平坂平太
「はああああああ!!」
「おおおおおおお!!」
先に飛び出したのはアリーシャとハリマンだった。
温存という考えを捨て去り、全魔力を解放した二人は凄まじい速度でベルゼートに肉薄すると、渾身の剣戟を叩き込んだ。しかしその一撃は、魔王の両腕に容易く受け止められてしまう。
「軽いな」
「くっ!?」
「まだだ!! セイントアローレンスッ!!」
距離を取ったアリーシャが聖属性上級魔法を唱えた。巻き込まれないようにハリマンが魔王の側から離れるのを確認すると、幾千もの光の矢を撃ち放つ。
「大破裂波斬ッ!!」
続いてハリマンも飛ぶ斬撃を放つ。
数多の魔物を蹴散らしてきた二人の最大技が魔王に強襲。着弾すると、先程のように大爆発が巻き起こり、辺りに破壊音が轟いた。
(駄目だ……届いてない)
(……堅いな)
全くと言っていいほど手応えを感じられないアリーシャとハリマン。二人の思った通り、砂煙が止んで見えた魔王の姿は傷一つ負っていなかった。
「所詮この程度か……期待外れだったな」
心底残念な表情を浮かべ、ため息を吐くベルゼート。
久々にまともに戦い合える敵が現れたと若干楽しみにしていたのだが、二人の実力は存外的外れだったようだ。
「興が逸れたな、もう終わらせるか」
つまらなさそうに呟くベルゼートが自ら動き出す。
最初の狙いはハリマンだった。ベルゼートはハリマンに迫ると、一瞬で距離を潰し、黒いオーラを纏った手刀で騎士の首を刈り取ろうとする。漆黒の大剣で防御するが、桁違いの膂力に受け止めきれず弾かれてしまった。
「ぐぬっ!?」
「吹き飛べ」
ガラ空きの胴体に回し蹴りが炸裂すると、ハリマンはボールのように回転しながら吹っ飛ばされた。
「ハリマンさん!!」
「人の心配をしている場合か?」
「くぅ!!」
注意を逸らしてしまったアリーシャに容赦無く追撃する。瞬速の剣戟で迎撃するも、全て手の甲で受け流され、徐々に押し込まれてしまう。
「どうした人間、もう限界か」
「こ、このおおおおおお!!」
ベルゼートの嵐のような拳撃を躱したアリーシャは大きく後退した。
(この一撃に全てをかける!!)
このまま戦っていても自分だけが消耗するばかりで勝機が失われてゆく。
ならば、今出せる最大の技を持って彼奴を打ち破る。
「ホーリーセイバーアアアアアアアア!!!」
聖剣イリアスが太陽の如く光り輝いた。地を蹴り上げ、全魔力を注ぎ込んだ聖なる一撃をベルゼートへと繰り出す。
「ダークブレイド」
対する魔王は、闇色の剣を顕現させ、向かい来るアリーシャへと凶刃を振るった。
衝突する光と闇の剣。
空気が爆ぜ、轟音が響く中、軍配が上がったのは後者であった。
「今のは中々歯応えがあったぞ」
無傷のベルゼートが見下ろす先には、力尽き倒れたアリーシャの姿。美しい肌が無数の傷に塗れ、頭から血が流れている。彼女が立ち上がるのは、最早不可能であった。
(……これ程までに)
(……力の差があるなんて)
絶望に顔を歪めるアリーシャとハリマン。
ベルン王国最強の二人が束になっても、その肉体に剣先を届かせられない。
地力の差は歴然だった。
「遊びは終わりだ、ダークボール」
死の宣告を告げると、ベルゼートは闇の球体をアリーシャに向けて撃ち放つ。
全てを無に帰す闇の球体が、力を使い果たし一歩も動けないアリーシャに襲いかかった。
(ははっ……これまでか)
迫り来る明確な死を目前に、アリーシャは胸中でごちる。
この局面で、彼女を救える者など誰一人としていないだろう。後は、静かに死を待つだけだった。
