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EVOLVE〜エヴォルヴ〜 Season15 数字は嘘をつかない、嘘つきは数字を使う  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルヴ〜 Season15 数字は嘘をつかない、嘘つきは数字を使う
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第2章 違和感の正体

[アスペクト・経理課/午前]



新しい経理システムは、順調に稼働していた。


紙の帳簿をめくる必要もなくなり、Excelファイルを何重にも開くこともなくなった。


入力した数字は即座に反映され、月次の集計も、これまでとは比べものにならないほど早い。


「……楽になりましたね」


窪原(くぼはら)瞳(ひとみ)は、モニターを見つめながら小さく呟(つぶや)いた。


「ほんとだな。締め処理もスムーズだし」


隣の席で、上之原(うえのはら)颯太(そうた)が頷く。


アークシステムズが構築したシステムは、少なくとも“表面上は”、何の問題もなかった。


――そのはずだった。



◇◇◇



翌朝。


「……あれ?」


窪原(くぼはら)は画面を見て、思わず声を漏らした。


前日に入力したはずの数字が、消えている。


「上之原(うえのはら)さん……これ、昨日入力した数値ですよね?」


「え? どれ……」


上之原(うえのはら)が覗き込み、眉をひそめた。


「……確かに。あったはずだ」


別の帳票を開く。


数字は存在しているが、段がずれている。


「入力ミス……?」


「いや、俺がチェックした時は、ちゃんと揃ってた」


2人は顔を見合わせた。


念のため、操作履歴を確認する。


「……誰か、触りました?」


「いや。昨日は俺と窪原(くぼはら)さんだけのはずだ」


経理課しか修正できない項目。


権限も、ログインも、間違いはない。


それなのに。


「……誰も、触ってない?」


窪原(くぼはら)の声が、少しだけ震えた。


(じゃあ、どうして……?)


2人で確認を重ねても、原因はわからない。


最終的に窪原(くぼはら)は、静かに決断した。


「……アークシステムズに、連絡しましょう」



◇◇◇



[アークシステムズ/午後]



柊(しゅう)の端末に、アスペクトからの連絡が入ったのは、その日の午後だった。


「経理システムで、数値の不整合が出ている……?」


通話を切った柊(しゅう)は、凪(なぎ)と環(たまき)を見た。


「入力したはずの数字が消える。

 修正されているように見えるが、誰も触っていないそうだ」


「……それ、システム不具合ですかね」


凪(なぎ)が首を傾げる。


「ログが残らない変更って、ちょっと不自然ですね」


環(たまき)は、胸の奥が小さく「チクッ」とするのを感じた。


(数字が……消える……?)


「一度、現地で確認しよう」


柊(しゅう)は即座に判断した。


「向こうで作業する」



◇◇◇



[アスペクト・仮設ミーティングルーム/夕方]



用意されたのは、急ごしらえのミーティングルームだった。


壁際に並べられた簡易デスク。


持ち込まれたノートPCとケーブル。


「すみません。急にお願いしてしまって」


窪原(くぼはら)が、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえ。状況を直接見られる方が助かります」


柊(しゅう)は穏やかに答えた。


凪(なぎ)はすでに画面を覗き込み、環(たまき)は横で資料を整理している。


「……ログ自体は、きれいですね」


凪(なぎ)が呟(つぶや)く。


「エラーも、改ざんの痕跡も……少なくとも表面上は、ない」


「でも、実際に数字はズレている」


窪原(くぼはら)の言葉に、柊(しゅう)は小さく頷いた。


「原因を切り分けましょう」


作業はしばらく続いた。


その間、環(たまき)は2人の会話を聞きながら、なぜか落ち着かない気持ちを抱えていた。


(誰も触っていないのに、変わる数字……それって……)


言葉にしようとすると、形にならない。


「環(たまき)、少し休憩するか?」


柊(しゅう)が声をかける。


「あ、はい……では、コーヒーを買ってきますね」



◇◇◇



[アスペクトビル1階/カフェ]



カフェは、夕方の時間帯でほどよく賑わっていた。


環(たまき)はカウンターで、3人分のコーヒーを注文する。


「……あの」


後ろから、控えめな声がした。


振り返ると、見覚えのある男性が立っていた。


(……デザイン部の方……?)


