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魔族の王ベルゼート




「じゃあヘイタ、俺達は先に行ってるぜ」

「待ってますからね!」

「俺らがヘイタの分まで魔物を倒してやるよ!」

「またそんな調子に乗った事言って、先走るなよアカヤ」

「ああ、お前らも気をつけてな」



 ギルドの門の前で、ジャッカル先生とアカヤ、アオト、ミドリと言葉を交わす。


 魔王軍との交戦が本格的におっ始まり、騎士団だけでは戦力が足りずギルドの冒険者が全員駆り出される事になった。


 彼らもこれから戦場に出向くようだ。四人は一人ずつ俺に声をかけると、荒れ狂う戦地へ意気揚々と向かって行った。



「大丈夫でしょうか」



 心配そうな表情で見送ったセレナが尋ねてくる。



「ジャッカル先生はまだしも、弟子三人はちょっと厳しいかもな。まあ、先生がフォローするから心配しなくてもいいんじゃないか」



 安心させるように告げれば、セレナは「そうですね」と安堵の息を吐いた。でも、その顔色には翳りが見え隠れしている。そして、縋るような視線を送ってきた。



「あの、平太さんは行かないのですか?」

「ああ、行かない」

「なっ、何故です!?」



 セレナには珍しく怒りを顕にしているな。


 まあ自分の世界の人間が沢山死ぬかもしれないんだから当然か。

 でも駄目だ、俺には俺の考えがある。



「俺はこの世界の戦争に干渉はしない。倒すべき奴だけを倒す」

「…………」

「確かに俺が戦闘に加われば、数分もしない内に敵を全滅させてこの戦争を終わらせる事が出来る。でも、しない」

「……どうしてです?」



 そんなもの答えは一つしかない。



「"魔物だって生きているからだ"」

「……」

「相手が魔物じゃなくて機械や兵器だったら俺は迷わず力を振るっていらだろう。でもそうしないのは、魔物は機械じゃなく、ちゃんと命がある生き物だからだ」



 どこの世界にも争い事はある。

 顔の違い、考え方の違い、宗教の違い。極端に言えば、あいつが気に入らない、こいつが気に入らないなんてくだらない理由もあるだろう。

 おそらく、魔物が人間を攻める理由なんてそんなものだと思う。


 でも、それは人間だって同じだ。

 ギルドを建て、魔物を狩って金を手に入れるシステムをつくった。勿論防衛の為ではあるが、中には平穏に暮らしたい魔物を金目当てで虐殺した冒険者もいるだろう。


 俺は頭を掻き、言葉を探しながら続ける。



「何が言いたいかっていうと、要はお互い様っつー事だよ。だからこそ、俺は戦闘には加わらない。この戦争はアステリアの問題だから、この世界の人間が解決しなきゃならないし、異世界の地球人である俺が戦うべきではないと、俺は思う。まあ、セレナに頼まれたから魔王だけはぶっ殺すけどな」



 話し終えると、セレナは不服そうに唇を尖らせた。



「平太さんって大人っていうか、ちょっとドライ過ぎませんか」

「強すぎる力を持つと、扱いが難しくて色々と考えるんだ。自分で制限をかけないと、全てを壊しちまうからな」



 気付いたら何もかも失っていたなんて、そんな最悪なパターンは真っ平ごめんだよ。



「じゃあどうするんですかぁ。このまま魔王が現れるまで待っているんですかぁ?」

「ああ、そうだな」



 セレナは出来るだけ早く魔王が来ますように、と手を組んで祈り始めた。


 必死に祈ってな、女神様。魔王が来たら、俺がぶっ殺してやるから。





「フレイムソードッ!くっそ、数が多すぎる!」

「アカヤ、前に出すぎないで!」

「ミドリ、君も後ろに下がっているんだ!」

「お前ら、俺様から離れるんじゃねえぞッ!」



 ギルドから緊急要請があったジャッカルとアカヤ、ミドリ、アオトの四人は、城壁付近で魔物の大群と激しい戦闘を繰り広げていた。


 最初は三人の連携が上手く取れ、ジャッカルがサポートに回る事で危な気なく魔物を倒せていたが、屠っても屠っても一向に魔物の数が減らず、次第に戦況が苦しくなっていく。ジリジリと、断崖絶壁に追い込まれているような錯覚に陥っていた。



「いつになったら終わるんだよ!」

「焦るなアカヤ!集中を切らすな!」



 次々と現れる魔物に、声を荒上げるアカヤ。

 体力、魔力、精神が摩り減ると、動きが雑になり負う傷も増すばかりだ。



(……こいつはちょっと、やべえんじゃねえか)