--そう、思っていた。
「すまん、遅れた」
「えっ」
突然、アリーシャを守るかのように一人の人間が眼前に現れた。
その者は「何だこれ」と呟くと、邪魔臭そうにダークボールを蹴り飛ばす。上空に蹴り飛ばされたダークボールは、一人の犠牲を出さず爆散した。
「……」
「……」
「……」
新たに登場した人物に誰もが口を閉ざす。
何とも言えない雰囲気が漂う中、沈黙を破ったのは魔王ベルゼートだった。
「誰だ貴様」
「え、俺?」
冴えない面をした人間の男は、こう言い放ったのだ。
「俺は平坂 平太。地球最強の、ただの高校生だ」
◇
「……ヘイタなのかい?」
空色の髪が土で汚れ、見るからに満身創痍なアリーシャが問いかけてくる。
ああ、と軽く頷いた。
「悪いな。"魔王の力が弱すぎて"全然分からなかったんだ。セレナに急かされたから来たんだけど、あいつが魔王でいいんだよな?」
「う、うん」
確認が取れて安心する。良かった、これで魔王じゃないって言われたら無駄足だったぞ。
それにしても魔王ってイケメンなんだな、腹立つわー。
「貴様、下等な人間の分際で俺を愚弄するか」
少し離れた所に佇んでいる魔王が、何故か怒っている。何か気に障る事を口にしてしまっただろうか。
まあいいや、どうせぶっ殺すんだし。
「なあ魔王さん、戦う前に一つだけ言っておきたい事がある」
「……」
「俺はあんたに何の恨みも無い。けど、こっちの都合で殺すことになった。だから先に謝っておくよ、ごめん」
「…………」
「せめてもの情けだ。全力を出すまで殺さないでいてやるよ。さあ来な」
アリーシャとハリマンの開いた口が塞がらない。まさか、あの魔王相手にここまで馬鹿にする者がいるとは思いもしなかったのだろう。
「貴様、塵一つ残ると思うなよ」
男前な顔を般若の如く憤怒に染め、魔王が凄まじい勢いで突っ込んでくる。
的確に俺の顔面を狙った拳。でも遅いな、あくびが出ちまうぜ。迫る拳を、左手で包むように握り締めた。
「なにッ!?」
まさか己の拳が受け止められるとは思いもよらなかったのだろう。いや、一撃で終わらせようとしたに違いない。魔王の目が大きく開かれ、驚愕していた。
「で、次は?」
「ッ!?人間風情が調子に乗るな!!」
絶叫を上げ、怒涛のラッシュを繰り出してくる。
俺は躱したり受け流したりして防御に徹しながら、ある考え事をしていた。
確かに実力的には魔王の力はアリーシャや騎士のおっさんよりも数段勝っているだろう。しかし、セレナから聞かされていたアステリアの脅威の一つである魔王の力が予想よりも大分下回っていた。
ぶっちゃけ、拍子抜けと言ってもいいな。
「クソが……何故当たらん!?」
「今度は俺の番な」
守っているのにもいい加減飽きてきたので、反撃するとしよう。
魔王の両腕を掴み、鳩尾に膝を突き入れた。
「うご……!」
悶絶する魔王の腕を掴んだまま、何度も何度も地面に叩きつける。
「がっぎっあっぐお!」
地面が陥没する程叩きつけた後、ポイッと空中に放り投げた。
地を蹴って飛ぶ。上に向かって飛んでゆく魔王を先回りして、真上から顔面を殴り飛ばす。冗談のような速度で魔王は地面に叩きつけられ、奴を中心に巨大なクレーターが生まれた。
「ちょっとやり過ぎたか」
まさかとは思うが、もう死んでいないだろうな。これでも手加減した方だぞ。
一応伝えておくが、顔面を殴ったのに他意は無いんだ、決して。本当だよ。
「あの魔王が一方的に……ヘイタ、君は一体……」
