変わらないエートス
「親父、マミー、ただいま帰りました。」
「お、お久しぶり、です。」
毎度毎度のことながら、この空気には慣れない。
そして、これから一生慣れることはないだろうと思う。
だだっ広い畳の間、しーちゃんの両親を前に、私達二人は座っている。
決して柔らかいとは言い難い、妙に真面目くさった顔でこちらを見つめる霧雨一族六代目当主 霧雨 雨天(しーちゃんの父)。
見た目は威厳たっぷり、だが、流石はしーちゃんの父。
初対面で話した言葉は、
「鈴ちゃん、私のことは、かわゆくおじさまと呼んでくださると嬉しいな!」
である。
…何が霧雨一族の六代目だ。
どこが格式高い霧雨家だ。
普通、あったばかりの中学生にそんなこと言うか普通。
言わないよな普通。
……嗚呼そうだ普通じゃないんだった。
霧雨チクショウコノヤロウ。
キモチワル…げふんげふん、そんな恐ろしいこと(いろんな意味で)、ただのしがない一般人な私に出来るわけがないので、丁重にお断りさせていただいた。
以降、六代目と呼ばせていただいている。
時々、何かを言いたげなうるうるお目目をしてくるが、
はっきり言ってキモチワル…げふんげふん。
ワイルドなアラフォーおじさんがうるうるお目目?
どこの罰ゲームだよチクショウ。
さらに、その隣で柔和な笑みを浮かべ、長い艶やかな黒髪を後ろで束ねた美女は、六代目の妻、小春。
しーちゃんのマミーである。
もうホント、モデルなんじゃないかってくらいの顔立ちの良さに、出るとこでているナイスバディ。
私は別に、レズビアンにカテゴライズされるわけでなく、ノーマルであるのだが、綺麗なおねーさんは好きですか、好きですよ。
しかし、綺麗な花には棘がありまして、小春さん、凄く毒舌です。(六代目限定)
見ていて清々しくなってしまうような潔さ。
まぁ、そんなキャラクターが濃すぎる霧雨家、私はあまり来たくないわけで、なんだかんだと理由をつけてしーちゃんの誘いを断ってきたのだ。
だからとても久しぶり。
最後に来たのは高校の入学式だったか。
記憶にある六代目と小春さんを思い出す。
小春さんはいつもの如く綺麗なおねーさんだが
六代目、ちょっと老けたか…?目尻のシワが…なんて…
いけないいけない。
私は、はっとして、
隣で礼儀正しく手をついて頭を下げているしーちゃんを真似て、私もお辞儀した。
どもってしまったことを恥じてしーちゃんを盗み見れば、普段のおちゃらけしーちゃんからは想像もできないような凛とした横顔があった。
ああ、ああ、しーちゃん。
しーちゃん、君は。
纏う空気、威厳。
どこからどう見ても平凡としか言い様のない私にだって分かる、“素質“の違い。
七代目なんてクソクラエ!と言い放つしーちゃんであるが、
ふとした瞬間に醸し出す雰囲気は当主のそれである。
しかもそれを無意識にやっているのだからたちが悪い。
この前なんて、その威厳を使ってクラスの男子に焼きそばパンをパシっていた。
…いや、それはちょっと違うか。
でも、しーちゃんは、この由緒正しい霧雨一族の長となるべく生まれた存在なのかもしれない。
だってほら、しーちゃんの空気に圧されて、六代目がはっ、と息を呑んだし、
霧雨一族のお付きの方々(しーちゃん曰く、分家の方々)の肩がびくり、と上がった。
しかし、流石は六代目。
ふわり、と表情を緩めれば、
しーちゃんに圧されていた空気もまた、緩くなる。
私は無意識に溜めていた息を、ふぅっと吐いた。
「お帰りしーちゃん。久しぶり、りんちゃん。でもさ、何でしーちゃん、親父って呼ぶの?パパ泣きそう…!」
そう、言うのは涙目の六代目。
