第4章 灯りが照らすもの
[アークシステムズ・ミーティングルーム/午後]
会議室のドアが閉まると、外の雑音がふっと遠ざかった。
テーブルの上には、ノートPCが3台。
柊、凪、環が並んで座っている。
「……現時点でわかっているのは、“システム上は正常”ということだな」
柊が画面を見ながら言う。
「はい。ログも、権限も、不自然な点は……表面上は、ありません」
凪が少しだけ言葉を選びながら答える。
環は、メモを取りながら小さく首を傾げていた。
「……でも、数字は動いていますよね」
「動いてるな」
柊は、環の言葉を否定しない。
「だからこそ、“誰かが操作した”と断定もできない」
「でも、“何かが起きている”のは確かです」
凪が続ける。
「……ねぇ」
環が、そっと手を挙げる。
「はは……灯さんに、相談するのはどうでしょうか」
柊と凪が、同時に環を見る。
「……灯さん、か」
「数字の違和感に気づくの、灯さん……すごく早いと思うんです」
環の言葉は、いつも通りやわらかい。
けれど、その芯はぶれていなかった。
柊は一瞬考え、頷いた。
「……そうだな。呼ぼう」
◇
[同/数十分後]
ノックの音がして、ドアが開く。
「お待たせしました」
杖をつきながら、樫乃灯がゆっくりと入ってくる。
「灯さん」
「灯さん、こんにちは」
「こんにちは。……ふふ、3人そろってるの、久しぶりね」
灯はそう言って、穏やかに微笑んだ。
席に着くと、灯は環の顔をじっと見てから、少し首を傾げる。
「……環、なんか、チクッとしてる?」
環は一瞬驚き、それから小さく笑った。
「……はい。ちょっとだけ」
「やっぱりね」
灯は、ゆっくり頷く。
「じゃあ、その“ちょっと”を聞かせて」
柊が、これまでの経緯を簡潔に説明する。
経理システムの違和感。数字のズレ。誰も触っていないはずの修正。
灯は、途中で遮らず、ただ静かに聞いていた。
「……なるほど」
説明が終わると、灯は画面に映る帳票を見つめた。
「ねぇ、凪くん」
「はい」
「この数字、“おかしい”というより――
“意図的に揺らされている”感じがする」
凪が、息を吸う。
「……やっぱり、そう見えますか」
灯は、環を見る。
「環。数字はね、嘘をつかないの」
そして、静かに続けた。
「嘘をつくのは、いつでも人間よ」
その言葉に、会議室の空気が、すっと引き締まる。
「でもね」
灯は、少しだけ表情を和らげた。
「これ、雑じゃない。やってる人、かなり慎重」
「……ということは」
柊が言葉を継ぐ。
「内部の人間で、システムの“仕組み”を理解している」
「ええ」
灯は、はっきりとうなずいた。
「そしてもう一つ」
灯は、環に視線を戻す。
「“一気に盗らない”」
「……?」
環が小さく首を傾げる。
「少しずつ、動かしてる。だから気づきにくい」
灯は、やさしく言った。
「環がチクッとしたのは、その“少しずつ”に、ちゃんと気づいたから」
環の胸の奥が、ぽわっとあたたかくなる。
「……あリがとうございます」
灯は微笑んだ。
「いいえ。気づける人がいるって、それだけで、守りになるの」
凪が、少しだけ笑う。
「……なんか、空気が軽くなりました」
「そう?」
灯は肩をすくめる。
「重たい話だからこそ、ちゃんと呼吸しないとね」
柊は、静かに言った。
「灯さん。引き続き、調査をお願いしたい」
「ええ」
灯は、迷いなく答えた。
「これはね、“誰かを捕まえる話”じゃない」
杖を手に、ゆっくり立ち上がる。
「“何が起きているか”を、ちゃんと明るみに出す話よ」
会議室に、小さな安心が落ちた。
事件はまだ、終わらない。
けれど――
光は、もう灯っている。




