それはきっと、プロローグ。
人間というものは、たいてい新しいものが大好きである。スマートフォンやアンドロイドなどの携帯然り、開店したばかりの店然り。例え、それがあまり良いとは言えなくとも、人間はそれを求める。
そして、人間というものは、集団の中に入ってこようとする新しいものに、異常なまでの興味を示すものなのだ。
「転校生が来るんだって、鈴ちゃん」
「転校生?」
朝。いつもより余裕をもって学校に来て、入った教室に感じた違和感。その正体は、どうやら転校生によるものであったらしい。学級委員長の佐藤さんが教えてくれた。(いや、私も佐藤なんだけどね。ほら、佐藤っていっぱいいるじゃない?)
まぁ、佐藤さん…下の名前は真琴ちゃんと言うのだが、彼女曰く、かわいらしい女の子が来るらしいのだ。我がクラスに。
「朝見た人がいるらしいんだけど、すっごく可愛いらしいよ!噂だから微妙だけどね」
な ん で す と ?
可愛いおにゃのこだと?大歓迎だ。噂だって何だって構わんぞ。おにゃのこなら大歓迎。だって、野郎なんぞ来たって楽しくないじゃないか。そして可愛いおにゃのこは大好きなんだ。いや、恋愛感情というわけでなく。
ニコニコ笑う真琴ちゃんに、癒されて、私もへにゃりと笑う。男子の興奮した声が教室に響いた。
「可愛い娘キターー!」
「うおおおおお!」
まぁ、噂なんだけどね。真琴ちゃんと顔を見合わせて苦笑い。目を無意識に合わせてしまった私達はなんとなく気恥ずかしくなり、俯いた。まったく、女子同士で何やってんだろう、私は。だがしかし、一度俯いてしまったからには顔を上げるのはなんとなく気まずく感じる。ああどうしよ。そんなことを思ったら、ねぇ、と真琴ちゃんの声がした。
「鈴ちゃん…って呼んでもいいかな?」
何を言い出すかと思えば。びっくりして顔を上げれば、真琴ちゃんの真剣な眼差しとぶつかった。ずきゅん。頬を朱に染め、心配そうに見つめる真琴ちゃん。今、私のハートを撃ち抜かれました。うう、可愛い。こんなことされて、断ることなんてどうしてできようか。いや、出来ない。
「いいよ!私は…じゃあ、まこっちゃんって呼ぶね!」
ふふ、と嬉しそうに笑う真琴ちゃん…改めまこっちゃん。友達がしーちゃんぐらいしか出来なかった私に、可愛い友達が出来た。嬉しい。
そして、まこっちゃんとあれこれ可愛いと噂される転校生について話しているうち、自分のテリトリーである机の隣に見慣れない机がおいてあるのに気づく。ああ、これは。私の隣に転校生がやってくるフラグなのだな。
まぁ、そんなフラグが立ってしまったというわけで。私のなかでは、会ったこともないおにゃのこに対して、男子という狼の毒牙から守ってあげなくてはいけないという不思議な庇護欲が沸き上がっていたのである。
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チャイムが鳴った。しかし、しーちゃんの席は空いたまま。私は携帯を開き、メールが来ていないかどうかを確かめる。……ない。まぁ、風邪ってわけではないだろう。馬鹿は風邪ひかないって言うし。…酷い?冷たい?いや、前からしーちゃんは時々学校を休む事があったから、ね。
でもまぁ、心配じゃないわけじゃない。あの階段をダイエットと思って、帰りにちょっと寄っていこうかな、なんて思っていると、ガラリとドアが開いた。
「おはようさん!今日の欠席は霧雨だけだな!」
相変わらず爽やかなとっつぁんだ。きらびやかな笑顔が光って見えるのは気のせいじゃなくて、ちょっと前に座っているまこっちゃんの頬が可愛らしく染まったのだって、気のせいじゃない。…ああまこっちゃん、君は禁断の恋に堕ちないでくれろ……なんて、ね。
「さて、諸君。今日は転校生が来た記念すべき素晴らしい日だ!」
