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俺はお嬢様が恋をしたことに気付いていない  作者: 海原羅絃
第2部 第1章 進級と記憶とお嬢様
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第一話 あれから

無駄な事は言いません。

この日から始めると決めていました。

 乗っていた自転車が軽快に坂を下る。

 平日だというのに、車があまり通らないのは少し不自然であったが個人的にはそれは嬉しい事だった。

 自転車をこいでいたおかげで体が温まり、マフラーを外す。風が少し冷たいが、これくらいどうってことない。

 坂を下り終え、周囲に気を付けながらスピードを調整する。

 とは言ったものの、やはり車の気配が少ない。

 まあ無理もない。この時期は既に仕事など新しい年度が始まるシーズンだ。仕事を始めている人も少なくはない。

 国道沿いの道をずっと走り、目的地へとつながる長い橋を渡る

 自宅から30分はかかるその目的地は郊外から少し離れた県境に位置していた。

 以前お世話になった病院でもあって、何かしら顔を知っている人もいるかもしれない。

 そんなことを考えながら俺は目的地へとついた。

 高層ビルとまではいかないがそれなりの高さを持っているのは間違いない。

 中央あたりにでっかい赤十字のマークを見れば、大体その場所がどこなのか見当はつくはずだ。

 『笹野川大学附属病院』

 俺、瀬原蓮司の目的地はここであった。

 長いジーンズに黒のパーカーと、春らしい恰好であるがこの場所に立ち寄るのならば、これが一番最適だと思った服を着て来た。

 今日で何回目なのだろうか。

 最後に来たのは三月の終わりよりちょっと前。

 それっきりという訳なのか。

 本館入口の前に立ち尽くしている俺は何を考えているのだろうか。

 ここへ来ればいつもここで立ち止まる。

 病院から出てくる人、病院へと入ろうとする人が波を切るかのように俺の横を通り過ぎる。

 「とりあえず行くか」

 ここ立ち竦んでいても何も起こりはしない。

 でも、自然と考え込んでしまうのは俺だけなのだろうか。

 


 ◇



 本館へと入るとどうみても忙しい雰囲気であった。

 帰ってしまおうかと思ったが、それはそれで何かと悪い気がしたので結局は行くことにした。

 受付に行き、部屋番号を教えてもらう。

 ナースさんは俺の顔を見ては、札の番号も書いていないのに番号を教えてもらった。

 でも俺もすっかり常連になったものだ。

 けれど、俺がいくら来たところであいつが変わるとは限らない。

 あいつが目を覚ましてくれるとは限らない。

 一体いつになるのだろうと考えながら、俺は番号札通りの部屋へと行く。

 患者さん名簿らしきものを見ると、中にいるのはあいつだけのようだ。

 俺は再度番号を確認してから引き戸に手をかけた。

 スライド式のドアを開ければ、日差しの下で静かに眠っている彼女がいた。

 俺はそっと彼女の元へと歩み寄る。

 綺麗な肌で触ってしまえば折れそうなくらい、弱い手。

 何日眠っていたのだろうか。 

 何日こいつの声を聴いていないのだろうか。

 それがもやもやとしていて後悔しているような感覚に見舞われる。

 「鈴川・・・・・・蘭」

 俺は彼女の名前を呟く。

 しかし、本人は何の反応も示してくれない。

 それもそのはず。

 彼女は眠っているのだから。

 眠っているというのも、意識がないの方がいい方としてはひどい。

 でも事実なのはそのはず。

 約一ケ月前、事件は起きた。

 俺の通う私立笹野川学園の最寄りの国道で、人身事故が起きた。

 人身事故というよりも、車に直接ひかれたわけではないが、それを回避した際に起きた災害、いわば半二次災害の様なものが起きたことによってだ。

 事故を起こした車は大型トラック。

 運転手が居眠りをしている間にハンドルは勝手に操作され気づいたときはブレーキは踏めて、電柱に突っ込んだものの、運転手は即死。

 さらには積み上げられていた荷物が崩れ、その下に人がいたのだった。

 それが今の俺の眼の前にいる鈴川。

 荷物の下敷きとなった鈴川は、多量の出血を起こしすぐさま病院へ。

 頭蓋骨にひびが入り脳の神経も一部やられているとのこと。

 それから俺は何が起こっていたのかわからなかった。

 病室で泣きじゃくる女子や廊下で嗚咽し続けている男子。

 しかし、俺はその中の誰でもなかった。

 何故だかわからなかった。

 おそらくその時は鈴川がそのような事態に巻き込まれたという実感がなかったのかもしれない。

 そこにいるのは鈴川ではなく、鈴川に似た人物だと俺は信じていたのかもしれない。

 けれど、よく見ればそれは鈴川蘭。

 俺に告白をしてきた極悪非道でドSでマイペースでどうしようもない女。

 でも俺にとっては大事な人には変わりない。

 その大事な人が今この場で静かに目を閉じている。

 隣にあるペースメーカーはまだ安全範囲を示している。

 医者によれば、命に別状はないのだが意識を取り戻すにはそれなりの時間がかかると。

 という事は、鈴川は半ば植物人間の状態に。

 なんで俺は、あのとき引き留められなかったのだろうか。

 なんであの時、鈴川にちゃんと手を差し伸べてやれなかったのだろうか。

 なんで鈴川なんだろう。

 頭の中でそれだけが回っていた。

 俺がそばについていながらも、俺は鈴川を助けることすらできなかった。

 大切な人を守れなかった最悪な男。

 自分で自分の首を締めたかった。

 自然と拳に力が入る。

 俺は鈴川の髪を撫でる。 

 ずっと寝たきりなのにこんなにサラサラなんだな。

 ・・・・・・・・

 そういえば鈴川は俺に何を言いたかったのか。

 でも今考えれば思い出して、苦しいことになる。

 その時、部屋の引き戸がスライドする音が聞こえた。

 そこには見覚えのある人物が。

 「久しぶりだね蓮司君・・・・・とはいってもまだ二回しか会っていないけれど」

 「理事長」

 理事長、笹野川学園理事長の鈴川源司朗。

 俺も実際に顔合わせするのは二回目。

 一回目はあの事故が起こった日、この病室で出会ったこと。

 「毎日毎日すまないね。私もどうしたらいい事なのか」

 「理事長が自信を軽蔑するまででもないです。責任は僕なのですから。そばに居ながらも・・・・・鈴川を守れなかったのは俺のせいなんです」

 だから、いっそのこと俺のことを殴って欲しかった。

 その、しわしわの手で俺の顔を殴ってほしい。 

 そんな願望だけで頭がいっぱいになっていた。

 「あれは不運な事故だ。運転手のほうも居眠り運転だったという事で会社もそれなりの罰則が下されたからな。今、君がこうしているだけでも蘭は嬉しいと思うぞ」

 理事長はそういうと、俺の手を取りベッドに横据えられている鈴川の手と重ねる。

 「理事長・・・・・・」

 「今はこうしていなさい」

 にっこりと笑った理事長に対して俺はただただ笑う事しかできなかった。

 おそらくこの人も・・・・・・・心配でしょうがないんだよな。

 やはり軽蔑されるのは俺の方なのかもしれないとつくづく思ってしまうところだった。

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