「なんて強さだ」
アリーシャとおっさんが不思議そうな目で見つめてくる。まあ、気持ちは分からくもないがな。
それよりも、いつまでもそこら辺で寝っ転がっていられても邪魔なんだよな。
「おっさん、あんたまだ動けるだろ。アリーシャを連れてここから離れな」
「……分かった」
素直に返事をしたおっさんは、動けないアリーシャを背負って遠くに避難していく。よし、これで周りを気にせず戦れるな。
と、安堵の息を吐いた、その時。
魔王が埋まっている場所が突如爆発し、突風に乗って岩石が飛んでくる。
別段何かをした訳ではない。ただ単に力を解放した時の余波だろう。
やっこさんも、やっと本気を出したみたいだな。
「おのれえええええ!!人間如きがよくもやってくれたなああ!!ただでは殺さんぞ!!」
うわー怒ってる怒ってる。にしても姿が変わりすぎだろ、イケメンだったのに見た目がすげー化物になってるぞ。
「我ら魔王は本来の力を解き放った際に変身が起きる。まさかこの本気の姿を人間如きに晒す羽目になるとはな。……貴様は決して生かさんぞ」
「ああ、そう」
やっぱり魔王の鉄板である変身能力はあるんだな。予想通りというか何というか、期待を裏切らないな、異世界。
って感心してる場合でもないか。
「くたばれ、デスぺラントショットッ!!」
変身をして力が格段に膨れ上がった魔王が、数百の黒い球を撃ってきた。おいおい、あの球一発一発にかなりの威力が込められているぞ。
俺は無論平気だが、辺り一帯が焦土と化してしまう。魔物もろとも多くの人間が蒸発してしまうじゃないか。
「ったく、迷惑な奴だ」
ため息を零し、面倒ながらも全ての球を空へと受け流した。すると、
「ダークネスデスサイズッ!」
いつの間にか接近していた魔王が、間髪入れず闇色の巨大な鎌を振り下ろしてくる。対し俺は、鎌の切っ先を人差し指と中指で挟み受け止めた。
「バカなッ!?」
「これがお前の全力か?ならそろそろ終わらせるぞ」
「図に乗るなッ!!!」
怒り吼える魔王の猛攻。
確かに変身して速くもなったし、力も随分と増したようだ。
でも残念だったな魔王、その程度じゃ俺には毛ほども届かないよ。
「ほら」
「グアッ!?」
「どうした」
「ぐ……ほっ」
「魔王だろ」
「がっ……」
「こんなもんかよ」
「……ぎ」
「ほら、掛かって来いよ」
「ちょ……」
「さあ」
「調子に乗るなあああああ!!!」
ボコされていた魔王の反撃の拳が俺の顔面を捉える。
痛……くねえな。折角当てさせてやったのに、何だこのへろへろなパンチは。笑っちまうぜ。
「本当のパンチってのは、こうすんだよ」
「ブッ!!」
狼狽している魔王の顎にアッパーを打ち込んで、空へと吹っ飛ばした。
なんか可哀想だしもういいか、そろそろトドメを刺そう。
「死ねえええええ! デスぺラントインフェルノオオオオオオ!!!」
殺られると察したのか、最後の抵抗に特大の攻撃をかましてきやがった。
全てを焼き尽くす熱量の黒炎、これの対処には中々骨が折れる。仕方ない、俺もほんの少しだけ本気を出すか。
「星皇拳――"羅喉"」
別れの言葉を告げ、引き絞った拳を放つ。
拳圧の衝撃波が黒炎を呑み込み、塵一つ残さず魔王もろとも全てを無に帰した。
「……ふう」
呆気ないほどに魔王を殺し終えた俺は、晴れ渡る空を眺めながら、短く息を零したのだった。
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