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EVOLVE〜エヴォルヴ〜 Season15 数字は嘘をつかない、嘘つきは数字を使う  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルヴ〜 Season15 数字は嘘をつかない、嘘つきは数字を使う
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第7章 静かな確認

[アスペクト・デザイン部/午後]



社内の空気が、確実に変わっていた。


八木尾(やぎお)航(わたる)は、自分の席で作業をしながら、それを感じていた。


直接、何かを言われることはない。


だが、会話の切れ目。視線の動き。


名前が出た瞬間に、音が落ちる感じ。


(……坂辻(さかつじ)さんの噂だ)


それは、もうはっきりしていた。


だが――


噂の内容が、八木尾(やぎお)の知っているものと噛み合わない。


「……お金、結構もらってるらしいよ」

「……いや、抜いてるとか……」

「……額が合わないんだって」


(……違う)


八木尾(やぎお)は、画面を見つめたまま、胸の奥でそう呟(つぶや)いた。


坂辻(さかつじ)が言っていた報酬額は、会社規定から見ても、むしろ“少ない”。


半分。ほぼ、半分だった。


(……じゃあ、残りはどこに行ったんだ)


八木尾(やぎお)が疑問に思っていたのは、そこだ。


それなのに、噂は逆方向へ膨らんでいる。



“坂辻(さかつじ)が多くもらっている”

“裏で金を動かしている”



(……そんな話じゃない)


八木尾(やぎお)は、無意識にペンを強く握った。


自分が知っているのは、デザインを使われたこと。

報酬を半分やると言われたこと。


そして、その“金額が少なすぎた”という事実だけ。


それ以上のことは、知らない。


(でも……)


“知らない”ことが、もう許されない段階に来ている気がした。


そのとき。


「……八木尾(やぎお)さん」


背後から、やさしい声がした。

振り返ると、如月(きさらぎ)環(たまき)が立っていた。


「環(たまき)さん……」


「突然すみません。少し、お時間よろしいでしょうか」


環(たまき)の表情は、いつも通り穏やかだった。


だが、その奥に、仕事の顔があるのがわかる。


「……はい」


環(たまき)は小さく頷いた。


「もう一度、お話をお伺いしたいと思いまして」


八木尾(やぎお)の胸が、きゅっと縮む。


(……来た)


逃げられない、と思った。



◇◇◇



[アスペクト・仮設ミーティングルーム]



ミーティングルームの扉を開けると、中にはすでに人がいた。


「……どうも」


如月(きさらぎ)柊(しゅう)が、席を立って会釈をする。


「お忙しいところ、ありがとうございます」


その隣で、凪(なぎ)が軽く手を上げた。


「こんにちは。

 今日は確認だけなので、緊張しなくて大丈夫ですよ」


その言葉が、逆に八木尾(やぎお)の緊張を浮き彫りにした。


環(たまき)も席に着き、静かに扉を閉める。


「……今日は、前回のお話を踏まえて、事実確認をさせていただきたいんです」


柊(しゅう)の声は、低く、落ち着いている。


「責めるためでも、結論を出すためでもありません」


凪(なぎ)が続ける。


「“数字がどう動いているか”を、正確に知るためです」


八木尾(やぎお)は、ゆっくりと息を吐いた。


「……わかりました」


柊(しゅう)は、メモを取りながら切り出した。


「坂辻(さかつじ)さんから聞いた、報酬額について。

 平均、10万円程度と聞いています」


「……はい」


「それは、会社の規定と照らすと、ほぼ半分です」


八木尾(やぎお)の指が、膝の上でわずかに動いた。


「……そうだと思います」


環(たまき)が、静かに言う。


「その“もう半分”について、何か、心当たりはありますか」


八木尾(やぎお)は、首を振った。


「……ありません。だから……おかしいと思いました」


「噂について、耳に入っていることはありますか」


凪(なぎ)が尋ねる。


八木尾(やぎお)は、少しだけ迷ってから、口を開いた。


「……あります」


視線を落としながら、言葉を選ぶ。


「……坂辻(さかつじ)さんが、“多くお金をもらっている”とか、“金を抜いている”とか……」


環(たまき)の胸が、また小さく「チクッ」と鳴った。


「……それは、八木尾(やぎお)さんの知っている事実と、一致しますか」


「……いいえ」


八木尾(やぎお)は、はっきりと言った。


「むしろ、逆です。……少なすぎると思っていました」


柊(しゅう)と凪(なぎ)が、視線を交わす。


「……なるほど」


柊(しゅう)が、静かに頷いた。


「つまり、“少ないはずの報酬”と、“多くもらっているという噂”が、同時に存在している」


凪(なぎ)が、苦笑する。


「……きれいに食い違ってますね」


八木尾(やぎお)は、拳を握った。


「……僕は、坂辻(さかつじ)さんを陥れたいわけじゃありません」


環(たまき)が、すっと顔を上げる。


「それは、わかっています」


八木尾(やぎお)は続けた。


「ただ……あの金額は、どう考えてもおかしい。

 ……だから、確かめたかったんです」


その言葉に、ミーティングルームの空気が、少しだけ引き締まった。


柊(しゅう)は、ペンを置く。


「ありがとうございます。とても、助かりました」


「……坂辻(さかつじ)さんには」


八木尾(やぎお)が、ぽつりと尋ねた。


「……まだ、何も伝えていません」


柊(しゅう)は、即答した。


「今は、伝える段階ではありません」


凪(なぎ)が、画面を操作しながら言う。


「数字の流れを、こちらで確認してからです」


八木尾(やぎお)は、少しだけ安心したように、そして同時に、不安そうに頷いた。


(……あの人は、何も知らない)


それを思うと、胸が痛んだ。



◇◇◇



[ミーティングルーム]



八木尾(やぎお)が部屋を出たあと、3人は、しばらく黙っていた。


「……噂と実態が、完全に逆だな」


凪(なぎ)が、静かに言う。


「うん」


柊(しゅう)が頷く。


「だからこそ、“誰かが意図的に歪(ゆが)めている”可能性が高い」


環(たまき)は、胸の前で手を組んだ。


「……坂辻(さかつじ)さんは、まだ何も知らないんですよね」


「ああ」


柊(しゅう)は答える。


「今はまだ、知らないほうがいい」


凪(なぎ)が、画面を見つめたまま言った。


「……じゃあ、次は“数字”ですね」


柊(しゅう)は、短く頷いた。


「灯(あかり)さんに、入ってもらおう」


環(たまき)の胸の奥が、少しだけ、あたたかくなった。


(……はは)


事実を見つめる準備が、整い始めていた。

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