パパって呼んでよ…!もしくはパピーと呼んでよ…!と涙を浮かべる六代目に、小春さんの毒舌が容赦なく刺さった。
「うふふ、気持ち悪い」
「なっ…!」
ガァァァァアン…!とショックを受ける六代目。
…なんのコントだよ、と私は眉をひくりと動かした。
「んじゃ、そういうことで!」
もう、そういうコントは日常茶飯事なのか、それともしーちゃんの中でスルースキルを発動させたのかは分からないが、片手をしゅばっ、と挙げ、
さっ、と切り替え早く立ち上がるしーちゃん。
凛としたしーちゃんはもういない。
へにゃふにゃしーちゃんがいるのみだ。
目の前でギャイギャイと繰り広げられている夫婦漫才を見事なまでにスルーし、
行こ!と私の手を取って、嬉しそうに襖をスパーン!と開けるしーちゃん。
手を引かれるまま私は歩き出し、漫才の行方が気になった私はチラリと後ろを振り返る。
そこには、六代目にガッチリヘッドロックをかけた小春さんが、ニコニコ笑いながら手を振っていて、お付きの方々が笑いを耐えている姿があった。
……うわぁ。
いいのか、いいのかそれで六代目。
「いや、ちょ、小春!?何で、ちょ、小春!?」
「サンダーファイアー!」
術の名前だろうか、楽しげな顔をして、小春さんがさらに力をこめる。
ぐぇ、とカエルの潰れたような声が、六代目から漏れた。
ギブギブギブ!と六代目は叫ぶ。
すると、笑いを耐えていたお付きの方々が、吹き出した。
「小春様そのまま…!」
「ちょっ、携帯!」
「いや、デジカメ、むしろビデオカメラ…!」
「六代目wwwテラワロスwww」
ワイワイ、ざわざわ。
格式高い霧雨家とは思えない、そのシュールな光景。
でも、まぁ。
霧雨家のこういう所は好きなんだけれども。
かこん、となんとも風流な鹿威しの音が、静寂とは言い難い畳の間に響いた。
「ヘルプミィィィィイ!」
六代目の断末魔と共に。
***
喧騒から離れて、
縁側に、二人で腰かける。
しーちゃんのやけに広くて、こちゃこちゃしたものがたくさんおいてある部屋の前の縁側。
春といえども、日差しは結構強くて、じわじわとした暑さが私達を包んだ。
しーちゃん用に作られた日本庭園を眺めながら(規格外だと思う)、バニラアイスを食べる。
しーちゃんがバニラアイスにパクつきながら言った。
「すっちゃんが家に来たのなんて久しぶり!スッゴク嬉しいのだよ!」
「うん、久しぶりだよね。」
嬉しそうに足をブラブラさせるしーちゃんに、私も嬉しくなる。
………けど。
「あ!草餅さん見せてあげる!おっきくなったんだよ!」
「え、」
そういえば!としーちゃん。
閃いた!みたいな顔でしーちゃんは、こーんなでっかくなったよ!と言った。
タラリ、汗が垂れる。
ちょ、草餅さんて、もしかして、
ちょっと待ってよ…!と焦る私を他所に、
はしゃぐしーちゃんがぴぃーっと口笛を吹く。
バサリ、バサバサ。
頭上に現れた、黒い影。
「おいで草餅さん!」
思いっきり伸ばしたしーちゃんの腕に止まったのは、私の永遠のライバル、
「カァ!」
しーちゃんのペットのカラス、草餅さんであった。
真っ黒な羽は、異常なほど艶々で美しい。
「ね!?おっきくなったでしょ!」
たしかに、あの時よりは確実に大きくなっている。
だが、認めない。
「…ふん、まだまだひよっこだよ…」
「カァァァァ!!」
鼻を鳴らせば、草餅さんの目が鋭くなった。
……気がした。
そしてやっぱり、しーちゃんは平凡とは程遠いと思った。
ちょ、カラスて、
思うところはあるのでしょうが、いかんせん書いているのが小娘でして…
割り切って読めば多少はましになる……なればいいな。