「システム開発会社の方、ですよね」


「はい。アークシステムズの如月(きさらぎ)です」


「……少し、お時間いいでしょうか」


その声には、迷いと決意が混じっていた。


「密かに、調べてほしいことがあるんです」


環(たまき)は一瞬、言葉を選び、やさしく答えた。


「……私には判断する権限はありませんけど、お話を聞くことはできます」


コーヒーが、カウンターに並ぶ。


その横で、もう一つの違和感が、静かに動き始めていた。



◇



コーヒーのカップをトレーに載せたまま、環(たまき)は八木尾(やぎお)と向かい合って席に座った。


「……立ち話もなんですし、どうぞ」


「ありがとうございます」


八木尾(やぎお)は、少し緊張した様子でカップを手に取ったが、すぐには口をつけなかった。


「……実は、社内で少し、気になっていることがありまして」


環(たまき)は、小さく頷く。


「どういうことでしょうか」


「僕、デザイン部にいるんですが……

 最近、社内コンペで採用されるデザインが、どうしても……」


言葉を探すように、八木尾(やぎお)は一度視線を落とした。


「……自分の出したデザインと、酷似していることが多いんです」


環(たまき)の胸の奥が、また小さく「チクッ」とした。


(……似ている、ではなく……酷似……)


「それで……?」


「一度、本人に聞きました。そしたら……」


八木尾(やぎお)は、淡々と、しかし正確に説明した。


坂辻(さかつじ)が認めたこと。

報酬を分けると言われたこと。

そして――金額。


「平均、1本10万円だと言われました」


環(たまき)は、思わず首を傾げた。


「……それは……」


(少ない……?)


声には出さなかったが、違和感ははっきりしていた。


「会社の規定を考えると、どうしてもおかしい気がして……

 差額が、どこに行っているのか」


八木尾(やぎお)は、環(たまき)をまっすぐに見た。


「僕には、社内に相談できる人がいません。

 でも……このまま黙っているのも、違うと思って」


環(たまき)は、少しだけ考え、静かに言った。


「……私は、調べる権限も、判断する立場でもありません」


八木尾(やぎお)の表情が、一瞬だけ曇る。


「でも」


環(たまき)は、やさしく続けた。


「お話を聞いて、『おかしい』と感じることを、伝えることはできます」


「……それだけでも、十分です」


八木尾(やぎお)は、少しだけ肩の力を抜いた。


そのとき。


「環(たまき)?」


聞き慣れた声がした。


振り返ると、柊(しゅう)が立っていた。


「……柊(しゅう)」


「戻ってこないから、様子を見に来た」


柊(しゅう)は、環(たまき)の向かいに座る八木尾(やぎお)を見る。


「……何か、ありましたか」


八木尾(やぎお)は一瞬迷い、しかし、環(たまき)が小さく頷くのを見て、口を開いた。


「アスペクトのデザイン部の八木尾(やぎお)です。少し……相談を」


柊(しゅう)は、最後まで遮らずに話を聞いた。



盗用の疑い。報酬の話。金額の違和感。



話し終えると、柊(しゅう)は静かにコーヒーに口をつけた。


「……なるほど」


一拍置いて、柊(しゅう)は言った。


「それは、システムの問題かもしれないし、人の問題かもしれない」


八木尾(やぎお)は息を呑(の)む。


「ただ」


柊(しゅう)の視線が、はっきりと定まる。


「どちらにしても、数字が動いているなら、理由は必ずある」


環(たまき)が、そっと柊(しゅう)を見る。


「柊(しゅう)……」


「調べてみる」


柊(しゅう)は、はっきりと言った。


「今すぐ結論は出せない。でも、事実確認はする」


八木尾(やぎお)の目が、わずかに見開かれる。


「……本当に、いいんですか」


「うちは、システムを作った会社だ」


柊(しゅう)は、静かに続けた。


「その中で起きていることなら、見過ごすわけにはいかない」


環(たまき)は、胸の奥が少しだけ、あたたかくなるのを感じた。


(……柊(しゅう)、やっぱり……)


「ありがとうございます」


八木尾(やぎお)は深く頭を下げた。


「ただし」


柊(しゅう)は、やわらかいが、真剣な声で付け加える。


「これは、誰かを責めるためじゃない。事実を知るためだ」


「……はい」


柊(しゅう)は立ち上がり、環(たまき)に目を向ける。


「環(たまき)、ありがとう。戻ろう」


「……はい」


3人が席を立ったあと、カフェのテーブルには、空になったカップだけが残った。


だが、その場にはもう、引き返せない違和感が、確かに置かれていた。

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