第1章 はじまり
[ぽかぽか邸・柊と環の寝室/朝]
「環、大丈夫か?」
「……え?柊!今何時ですか?」
柊は環の横に座り
「ん?7時。そろそろ起きないと……」
環はもぞもぞ起き上がり
「……!あ〜寝坊しました〜」
「ははは……まだ大丈夫だよ」
環の頭をなでる。
「え〜でも〜寝すぎました〜」
柊に抱きつき甘える環
「ほら、準備しろ〜」
そう言いながらも、柊は満面の笑みで環を抱き返す。
「は〜い……あれ?柊、はなしてください〜準備できません〜」
「う〜ん、もう少し……」
「……柊?……ホントに遅刻しちゃいますよ〜」
「う〜ん……そうだな……続きは夜に……」
柊がやっと環を解放し
「環、朝食できてるから……」
「は〜い。あリがとうございます、柊……」
◇◇◇
[ぽかぽか邸・リビング/午前7時半]
「あれ?柊先輩、環さんは?」
「あぁ……今、準備してる」
「めずらしいですね。環さんいつも早いのに……
あーでも、昨日も遅かったですしね……」
「そうだな……まぁ、たまにはな……」
リビングへ入ってくる環。
「ちょっと遅くなっちゃいました〜」
「環さん、おはようございます」
「凪くん、おはよう……」
環が言ったとたん
「わぁっ!」
凪がコーヒーカップを倒した。
「あ~やったな……」
「凪くん大丈夫ですか?」
「あ〜ごめんなさい……」
柊がキッチンからペーパータオルを持って環に渡す。
「環、大丈夫か?これ……」
「柊……あリがとうございます……凪くん服、大丈夫?」
「ゴメンナサイ……環さん、服は……大丈夫みたいです。」
「朝から忙しないな……」
「すみませんっ」
「こんな日もありますよ〜」
「コーヒーなくなっちゃった……」
「しょうがない……もう1回淹れるか」
「柊先輩、あリがとうございます!」
◇◇◇
[アークシステムズ/午前]
ぽかぽか邸を出て、仕事へ向かう。
アークシステムズのオフィスに到着すると、
環はいつものようにバッグをデスクの横に置き、電源を入れた。
「……今日も、平和だといいですね〜」
ぽつりと、独り言のように呟く。
そのとき、柊の端末に通知音が鳴った。
「……ん?」
画面を確認した柊が、少しだけ表情を引き締める。
「凪、環。新規の依頼が来た」
「え、もうですか?」
「どこからです?」
「デザイン制作会社……アスペクト」
環が顔を上げる。
「アスペクト……?」
「中規模の制作会社だな。
社内システムの刷新と、サーバー環境の再構築が主な要望みたいだ」
凪が画面を覗き込みながら言う。
「紙管理とExcel管理からの脱却、ですか。
請求漏れとか、データの取り違え……よくあるやつですね」
「リモートワーク導入も視野に入れてるみたいだ」
柊は静かに頷いた。
「規模的にも、内容的にも、うちにちょうどいい案件だな」
環は、なぜか胸の奥が、少しだけ「チクッ」とした。
(……なんだろう。
この会社名……さっきから、引っかかるような……)
「環?」
「……あ、いえ。なんでもないです」
環は慌てて首を振り、微笑む。
「じゃあ、まずはヒアリングですね」
「そうだな。先方と日程を調整する」
柊はそう言って、返信を打ち始めた。
その時はまだ、誰も知らなかった。
この依頼が、
才能と数字と嘘が絡み合う事件の入口になることを。
そして環の中に残った、
小さな違和感の正体を。




