第18章 数字が示す名前
[アークシステムズ・仮設ミーティングルーム]
3日分のデータは、想像以上に“雄弁”だった。
画面に並ぶログ。取引履歴。権限の移動。
凪が、淡々とスクロールしていく。
「……全部、吸い上げ終わりました」
柊は、ゆっくり頷いた。
「整理、できそうか?」
「はい。 むしろ……やりすぎなくらい、です」
凪の声には、感情がなかった。
だが、それが逆に事態の重さを物語っていた。
灯は、ログを一つずつ追いながら言った。
「……巧妙ね」
環が、静かに聞く。
「どんなふうに……ですか?」
「お金の流れ自体は、一本の線に見えないようにしている」
灯は、指で空中に線を描く。
「小さく分けて、複数の名義を経由して、少しずつ動かしている」
「……目立たないように」
凪が続ける。
「しかも、全部“正規の処理”に見える形です」
柊が、ログの一部を指す。
「……名前が、いくつも出てくるな」
そこに並んでいたのは――
デザイン部。
システム部。
経理と関係のある部署。
坂辻陸斗。
八木尾航。
胡桃沢康平。
富原舞。
「……なすりつけるつもりだったんですね」
環の声が、少しだけ低くなる。
灯は、静かに頷いた。
「ええ。 “触れそうな人”の名前を、あらかじめ散らしている」
「一人に集中させないためか……」
柊が呟く。
「疑われたときに、“誰でもあり得る”状態を作るため」
凪は、別の画面を開いた。
「でも」
その声が、わずかに変わる。
「……ここだけは、違いました」
画面に映し出されたのは、振込先口座の情報。
「口座名義は……」
凪が、一度言葉を切る。
「本名でしか、取引できない」
灯が、静かに続けた。
「数字は、嘘をつかない。 嘘をつくのは、人だけ」
画面の中央に、一つの名前が浮かび上がる。
――疋田大輝。
環は、息を呑んだ。
「……やっぱり……」
柊は、しばらくその名前を見つめていた。
「まだ、口には出さない」
静かだが、確かな声。
「だが――もう、逃げ道はない」
凪が、小さく頷く。
「名義を変えなかったのは、 “最後まで自分は見えない”と 思っていたからですね」
「自信」
灯が言った。
「それが、この人の最大の弱点」
室内に、しばし沈黙が落ちる。
誰もが、“答え”を理解していた。
だが、まだ誰も、それを外に出さない。
「……次は?」
環が、そっと聞く。
柊は、環を見る。
「次は――本人が、動く番だ」
「焦りが、必ず次の一手を打たせる」
灯が、静かに締めくくる。
「その一手が、自分の名前を、表に出すことになる」
画面に残されたのは、ただの数字。
だがその数字は、もう一つの“真実”を、はっきりと指し示していた。
まだ、名前は呼ばれない。
それでも――
もう、誰の目にも、答えは見えていた。