 ジャッカルの胸中に一抹の不安が募る。

 いつもならば、こういった魔物の大規模討伐は上級、中級冒険者のみで構成され、駆け出しの下級冒険者が出動する事は無い。


 だが今回は魔王軍の襲撃という事で魔物の数が半端ではなく、アカヤ達のような下級冒険者も戦闘に参加せざるを得なくなった。


 大規模討伐を経験したことが無い彼ら三人は今の所奮闘してはいるが、いつ危険に陥ってもおかしくない状態。いや、ジャッカルがいなければとっくのとうに死んでいたかもしれなかった。



「おい、まだ増えるぞ!」

「うああああ!く、来るなああああ!!」

「この数、どうしろっていうんだよ!?」



 他の冒険者達が魔物の大群に押し潰されてゆく。中級の冒険者や王国騎士達の奮戦によって持ち堪えているが、いつ戦線が瓦解するか分からない。終わりの見えない戦いに、兵士達の心に死の恐怖が芽生えていた。



「ブアアアアッ!」

「きゃああ!!?」

「ミドリー!!」



 息を切らし、注意が散漫になっていたミドリの背後からオークが襲いかかる。間一髪で飛び出したアカヤが割り込み、オークが振るう槍を片手剣で受け止めた。



「ブゴォ!!」

「ぐぎぎっ!!」



 だが、度重なる戦闘で疲労しているアカヤの腕力がオークの膂力に押し勝てる訳が無く、鈍色に輝く槍の先端がアカヤの寸前まで喰い込んできた。



「アクアアロー!」



 呪文を唱え終えたアオトが魔法を発動し、水の矢を撃ち放つ。水の矢はオークに直撃するも威力が弱かったのか、ほんの一、二歩後退させる事しか叶わない。


 だが、数秒稼げただけで充分だった。何故なら彼らには、この男がついているから。



「俺様の弟子達になにしやがんだあああ!!!」



 他の魔物の相手をしていたジャッカルが吼え、一瞬で魔物を斬り伏せると窮地のアカヤ達に一陣の風の如く駆け寄り、オークを一刀で両断した。



「先生……俺…」

「良くやったアカヤ、お前のお陰でミドリが無事だった。アオトもナイスだ」


「せ、先生ぇ……」

「ミドリ、まだ泣くんじゃねえ。これからだぞ」


「僕達は勝てるんでしょうか……」

「弱気を吐くなアオト。大丈夫、心配すんな、俺様がいる限り絶対にお前らを死なせたりしねえ」



 戦意が失われている弟子達を鼓舞する。しかし、強気な発言をしても状況が変わる訳ではない。



(長引きゃこいつらが持たねえ。誰でもいいから早く魔王をぶっ殺してくれ!)



 他人任せにするのは情け無いが、この際仕方が無い。

 己が今すべきは、大切な弟子達を一人として欠けずに生還させることだ。



「来いやおらあああああああああ!!テメエら如き俺様だけで充分なんだよおおおおお!!!」



 ジャッカルは大きな口を目一杯開き、弟子達に牙を剥く魔物の注意を己に向ける為、荒れ狂う戦場に吠声を轟かせたのだった。





「はああああああ!!」



 世界に四人しか存在しない特級冒険者のアリーシャは、迫りくる上級の魔物を一撃で切り裂いた。


 その手が握るのは、特級の魔物の竜種を葬った聖剣『イリアス』だ。彼女の最強の武器であり、今まで幾度も命を救われた大事な相棒である。



「……なんて数だ」



 斬っても斬っても一向に減ることの無い魔物にアリーシャが愚痴を零す。この非常にマズイ状況を覆したいのだが、自分にそれだけの力が無い事に憤りを感じていた。


 彼女が今戦っている場所は、ベルン王国から遠く離れたブロード平原の最奥。戦場の最前線だった。



「はっ!」



 アリーシャが相手取っているのは、上級冒険者でも一筋縄ではいかない魔物ばかり。彼女が最前線で上級の魔物を喰い止めていなければ、今頃味方の戦線が崩壊し全滅していた事だろう。


