第六話 看病
目を覚ますと見慣れない光景が目に入ってきた。
学校の保健室っぽい天井だけれど何だか違う。保健室はこんなに薬品臭くないし枕もフカフカな感触じゃない。
そして今着ている服を見る。
いわゆる病衣のようなものだ。
生地が薄いせいか、風通しが良すぎて寒い。もう少し季節を考慮したものを作ってほしいものだ。
・・・・そうか、俺倒れたんか。
どうりで記憶が教室に入ったところまでしかないわけだ。
多分貧血とかそんなあたりの病状だろう。風邪とかそんな症状ないし頭は痛くないが、思考が回らない。
時計を見ると午後の三時。学校来てから倒れたから五、六時間は床に入っていたかもしれない。
ググゥ。
うっ、腹の虫が。
そういや朝もろくに食っていなくて昼も食べていないんだっけ。そりゃあ腹の虫がなくわけだよな。
何か食えるものがないかな・・・・・と探してみるものの食えそうなものと言ったら横に添えられている花束くらい。いやいや、食わねえから。
けれどこのままじゃ今度は空腹で倒れる可能性があるぞ。
だからと言って助けを求めないのだけれど時刻からしてまだ授業中だ。
そんな中で俊哉とか呼ぶわけにはいかない。
せめて兄さんがいてくれればいいんだけれどな。
帰ってくるのまだ先だし。
ああ、なんか肉系の物をほおばりたい。
ここ最近、高そうな食べ物とか我慢していたからタンパク質系の物を大いに口にしたい。
魚肉ソーセージとか腹の足しになるのかよ。
昨日もゼリー飲料で夕飯済ませちゃったし。
誰か肉を持ってきてくれる心優しき天使はいないのか。
それに話し相手もほしいものだ。だってこの病室俺しかいないし。
そんなことを思っていると入口の引き戸が開いた。
学校の物とは違って、音は緩やかでそドアは滑らかに滑っていった。
同時に俺の顔から緩みは消えた。
中から入ってきたのは鈴川。
「お・・・・お前なんでいるんだよ」
「あら、看護師さんが来てくれて照れているの?可愛いわね」
おい、今すぐこいつを追い出してくれ、また倒れる羽目になる。
「学校はどうしたんだよ」
「親切な事か、みんな瀬原君の看病役に私を推薦してくれたのよ。快い事だわ。先生も気安く私を送ってくださったもの」
差し金の人物は林俊哉をはじめとする生徒。
以後、瀬原蓮司を過労の容疑で逮捕され・・・・・・なんて新聞の一面に載らないだろうか。
載るわけがない。
鈴川は俺の横にある花瓶の花を取出し、そこに水を入れる。
そうか、今まで水を取り替えに行っていたのか。
しかも花は何と蓮の花。
何処から持って来たんだよ。
合掌するなああああああああ!!
誰なんだ?誰を弔っているんだ?
「あら、ずいぶんと元気そうな顔ね。まさかサボタージュしたわけではないでしょうね」
「なわけあるかよ。たぶん過労だよ」
シフトを大いに増やして更に寝る時間や勉強時間を割いてまでやってたんだ。
こんなんになるとは計算の内に入っていなかった。
「医者からなんて言われたか聞いたか?」
「確かに過労だし栄養失調って言ってたわよ。貧血っぽいとも言っていたわ」
貧血ね。たしかに倒れたのはそれが原因だろう。
朝飯もろくに食べていないし夕飯もゼリー飲料で済ませることだから・・・・・・
でも栄養失調になるとは。
「ってかよくカルテとか聞けたよな。あまり個人情報とか見せられないんじゃないか?」
「あれ?知らなかったの?だってここ、私の家が経営している病院だもの」
・・・・・・・・目が点になった。
比喩ではない。
ここが?鈴川の家が系列している病院?
「私の家と言ってもおじい様の弟さんが経営しているんだけれどね」
大して変わんねえよ。
いや、でも意外だった。やっぱり家系が図太いとこういう企業関係もすごいんだな。
「それで?具合の方はどう?」
「さっきも言ったかもしれねえけど、だいぶ良くなってきた方かもしれねえけどまだ熱っぽい」
「どれ」
ピト。と俺の脳内では擬音語が発せられた。
多少汗ばんでいる俺の額。
そして目の前にはきれいな肌で透き通った鈴川の額が。
その額がくっつく。
一度だけ熱が上がったかもしれない。だってさっきよりも体が熱かったから。
柔らかな額が俺の額に押し付けられ、数秒時が止まる。
熱は上がっていないだろうか、頬は熱くなっていないだろうか。
やべっ、息が・・・・・・
しかし鈴川も同じようだ。
俺よりではないけれどかすかに粗い呼吸をしている。
いくらこいつがあくまであってもこんな場面に陥ったらさすがに人間にはなるだろう。
唇が触れ合いそうな距離感。
何だ・・・・・なんだなんだ!?
