第3章 裏で動く疋田
[アスペクト・デザイン部管理進行課/夜]
フロアに残っているのは、疋田大輝ひとりだった。
時計を見ると、すでに午後21時を回っている。
他部署の明かりはほとんど落ち、遠くで清掃員の足音だけが響いていた。
「……やっと静かになったな」
疋田は、モニターの前で軽く肩を回す。
管理進行課。
名前の通り、進行を管理する部署だ。
案件の進捗。外注先とのやりとり。請求のタイミング。
「裏方」と言えば聞こえはいいが、実際には、誰よりも全体を見られる立場でもある。
疋田は、キーボードに指を置いた。
画面に映っているのは、新しく導入された社内システム。
(……よくできてる)
アークシステムズが構築したシステムは、正直、文句のつけようがなかった。
権限管理。ログ管理。操作履歴。
「普通に使ってりゃ、な」
疋田は、ひとり言のように呟く。
画面を切り替える。
別のウィンドウが、何事もなかったかのように開いた。
そこに表示されるのは、経理システムの裏側。
表には出ない。だが、確かに存在する領域。
「……ま、こんなもんか」
疋田は、淡々と作業を進める。
特別な操作はしていない。
正確には――
“特別に見えない操作”をしているだけだ。
数値が、わずかにずれる。
帳票の段が、少しだけ動く。
翌日になれば、
「入力ミスかな」「システムの不具合かも」
そう思われる程度。
(誰も、細かいところまでは見ない)
疋田は、それをよく知っていた。
経理は真面目だ。
真面目だからこそ、
「自分のミスかもしれない」
と考える。
「……優秀すぎるのも、考えものだよな」
彼は、別のファイルを開く。
そこには、坂辻陸斗の名前があった。
「エースデザイナー、か」
疋田は、鼻で小さく笑う。
「目立つ奴は、便利だ」
坂辻が前に出れば出るほど、裏は見られない。
報酬の数字を確認する。
本来、支払われるべき金額。
実際に、坂辻に渡っている金額。
「……半分」
残りは、誰にも気づかれないように、別の口座へ。
「知らないって、楽だよな」
疋田は、感情を込めずに呟く。
坂辻が悪いとは思っていない。
同時に、助けるつもりもない。
(利用できるものは、利用する)
それだけだ。
「……さて」
疋田は、ログ画面を確認し、慎重に操作を終える。
痕跡は、ない。
少なくとも、“普通の見方”をすれば。
椅子から立ち上がり、部屋の明かりを落とす。
そのとき、ふと、思い出したように呟いた。
「……システム会社、入ったんだっけ」
アークシステムズ。
名前は、聞いたことがあった。
「まあ……大丈夫だろ」
疋田は、そう言って、何事もなかったかのようにフロアを後にした。
だが――
その背後で、“すでに“見られ始めている”ことには、まだ気づいていなかった。




