数の兵士が倒れていて。


「おいガキ、誰だよテメエ」


 クラインが怪訝そうに問いかけると、少年はバキバキッと指の骨を鳴らしながら、こう答えたのだった。









「平坂平太、ロリコンだ」

お読み頂きありがとうございます!

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