 一筋の汗が頬を流れる。

 流石のアリーシャでも、強敵との連戦で疲労の色が見え隠れしていた。魔物を喰い止める役目が一人だったならば、もしかしたら危機に陥っていたかもしれない。


 そう、最前線で戦っているのは、アリーシャだけではなかったのだ。



「ハッハッハ!どうした魔物共、その程度か!私が生きている限りベルン王国に手出しはさせんぞ!!」



 怒涛の勢いで魔物を蹴散らすのは、アリーシャと比肩する王国最強の騎士、ハリマン騎士団長である。

 大きな両手で握り締める漆黒の大剣は、大型の魔物をいとも容易く両断した。



「少し息が切れているようだな、アリーシャ殿」

「はは、僕でも上級の魔物と休憩無しで連戦は堪えますよ」



 アリーシャとハリマンが背中合わせに言葉を交わす。

 彼女の弱気な発言に騎士団長は「鍛錬が足りん」と軽い文句を垂れているが、そんな彼の姿も万全とは程遠い有様だった。


 いくら彼女達が王国随一の強者であっても、上級の魔物を倒すのには骨が折れるのだ。



「正直なところ、どう思いますかハリマンさん」

「最悪だ。私達がここを抑えても、時が過ぎれば先に倒れるのはこちらの方だ。さっさと魔王を倒さんと、どうにもならん」

「ですよねえ……」



 思った通りの返答に、アリーシャが苦笑いを零す。

 どれだけ二人が奮闘しても、時間が経つにつれ敗北の二文字が色濃くなってゆく。それ程、敵の数が常軌を逸しているのだ。



「はぁ、ヘイタがここで一緒に戦ってくれていたら、もう少し楽が出来るのにな」

「ふん、あんな騎士道に反する事を平気でする輩に背中を預けたくない」



 どうやらハリマンは平太に金玉を蹴られた事を相当根に持っているようだ。その怒りの表情は、平太のしでかした事を許す気配は全く無い。



(確かに、あれはないよねぇ)



 平太とハリマンの試合を思い出したアリーシャ。女の身である自分には一生かかってもその痛みを理解することはないが、あの厳格な騎士団長が悶絶するほどの痛みである。女で良かったと切実に思ったアリーシャである。



--と、そんな時だった。



「ハリマンさんッ!」

「避けろアリーシャ殿ッ!」



 突如、強大な魔力の奔流が襲いかかってくる。いち早く察知した二人は声を掛け合い、同時に地を蹴って紙一重で躱した。


 二人がいた場所に大爆発が巻き起こる。

 もし気付かずにあの場所に留まっていたなら、火達磨になっていた事だろう。



「ほう……今のを躱したか」



 悍ましさが含まれる声音がアリーシャの鼓膜を叩く。

 強大な攻撃を仕掛け、突如現れた新たな敵。



「……やっとお出ましか」

「……むう」



 アリーシャとハリマンは一目で理解する。



 こいつが魔王だ。



「なるほど」



 姿は人間に近い。銀色の長髪に、真紅の三白眼。鋼のように引き締まった肉体に、背中から生えた悪魔の翼と、頭から生えた二対の巻き角。

 溢れ出る大量の魔力は今まで感じた事が無いほど膨大であった。


 魔族の王、ベルゼート。

 敵の大将が今、アリーシャとハリマンの眼前に立ちはだかる。



「中々落とせないと不思議に思っていたが、貴様らが邪魔をしていたのか」



 ベルゼートが二人を交互に見据える。魔王の標的に捉えられたアリーシャとハリマンは、緊張でゴクリと唾を呑み込んだ。



「下等な人間にしてはやるようだな。貴様らのせいでわざわざ俺が出る羽目になった」

「……魔王よ、一つ聴いてみてもいいだろうか」

「何だ、言ってみろ」



 アリーシャが恐る恐る問いかけると、意外にも魔王は了承してくれた。どうやら、問答無用で攻撃を仕掛けてくる訳でもないようだ。



「何故、急に攻めてきたんだい?」

「俺も人間等に興味は無かったが、我が絶対主が人間を滅ぼせと命令を下したのだ」

「「--なっ!?」」



 ベルゼートの言葉に驚愕する。

 まさか、魔王より上位の存在がいるとは……想像の範疇を超えていて、思考が停止しかけた。



「そんな……魔王より上が……」

「狼狽えるなアリーシャ殿!こいつの虚言かもしれん!」



 酷く狼狽するアリーシャにハリマンが一喝する。動揺する二人に、ベルゼートが追い打ちをかけた。



「信じなくても構わん、どうせ貴様らは今ここで俺に殺されるのだからな」

「アリーシャ殿、出し惜しみはするな。全力でいかなければ一瞬で死ぬぞ」

「分かってます」



「俺は魔族の王、ベルゼート。久々の戦いだ、下等な人間共よ、少しは楽しませてくれよ」



 魔王ベルゼートと、特級冒険者のアリーシャ、王国騎士団長のハリマンの死闘が、今始まる。


お読み頂きありがとうございます!

ちょっと長めでした

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