第19章 逃げ場のない場所
[アークシステムズ・仮設ミーティングルーム]
資料は、すでに整っていた。
ログの一覧。金の流れ。権限操作の履歴。
そして――一本につながる、因果関係。
柊は、最後のページを閉じる。
「……これで、揃ったな」
凪が、小さく息を吐いた。
「疋田さんが触らなかった3日間。 あの“空白”が、決定的でした」
灯は、静かに頷く。
「自分が動かない時間は、 相手も動かないと思い込んだ。 でも、違った」
環は、資料を見つめながら言う。
「……動いていたのは、 疋田さんじゃなくて……」
「真実、だね」
灯が、やさしく受け取る。
◇◇◇
[アスペクト社・会議室]
最初に呼ばれたのは、経理部・経理課。
上之原颯太は、資料をめくる手が、途中で止まった。
「……これは……」
「経理システムの不具合ではありません」
柊が、静かに言う。
「意図的な操作です」
凪が補足する。
「帳簿のズレも、 数字の消失も、 すべて同じルートから起きています」
上之原は、深く息を吸った。
「……では……」
「はい。 内部の人間によるものです」
次に呼ばれたのは、システム部。
胡桃沢康平は、食い入るようにログを見る。
「……この処理……俺は、やっていません」
「分かっています」
柊は、すぐに否定した。
「だからこそ、 今日ここに来ていただきました」
胡桃沢は、ゆっくりと背もたれに身を預けた。
「……名前を、散らしていたんですね」
「ええ」
灯が、穏やかに答える。
「疑いが一点に集中しないように」
◇◇◇
[デザイン部・会議室]
八木尾航は、資料を見る手が、震えていた。
坂辻陸斗は、言葉を失っていた。
「……これが……」
坂辻の声は、かすれていた。
「俺の知らないところで……」
八木尾は、静かに言った。
「だから、言ったんです。 ちゃんと確かめましょうって」
坂辻は、目を伏せる。
「……俺は……」
「あなたも、被害者です」
柊の声は、はっきりしていた。
「利用された。 それだけです」
八木尾は、小さく頷いた。
「……僕は、 もう怒ってません」
坂辻が、顔を上げる。
「……どうして」
「広告は、 誰が作ったかじゃない」
八木尾は、ぽつりと言った。
「見た人が、 何かを感じるかどうかです」
坂辻は、何も言えなかった。
◇◇◇
[代表取締役社長室]
佐原秀樹は、最後まで無言で資料を読んだ。
そして、静かに閉じる。
「……重大な案件だ」
「はい」
柊は、短く答えた。
「社として、 正式な対応が必要になります」
佐原は、しばらく考え込んだ後、言った。
「疋田は……もう、動けません」
凪が、淡々と告げる。
「システム上、 逃げ道はありません」
佐原は、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。社として、 責任をもって対応する」
◇◇◇
その頃。
疋田大輝は、自分の席に座っていた。
いつもと同じオフィス。
いつもと同じ景色。
だが――
どこにも、出口がなかった。
システムは閉じている。
データは、もう自分のものではない。
周囲の視線が、少しずつ変わっていることにも、気づいていた。
(……囲まれている)
そう思ったときには、もう遅かった。
逃げ場は、最初から、存在しなかったのだ。
――数字が、すべてを示していたのだから。