とっつぁんの言葉にざわり、教室の空気が揺れる。ゆらり、ドアに人影が映った。私はじっとりと手に汗をかいていて、何故だか緊張していることに驚く。何故私が緊張してるんだ。緊張してるのはドアの前に立っている可愛い転校生(仮)の方じゃないか。かわいそうに。緊張し過ぎて死にそうになっているかもしれない。入ってよし!と言うとっつぁんの言葉に、ガラリとドアが開いた。そしてそれは、実に呆気ないものであったのだ。
結果。空気が冷えた。それはもう、北極並みに。吹き荒れるブリザードのように、何とも形容し難い何かが、今ここに座る2年3組の40名を襲ったのである。私はと言えば、もう一人の自分が混乱している私を冷ややかな視線で見ていることに気付いた。
「じゃ、自己紹介してくれるか?ミヤシロ」
「はい」
キリリとして、意思の強そうな印象を受ける眉。色白の肌は少し健康的ではないように見える。そして、清潔感漂う短く整えられた髪。学校指定の、ワイシャツにズボン。青のネクタイ。正真正銘、大田高校、男子の制服。ミヤシロと言う彼は、可愛いおにゃのこなんかでなく男子のようである。誰かがマジかよ、と呟いた。ざわざわとざわめく教室を、しっ、と鋭くとっつぁんが静め、ミヤシロは口を開いた。
「そうだな、まずは断りをいれておくことにしようか。残念ながら、君達に自分を紹介する以前にそこまで自分を僕は理解していない。よって、君達に僕は真の紹介というものを出来るわけがないのだ。」
スルスルと流れ出したテノール。何言ってんだ、こいつは。あの能天気なとっつぁんでさえ、ポカーン、とした空気に変わる。私だって例外ではない。想像していたおにゃのこでないことに加えて、意味が解らないことを言われたのだ。口を開けて、まさにポカーンとするしかない。しかし、そんな空気をものともせず(いや、この空気を読めていないのかも。あり得る)彼は眼鏡をわざとらしく上げて続けたのであった。
「僕の名前はミヤシロ ソウ。将来の夢は、世界征服。」
みやしろ。そう名乗り満足気に頷いた彼は、どうだ終わったぞ!とばかりに呆然と自分を見つめるとっつぁんに目を向けた。
「あ…ああ、よ…よし皆。仲良くするんだぞ」
意識を取り戻したとっつぁんがなんとかそう締めくくると、パチパチパチというまばらな拍手。そしてその音を私は、私の愛すべき生活が崩れていく音に他ならない、と感じてしまったのである。
「…佐藤、頼んだぞ」
とっつぁんの呪いの言葉と共に、こちらに向かってくるミヤシロ君。ああ、出来るだけ関わりたくないなぁ…。まぁ、必要最低限でいいや。隣に座るミヤシロ君に軽く頭を下げながら思う。ミヤシロ君はほんの少し頬を染め、照れたようにはにかんだ。その笑顔にドキリ。男に対する免疫力が高いとは言えない私にとって、彼の笑顔は驚くほど綺麗で、何て言うか、その…。魅力的、だった。
……必要最低限?前言撤回。変な奴だと思うけど、結構可愛いじゃん。
「私、佐藤 鈴。よろしく、ね」
「…よろしく、佐藤さん」
緊張しながら軽く手を差し出して、机の下で握手。世界征服なんて言うから、こいつは魔王とかじゃないのか、なんて馬鹿なことを思ったものの、ミヤシロ君の手は温かく、少しだけゴツゴツしていて心臓がドクリと音を立てた。ああ、こいつは人間なのか、と思って思わず笑みを浮かべる。ミヤシロ君も綺麗な笑みを浮かべた。
そしてそれは、私のこれからの人生を変えることとなる、始まりの瞬間となってしまったわけなのであるが、まぁ。
「それじゃあ、これでHR終わり!ミヤシロ、何かあったら佐藤に聞けよ」
さてさて。随分と雑ではありますが、ミヤシロと私の物語が今、幕を開けたということなのであります。
平凡で不思議な、ミヤシロと私の物語が、ね。