このドキドキとした胸の高鳴りは。
こんな場面、ギャルゲーといった類のゲームでしかないと以前俊哉と話していた覚えがある。
ってかつい最近まで俺はギャルゲー=ギャルが出てくるゲームと想像していたけれど一種の恋愛ゲームって、
んなこと言っている場合じゃねえ!!!!
こいつはワザとか?わざとやっているのか?
さっきからずっとこの状態だぞ。
やばい・・・・・・思考が。
「やっぱり熱はあるね」
「そりゃあるよ!!」
なんだよこれ、俺が倒れる寸前まで維持し続けているという計算内の行動は。
策士だな。
「瀬原君て案外こういうのも弱いんだね」
「あのな、弱いも何もこんなところで恥ずかしい事をする奴がいるか?」
いたらぜひお目にかかりたい。
「じゃあ文化祭の時のキスはどうだったの?」
・・・・・・・・
正直これにはどうすることもできない。
だってそうだろ?
文化祭の時にキスされた感想をどうぞなんていきなり聞かれてもどう答えていいのか分かる訳がない。
あんな不意打ち見たことないぞ。
キスを不意打ちっていうのもなんだけれど。
「ねえ、どうなの?」
どんどん俺に迫って来ては、仕舞いにベッドに腰を下ろす。
綺麗で澄んだ黒い瞳が俺の戸惑いの表情を映している。
普通の男子ならここで口元を緩めてにやけるといった醜態を見せると思うけれど俺はまず平常心すら保てていない。
鈴川は真顔だ。真顔で俺に問いかけてきている。
これに対してはどうしようもない。潔く・・・・・・・
二度目を勢いでいってしまうか。
いや、俺がそんなことしたら次学校に来たときなんて言われるか分からない。いや、知りたくもない!!
鈴川の唇が迫ってくる。
淡いピンクの色が協調的なその唇は、自分の唇と触れただけで悶絶しそうなくらい綺麗で鮮やかである。
無意識に俺と鈴川の顔が近づいてくる。
俺は自我を忘れて唇を差し出す。
鈴川も我を忘れて受けようとする。
俺たちの距離が三十センチあたりになったところで病室の扉が開いた。
「れんじー、お見舞いに来たぞ!!・・・・・ってあれ?何やってるの二人とも?」
突然の来訪者に俺はと鈴川はすかさず怪しまれない位置へと戻った。
俺は布団の中へ、鈴川は窓際に行って花の手入れをしていた。
「瀬原くーん。具合はいかがかな?」
ひょこっと、顔を見せたのが裏切り者の俊哉の彼女、賀川利華。
そしてその頭の上には春富、大野、田中、佐藤の順で顔を出していた。
「あれ?何やってるの蘭。あなたが花の手入れするなんて珍しいじゃん」
「ちょっとした気分転換よ。この花が枯れて消えそうだから水を上げてやったのよ」
おいおい、あからさまに怪しい言動が混じっているぞ。
枯れるのは分かるけれど消えそうってなんだよ。いかにも怪しいぞ。
しかも気分転換に花の手入れなんて面白い奴だな。
しかし賀川は気づいている。俺と鈴川の先ほどの関係を把握している。
恐るべし親友。
「それより大丈夫なのかよ」
「鈴川から聞けば自宅療養で今週ずっと安静にしていろだって」
自宅療養かはわからない。けれど一週間安静なのは確からしい。
「蘭から聞いたって言ったら・・・・・・まさかずっと」
「お前は何をしに来た!!」
ああ、ダメだ。叫ぶと頭に響く。
あまり情が吹き飛ばない程度にしておかなきゃ帰って危ない。
(おい、彼女どうにかしろ)
俺はアイコンタクトで俊哉と会話する。
しかし俊哉はしらばっくれた様な顔をする。
(なんだよ)
(彼女をどうにかしろって言ってんだよ)
会話はいったん中断され俊哉は賀川の横顔を見る。
何幸せそうな顔してんだよ!!
