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EVOLVE〜エヴォルヴ〜 Season15 数字は嘘をつかない、嘘つきは数字を使う  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルヴ〜 Season15 数字は嘘をつかない、嘘つきは数字を使う
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第5章 疑いの芽

[アスペクト・デザイン部管理進行課/午後]



新しい社内システムの運用は、少しずつ形になってきていた。



ファイルの保存形式。案件ごとのフォルダ構造。命名規則。



「……よし」


妹尾(せのお)健汰(けんた)は、画面に並ぶフォルダを確認しながら、静かに息を吐いた。


几帳面で、真面目で、目立つことは好まない。


だが、だからこそ“揃っていないもの”が目につく。


「坂辻(さかつじ)さんのプレゼン案、これで……」


フォルダを開く。



坂辻(さかつじ)陸斗(りくと)。



社内コンペの常連。“エース”。


並ぶデザインデータを、妹尾は淡々と確認していく。


そして――


あるファイルを開いた瞬間、指が止まった。


(……似てる)


いや。“似ている”という言葉では、足りない。



余白の取り方。視線誘導。強調の位置。



偶然、重なる部分はある。


デザインの世界では、似ることもある。


けれど――これは。


妹尾(せのお)は、別のフォルダを開いた。



八木尾(やぎお)航(わたる)。



同じくデザイン部。


ただし、いつも後ろの方で静かに作業をしている印象の人。


八木尾(やぎお)の提出データを開き、坂辻(さかつじ)のデータと見比べる。


「……」


喉の奥が、乾いた。


(似ている、じゃない。“同じ発想”が、同じ順番で並んでる)


妹尾(せのお)は画面を閉じた。


“見なかったことにする”という選択肢が、頭をよぎる。


だが、手が動かない。


(もしこれが事実なら、このシステムは“守るための道具”じゃなくて、“暴くための道具”になる)


妹尾(せのお)は立ち上がり、デザインフロアの片隅へ歩いた。



◇◇◇



[アスペクト・デザイン部/同日]



八木尾(やぎお)航(わたる)は、いつもの席で作業をしていた。


誰かと雑談をするでもなく、淡々と画面を見つめ、マウスを動かす。


その背中は、静かだった。


「……八木尾(やぎお)さん」


妹尾(せのお)が声をかけると、八木尾(やぎお)は少しだけ肩を震わせて振り返った。


「……妹尾(せのお)さん。どうしました」


「ちょっと、確認したいことがあって」


妹尾(せのお)は、声を抑えた。


「ここじゃ、まずいですか」


八木尾(やぎお)の眉が、わずかに動く。


それだけで、妹尾(せのお)は確信に近いものを感じた。


「……休憩室、行きますか」


八木尾(せのお)はそう言って、椅子から立ち上がった。



◇◇◇



[アスペクト・小さな休憩室/午後]



自販機の音が、妙に大きく聞こえる。


妹尾(せのお)は、できるだけ淡々と切り出した。


「……坂辻(さかつじ)さんのデザインと、八木尾(やぎお)さんのデザイン。似ているものが、いくつかありました」


八木尾(やぎお)は、返事をしなかった。


否定もしない。


ただ、視線を落としたまま、息を吐く。


「……妹尾(せのお)さん」


やっと、声が出た。


「……誰にも、言わないでください」


妹尾(せのお)は、すぐに頷いた。


「言いません。……でも、事実確認はしたかった」


八木尾(やぎお)の指が、カップの縁をなぞる。


「……気づいてしまいましたか」


「……はい」


八木尾(やぎお)は、しばらく黙っていた。


言葉を飲み込む癖(クセ)が、身体に染みついている人の沈黙だった。


「……前に、一度だけ……坂辻(さかつじ)さんに聞いたことがあります」


妹尾(せのお)の目が、少しだけ見開かれる。


「聞いたら……」


八木尾(やぎお)は、まっすぐには妹尾(せのお)を見ないまま続けた。


「認めました。僕のデザインを、少し直して出したって」


妹尾(せのお)は息を呑(の)む。


「……そんな」


「それで……」


八木尾(やぎお)は、言葉を選ぶように一拍置いた。


「報酬の半分やるから、黙っててくれって」


「……」


妹尾(せのお)の胸の奥が、嫌な音を立てた。


(報酬……?)


「僕は、お金が欲しいわけじゃないんです。だから断りました」


八木尾(やぎお)の声は、震えていない。


ただ、少しだけ疲れていた。


「……でも、坂辻(さかつじ)さんが“いくらもらってるのか”を聞いて、なんか……おかしいなって思って」


妹尾(せのお)は、慎重に尋ねた。


「金額は……?」


「……平均、十万くらいだって」


「……少なくないですか」


妹尾(せのお)が思わずそう言うと、八木尾(やぎお)は小さく笑った。


「……やっぱり、そう思いますよね」


八木(やぎお)尾は、そこで言葉を止めた。


“そこから先”は言わない、と決めているようだった。


「……妹尾(せのお)さん。お願いです。誰にも言わないでください」


妹尾(せのお)は、まっすぐに頷いた。


「約束します。

 ……ただ、八木尾(やぎお)さんが一人で抱える話じゃないと思います」


八木尾(やぎお)は、わずかに顔を上げた。


けれどその目には、“誰かを巻き込みたくない”という優しさと、“もう耐えられない”という限界が同居していた。



◇◇◇



[アスペクト・社内/夕方]



約束を守っていても、空気は勝手に形を持つ。


たった一度、妹尾(せのお)が休憩室から出てきたとき。

誰かの視線が、妹尾(せのお)の手元を追った。


たった一度、八木尾(やぎお)が席に戻ったとき。

誰かの会話が、ふっと止まった。


たった一度、坂辻(さかつじ)が廊下を通ったとき。

笑い声が、少しだけ硬くなった。


“何かがある”その気配だけが、社内にじわじわと広がっていく。


具体的な言葉はない。


なのに、視線は確実に変わる。


坂辻(さかつじ)陸斗(りくと)の周りだけ、空気が薄くなる。



◇



[アークシステムズ・アスペクト仮設ミーティングルーム/翌日]



「……坂辻(さかつじ)さんに関する噂が、少し出ています」


窪原(くぼはら)が申し訳なさそうに言った。


「デザインの件、みたいです」


柊(しゅう)は表情を変えずに頷いた。


「……噂は、噂だ。でも、発端は必ずある」


凪(なぎ)が、画面を見つめたまま言う。


「噂が出るってことは、誰かが“違和感”に気づいたんでしょうね」


環(たまき)は、胸の奥がまた小さく「チクッ」とした。


(坂辻(さかつじ)さん……)


柊(しゅう)が言った。


「八木尾(やぎお)さんに、もう一度話を聞こう」


「また、環(たまき)さんが……?」


窪原(くぼはら)が驚いたように環(たまき)を見る。


環(たまき)は小さく首を振り、ゆっくり微笑んだ。


「……私が話すというより、今回は柊(しゅう)と凪(なぎ)くんも一緒に聞いたほうがいいと思います」


柊(しゅう)が頷く。


「そうだな。前は偶然だった。今度は――」


柊(しゅう)の声が、静かに落ちる。


「意図して確認する」


凪(なぎ)が小さく笑う。


「……よし。“点”を、“線”にしましょう」


環(たまき)は、頷いた。

噂は、誰かを裁くためにあるんじゃない。


ただ――


真実が、もう隠れられなくなっただけだ。

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