(別にどうもこうもしたことなんかねえじゃねえかよ)
あのな・・・・・頼むからこいつをどうにかしてくれよ。
(あとで賀川の余計な口出しはしないでくれって言ってくれ)
(は?何のこと?)
もういいや・・・・・・これ以上言っても無駄な気がしてきた。
俺はため息を吐くと先ほど鳴った腹の虫が鳴いた。
そういや腹が減っていたんだな。
事柄が多く起こりすぎて腹が減っているのも忘れていたようだ。
それか歳のせいか・・・・・・・・・・
「おなかが減っているなら早く言いなさいよ。何食べる?病院食でもいいなら買ってくるけど」
病院食が売っているかどうか分からんけれど今は肉が食べたい。
さすがに病院でだと看護師さんの目に止まってバランスのいいものを食べろって言われる。
今はがっつり食いたいんだ!!
「コンビニの物でいいや。できれば肉類のを」
「分かったわ。野菜だけでいいのね」
え、肉なんですけれど・・・・・・・
そういやここにも(自称)看護師さんがいた。くそ、俊哉に頼めばよかった。
「あ、私も飲み物買いに行く」
「私も買いたい雑誌あるから行こうかな」
「じゃあ蓮司。俺たちは帰るから」
鈴川、賀川、春富はコンビニへと。
大野佐藤田中は用事があるらしく早くに上がった。
そして現在、この部屋にいるのは俺と俊哉のみ。
・・・・・・なんだよこの重い空気は。
ふつうなら女の子といる方が重い空気になるはずだけれど。
「で、どうすんだよ」
口火を切ってきたのは俊哉。
「どうするって何をだよ」
「クリスマスプレゼント以外何があるんだよ!!」
ああクリスマスプレゼントの事か。
そういえば昨日のバイトでやっとこ溜まったんだよな。
「プレゼントなら買えるぞ。昨日金たまったから」
「それもそうだけれど買うのも渡すのもどうするって俺は言っているんだよ。
他のクラスの男子どもも鈴川にプレゼントあげるために参加しているようなもんだぞ」
やっぱり他のクラスの猛者共もそれが目当てだったのかよ。
「もちろん買うのも渡すのも当日にする」
「はぁ!?」
俺の突拍子もない発言に俊哉は身を乗り出してきた。
確かに俺は今現在、病人だ。病人である限り、外出も禁止。いくら周りの目を盗んでいるからと言ったって脱走してもすぐ捕まるのがオチだ。
「ってかなんでお前はそこまで鈴川にプレゼントを渡すことにこだわるんだよ。
そりゃあ俺も自分でなんで鈴川へプレゼントを渡すやつが誰なのか調べるのもあれだけどさ」
いつの間に鈴川と呼ぶようになったんだよ。まあ、作者の手抜きだとしておこう。
「強いて言えば日頃の感謝をこめて」
「キスまでされたのに?」
まあキスは別件だけれどそれ以外の・・・・・・
「ってなんでキスのこと知ってんだよ!!」
何気ないふりしていたけれど今キスまでされたっていったよな?間違いなく言ったよな?
「そんなこと利華から聞けば一発だけど」
その聞こうと思った根拠もついでに聞きたい。
「まあキスの件は黙秘しておく。だけれどバイトもどうするんだよ」
黙秘は当たり前だ。
けれど確かにバイトなんだよな。問題は。
何かと店長は出勤欠勤関連にうるさい人らしいからなー。
でも事情を言えば何とかなりそうだしな。
「一応店長の方に連絡を入れておくよ」
それが今のところ最善の策だろう。
けれど復帰したら俺の居場所がなくなっていたらたまったもんじゃない。
きめ細かに説明しなきゃ納得してくれなさそうな人だからなー。
「じゃあ、プレゼントの方はお前の方で何とかするんだな」
俊哉の言い草に俺は首を縦に振る。
もちろん、当日には病院を抜け出すつもりでいる。
運よく捕まらない事を祈るしかないけれど。
「今年はよく冷え込むな」
風が窓のぶつかりより一層寒い感を生み出している。
確かにこの月でも二回、雪が降ってきた。東京の街にしては珍しい事だけれどな。
そんなことを思いながら俺は鈴川たちが買ってくる夕飯を楽しみに待っていた。




